2016年06月12日 (日) | Edit |
日付が変わりましたが、昨日で震災から5年3か月が経過しました。いま現在の国内の震災と言えば熊本震災になりますが、東日本大震災から5年程度で最大震度7を記録するような直下型地震が発生する地震大国であることを、改めて認識しなければなりません。その熊本震災からの復旧・復興はこれから本格的に動き出さなければならない段階に入りますので、その意味でも東日本大震災の経験を伝えていくことは重要な取組です。

(私の同業者ではないものの)私の周囲に熊本県の現地で支援活動をしてきた方がいらっしゃって、その話を聞く機会があったのですが、東日本大震災とは異なる直下型地震のため、被害の発生状況がまだら模様になっており、通常営業しているコンビニの隣に潰れた家屋が並んでいるなど、支援が必要な人とそうではない人の扱いが難しいという状況もあるそうです。そして、避難所の運営や物資の供給などでは東日本大震災の経験はほとんど活かされてないという印象で、これまでの自分たちの取組は、やはり遠くの土地の方にとっては他人事だったんだなと無力感を感じたとのこと。いやもちろん、私自身も阪神・淡路大震災や中越地震などは他人事に感じていましたし、初めて経験するような非常事態にすべてのことが円滑に進むという方が無理な想定でしょう。さらに、5年という時間の経過も微妙に影響しているかもしれません。

ということで、震災の経験を伝えていき、現時点でその経験がどのような形に表れているかを折に触れて確認することは、被災された地域かどうかに関わりなく重要なことだろうということで、例年3月頃に向けて発行される震災関連本を3冊ほど読んでみました。拙ブログの主な関心分野が社会保障や労働の分野ですので、どうしてもそこに注目してしまうのはご容赦いただきたいところでして、読んだ本すべてで「人材育成」とか「教育」に震災の経験を活かそうとすることが強調されているのが気になりました。まずは前回エントリでもちらっと取り上げた陸前高田市出身の元国連職員による活動報告ですが、

 インフラの復興も、産業の復興も、コミュニティの復興も、それを担うのは人です。全国、全世界から集まってくださった“人”の力、寄せられた“人”の思いで、陸前高田は絶望の深い闇を乗り越え、前に進むことができました。
 そう考えると、これから10年後、30年後、100年後の復興を可能にし世界に恩返ししていくためには、この岩手の地から“人”を育て、世界から“人”を集めることこそ眼目となるでしょう。
 思えば、私が外資の世界や国連でやってきたことの一つも「人事研修」という、いわば教育の仕事でした。それで、2014年4月に岩手大学の地域防災研究センターと人文社会科学部それぞれの客員教授に就任し、あわせてグローバル教育センターのアドバイザーもお引き受けすることにしました。
pp.187-188
陸前高田から世界を変えていく
元国連職員が伝える3.11
■ 著者名: 村上清
■ カテゴリ名:書籍/単行本
■ 発刊日:2016年03月05日
■ 判型:四六判
■ ページ数:224
■ 税込価格:1,620 円(本体 1,500 円)
■ ISBNコード:9784267020476
■ Cコード:0095


※ 以下、強調は引用者による。

「人事研修」が「教育」というのは、英語でいえばtraininingとeducationなのでかなり強引な結びつけではないかと思うのですが、村上氏ご自身も日本型雇用を前提にしている節があるので、ここでいう「人事研修」は全人格的なコミットメントを求める日本的な人材ということのようです。いやもちろん、村上氏ご自身がアメリカでは「ホワイトカラー・エグゼンプション」に該当する働き方をしていたわけで、それがある程度の長期雇用によるスキル習得を必要とする雇用形態であれば、ある程度は日本型雇用慣行に接近するのでしょうけれども、少なくともそれは、特定の「職務」に必要とされるスキル習得のためのtrainingではないだろうと思います。

たとえば、最近自治体が自衛隊での研修を取り入れて一部で批判を受けているようですが、

加東市の新人職員、自衛隊で研修 規律意識向上へ(2016/5/25 05:30神戸新聞NEXT)

