2010年12月22日 (水) | Edit |
カイカク派の手にかかると、手段であるリフレーション政策とか地方分権とかが目的化していくっていうのは、多分「レンジでチン」的な感覚なんだろうと思ったのでメモ。

  1. 電子レンジって便利だよね。
  2. 昔ながらの鍋料理とかは手間がかかるし、手料理をする人の手間暇が非効率だから、「レンジでチン」すればオールオッケーだよな。
  3. 手料理に縛られて他のことができなくなってしまうなんてライフハックじゃないよね。
  4. 今どき「レンジでチン」できない料理なんて「時代の流れ」に取り残されているんだよ。手料理から人を解放してもっと生産的なことができるようにすることがライフハックだよな。
  5. 俺、料理のことよくわからないんだけど、料理はみんな「レンジでチン」でできるんじゃね? つーか、キャベツの千切りを手でやったら非効率だけど、キャベツを「レンジでチン」したら効率的にできるはずだお!
  6. できるかどうかやってみないとわからないお! とくにかくキャベツでも何でもいいから「レンジでチン」してよ!
  7. 何でもかんでも「レンジでチン」したって料理ができるはずがないだと? それは電子レンジの能力を信用していない手料理人の偏見だお! 手料理人は電子レンジを見下しているお! 「電子レンジ」感覚がわかってないお!
  8. ははーん、さてはお前も手料理人の仲間だな? 手料理人の作る料理を食べたいからって手料理人の屁理屈に取り込まれたアフォめ。お前も同じ既得権益だお!手料理人は電子レンジを見下しているお! 「電子レンジ」感覚がわかってないお!
  9. 「レンジでチン」を批判するヤツはみーんな手料理人の既得権益を守りたいだけだお!
  10. 手料理人とそいつらの仲間をぶっつぶせ!


※ 6と7と8を修正しました。(12/22)


なんとなく途中から「やる夫」口調になってしまいましたが、ポイントは「電子レンジは便利だよね」というスタートの命題は全くの正論なのに、それが素人考えで自己目的化されてしまうと、最後にはとんでもない命題が導かれてしまうというところでしょうか。「電子レンジ」って万能感ありますからね。

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2010年07月28日 (水) | Edit |
先週の朝まで生テレビのテーマが「激論!“若者不幸社会”」だったので、イヤな予感がしつつも久しぶりに見てみましたよ。もちろん録画早送りで。パネリスト等は以下のとおりでした。

司会:田原 総一朗
進行:長野 智子・渡辺 宜嗣(テレビ朝日アナウンサー)
パネリスト:東浩紀(早稲田大学教授、批評家)
猪子寿之(チームラボ代表取締役社長)
河添誠(首都圏青年ユニオン書記長)
勝間和代(経済評論家)
清水康之(NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表)
城繁幸(Joe's Labo代表取締役、作家)
高橋亮平(NPO法人「Rights」副代表理事)
橋本浩(キョウデン会長、シンガーソングライター)
福嶋麻衣子(モエ・ジャパン代表取締役社長)
堀紘一(ドリームインキュベータ会長)
増田悦佐(経済アナリスト)
水無田気流(東工大世界文明センターフェロー、詩人)
山野車輪(漫画家)

朝まで生テレビ
※ 上記リンク先はそのうちバックナンバーのカテゴリに移行すると思います。


このリストの中で事前にどういう主張をするのかある程度分かるメンツは、カツマー、アズマー(?)、joe、日本型ヒーロー、嫌韓流、堀氏、河添氏、清水氏という辺りでしたが、まあ、予想を裏切らない議論が延々と続くだけで苦痛でしかありませんでした。議論が的外れであれば、後は人物観察するしかおもしろみはなくなってしまうわけで、今回の収穫はアズマーと堀氏のマジゲンカと、「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」なる思想集団からご出演のお二人のうち、元最年少市議の高橋亮平氏をじっくり観察できたことですね。

高橋亮平氏は不勉強ながら今回の朝生で初めて拝見したんですが、見たまんま上から目線という方がいらっしゃるのだなと軽い衝撃を受けました。上記リンク先のご自身のWebサイトでは上目遣いの写真しか載っていないので、別人かと思ったほどです。他の出演者に対して常に上目遣いならぬ「下目遣い」で、この俺ならすべての答えを持っているのだという自信に満ちあふれているその態度には軽く敬服しておくしかなさそうです。

