2011年01月09日 (日) | Edit |
実質的に新年初のエントリとなりますが、ここ数日そこはかとなく考えたことをいくつか書き出してみます。

山登りは誰かに誘われれば行くくらいで、それも最低限の装備で日帰りできるくらいの山しか登ったことはありませんのでたいしたことはいえませんが、それでも一歩一歩自分の足で登って山頂にたどり着き、そこから周囲の景観を見ると爽快な気分になります。といっても最後に山に登ったのはかれこれ5年近く前になるわけでして、今よりも体力があった当時ですら、一日かけて山頂まで往復すれば膝が笑ったものでした。

確かに山に登るのはそれだけの労力を要しますが、山の地形とそれを登る労力そのものや、天候や季節の移り変わり、その地形に生息する動植物の生態系などは、実際に山に登ってはじめて自分の目で確かめて実感することができます。そうなると、自分で登った経験があるということで、たとえば、その山に登ったことがある人と「あの山の景色はいいよね」とか「登山ルートのあそこが大変だったな」という会話ができますし、相手がベテランなら「こんなルートもあるよ」とか「こっちから見る景色もまた格別だよ」なんて情報を聞き出すことができるかもしれません。他の人が登るという話になれば、自分の経験から「○時ころに出発すれば、ちょうど昼時に山頂に着くよ」とか「あそこに○○があるから××を持っていくと便利だよ」というアドバイスができることもあるでしょう。

もちろん、誰もが山登りが好きなわけではないので、こういう話をしていると、中には「山登りなんて面倒くさいだけだろ? 俺は忙しいからヘリコプターで一気に山頂に行ってしまうけどな」なんてことを冗談でいう方もいたりします。まあその気持ちはわからないではありません。そりゃ誰だってラクしたいですし、私もどっちかというとできることならそうしたい気持ちもあります。

ただし、ヘリで一気に山頂まで行ってしまうと、その山がどういう地形でどういう動植物が生息しているかということを自分の目で見ることができなくなります。もちろん、実際に登った人から話を聞いたり、写真とか動画でもあればそれを見てイメージすることはできるかもしれませんが、そんなイメージだけで「俺はあの山頂に行ったことがあるから、あの山のことなら何でもわかる」とはいわないでしょう。そんなことをいう人がいたとしても、実際に山に登った先人に対する敬意を欠く言動をした時点で、実際に登った人はもちろん、周囲の人からも信頼を失うことになるのが関の山です。

もし、どうしてもその山に登らなければならないという事情があって、財力はあるけど時間と体力がないのでやむを得ずヘリで山頂に行くという人がいるなら、実際に山に登った先人の言葉に素直に耳を傾けて必要な情報を聞き出し、想像力をフルに働かせてその山の景色や生態系、天候などを思い描けるような心の準備が必要となります。大きな組織のトップは往々にしてこういう場面に出くわすことがあるのですが、そのときに「現場主義の罠」に陥らないトップが、この「現場主義」がもてはやされるご時世でどれだけいるのかというのはかなり怪しいところではないでしょうか。

さらにいえば、こと政治とか経済政策という分野の話題になると、「誰にでもわかりやすく説明しろ」とか「俺が理解できないものは認めない」とか真顔でいう人がいたりするので厄介なんですよね。拙ブログでは毎度引用させていただいている権丈先生のサイト経由ですが、権丈先生が使用されている教材にこういうのがあるそうです。

 しかし、私は現段階での徴収年齢引き下げには反対だ。厚労省がこの問題を正面から問うことを避けてきたため、議論が生煮えだからだ。(略)私はその次の改革に向けて、年齢引き下げと統合がなぜ必要なのかを一から丁寧に説明することから始めるべきだと思う

(略)

 そもそも、厚労省は「保険料の徴収年齢を引き下げるべきだ」とも、「統合すべきだ」とも、公式には一度も表明していない。(略)
 厚労省幹部は「役所は選択肢を奪うな、と批判するのはマスコミの方じゃないか」と反論する。しかし、まずどうしたいのかを明言しないことには、国民に熱意も真意も伝わらない
 厚労省はこれまでの対応を改め、若者にも負担を拡大して年齢で区別しない「一般介護」へ転換することの意義をきちんと説明すべきだ。安易な財源対策との印象をぬぐえなければ、若者から保険料徴収といった思いきった改革に、いつまでたっても国民の理解は得られないだろう