 兵庫県加東市の新人職員11人が24日、研修の一環で、小野市桜台の陸上自衛隊青野原駐屯地で体験入隊した。25日までの日程で、屋外での集団行動などを通してチームワークや規律意識の向上に努めた。
(略)
 職員たちは、開講式に続いて、災害時の地方自治体と自衛隊の連携の重要生などについて講義を受けた。その後、屋外グラウンドに移動して、「気をつけ」「敬礼」などの動作を身に付ける「基本教練」に挑戦。隊員から「共に行動することで団結力が強まる」などと指導を受けながら、きびきびと縦列行進した。

「災害時の地方自治体と自衛隊の連携の重要生(ママ)」はまだしも、「「気をつけ」「敬礼」などの動作を身に付ける「基本教練」」は自治体職員の「職務」はほとんど関係ないですね。いやまあ、「公務員の接遇はなってないから厳しく指導されるべきだ」というならまだわからないでもないですが、それを研修する場所が自衛隊なのかというのは大いに疑問です。

本書で村上氏が指摘されるように、復興を担う人材が必要というのはその通りだと思いますし、その取組は学校教育の段階から行われるべきだとは思いますが、役所や企業の「研修」で行うというのは、職務に関係する以外は自己啓発とかボランティアの範疇にどこまで関与するか整理しておく必要があると思います。もちろん、自己啓発やボランティアに積極的に取り組むことで仕事の進め方にもいい影響が出る可能性があり、それを役所や企業が期待して「研修」として実施するということはありうると思いますが、そうであるならその目的をはっきりさせないと、引用した新聞記事のように目的が曖昧な「研修」になってしまうことが危惧されます。

現役の朝日新聞記者が岩手県大槌町駐在として取材した手記では、学校段階の取組が取り上げられています。

 伊藤教育長は1996年から3年間、米・ワシントンで日本語学校の校長を務めたことがある。「人としてどうあるべきか」を教えようとする日本に対し、米では「自分とは何か」に迫る教育をしようとしていた。目からうろこが落ちた。大槌に帰り、子供たちに昔話を聞きに行かせたり、田を一年中借りて農作業をさせたりして、自分の生まれたふるさとを実感させる授業を採り入れた。
 震災を経て、その気持ちはさらに強くなった。「まちづくりは人づくり。今こそ『3.11』まであったふるさとの継承と、新しいふるさとの創生。両方をしっかり教えないと」。
 震災3カ月後、伊藤教育長は武藤美由紀指導主事を教育長室に呼んで提案した。
「『ふるさと科』というのをつくってみたい。教育復興の柱にしたい」
 伊藤教育長は、小中合同の仮設校舎ができるのを前向きにとらえ、小中一貫校にする構想を立てた。9年間を通す軸に、これを据えようと思った。
p.97

理念なき復興 新刊
岩手県大槌町の現場から見た日本
東野 真和 著
ISBN 9784750343174
判型・ページ数 4-6・312ページ
出版年月日 2016/03/11

大槌町内の学校再開については以前取り上げた本が詳しいのですが、「「人としてどうあるべきか」を教えようとする日本に対し、米では「自分とは何か」に迫る教育」というのは大変示唆的な言葉ですね。学校が「社会人」を準備する機能を有するとすれば、「人としてどうあるべきか」は「社会人としてどうあるべきか」ということであって、その「社会人」がメンバーシップ型の日本型雇用慣行を前提とする以上、「メンバーシップとして働くためにはどうあるべきか」に容易に転化していくわけです。これに対して、ジョブ型の働き方を前提とするアメリカでは「自分とは何か」に迫ることで、自分が就くべき「職務」を意識せざるを得ないものと思われます。つまり、自分がこれからどのような形で社会に参加していくかを考える場が学校であり、そのために必要なスキルを身につけるのが学校の重要な機能であるのは日本でも欧米でも共通しているはずですが、その目指すところの違いが、日米の教育の違いに現れているといえるのではないかと。

その「ふるさと科」では、地元の若手自営業者がさんかする「はまぎく若だんな会」が作成した「117選 大槌お宝マップ」を教科書代わりにしているとのことで、内容は郷土料理や伝統行事などがメインのようですが、若手自営業者が自らの職域についても語ることができれば、まさに「職務」を通じて社会に参加する一助となるのではないかと思います。新しい取組が復興を担い、地域を担う人材を育成する新たなルートとなることが期待されます。

