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2010年07月28日 (水) | Edit |
先週の朝まで生テレビのテーマが「激論!“若者不幸社会”」だったので、イヤな予感がしつつも久しぶりに見てみましたよ。もちろん録画早送りで。パネリスト等は以下のとおりでした。

司会:田原 総一朗
進行:長野 智子・渡辺 宜嗣(テレビ朝日アナウンサー)
パネリスト:東浩紀(早稲田大学教授、批評家)
猪子寿之(チームラボ代表取締役社長)
河添誠(首都圏青年ユニオン書記長)
勝間和代(経済評論家)
清水康之(NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表)
城繁幸(Joe's Labo代表取締役、作家)
高橋亮平(NPO法人「Rights」副代表理事)
橋本浩(キョウデン会長、シンガーソングライター)
福嶋麻衣子(モエ・ジャパン代表取締役社長)
堀紘一(ドリームインキュベータ会長)
増田悦佐(経済アナリスト)
水無田気流(東工大世界文明センターフェロー、詩人)
山野車輪(漫画家)

朝まで生テレビ
※ 上記リンク先はそのうちバックナンバーのカテゴリに移行すると思います。


このリストの中で事前にどういう主張をするのかある程度分かるメンツは、カツマー、アズマー(?)、joe、日本型ヒーロー、嫌韓流、堀氏、河添氏、清水氏という辺りでしたが、まあ、予想を裏切らない議論が延々と続くだけで苦痛でしかありませんでした。議論が的外れであれば、後は人物観察するしかおもしろみはなくなってしまうわけで、今回の収穫はアズマーと堀氏のマジゲンカと、「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」なる思想集団からご出演のお二人のうち、元最年少市議の高橋亮平氏をじっくり観察できたことですね。

高橋亮平氏は不勉強ながら今回の朝生で初めて拝見したんですが、見たまんま上から目線という方がいらっしゃるのだなと軽い衝撃を受けました。上記リンク先のご自身のWebサイトでは上目遣いの写真しか載っていないので、別人かと思ったほどです。他の出演者に対して常に上目遣いならぬ「下目遣い」で、この俺ならすべての答えを持っているのだという自信に満ちあふれているその態度には軽く敬服しておくしかなさそうです。

上で「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」を思想集団と指摘しましたが、高橋氏が主張されるチホーブンケンにしてもjoe氏が主張される解雇規制の撤廃による雇用の流動化にしても、法制度や判例、政府の統計データや公共経済学の分析なりOECDのデータなりをまじめに検討していたら、そんな世迷い言はいえなくなるはずです。それを自分の半径数メートルの現場経験でもって無視してしまう議論というのは、「○○を唱えていたら不治の病が治った」とか「××の壺を飾っていたら宝くじが当たった」という奇跡の経験談でもって、「○○の教義は正しい」という自己の主張を正当化する輩とたいした違いはないように思います。番組の中でも自らの著書を掲げて「まずは世代間格差の現実を知ってほしい」と連呼してましたから、自らの信者を増やすことには熱心であっても、そこに書かれている「事実」なるものについての批判的な議論は封殺するのだろうなと思わざるを得ません。まあこう書くとある種の信仰集団といった方がよさそうですが。

いやもちろん、若者(定義が「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」でもはっきり書いていないのでどの年代を指すのかよく分かりませんが)が不満を訴えて改善を求めることは重要だと思いますし、私自身もまだ若い年代(と思いたい)年代なので、その主張に共感できそうな点もあるにはあります。ただし、だからといってその不満の矛先を「世代間格差」という対立構造に落とし込むのはいかにも目安箱的な政策提言であって、法制度やデータ等を読み解くリテラシーのないことを「庶民目線」といって正当化するカイカク派と親和的になっていくのも宜なるかな。

そんな中で、河添氏がチホーブンケンにおけるナショナルミニマム削減の動きを的確に指摘していたのは大変興味深く拝見しました。田原総一朗が「連合なんてろくでもない既得権の固まり」みたいな労組罵倒発言を繰り返していた中で、河添氏はJoe氏の雇用流動化や高橋氏のチホーブンケンという主張が普通に暮らす人の生活を破壊する経路をきちんと説明していたのに対して、Joe氏やカツマーは「そのためにセーフティネットを同時に作るんです」とチホーブンケンでは到底実現できない施策を主張するという、ここ数年当たり前に繰り返される大変ねじれた議論がここでも繰り返されていました。田原総一朗が既得権益だとして労組攻撃をするのであれば、こうしたねじれた議論で「既得権でない」側が既得権益なるものを破壊した後には、再び既得権の奪い合いが発生するということもきちんと指摘していただきたいものです。