「毎日新聞[記者の目] 2004年の年末のこと
もっと介護負担を=野沢和弘氏 と 介護保険料徴収年齢引き下げ反対=吉田啓志氏(注:odfファイルです)」(仕事のページ(権丈善一先生Webサイト)


※ 強調は引用者による。


なるほど、国民が納得しないのは厚労省が熱意を持って説明しないからだと、今までよりも「丁寧な」説明をすることが必要だと、役人はいつまでも「示唆」するだけで説明しないと、総じて説明が足りないのは役人のせいだといいたいわけですね。「せいじしゅどう」という呪文を唱えて財源があると言い張った政党によって政権交代が実現するというこの国の政治環境の中で、そんな「官僚主導」で政策を打ち出したりなんかしたら真っ先に叩くのは彼らマスコミなはずですが、私の理解が間違っているんでしょうか。合理的無知の購読者・視聴者を意識するからそうなるとしても、まあ出口の見えない倒錯しきった状況ではありますね。

説明責任」という他力本願全開の便利な言葉が人口に膾炙するようになってから、説明が受ける側が「説明が足りない」主張しさえすれば、たとえ説明を受ける側がその説明に聞く耳をもたなくても、説明する方が無限定に責任を問われる仕組みができあがってしまったように思います。なるほど、引用したpdfファイルの1ページ目では、その説明をきちんと理解している立場からの論説も紹介されているので、マスコミの無責任な政治部的論調を見抜くための格好の教材となっていますね。

こういう自分で理解することを拒否する論調を見ていると、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」で昔やっていた「松本&黒子・挑戦シリーズ」を思い出しました。松本人志が2m50cmの走り高跳びや150キロの剛速球を打ち返すことに挑戦するという企画なんですが、いざ挑戦する段になると、松本自身は自分でも立てないくらいに脱力して挑戦する気力を一切見せません。しかたなく、黒子に扮した他の出演者が形だけでも成功できるようなんとか松本人志を奇抜なアイディアで支えながら挑戦しますが、当然のごとく失敗するわけで、すると松本が他の出演者に対してキレまくるという松本の不条理な行動がこの企画の見せ所です。最終的には、ごくオーソドックスな方法で記録をクリアする(走り高跳びのバーの上から松本を投げ落とす、松本を肩車した黒子が代わりに打つ等)のがこの企画のオチですね。

制度を知らず、歴史を知らず、現実に裏打ちされた各論を理解しようともせず、総論だけで「コーゾーカイカク」だとか「チーキシュケン」だとか声高に主張し、政府の審議会や諮問機関の報告書があっても「官僚の作文だ」と理解することすら拒否して、その限られた理解に基づいて推進する政策がうまくいかない現実を目の当たりにすると「既得権益の抵抗だ」「官僚の陰謀だ」と煽り立てるマスコミ政治部的論調(あるいは無責任な政治学的論調)の場合は、どこにオチがあるんでしょうか。

(松本&黒子挑戦シリーズの部分を修正しました)

このエントリーをはてなブックマークに追加

2010年12月06日 (月) | Edit |
子供のころ流行っていた「いじわるクイズ」で、「大阪城を建てたのはだれ?」「豊臣秀吉!」「ブー。大工さんでした!」というのがありましたが、いまもあるんでしょうか。「大阪城と豊臣秀吉」以外にも、「法隆寺と聖徳太子」というバリエーションもありましたが、ときの権力者が作れといえば、技術者がかり出されて壮大な建築物やら制度が作られるというのは古今東西を問わず見られる現象ですね。その建築物やら制度の構築を指示した為政者が称えられることはあっても、その構築物とか制度を構築した技術者が称えられることはほとんどないのも洋の東西は問わなそうです。たとえば、大阪城や法隆寺が残っていなければ、当時の建築技術がたいしたことなかったといわれるでしょうし、現存しているからこそ、豊臣秀吉や聖徳太子の権勢が現在に伝えられることになるわけです。

というようなことを考えているとき、とりあえず録画しておきながら、また官僚バッシングだけなんだろうなあと思って見る気がしてませんでしたが、NHKスペシャル「862兆円 借金はこうして膨らんだ」を見てみました。まあ予想どおりではありましたが、一つの典型的なマスコミ論調ということで備忘録的に起こしておきます。とりあえずの聞き取りですし、聞き間違いやタイポもあると思いますがご容赦ください。なお、発言者名の次に(証言録)とあるのは、この番組で資料とした証言録からの引用、コロンがあるのはインタビューやVTRでの発言、そのうち(当時)とあるもの以外は現時点での発言です。