ただし、本書もさすがの朝日新聞クオリティで、

 2016年1月、おおつちさいがいエフエムは、3月末で閉局することを正式に決めた。2012年3月から4年間、町民に親しまれてきた。碇川豊前町長当時、国に要望し、災害FM局の経費に国の緊急雇用創出事業の助成金が継続してあてられるようになり、来年度までの予算を確保していた。しかし、平野公三新町長が事業見直しをした結果、「一定の役目を終えた」と判断し、打ち切った。

東野『同』p.161

いやだから緊急雇用創出事業は委託事業であって助成じゃないと何度言えば…。まあ制度のことは知らなくても記事は書けるわけですから新聞記者はお気楽な仕事ですなあなどと嫌みを言いたくなるのをぐっとこらえて、本書の記述自体は、冒頭で筆者が「この本は「税金の無駄だ」と告発する本でもないし、「被害者は可哀想」と同情心をあおる本でもない」という通り、中立的に書こうとしている意思は感じます。とはいえ、特定の立場や団体に肩入れしている雰囲気はかなり感じるところでして、情報源には批判を抑えているのではないかと思われる記述が散見されますので、その点には注意が必要ではないかと思います。

で、3冊目があの岡本全勝氏の編著による本なのですが、…さらに長くなりそうなので次のエントリに続きます。

2016年05月03日 (火) | Edit |
熊本地震は未だに余震が続いている状況で、やや旧聞に属しますが復旧・復興に関する法制度について一悶着あったようです。

熊本地震に関して、「激甚災害指定」と「災害救助法の指定」が話題になっています。

「災害救助法の指定」を受けると避難所、応急仮設住宅の設置、食品、飲料水の給与、医療、被災者の救出などにかかる費用について市町村の負担がなくなります。

熊本地震では、地震の翌朝に指定されました。

一方、「激甚災害制度」は、国民経済に著しい影響を与えるような激甚な災害から復旧するにあたり、自治体の財政負担を軽減するために、公共土木施設や農地等の災害復旧に必要な費用に関して国庫補助の嵩上げを行うものです。

被災したり、避難所に避難したりしている人には今すぐ直接、関係はありません。

激甚災害の指定は、復旧費用がその自治体の財政力の一定割合を超えるかどうかで、機械的に決まります。

その為、指定にあたっては、災害復旧に必要な金額の査定がまず必要です。

「災害救助法と激甚災害」(2016.04.19 衆議院議員 河野太郎公式サイト)

拙ブログでは、普段は政治家の発言を揶揄して取り上げることが多いのですが、この説明は簡潔にして要を得ていますね。震災などの災害発生直後の救助活動や支援物資の配給などの実働的な活動については災害救助法(東日本大震災までは厚生労働省が所管していましたが、その後総合防災会議を所管する内閣府に移管されています)に基づいて行われます。こうした実働的な活動はもちろん、災害発生直後の緊急時から復旧・復興期に移行するに当たって、その復旧・復興事業にはお金がかかるわけでして、その財源を国から地方自治体への財政移転によって補填するのが、「激甚災害制度」となります。

もう少し細かい話をすると、災害救助法の適用地域の指定は都道府県知事が行うものであり、直接的には市町村と都道府県が財源を負担しますが、その額に応じて国庫負担する額が災害救助法で規定されています。詳しくはこちらの「問1 被災市町村が対応した災害救助関係経費は、最終的にはどのように負担されるのか。」などをご覧下さい。
東日本大震災への対応に係るQ&A(地方行財政関係)(pdf)

これに対して、激甚災害制度は国から地方への財政移転の制度であり、熊本県知事が早期に指定してほしいと要請したのはこの激甚災害制度についてです。ただし、上記の河野太郎氏の指摘の通り、その指定は自治体による被害状況の調査に基づいて行われるものであって、通常は1か月程度の時間を要します。なお、東日本大震災のような被害状況の調査そのものが困難なことが明らかな場合には、調査を待たずに決定されることもあります。今回の熊本地震は、当初局地的な震災と思われていたところ、その後本震が発生して余震活動が活発に継続しているという状況となり、東日本大震災と同じように調査を待たずに決定されました。この点では、通常の手続きよりは早い指定といえるでしょう。