上で「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」を思想集団と指摘しましたが、高橋氏が主張されるチホーブンケンにしてもjoe氏が主張される解雇規制の撤廃による雇用の流動化にしても、法制度や判例、政府の統計データや公共経済学の分析なりOECDのデータなりをまじめに検討していたら、そんな世迷い言はいえなくなるはずです。それを自分の半径数メートルの現場経験でもって無視してしまう議論というのは、「○○を唱えていたら不治の病が治った」とか「××の壺を飾っていたら宝くじが当たった」という奇跡の経験談でもって、「○○の教義は正しい」という自己の主張を正当化する輩とたいした違いはないように思います。番組の中でも自らの著書を掲げて「まずは世代間格差の現実を知ってほしい」と連呼してましたから、自らの信者を増やすことには熱心であっても、そこに書かれている「事実」なるものについての批判的な議論は封殺するのだろうなと思わざるを得ません。まあこう書くとある種の信仰集団といった方がよさそうですが。

いやもちろん、若者(定義が「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」でもはっきり書いていないのでどの年代を指すのかよく分かりませんが)が不満を訴えて改善を求めることは重要だと思いますし、私自身もまだ若い年代(と思いたい)年代なので、その主張に共感できそうな点もあるにはあります。ただし、だからといってその不満の矛先を「世代間格差」という対立構造に落とし込むのはいかにも目安箱的な政策提言であって、法制度やデータ等を読み解くリテラシーのないことを「庶民目線」といって正当化するカイカク派と親和的になっていくのも宜なるかな。

そんな中で、河添氏がチホーブンケンにおけるナショナルミニマム削減の動きを的確に指摘していたのは大変興味深く拝見しました。田原総一朗が「連合なんてろくでもない既得権の固まり」みたいな労組罵倒発言を繰り返していた中で、河添氏はJoe氏の雇用流動化や高橋氏のチホーブンケンという主張が普通に暮らす人の生活を破壊する経路をきちんと説明していたのに対して、Joe氏やカツマーは「そのためにセーフティネットを同時に作るんです」とチホーブンケンでは到底実現できない施策を主張するという、ここ数年当たり前に繰り返される大変ねじれた議論がここでも繰り返されていました。田原総一朗が既得権益だとして労組攻撃をするのであれば、こうしたねじれた議論で「既得権でない」側が既得権益なるものを破壊した後には、再び既得権の奪い合いが発生するということもきちんと指摘していただきたいものです。

まあ結局のところ、番組後半で嫌韓流の山野氏が「実は『「若者奴隷」時代』を書いているうちに、若者は不幸ではないんじゃないかと思うようになった」と言い出して、ワカモノ・マニフェスト策定委員会の面々は何も言えなくなっていましたが、その程度だということですね。

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2009年12月01日 (火) | Edit |
金曜日の朝生は「激論!官僚が本当に悪いのか?!」とのことで、録画してみてみました。パネリストは以下のとおり。

司会: 田原 総一朗
進行: 長野 智子・渡辺 宜嗣(テレビ朝日アナウンサー)
パネリスト:
大塚耕平(民主党・参議院議員、内閣府副大臣)
細野豪志(民主党・衆議院議員、党副幹事長)
山本一太(自民党・参議院議員、元外務副大臣)
小池晃(日本共産党・参議院議員、党政策委員長)

石川和男(元通商産業省、東京財団上席研究員)
猪瀬直樹(作家・東京都副知事)
木村盛世(厚生労働省医系技官、「厚生労働省崩壊」著者)
高橋洋一(元財務省、元内閣参事官、「さらば財務省!」著者)
中野雅至(元厚生労働省、兵庫県立大学大学院准教授、「公務員大崩落」著者)
長谷川幸洋(東京新聞・中日新聞論説委員、「日本国の正体」著者)
山田厚史(朝日新聞シニアライター)
若林亜紀(ジャーナリスト、元特殊法人勤務)

「「激論!官僚が本当に悪いのか?!」」


朝生ってたいていはテーマに賛成の立場と反対の立場が向かい合って討論するというパターンになるはずなんですが、このテーマにこの人選では「官僚が悪くはない」なんていう方は一人もおりませんでした。なんという欠席裁判。唯一、中野雅至氏がイギリスの官僚制を引き合いに出して民主党のご都合主義を批判されてましたが、かといって官僚を擁護することはありませんでしたし。