〔37分ころ〕
 政界を離れ、神奈川県湯河原町で暮らす細川元総理。当時政権交代を実現し、国民から高い支持を得ていました。斎藤(注:平成5~7年当時の斎藤次郎事務次官)の消費税引き上げ案をどう受け止めたのでしょうか。

細川元総理
「とにかく食い逃げ(減税のみ実施)だけは絶対に困ると。ま、それは大蔵がいつも言うことですけど。だからもう、増減税一体論というものを譲らないという、そういうかなり頑なな姿勢でした。大蔵省だけ残ってね、内閣が潰れちゃうと、そんなことは、政権崩壊しちゃうと。そんなことはとても許せる話じゃないよと。そんな話は成り立たないということで、かなり強く言いましたね。」



大蔵省が残るということは、日本という国の財政が残っているということですから、コロコロと変わる内閣とか政権とかより遙かに大事ではないかと思うところですが、政治家の皆さんにとっては国の財政より政権の維持の方が大事なのでしょうね。
そんな細川総理に愛想を尽かした(?)斎藤事務次官(当時)は、連立政権内の実力者である小沢一郎氏から内々に承諾を得て国民福祉税の導入に動くわけで、この結果、周知のとおり実際に「政権崩壊」してしまいます。小沢氏が消費税引き上げに消極的になるのはこの経験も大きく影響しているのでしょう。

〔38分ころ〕
 このとき斎藤は、もう一つの問題「政治との関係」に直面します。証言録には、与党経験の浅かった細川政権に対する赤裸々な言葉が記されていました。

斎藤事務次官(証言録)
一番困惑したのは、政治の層の薄さと申しましょうか、いろいろなことがすぐに外に漏れてしまうことでした。自民党であれば、私どもが申し上げたことを、自分たちの考え方に練り上げた上で外に出すというプロセスがありました。しかし、その過程が全く無く、すべてがストレートに出てしまうことが多かったのです。」


政権交代によって与党の座についた元野党において政治の層が薄くなるというのは、17年前も現在も変わりはないようです。一連の情報漏洩もこうした現象の一環と考えるとわかりやすいのかもしれませんね。

〔40分ころ〕
 増税という、本来なら広く国民の理解を求めるべき問題。齊藤の行動はそれをおろそかにし、強行突破を図ろうとしたと、後に批判されます。

細川総理(1994年2月当時の会見)
「国民福祉税を創設をしまして、消費税を廃止をします。税率は7%ということでございます。」


 真夜中、唐突に発表された税率7%の増税構想。与党や国民の大きな反発を招き、一日で白紙撤回されました。その結果、減税だけが残ったのです。その減収分は結局、赤字国債の再開によって賄われることになりました。

細川元総理
「ま、大蔵のほうは、一つは内閣の支持率が高かったから、それでその勢いに乗って、この際消費税もという、そういう思惑もあったでしょう。無理心中でいけるところまでいくかという、そんな気持ちも若干はありましたけども・・・まあ、ちょっと、少し乱暴だったと思いますね。」


なぜ増税が必要なのか、国民の理解を得られず失敗した大蔵官僚たち。日本の借金は、その後も積み上がっていったのです。


うーむ、この辺は私の理解が及ばないところなんですが、国の財政よりも政権維持を優先した当時の内閣が減税だけを「食い逃げ」したわけで、大蔵省は財政再建のために税率をアップすることを画策していたのに、結局失敗したのは大蔵官僚だったと断定してしまうのは、どういう理屈なのでしょうね。