という制度の仕組みを把握していれば知事が要請したから指定するという手続きではないというのはわかると思うのですが、こうした制度をごっちゃにした人はどこにでもいるようです。

安倍政権の震災対応に激怒 蒲島熊本県知事「強気」の源泉(2016年4月19日 日刊ゲンダイDIGITAL)

 14日夜の熊本地震「前震」の発生からすでに5日が経過。安倍政権による激甚災害の指定が遅れている。安倍首相は18日の国会で「早期に指定したい」と明言したが、19日の閣議でも指定を見送った。

 激甚災害は、地方自治体が実施する復旧事業の見込み額が一定基準を超えた場合に政府が指定、復旧事業への国の補助率がカサ上げされる。ちなみに、東日本大震災では当時の菅政権が発生翌日には激甚災害の指定を閣議決定していた。

 前震の発生直後に熊本県の蒲島郁夫知事が早期指定を求めたところ、安倍政権はその要求をはねつけた。16日の「本震」発生でやっと方針を改めたとはいえ、腰が重すぎる。ひょっとして、安倍官邸と蒲島知事との間で確執でもあるのか。

「熊本県の財政事情は決して悪くない。財政の健全性を示す実質公債費比率も14年度は13%と、早期健全化基準の25%まで、まだまだ余裕がある。財政出動を抑えたい政府にすれば、激甚災害の指定範囲を震源地近くの益城町や南阿蘇村など小さな自治体に絞り、残る地域の復興は県に任せたいはず。県全域の指定を求める蒲島知事とは当初からボタンが掛け違っていた」(官邸事情通)

いやだから、制度上は「安倍政権はその要求をはねつけた」わけではなく通常の手続きで指定できないわけでして、その後、通常の手続きより早く指定されたことからすると、この「官邸事情通」という方がこのようなコメントをされている趣旨がよく分かりませんね。まあ、日刊ゲンダイの記者が都合よく話をしてくれる人を探していて、ちょうどよく趣旨のよくわからないコメントをする人に捕まってしまったのかもしれませんが。

震災の被害によって避難している方々が多くいらっしゃる一方で、復旧・復興事業は速やかに着手する必要があることはいうまでもありません。かといって、現在進行形で被害が大きくなる中では、復旧・復興事業の規模や箇所を確定することができないために着手が難しいという事情もあります。そもそも地元自治体の職員は避難されている方のケアが最優先事項となっている状況で、現状ではそこまで手が回らない部分もあるでしょう。復旧・復興事業は官民問わず地元が主体となって実施するものではありますが、大規模な被害が発生している現状を踏まえて中長期的なスパンで考える必要がありそうです(念のため、これは東日本大震災時の経験などを踏まえた推測であり、私自身は熊本地震の現場を直接見聞しておりませんので、現地の状況について詳しく知りたい場合はそちらのWebサイト等をご確認ください)。

2016年04月16日 (土) | Edit |
この度の熊本地震で多数の死傷者が発生してしまい、亡くなった方に心より哀悼の意を表するとともに、怪我を負われた方にお見舞いを申し上げます。気象庁では、今日未明の直下型地震が本震と考えられるとの見解を示しているとのことで、これからもしばらくは余震に警戒が必要となります。住居などの建物の崩落や道路や橋が損壊するなど、救助活動そのものが困難な状況ですので、救助・支援する側の皆さんもくれぐれも注意の上、活動に当たっていただきたいと思います。東日本大震災発生後の拙ブログのエントリが参考になればと思います。

被災地支援について(追記あり)2011年03月18日 (金)
被災地支援についての補足(追記あり)2011年03月20日 (日)

現地の社協では、ボランティアの受け入れについての情報が掲載されています。

平成28年熊本地震について(第2報) 最終更新日 [2016年4月16日 8時24分]
■■■■4/16(土)現在は「人命救助」の作業が優先されます■■■■
ボランティアが入れる状況になったら、こちらでお知らせします。