まあ結局のところ、番組後半で嫌韓流の山野氏が「実は『「若者奴隷」時代』を書いているうちに、若者は不幸ではないんじゃないかと思うようになった」と言い出して、ワカモノ・マニフェスト策定委員会の面々は何も言えなくなっていましたが、その程度だということですね。

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2009年12月01日 (火) | Edit |
金曜日の朝生は「激論!官僚が本当に悪いのか?!」とのことで、録画してみてみました。パネリストは以下のとおり。

司会: 田原 総一朗
進行: 長野 智子・渡辺 宜嗣(テレビ朝日アナウンサー)
パネリスト:
大塚耕平(民主党・参議院議員、内閣府副大臣)
細野豪志(民主党・衆議院議員、党副幹事長)
山本一太(自民党・参議院議員、元外務副大臣)
小池晃(日本共産党・参議院議員、党政策委員長)

石川和男(元通商産業省、東京財団上席研究員)
猪瀬直樹(作家・東京都副知事)
木村盛世(厚生労働省医系技官、「厚生労働省崩壊」著者)
高橋洋一(元財務省、元内閣参事官、「さらば財務省!」著者)
中野雅至(元厚生労働省、兵庫県立大学大学院准教授、「公務員大崩落」著者)
長谷川幸洋(東京新聞・中日新聞論説委員、「日本国の正体」著者)
山田厚史(朝日新聞シニアライター)
若林亜紀(ジャーナリスト、元特殊法人勤務)

「「激論!官僚が本当に悪いのか?!」」


朝生ってたいていはテーマに賛成の立場と反対の立場が向かい合って討論するというパターンになるはずなんですが、このテーマにこの人選では「官僚が悪くはない」なんていう方は一人もおりませんでした。なんという欠席裁判。唯一、中野雅至氏がイギリスの官僚制を引き合いに出して民主党のご都合主義を批判されてましたが、かといって官僚を擁護することはありませんでしたし。

というわけで、議論の流れもいつの間にか財源問題とか普天間基地問題に移っていって、民主党の政策はフィージビリティに欠けるよねというところでFAでした。その中でもやっぱりチホーブンケンだけは誰も疑念を挟まないようで、個人的におもしろかったのは、山本一太自民党議員が細野豪志民主党議員に対して、

自民党では、部会を通じて関係団体や地元の現場の意見を吸い上げる仕組みがあったが、民主党にはそれがないんじゃないか。(大意)

と批判して、これに対して細野議員が

民主党はこれからも地方と関係団体をきちんと見て回りますよ。(大意)

と答えていたところ。

・・・あれ? 勘違いしてたかなぁ。
小泉改革以降の政権党が、霞ヶ関の無駄をなくすとか国から地方へとかいって「地域主権」なんて唱えているのは、国は外交とか防衛に専念して国内のことは地方に任せるということじゃなかったんですかね。なのに、地方とか国内の関係団体を見て回る必要があるんですか?

もちろん、個人的には国内の情勢も知らない政府なんぞに国の外交も防衛もできるわけがないと考えているので、そんなお題目に意味があるとは思ってませんけど、少なくともそれを「マニフェスト」とかいう選挙公約に書いて政権交代した以上、「我々は国内の問題なんかにかかずらう余裕はありませんよ」とおっしゃるのが筋というものでしょう。ただし、少なくとも現首相は「マニフェストは一番大事な契約」とおっしゃってますし、パネラーの中では、東京都副知事で元地方分権改革推進委員会委員の猪瀬直樹氏だけが、最後まで「だからハローワークを地方に移せっていってるんだよ!」と筋を通されてましたが、ぶっちゃけそんな筋はこれっぽっちも要りません。

まあ、こんな現政権の支離滅裂ぶりは今に始まったわけではないので特に驚きはしませんでしたが、ちょっと意外だったのは高橋洋一氏はさすがに制度をよく知っているなということ。拙ブログのスタンスとして、リフレ政策を主張するからといってほかの主張まで無条件で評価することはしませんので、カイカクばかに親和的な高橋洋一氏の言動には常々警戒感を持っていますが、そんな目で見てもパネラーの中ではかなりまともなことを発言されていたように思います(といっても、財政制度について詳しいということなので、ほかの制度についての発言は相変わらずカイカクばかに受けの良さそうなものが多く、あまり信頼度が上がったわけではありません。要すれば、それ以外のメンツの発言がひどすぎたということです)。

特に、事業仕分けについて、高橋洋一氏が

地方の事業はいわゆる「事業系」のものが多いので、一つ一つの事業を個別に取り出して現場の感覚で評価するということが可能だが、国の事業はいわゆる「制度系」のものが多く、それだけを取り出しても最終的には他の制度等との関係を調整しなければならないので、事業仕分けというやり方はそぐわない。(大意)