というわけで、議論の流れもいつの間にか財源問題とか普天間基地問題に移っていって、民主党の政策はフィージビリティに欠けるよねというところでFAでした。その中でもやっぱりチホーブンケンだけは誰も疑念を挟まないようで、個人的におもしろかったのは、山本一太自民党議員が細野豪志民主党議員に対して、

自民党では、部会を通じて関係団体や地元の現場の意見を吸い上げる仕組みがあったが、民主党にはそれがないんじゃないか。(大意)

と批判して、これに対して細野議員が

民主党はこれからも地方と関係団体をきちんと見て回りますよ。(大意)

と答えていたところ。

・・・あれ? 勘違いしてたかなぁ。
小泉改革以降の政権党が、霞ヶ関の無駄をなくすとか国から地方へとかいって「地域主権」なんて唱えているのは、国は外交とか防衛に専念して国内のことは地方に任せるということじゃなかったんですかね。なのに、地方とか国内の関係団体を見て回る必要があるんですか?

もちろん、個人的には国内の情勢も知らない政府なんぞに国の外交も防衛もできるわけがないと考えているので、そんなお題目に意味があるとは思ってませんけど、少なくともそれを「マニフェスト」とかいう選挙公約に書いて政権交代した以上、「我々は国内の問題なんかにかかずらう余裕はありませんよ」とおっしゃるのが筋というものでしょう。ただし、少なくとも現首相は「マニフェストは一番大事な契約」とおっしゃってますし、パネラーの中では、東京都副知事で元地方分権改革推進委員会委員の猪瀬直樹氏だけが、最後まで「だからハローワークを地方に移せっていってるんだよ!」と筋を通されてましたが、ぶっちゃけそんな筋はこれっぽっちも要りません。

まあ、こんな現政権の支離滅裂ぶりは今に始まったわけではないので特に驚きはしませんでしたが、ちょっと意外だったのは高橋洋一氏はさすがに制度をよく知っているなということ。拙ブログのスタンスとして、リフレ政策を主張するからといってほかの主張まで無条件で評価することはしませんので、カイカクばかに親和的な高橋洋一氏の言動には常々警戒感を持っていますが、そんな目で見てもパネラーの中ではかなりまともなことを発言されていたように思います(といっても、財政制度について詳しいということなので、ほかの制度についての発言は相変わらずカイカクばかに受けの良さそうなものが多く、あまり信頼度が上がったわけではありません。要すれば、それ以外のメンツの発言がひどすぎたということです)。

特に、事業仕分けについて、高橋洋一氏が

地方の事業はいわゆる「事業系」のものが多いので、一つ一つの事業を個別に取り出して現場の感覚で評価するということが可能だが、国の事業はいわゆる「制度系」のものが多く、それだけを取り出しても最終的には他の制度等との関係を調整しなければならないので、事業仕分けというやり方はそぐわない。(大意)


とおっしゃっていたのは、さすがに事業仕分けを提唱している「構想日本」を立ち上げた大蔵官僚の同僚だけに、査定の「現場」についてご理解があるのだなあと。つまり、事業仕分けというのは、財政当局自らが行っていた査定作業に「民意」という後ろ盾を直接持ち込むやり方ですから、査定の「現場」の役人にとっては精神的にも肉体的にも大きな負担軽減となります。査定をしながらその結論に批判ばかり受けている査定担当者が「こんなに批判されるなら民間に査定やらせてみたらいいんじゃね?」と思うのも不思議ではないわけです。かといって、そんな「民意」の後ろ盾があったとしても、複雑に利害の絡んだ制度設計そのものをテクニカルに査定できるわけではなく、高橋洋一氏はその点をきちんと理解されているんですね。

ただし、高橋洋一氏は口を開けば「埋蔵金」とか金融政策ばかりいっていて、ミクロの資源配分や所得再分配とか、保険(特別会計の多くは保険としての収支を独立させるためのものです)の拠出と給付の権利性にはほとんど興味がなさそうでしたし、どちらかというと総体的には信頼度の低さを確信したというところです。

ついでに、未だに若林亜紀氏をパネラーに呼ぶテレ朝の感覚の麻痺ぶりには改めて幻滅しますし、彼女を事業仕分けの裏方に起用した行政刷新会議の見識をいまさらながら疑っておきます。