平成28年熊本地震について(第2報)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
被災地でのボランティア活動に参加したいと考えている"あなた"へ
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 被災地でのボランティア活動の前に、大切なことをまとめましたので、必ずよく読んで参加してください。
http://www.fukushi-kumamoto.or.jp/list_html/pub/detail.asp?c_id=56&id=7&mst=0&type=

 もっと、詳しく知りたい方は、次の『市町村災害ボランティアセンターマニュアル』をご覧ください。
http://www.fukushi-kumamoto.or.jp/list_html/pub/detail.asp?c_id=56&id=6&mst=0&type=

災害ボランティア情報(熊本県社会福祉協会)
※ 以下、強調は引用者による。

特に、リンク先の「 「平成28年熊本地震」に関する災害ボランティア情報について」は必読です。

ボランティア情報

Ⅰ 被災地でのボランティア活動に参加したいと考えている"あなた"へ 

 被災者への生活支援や被災地の復興支援のボランティア(以下「災害ボランティア」)活動に参加する際は、いろいろな準備が必要となります。
 無計画に被災地へ向かっても、欠航、運休、通行止め等で現地入りできなかったり、現地に到着してもボランティアの募集が行われていなかったりする場合もあります。
 被災地の市区町村に設置される「災害ボランティアセンター」で最新の情報を入手し、綿密な計画を立てて現地に向かいましょう。

(略)

8 問合せのマナーについて

 被災地の市役所や役場、災害ボランティアセンターに安易に電話や電子メールで問い合わせることは、できる限り控えてください。
 被災者からの「助けてください」などの問い合わせの電話がかかりにくくなる恐れがあるからです。
 メールも回答するのに時間や手間がかかることから、かえって迷惑になります。
 このため、被災地の情報を入手する際は、まず初めに、被災地の市役所や役場、社会福祉協議会、災害ボランティアセンターのホームページをしっかり閲覧しましょう
 東日本大震災以降の災害では、停電や冠水などによりパソコンが使えなかったことから、携帯電話やスマートフォンなどの携帯端末による情報発信が積極的に活用されています。
 特に「ツイッター(twitter)」には、災害ボランティアや物資の募集などの被災地支援の情報がタイムリーに発信されていますので、情報収集にお役立てください。そして、これらの方法でも情報が不十分な場合に限って電話による問合せをしてください。
 「できる限り電話やメールをしない」という「配慮」もボランティア活動のひとつです。
平成28年4月15日 熊本県ボランティアセンター

「平成28年熊本地震」に関する災害ボランティア情報について(熊本県社会福祉協会)

ボランティアで被災地支援をお考えの方は、ぜひリンク先を開いて全文をご一読ください。

そのほか、支援物資の送付やボランティア以外の支援方法としては、募金が最も簡便で効果的だろうと思いますので、ご参考までにリンクします。
【熊本地震速報】災害・寄付・ボランティア情報まとめ(ボランティアプラットフォーム)

被災された方が一日も早く元の生活を取り戻せるよう、私も支援したいと思います。

(追記)
マンマークさんにご紹介いただきましたので、こちらからもリンクさせていただきます。マンマークさんは「熊本地震関係」のカテゴリを作ってリンク先も随時更新されているようですので、最新の情報をご確認ください。
「何かしたい人へ。(追記あり)(2016-04-16)」(市役所職員の生活と意見)

(再追記)
21日までに徐々にボランティアセンターの受け入れが始まったようですので、リンクしておきます。
平成28年熊本地震について(第6報)最終更新日 [2016年4月21日 11時07分]

ボランティアとしての支援方法について混乱があるようなので整理しておきますと、自活のスキルや支援方法についての装備などを準備できない個人の方は「ボランティアセンター」を通じて最低限の装備や自活方法でできる支援活動を行うことが望ましいという理由で、「ボランティアセンター」での受け入れが始まるまでは情報収集に徹して、無用の混乱を防ぐべきだと思います。逆にいえば、自活のスキルがあり、被災地で自主的に支援できる装備とノウハウをお持ちの方が自主的に支援活動を行うことは可能でしょう。