ここでスタジオに戻ってこんなやりとりが繰り広げられます。

〔42分ころ〕
首藤アナ
 税金は、私たちの生活に密接に関わっているものですから、私たち国民の理解がないと、成り立ちませんよね
城本解説委員
 そうですよね。だからこそ、税とは政治そのものであるといわれるわけですね。でも、大蔵省きってのエリートといわれた二人なんですけれども、借金体質から抜け出すためにはどうすればいいのか、そのことを真剣に考えていたことは間違いないと思うんですね。ただ、国民の理解を得るという点では、必ずしも十分とはいえなかったと思います。結果的に、このエリートたちの失敗が、国民の税に対するアレルギーを強くしてきたということもいえると思うんです。
首藤アナ
 でも、増税の前に、税金のムダ遣いをなくすべきかと思うんですけれども。
城本解説委員
 そうですね。いま「事業仕分け」に関心が集まっていますよね。これ、国民の間にはですね、行政がまず税金のムダ遣いをなくすべきだという声が高まっているからだと思うんですね。そうはいっても、関係者の利害がぶつかり合うために、何がムダかということを判断することは、難しい面があってですね、歳出を減らすというだけで財政を立て直すのは容易ではないというのも現実なんです。このため、大蔵省は増税にこだわり続けてきたというわけなんですね。


さらにさっぱりワケがわかりませんが、「歳出を減らすというだけで財政を立て直すのは容易ではないというのも現実」であるのに、それを実現しようという大蔵省が失敗したんだということは、「増税の前に税金のムダ遣いをなくすべき」という現実を見ない「民意」には何の疑問も挟まれないのでしょうか。現実を見ない民意があって、それが選択した政権交代だったからこその財政再建の失敗だったのでしょうし、その後自民党が政権に返り咲いたのも、そうした民意が選択した結果である以上、財政再建が理解を得られないのも当然の成り行きではないかと。

番組はこの後、増税できなかったのは大蔵官僚の失敗だと断定した上で、橋本行革での財政再建路線が政治主導で進められたことが肯定的に描かれながら、大蔵官僚に「自分たちにも責任がある」と言わせたところで証言録は締めくくられます。

〔48分ころ〕
 大蔵官僚が将来の財政の姿を描くことができなくなった借金急増の時代。一体どのようにして陥っていったのでしょうか。
 その前の年、平成9年。借金が増え続ける中、政治が財政の建て直しに向き合おうとしていました。橋本内閣は、大幅な歳出のカットに乗り出しました。歴代の総理大臣らを中心とした会議を開き、その権威を借りて反対意見を押さえ込んだのです。
 当時、官房副長官としてこの会議を取り仕切った与謝野馨衆議院議員。財政再建を政治主導で進めることが狙いだったといいます。

与謝野馨元官房副長
「中曽根さんもいれば、竹下さんもいれば、宮沢さんもいれば、大蔵大臣もいれば、現職の総理大臣もいれば、というんで、次官や主計局長なんてのはまったく抵抗できない体制でやったわけです。官邸が主導でものごとをやった。日本の政治史の中でもっとも珍しい、というか画期的な会議だったと思っています。」


 この時期、大蔵省は目立った動きができなくなっていました。当時の事務次官、小村武は証言録でこう語っています。

小村事務次官(証言録)
「私は常に政治主導と叫んでおりました。大蔵省主導という印象を与えると、反発が強く、うまくいかない。われわれは黒子に徹しようと呼びかけました。」


(デモ隊の女性によるシュプレヒコール「大蔵官僚は恥を知れー」)

 当時、大蔵省に対する風当たりが強まっていました。天下り先への税金投入。過剰接待などの不祥事。大蔵省は国民の批判に晒され、このころから政治の影に隠れるようになったのです。橋本政権は、6年間で財政国際から脱却するという財政再建計画を決定。さらに、消費税を5%に引き上げました。
 政治主導で財政再建に道が開けるかに見えたこの時期。別の危機が差し迫っていることに、大蔵省は気付いていませんでした。

(山一証券社長会見(当時)「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから!」)

 拓銀破綻、山一証券廃業。大蔵省が先送りしてきたバブルのつけ。不良債権問題が火を噴き、金融不安が拡大。日本は底なしの不況へと陥り、財政再建も頓挫します。金融機関を監督していた大蔵省。そのトップだった小村は、次のように振り返っています。

小村事務次官(証言録)
「よもや金融危機がこんなに発展するとは、予想もしていませんでした。拓銀の財務状況が悪くなっていましたが、そのときでも心の底では、まだ大丈夫、何とかなるのではないかと期待を持っていました」


 金融危機を防げなかった責任を問われた大蔵省。発言力が急速に低下していきます。
 平成10年、経済再生を掲げ、小渕内閣が発足しました。大蔵大臣の宮沢喜一は、過去最大の景気対策を矢継ぎ早に打ち出していきます。