とおっしゃっていたのは、さすがに事業仕分けを提唱している「構想日本」を立ち上げた大蔵官僚の同僚だけに、査定の「現場」についてご理解があるのだなあと。つまり、事業仕分けというのは、財政当局自らが行っていた査定作業に「民意」という後ろ盾を直接持ち込むやり方ですから、査定の「現場」の役人にとっては精神的にも肉体的にも大きな負担軽減となります。査定をしながらその結論に批判ばかり受けている査定担当者が「こんなに批判されるなら民間に査定やらせてみたらいいんじゃね?」と思うのも不思議ではないわけです。かといって、そんな「民意」の後ろ盾があったとしても、複雑に利害の絡んだ制度設計そのものをテクニカルに査定できるわけではなく、高橋洋一氏はその点をきちんと理解されているんですね。

ただし、高橋洋一氏は口を開けば「埋蔵金」とか金融政策ばかりいっていて、ミクロの資源配分や所得再分配とか、保険(特別会計の多くは保険としての収支を独立させるためのものです)の拠出と給付の権利性にはほとんど興味がなさそうでしたし、どちらかというと総体的には信頼度の低さを確信したというところです。

ついでに、未だに若林亜紀氏をパネラーに呼ぶテレ朝の感覚の麻痺ぶりには改めて幻滅しますし、彼女を事業仕分けの裏方に起用した行政刷新会議の見識をいまさらながら疑っておきます。

2009年11月18日 (水) | Edit |
あれは、ちょうど1か月くらい前のちょっと肌寒い日の朝でした。私はいつもバスに乗って出勤するんですが、その日もいつものように近くのバス停まで、いつも通る少し幅の狭い歩道を歩いていたんです。

すると、向こうからなにやら歩いて来るのが見える。よーく見てみると、制服を着た男子高校生なんですね。「朝からどこに行くんだろうなぁ」なんて思いながらも、私はとりあえず関心のないふりをしてそのまま歩いていきました。

すると、その高校生はちょっとチャラい感じで気だるそうに歩いていたんですけど、不思議なことに私の歩いている正面にすーっと向かって来たんです。

私は気がつかないふりをしながらも、「あれぇ? どうしてこの高校生は私の正面目掛けて歩いて来るんだろう?」と思ったんです。だっておかしいじゃない。このままだと私とその高校生はface to faceでぶつかってしまう。

私はまだ気がつかないふりをして歩きながらも、「もしかして知り合いの高校生なのかもしれないなぁ」と思い直して、その高校生の顔を気づかれないようにそーっと見ながらいろいろ記憶をたぐってみたんだけど、やっぱり思い出せない。

妙に変だなぁ」なんて思いながら、「でもまあ仕方ない。知り合いでもないし、こっちは大人だというところを見せてやろう」と思って、比較的余裕のあった歩道の左側を空けようと、右側に寄ってみました。そうすれば、その高校生はこっちを避けようとして左側に寄るんじゃないかなと思ったんです。

・・・ところが、その高校生はさらに方向を変えて私に向かって歩いて来るんです! しかも、だんだん近づいてきたその高校生の顔をよく見ると、その眠そうな目は私じゃなくて私の後ろの方をじーっと見てる。

私は「やっぱり妙に変だなぁ」と思って、さらに右に寄ったんですが、その高校生もさらに右に寄ってくる。こうなったら私も意地です。「この高校生はマナーがなってないな!」とちょっとにらみつけながら、もう右には寄れないぞといわんばかりに歩く方向を変えないことにしました。

しかし、それでもやっぱりその高校生は、私とぶつかることをまったく気にもとめないような顔で、まっすぐこちらに向かって歩いて来る。「あれぇ? もしかしてこの高校生は私のことが見えてないのかな? いやむしろ、私だけがこの高校生が見えるのかも・・・」と思ったその瞬間でした。

さーーっと、私の左横を後ろから何かが通り抜けたんです!

私は「うわあ!」と思ってそれをよく見たら、年の頃は中学生くらいでしょうか、それはヘルメットをかぶった少年が乗った自転車でした。そしてその自転車が走り去った後、その高校生は私にぶつかることもなく、ちゃんと私の左側を歩いていったんです。

そのとき、私気づいちゃったんです。周りが見えてなかったのは私の方だって。
私、ちゃんと自転車を見てよけようとしていた高校生に向かって、「マナーがなってない」とか思ってたんですね。


行政刷新会議の事業仕分けを見ていて思い出した実話でした。

2009年11月12日 (木) | Edit |
政治家やマスコミの方々が国民の支持やら視聴率やらを重視する中で、不要不急不当不正だとレッテルを貼られた事業が公開の場でフルボッコです。
魔女裁判とか公開処刑なんていう言葉を思い出してしまいましたが、それは「敬うべきモデル」の復権を遂げた民意至上主義の現政権に対して失礼ですね。