ただし、もう一つ重要な要件がありまして、そのように自主的に活動できる方であればこそ、避難所の担当者や地元の自治体、さらに救助活動を行っている警察や消防と十分に連絡を取り合いながら、秩序だった活動を行う必要があります。そのような連携ができない、あるいはするつもりがない方は、ただでさえ混乱している現地に無用の混乱をもたらす可能性が高いので、活動を自粛していただくのが被災された方への配慮だと思います。という言葉が届く相手ではなさそうなところが難しいところですが。

2016年03月12日 (土) | Edit |
マスコミでは今年も辛うじて全国放送で特集番組が組まれたりしていて、来年くらいからだいぶ減ることが予想されるところではありますが、その意味もあってか総括的な内容の特集が多いように見受けます。その中で昨年、玄田先生の『危機と雇用』を書評させていただいた『中央公論』の4月号で、「震災から5年 被災地が映し出す日本の歪み」という特集が組まれています。

特集の目次は、

特集 被災地が映し出す日本の歪み
●震災から五年という一つの区切りを迎えて
  人口減少を直視した復興を 増田寛也×御厨 貴
●これだけは言いたい、被災地の現実
  被災地域3県知事、34市町村長アンケート
●一人勝ちの先代、人口激減の沿岸自治体
  被災地が暗示する10年後の日本の姿 島田明夫
●復興に立ちはだかる「原形復旧」の壁 岡野貞彦
●僕らは永遠に応援団であり続けたい
  未来へ歩き始めた福島の子どもたち 小泉進次郎×林 修×南郷市兵

中央公論 2016年4月号(3月10日発売)
(リンク先は最新号の目次ですので、次号発行時に入れ替わります)

となっていて、増田×御厨対談では、しきりに反省の弁を述べる御厨先生とは対照的に増田氏が楽観的なことばかり発言されており、御厨先生に「増田さんの提案は、いつも最終的には悲観していないから、救われます。(笑)」と呆れ賞賛されていまして、なかなか面白い見物になっています。

まあそれはそれとして、特集の二つ目の記事の「被災地域3県知事、34市町村長アンケート」に様々な首長さん方の思いが綴られていて、色々な意味で考えさせられる内容になっています。質問項目は、
  1. 今だからいえる、震災前に備えておけばよかったと思ったことはありますか。
  2. 今後に向けて、国にこれだけはいいたいということはありますか。
  3. 震災前の自治体の課題は何でしたか? この5年間の復興、復旧の中で、その課題はどうなりましたか。
  4. 「日本創生会議」(座長 増田寛也氏)は、日本の人口減少が進む中、「『若者に魅力のある地域拠点都市』を中核とした『新たな集積構造』の構築が目指すべき基本方向」と提言し、「そのためには、『選択と集中』の考えを徹底し、人口急減に即して最も有効な対象に投資と施策を集中することが必要」としています。この提言について被災地からこの国をご覧になっている知事(市町村長)としてどのようにお考えになりますか。
の4点となっていて、知事や市町村長の考え方を引き出ためによく練られたアンケートになっていると思います。といいながら、冒頭の達増拓也岩手県知事の回答が実績をアピールするだけの木で鼻を括ったような回答ですが、岩手県宮古市や山田町、福島県南相馬市は質問項目に関係なく回答していたり、首長さん方の本音がにじんでいる回答になっています。特に自治体関係者の方には1の回答は参考になる(福島県いわき市の個別の事務についての指摘は担当者の苦労が忍ばれます)と思います。

ただし、アンケート自体は42市町村に送ったものの回答は34市町村となっていて、大槌町や南三陸町、相馬市など大きな被害のあった町を含む8市町村では回答できない状況があったことも伺えます。ぜひお手にとってご確認下さい。

2016年03月12日 (土) | Edit |
日付が変わってしまいましたが、今年も年度末の慌ただしさの中で震災から5年が経過しました。1年前に「政府主催の追悼式典は来年くらいまででしょうか」と書いたところですが、今年はなんとか天皇陛下ご臨席で催行されました。5年が経過して改めて振り返ってみると、これも1年前に書いた通り「所詮は人間のやることである以上、おカネがあってもできることは物理的にも手続き的にも限られる」状況ではありましたが、被災された地域の皆さんが官民問わず地道に復興の取組を進めた結果として、新しい街が実際に動き出す段階にまでようやくこぎ着けたというところだと思います。