宮沢喜一大蔵大臣(当時の会見)
「金融再生のトータルプラン。それからもう一つは減税。与えられた時間の中で、できるだけ早く仕事をしなければならない。」


 中でも大蔵省が懸念したのは、巨額の減税。「財政危機を決定的にする」と反対の声も上がりましたが、結局受け入れざるを得ませんでした。加藤治彦元主税局長は、当時の様子をこう振り返ります。

加藤元主税局長
まさに判断。政治判断でありますのでね、それを当時の私の立場では、それを尊重すべきものだと、尊重せざるを得ない当時の判断だと受けとめていましたけどね。それ以上でもそれ以外でもありません。」


 さらに、連立政権の時代に入ったことが、財政に影響をもたらしました。連立を組むために各党の主張が次々と採り入れられ、予算が拡大したのです。このころの証言録からは、大蔵省の無力感が伺えます。

武藤敏郎事務次官(証言録)
「自由党が社会保障の税方式。公明党は児童手当。自民党も介護保険を徹底的に見直せとか、新幹線問題も一生懸命やられて、財政支出拡大の方向に競い合うようにして走りました。」


涌井主計局長(証言録)
「商品券を配りましょう。これは公約になっていたんです。連立の話が絡んでいたので、とにかく政治的なコストと考えてやってくれということでした。」


 証言録で当時の迷いを語った田波元事務次官。ここまで借金を膨張させてしまったことをどう考えているのでしょうか。

田波元事務次官
「これを回復するための努力が完全に力を発揮することができないまま、ずるずる来ていると」
インタビュアー
「ものすごいツケをそこで後世に残してしまった。その辺りについてはどういうふうに思いますか」
田波元事務次官
「そうですね。これはある意味でやはり、われわれを含めた責任があると思います」


 バブル崩壊から今日に至る日本経済の低迷。財政の番人、大蔵官僚たちは結果としてその責任を果たすことができませんでした
 借金膨張の時代に主税局長を務めた尾原榮夫。証言録の最後をこう締めくくっています。

尾原主税局長(証言録)
「どうすればよかったのか。悪夢のごとくよみがえるときがあります。」


それにしても、「拓銀破綻、山一証券廃業。大蔵省が先送りしてきたバブルのつけ。不良債権問題が火を噴き、金融不安が拡大。日本は底なしの不況へと陥り、財政再建も頓挫します。金融機関を監督していた大蔵省。」というのは、大蔵省の責任を強調するのにあまりある表現ですね。

なるほど、橋本内閣では政治主導で財政再建を進めようとしたのに、大蔵省が金融をきちんと管理しなかったから金融危機が発生して、そのせいで橋本内閣は減税だけを先行させる政治判断をして、連立を組んだ各党から財政拡大要求が出される羽目になったということでしょうか。・・・ん?1997年にはアジア通貨危機ってものあったんですが、これも大蔵省の責任だということなんでしょうね。というか、大蔵省がもっと強力に管理していれば金融不安は起きなかったとしても、「大蔵官僚は恥を知れ!」と叫んで大蔵省の権限縮小を求める民意があるのに、それを否定するような権限強化が政治的に可能なのかは大いに疑問ではありますが、NHKスペシャル的には大蔵省に責任があるといえばオールオッケーな感じです。

ところが、これだけ摩訶不思議な論理展開でまとめられたVTRを受けたにも関わらず、最後の締めくくりが至極まっとうな意見になっているのがさらに摩訶不思議なマスコミマジックです。

〔55分ころ〕
城本解説委員
 政治が迷走して、官僚も信頼を失うという中で、誰も責任を持って借金の拡大を止められなかったということがわかりますね
首藤アナ
 政治も大蔵省も、一体何をしていたのかといいたくなりますね。
城本解説委員
 ええ。実はこの後もですね、政権がコロコロ変わるといったような不安定な状況の中で、目の前の課題への対応ということに追われてですね、問題の先送りが繰り返されて、そして借金が膨れ上がる一方ということになっていったわけです。
 今回、私たちは50人以上の大蔵官僚に取材を申し込みました。この中には、「過去を振り返っても意味がない」と、「いまどうすべきかを考えることが先だ」という理由で応じなかった人もいました。しかし、本当にそうなのでしょうか。過去何度も繰り返された失敗の原因を検証することにこそ、日本再生のヒントがあるのではないかと思います。
首藤アナ
 過去に向き合う姿勢が大事だということですね。
城本解説委員
 そうなんですね。ただ、これは政治家と官僚だけの問題ではなくて、私たちにも必要なことだと思います。日本が借金をしてでも社会保障や公共事業の拡大を繰り返してきた背景には、国民の側がそれを望んだという面があることも否定できません。
 また、私たちメディアも官僚や政治の政策判断を十分にチェックしきれていなかったということにもなると思います。
 日本はいま、かつてない厳しい時代に入っています。人口減少や国際競争力の低下、そして雇用の悪化など、戦後日本の土台が崩れようとしているといっても言い過ぎではないと思います。今回の取材を通じて見えてきたのは、その場しのぎの借金をして将来に問題を先送りするのではなく、今こそこの国の形を真剣に考える必要があるということだと思います。