2009年11月18日 (水) | Edit |
あれは、ちょうど1か月くらい前のちょっと肌寒い日の朝でした。私はいつもバスに乗って出勤するんですが、その日もいつものように近くのバス停まで、いつも通る少し幅の狭い歩道を歩いていたんです。

すると、向こうからなにやら歩いて来るのが見える。よーく見てみると、制服を着た男子高校生なんですね。「朝からどこに行くんだろうなぁ」なんて思いながらも、私はとりあえず関心のないふりをしてそのまま歩いていきました。

すると、その高校生はちょっとチャラい感じで気だるそうに歩いていたんですけど、不思議なことに私の歩いている正面にすーっと向かって来たんです。

私は気がつかないふりをしながらも、「あれぇ? どうしてこの高校生は私の正面目掛けて歩いて来るんだろう?」と思ったんです。だっておかしいじゃない。このままだと私とその高校生はface to faceでぶつかってしまう。

私はまだ気がつかないふりをして歩きながらも、「もしかして知り合いの高校生なのかもしれないなぁ」と思い直して、その高校生の顔を気づかれないようにそーっと見ながらいろいろ記憶をたぐってみたんだけど、やっぱり思い出せない。

妙に変だなぁ」なんて思いながら、「でもまあ仕方ない。知り合いでもないし、こっちは大人だというところを見せてやろう」と思って、比較的余裕のあった歩道の左側を空けようと、右側に寄ってみました。そうすれば、その高校生はこっちを避けようとして左側に寄るんじゃないかなと思ったんです。

・・・ところが、その高校生はさらに方向を変えて私に向かって歩いて来るんです! しかも、だんだん近づいてきたその高校生の顔をよく見ると、その眠そうな目は私じゃなくて私の後ろの方をじーっと見てる。

私は「やっぱり妙に変だなぁ」と思って、さらに右に寄ったんですが、その高校生もさらに右に寄ってくる。こうなったら私も意地です。「この高校生はマナーがなってないな!」とちょっとにらみつけながら、もう右には寄れないぞといわんばかりに歩く方向を変えないことにしました。

しかし、それでもやっぱりその高校生は、私とぶつかることをまったく気にもとめないような顔で、まっすぐこちらに向かって歩いて来る。「あれぇ? もしかしてこの高校生は私のことが見えてないのかな? いやむしろ、私だけがこの高校生が見えるのかも・・・」と思ったその瞬間でした。

さーーっと、私の左横を後ろから何かが通り抜けたんです!

私は「うわあ!」と思ってそれをよく見たら、年の頃は中学生くらいでしょうか、それはヘルメットをかぶった少年が乗った自転車でした。そしてその自転車が走り去った後、その高校生は私にぶつかることもなく、ちゃんと私の左側を歩いていったんです。

そのとき、私気づいちゃったんです。周りが見えてなかったのは私の方だって。
私、ちゃんと自転車を見てよけようとしていた高校生に向かって、「マナーがなってない」とか思ってたんですね。


行政刷新会議の事業仕分けを見ていて思い出した実話でした。

2009年11月12日 (木) | Edit |
政治家やマスコミの方々が国民の支持やら視聴率やらを重視する中で、不要不急不当不正だとレッテルを貼られた事業が公開の場でフルボッコです。
魔女裁判とか公開処刑なんていう言葉を思い出してしまいましたが、それは「敬うべきモデル」の復権を遂げた民意至上主義の現政権に対して失礼ですね。

MSN産経ニュース【事業仕分け】さながら“公開裁判” 危うき事業見直し (1/2ページ)2009.11.11 20:22
 「国がやる意味がどこにあるのか」「一方的な議論はおかしい」-。鳩山政権が予算削減の切り札として期待する「事業仕分け」が始まった11日、会場となった体育館は“公開裁判”の趣となった。だが、仕分けがどこまで成果を上げるか不透明な部分も多い。事業の見直しが決まれば、制度改革や組織改廃に直結するが、所管省庁で行われている議論との整合性をどう取っていくのか明確なルールや権限が決まっていないためだ。閣僚らからは反発の声も聞かれ、早くも暗雲が垂れこめ始めている。(河合雅司)


こんなことを書くマスコミはけしからん!と国民の皆様がお考えになる限り、現政権は安泰です。

それにしても、不急というのは将来的に必要だという意味でしょうし、不要といっても誰にとっての不要かで判断は違うだろうとは思いますが、それをすべて飲み込んでしまうのが民意のすばらしいところですね。