各方面からの批判や軋轢を抱えながら、それでも目の前の事態に対応しながら一つひとつ積み重ねてきたものが形になって動き出してきたのは、震災から約4か月後に「一面が流されてしまった被災地に行くたびに「ここがどうなれば『復興』したといえるのだろうか?」と思い悩んで」いた状況を思い起こすと、まさに隔世の感があります。関係各位のご尽力に改めて敬意を表します。

そしてその先にあるのが、良くも悪くも震災前の状態に戻った後で、震災前からある課題にどうやって対応するかという古くて新しい問題です。昨年のエントリで取り上げた書籍で指摘されているように、

都市部と地方の福祉状況の違い

 東日本大震災では、都市部と地方の違いがあり、地方が震災前から抱えている課題が震災により浮き彫りになった面が数多く見られました。
 阪神淡路大震災では、被災した多くの地域が神戸や西宮のように大都市であり、人口が多い地域です。福祉制度においては、障がい者運動の成果に加えてそれぞれに独自の予算で競い合い、他の地域よりも進んだ制度を作り出す傾向がありました。
 一方、今回の被災地域の沿岸部では、年々人口の流出が進み、十分な福祉基盤が整備されていない状況があります
 主な特徴として、東北沿岸部では障害者福祉を担う事業所が大きな社会福祉法人一つというところが多くあります。地域に多様なホームヘルパーやガイドヘルパーなどの利用者、福祉サービス事業所がないことで、さまざまなニーズに対応しにくい面があります
 全体として、知的障害者、精神障害者に関わるサービスのわりには身体障害者へのサービスが不足しているように思いました。

p.120
そのとき、被災障害者は… 取り残された人々の3.11そのとき、被災障害者は… 取り残された人々の3.11
(2015/02/24)
不明

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※ 以下、強調は引用者による。

今何かと話題の保育所も含め、個人の生活を保障する公共サービスの供給体制は地方へ行くほど貧弱になります。それは一面では、農業などの個人事業主が多く、勤め人でも近接した勤務地という利点を活かして家計内の家事労働で生活を保障するサービスを補っているという実態を反映したものではありますが、その負担が家計内の家事労働では賄いきれない状況になってしまうと、その時点で生活保障機能が失われ、それに従事するため離職せざるを得なくなるという状況にあることも意味します。

都市と地方の違いとして、上記のとおり地方では障害者への福祉サービスが貧困なのは、過疎化が進む地域で、通所や訪問が可能な範囲では障害のある方の絶対数が少ないため、規模の経済が働かずにサービス受容者に対するコストが割高になるからといえます。これに対し、都市部では核家族化で家事労働の担い手がいないとか勤務地が離れていて早朝や深夜には家族が不在になるとかで家事労働が供給できない場合、それを外部化しようとしても、そのコストを租税により社会的に負担するのではなく個人に応益負担を求めるため、利用者には割高になり、提供者には十分な収入が確保できず、公的サービスが先細る一方で市場で提供されるサービスが高騰し、待機児童の問題が顕在化することになるといえるでしょう。

こうした負担と給付のバランスというのは往々にして利害が対立するところでして、その利害対立そのものを悪として認識するのが昨今の政治批判の風潮のように思います。前回エントリで取り上げた待鳥先生の『代議制民主主義』ではこう説明されています。

 だが今日、日本を含めた世界各地で代議制民主主義への疑問が突きつけられている。その大きな根拠は、結局のところ、理論的に想定されている委任と責任の連鎖関係が実際には存在していない。あるいは機能していないという認識に求められよう。
 政治家は選挙のときに曖昧で裏付けのない政策を訴えるだけで、それが実現しなかったとしても何の責任もとらないどころか、そもそも実現する気があるのかすら疑わしい。訴えている政策が特定の支持者集団や地域にのみメリットをもたらすもので、巨額の財政赤字を生み出すなど社会全体にとってはマイナスになる場合も少なくない。有権者も、社会全体にとってマイナスの政策や、中長期的には維持不可能な政策を打ち出す政治家に、安易な支持を与えてしまっている。政治家と官僚の間にも、官僚は専門能力を隠れ蓑にして実際には自らが望む政策を立案しているだけ、政治家からの具体的な指示があってもサボタージュしている、あるいは一部の政治家と結託して狭小な自己利益のみを追求している、といった不信が存在している。そして政治家は、官僚のこのような行動を黙認しており、場合によっては自らもお相伴に与っているように見える。
p.242-243