意味のない両論併記をすることによって、だれも反論のできない正論が創りあげられてしまうというマジックがある限り、たとえそれが「現実を見ない民意」をより加速するものであっても、マスコミは常に「正しい」ポジションを取ることができます。いやまさに「過去何度も繰り返された失敗の原因を検証することにこそ、日本再生のヒントがある」のですが・・・

このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年07月08日 (水) | Edit |
このニュースは本当にショック・・・

創刊32年でスタジオボイス、ついに休刊!

Twitterでつぶやき情報が廻って来たので、編集部に確認の電話をしたところ、松村編集長が電話に出て、「そうなんです、次の8月6日売りで休刊となりました。編集会議はこれからなので最後の特集はまだ決めていません」とのこと。

インファス・パブリケーションズの経営的判断ということです。

次々と雑誌が休刊に追い込まれる2009年、メディアの大きな変わり目の渦潮の中に私たちはいるのだと実感。

いわゆるサブ・カルチャーをカタログ的に体系立てて新しい若い読者に伝えて来た老舗の雑誌が休刊することは本当に残念。

『STUDIO VOICE 8月6日発売号で休刊!!(2009-07-02 19:34)」(webDICE


定期購読しておりましたし、個人的にいろいろと縁のあった雑誌だっただけに残念としかいいようがありません。

ただ、そういった個人的な思い入れがなければ読みにくい雑誌になっているのは事実でしょう。レイアウトが見づらいのはデザイン上の仕様といってもいいかもしれませんが、記事のトーンが似非をおもしろがるだけじゃなくて、それを真に受けてしまっている感があるところに違和感を感じることが少なくありませんでした。

端的に言えば、三島由紀夫の装丁が印象的な2年前の
STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2007年 08月号 [雑誌]STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2007年 08月号 [雑誌]
(2007/07/06)
不明

商品詳細を見る

という特集が、STUDIO VOICE誌の「オルタナティブ」という立場に制約されて左派陣営(雨宮処凛、湯浅誠)と無政府論者(外山恒一)のような人しか登場しなかったことに、この政治経済情勢における雑誌の限界を感じた記憶が強いです。

たとえば、現状が厳しいからといって、じゃあ猪瀬直樹が「日本凡人伝」を書いてたころがよかったかといえば決してそういうわけではなく、そもそもカルチャー誌が政治を扱うということはそういう「世相を斬る」くらいのことにしかならないわけです。そして、ある程度の影響力を持ってそれらの言説が現実化してしまったときに、雑誌そのものが命運を絶たれてしまったという側面は否定できないのではないかと。

今年4月の
STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2009年 04月号 [雑誌]STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2009年 04月号 [雑誌]
(2009/03/06)
不明

商品詳細を見る

では往年のSTUDIO VOICE誌の懐の深さを感じるとともに、その懐の深さが玉石混淆を容認して自らを追い詰めていったような感慨を抱いてしまいました。復刊の話もチラホラあるようですし、何とかカルチャー誌としての存続を期待したいところです。

2009年06月02日 (火) | Edit |
先週に引き続き、フジテレビ「報道2001」では個人的に信頼度が高い権丈先生が登場されていましたが、トイメンの岡田幹事長でしたっけ、民主党の代表経験者の会話を成り立たせない原理主義に薄ら寒くなってしまいました。

それより遙かに悪質だったのは、「要するに一言で言えば?」とか執拗に聞いてくる黒岩アナ。権丈先生が「一言で言えないところに年金問題の難しさがある」というような答えでかわそうとしても、「それじゃダメだ! 一言で今の制度は変えなくていいんですか? ダメなんですか?」って、芸能レポーターよりタチが悪いですな。田原総一朗の向こうを張っているつもりかもしれないけど、劣化しまくりのエピゴーネンで終わっているところが痛々しい。

まあ、菊池誠先生がいみじくも「まん延するニセ科学」について指摘されているように、

しかし、仮に、科学者に、『マイナスのイオンは身体にいいのですか』とたずねてみても、そのような単純な二分法では答えてくれないはずです。

『マイナスのイオンといってもいろいろあるので、中には身体にいいものも悪いものもあるでしょうし、身体にいいといっても取りすぎればなにか悪いことも起きるでしょうし、ぶつぶつ……』と、まあ、歯切れの悪い答えしか返ってこないでしょう。

それが科学的な誠実さだからしょうがないのです。

視点・論点「まん延するニセ科学」(2006-12-21 (木))」(うしとみ!
※ 以下強調は引用者による。


というわけで、権丈先生の誠実な社会科学者としての回答に対してマジギレしているようでは、黒岩アナが自らの無能ぶりを晒すことにしかならないわけで、まあ知ったこっちゃありませんけど。


2009年04月14日 (火) | Edit |
HALTANさんのところで言及いただいておりました(大嶽先生の著書をベースにまとめておこうと思っているうちに別のエントリを先にアップしてしまうなど、亀レスになってました)。
日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅 (中公新書)日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅 (中公新書)
(2003/08)
大嶽 秀夫

商品詳細を見る

そのHALTANさんの上記エントリではご自身のブログを引用されていますが、

ついでなので以下に感想めいたことを書いておくとすれば、悪名高い『ニュースステーション』(1985~)を立ち上げたのがまさにTBS→テレビマンユニオン→オフィス・トゥー・ワンの高村裕氏だったように(2008-03-16■[床屋政談]1982年以降の日本で起こったことid:HALTAN:20080316:p2)、残念ながら、村木氏たちが模索したTVの中の「私」性が大衆的に卑俗に最悪の形でしか実現されなかったのが1980~90年代以降から現在に至る現実だったのではないでしょうか?
2008-03-16■[床屋政談]1982年以降の日本で起こったことid:HALTAN:20080316:p2

[無題]「ピカピカ、ピンク色の日本は戻らなくても」→(朝日語翻訳)もう右肩上がりは有り得ない・・・こういうことをあっさりと書かれても困るのですが・・・。(2009-04-11)」(HALTANの日記


という点については、大嶽先生はアメリカの報道番組がひな形になっているとの認識のようです。

 ところで、マロー(引用者注:1950年代のCBSのニュース番組のキャスター(アンカーマン)だそうです)の手法を一〇年後に再現した「シクスティ・ミニッツ」ではあったが、十数分という時間で一つの事件の顛末を表現するために、どうしても善玉・悪玉二元論を軸にする傾向をもった。一般に、複雑な問題を理解しやすくする最良の方法は、問題を倫理化し、道徳的な悲憤慷慨を浴びせることだからである。より正確には、傾向というより、ドラマ性を与えるためにその二元論的構図が、意図的に編集方針とされたのである。こうしたスタイルから、さらに、音楽を背景に流すなどして、(被害者に対して)感傷的な報道に偏することが一般化した。
大嶽『同上』p.234
※ 以下強調は引用者による。


洋の東西を問わず、善玉と悪玉を仕立て上げることが一番視聴者受けがいいとのことで、「ワイドショー的報道番組」については「出羽の上」の出る幕はなさそうです。というより、日本では新聞社とテレビ局が系列化してしまっていて、マスメディアが相互に牽制するという作用が働きにくい点にも大きな問題があるとのこと。

 ところが、日本では、テレビの人気を新聞が増幅する傾向をもつ。日本の新聞が、その系列下にテレビ局を置いていることも、テレビに対する新聞による批判姿勢が弱いことの一つの理由であろう。このため、特定政治家へのブームや政治的フィーバーが、オピニオン・リーダーをも巻き込んで、日本中を席巻する事態を生んでしまう。
大嶽『同上』p.236


6年前の新書で指摘されていることが、現在でもまったく風化していないというのは大いに嘆くべきことではないかと。

ただ、それよりも前々回エントリでも指摘したように、こと経済政策については大嶽先生ご自身が単純な二元論に絡め取られてしまっているように見えますし、本文のこういう記述にも「ホントに大丈夫かな」と思わずにはいられません。