『代議制民主主義「民意」と「政治家」を問い直す』待鳥聡史 著(中公新書)


自民党ガーとか財務省ガーとか声高におっしゃる方によくある論理ですね。まあ「巨額の財政赤字」というのを「増税や社会保険料の引き上げ」と言い換えても十分に通用しそうな点でも汎用性は高そうです。このような「代議制民主主義」への批判の内容を、待鳥先生は次のように説明されます。

 したがって問題は、自由主義的要素と民主主義適用その間にいかなるバランスが成り立つのが望ましいと考え、かつどのようにしてそのバランスを維持するか、というところにある。これが難問であることは改めていうまでもないだろう。今日、代議制民主主義に向けられている批判には、政治家が民意を反映した政策決定を行わないというものが目立つ。だが歴史的に見れば、有権者の多数派の意向を政治家が過剰に代弁してしまっているという「多数者の専制」に批判が向けられることもしばしばであった。また、少数の有権者が持つ既得権益が長期的には必要な政策を妨げているという批判も根強い。政治家が民意から乖離しているという批判は民主主義的要素を強めることを求め、「多数者の専制」や強すぎる既得権への懸念は自由主義的要素を強めるよう期待する
 これらの批判はいずれも、具体的な政策についての反対者の立場とも関連していることが多い。自分が有権者の多数派を構成していると思われる場合には、政治家の裁量や自律性は、不要に感じられる。逆に自分が少数派や弱者であって一部の政治家のみが同じ意見だと信じるとき、社会の多数派や強者の意のままになる政策決定には危惧を抱く。だが、個々の政策決定への反対と、代議制民主主義に対する原理的な再検討は、区別されねばならない。
待鳥『同』p.252-253

先に引用した部分での「巨額の財政赤字」でも「増税」でも通じるほど汎用性の高い批判というのは、自分が多数派だから政治家が一部の既得権益に配慮していると感じるか、自分が少数派だから強者の論理で「数の論理」に押し切られていると感じるのかによって、政策に対する批判が自由に使い分けできるということの証左でもありますね。自分が正しいと信じる政策が少数派(と信じる)なら、自由主義的要素を強調してあえて民意から乖離する必要があると唱え、自分が正しいと信じる政策が多数派(と信じる)なら、民主主義的要素を強調して選挙や世論調査の結果を振りかざせばいいわけですから、オールマイティで批判できるわけです。

でまあ、増税を批判する方々はこれらの批判をさらにミックスさせて、「増税は景気を交代させるから絶対悪だ」といいつつ、一方で「景気を回復させるために公債発行して財政支出すべき」といい、さらに他方で「女性の社会進出はこれまでの統計では不合理だからそれを支援するのはムダ」であって「ポリコレに凝り固まった政府を罵倒せよ」という批判を繰り広げていらっしゃる方も多いようです。拙ブログでは、そうした批判こそが「「経済成長で再分配拡充を」というのと同じように、「国債の中央銀行引き受けで再分配の拡充を」というのは、ワンショットの財源としては有効ですが、それが持続可能でないのであれば生活の向上はおろか社会全体の限界的消費性向の向上も見込めない(従って総需要拡大によるインフレも見込めない)ということになると懸念」しているところでして、その結果が、特に生活保障に関連する分野において、被災した地域では震災前の状態に戻るにつれて公共サービスの貧弱さが顕在化し、都市部では保育や介護などのサービスの不足などの問題が顕在化していると考えるべきではないかと思います。震災から5年が経過し、古くて新しい問題が顕在化している現在、単に「震災後」としてではなく、震災前と地続きとなっている日本全体の生活保障の問題が、政治のメインイシューとなる段階に入っているのではないでしょうか。