 また、複雑な問題(とくに経済政策)についても理解を促す効果があったことも事実であろう。一九九六年総選挙において、橋本首相が消費税の引き上げを訴えたとき、財源がないのだから消費税の引き上げもやむを得ないと多くの有権者が納得し、増税をいっても選挙で勝てるという、それまでになかった事態を生んだのはその一例である。
大嶽『同上』p.226


経済政策を正しく理解するということと、有権者が納得して「選挙に勝てる」かどうかというのは全く別の問題ですよね。バブルが崩壊した直後であるにもかかわらず、日銀が金融を引き締め続けている中で、橋本内閣が敢行した消費税引き上げや財政再建といった超緊縮財政が1998年の経済危機を招いた一因であったことは、正しく理解されているんでしょうか? 「理解を促す効果」のように見えたものは、結局のところ「既得権益に凝り固まった政治家・官僚」を「カイカク」するためのスローガンに過ぎなかったというのが、実態ではないかと思います。

実は大嶽先生は、こういった問題そのものは認識されているというのが頭の痛いところ。学者であっても畑違いではとんちんかんなことはよくありますが、こと経済政策についてはそれで済まない問題があります。大嶽先生の言葉を借りれば、ちょっと引用が長くなりますが、

 政治に対する関心を高めたことに貢献したとしても、反面で、「劇場型」政治のもつ善悪二元論を強化し、新聞がかねてからもっていたポピュリズム的政治理解を一層促進したと言わざるを得ない。「小泉・眞紀子ブーム」のような日本政治のセンセーショナリズム化と、それが伴った(橋本派、「抵抗勢力」との)善悪二元論は、報道番組のもつ成熟度(そして「民度」の成熟)に依然大きな限界があったことを示している
 そもそも、ストーリー性と事件の意義付けによってはじめて、ポピュリズムを支えるドラマが成立する。ニュースには、「なまじまとめると偏向する。それよりあるがままの断片的事実を放映するほうが偏向しない」という説がある。むろん、何の編集も加えず「あるがままの事実」をそのまま放映することは理論的にも不可能ではあるが、ワイドショー的にニュースが、それ以前のニュースがもつ(あるいは新聞のニュースがもつ)断片化という批判に応えて、より編集に力を入れたことで、「偏向」の危険を大きくしたことは否定できない事実である。おもしろいニュースにすればするほど、その危険は大きい。従来の細切れ的なニュース番組では、ポピュリズムの危険もまた少なかったと考えると、皮肉な発展であったと言わざるを得ない。こうした危険を、関係者はどこまで自覚しているかが問題であるが、その自覚は少ないように思われる。

二つの二元論
 ただ、ここで注目したいのは、八〇年代までの新聞の善悪二元論は、とくに朝日、毎日といった(クオリティ・ペーパーとしての性格、あるいは少なくともその自覚をもった)大新聞においては、戦後政治の基本的対立軸を中心に置いており、「保守・反動」=戦前型政治の復活を画策するもの、「革新」=その動きを阻止する平和勢力という対立図式をもっていたことである。それに対し、テレビでは、政治家のパーソナリティを前面に出すことによって、腐敗した悪徳政治家・官僚と清潔な「改革」政治家という二元論に代わった。九〇年代初頭に冷戦が終焉し、再軍備・安保という戦後最大の左右対立を風化させていた事態を反映したということでもあろうが、テレビのもつ属性が風化を加速したことも見逃せない。
大嶽『同上』pp.226-227


とおっしゃるように、「保守」vs「革新」が「既得権益」vs「カイカク派」に変わっただけのことというのが関の山でしょう。ただ、それを「報道番組のもつ成熟度」とか「民度」の成熟の限界としてしまう背景には、もっと市民を啓蒙すれば成熟度が増してすばらしい「民意」がもたらされるという、多少楽観的に過ぎる希望が見え隠れしているようにも思います。

もっとぶっちゃけていえば、おそらく「民意」ってのは昔からもこれからもそんなものであって、それを前提に民意から隔離した部門が制度設計するほうが人々の生活は向上する場面が多いだろうとは思いますが、逆にそれでは政治に参加しているという「満足度」が得られなくなります。現在に至る日本の政治状況をみていると、生活が苦しくても政治に参加する満足度を選ぶという一風変わった選好があるように思われてなりませんね。