MSN産経ニュース【事業仕分け】さながら“公開裁判” 危うき事業見直し (1/2ページ)2009.11.11 20:22
 「国がやる意味がどこにあるのか」「一方的な議論はおかしい」-。鳩山政権が予算削減の切り札として期待する「事業仕分け」が始まった11日、会場となった体育館は“公開裁判”の趣となった。だが、仕分けがどこまで成果を上げるか不透明な部分も多い。事業の見直しが決まれば、制度改革や組織改廃に直結するが、所管省庁で行われている議論との整合性をどう取っていくのか明確なルールや権限が決まっていないためだ。閣僚らからは反発の声も聞かれ、早くも暗雲が垂れこめ始めている。(河合雅司)


こんなことを書くマスコミはけしからん!と国民の皆様がお考えになる限り、現政権は安泰です。

それにしても、不急というのは将来的に必要だという意味でしょうし、不要といっても誰にとっての不要かで判断は違うだろうとは思いますが、それをすべて飲み込んでしまうのが民意のすばらしいところですね。

2009年09月22日 (火) | Edit |
気がついたらこの秋はうちの業界的に気になるドラマが続いていたようで、「官僚たちの夏」は昨日が最終回でした。結局まともに見たのは初回と最終回だけで、第7話も途中から見ただけでしたが、うーむ、この政治過程をきちんと理解してご覧になった方ってどのくらいいたんでしょうね。

特に第7話は、法案成立が政治家の行動によって阻まれてしまうというプロットの話でしたが、これも「政治主導」の一つの形なんですね。

貿易自由化という戦後最大の試練を控えた昭和37年(1962年)、通産省企業局長の風越信吾(佐藤浩市)は外国企業の進出から国内産業を守るため、「国内産業保護法案」の成立を進めていた。その法案の中でも最も重視するのが、自動車業界を再編する「自動車三社構想」だった。過当競争を防ぐため普通自動車の量産メーカーを三社に絞るという構想は、関係各所への慎重な根回しが必要なため、極秘事項として検討されていた
(略)
ほどなく、古畑の調整はうまくいき、法案は昭和38年(1963年)春の通常国会に提出され、成立に向けて大きな一歩を踏み出した。しかし、古畑は風越への嫉妬から、法案の最も重要な部分である「自動車三社構想」を記者にしゃべってしまう。それを機に産業界は法案に反発、金融界も公取委も公然と批判を始めるようになり、風越ら産業派に逆風が吹き始める。そのとき、風越と古畑の亀裂が広がりに反撃のチャンスを見た池内は、新聞やデマ情報を使った法案潰しを画策する

TBS「官僚たちの夏」あらすじ第7話
※ 以下強調は引用者による。


あくまでドラマの中の話ではありますが、現実の政策決定過程の一面はとらえていると思います。「官僚主導」なんていったって、最終的には選良である議員の先生方が制度上保障された決定権を持っているわけで、官僚の抵抗が奏功するはずがないんですよね。

たとえば自民党政権下での手続をみても、法案成立のためにはその法律を所管する省庁が関係省庁に協議をする「各省協議」を行い、事務レベルで調整が整った法案について与党のカウンターパート(厚労省なら厚労部会など)に説明をする「与党根回し」を行うというロジを適切に踏まなければなりません。各省協議で調整した法案がそのまま通るなら官僚主導といわれても仕方ないかもしれませんが、この「与党根回し」で法案がガリガリと書き直されるなんてことは日常茶飯事なわけです。自民党でいえば、総務会と政調会で全会一致が見込まれるまで修正が加えられて、やっとの思いで国会に提出したのが「内閣提出議案」となります。

ところがもちろん話はこれで終わるわけではなく、国会の場では野党が修正とか付帯決議を求めてくるわけで、原案可決も多いとはいえ、これだけのプロセスを経た結果を「官僚主導」だという前に、まずは「与党も野党も含めて政治家は何をしてるんだ?」と小一時間ほど問い詰める方が先でしょうに。

でついに、ドラマの方は炭鉱爆発事故の対応で官僚が命を落とす展開に。

そんな中、炭鉱爆発事故の対応による激務の末、体調を崩し入院していた鮎川光太郎(高橋克実)企業局長を見舞った風越信吾(佐藤浩市)通産省事務次官は、鮎川の余命が半年もないことを知らされる。自分の病状を知らされていない鮎川は仕事に復帰し、輸出規制以来低迷が続いている繊維業界を立て直すつもりでいたが、風越は鮎川が務めていた企業局長を牧順三(杉本哲太)通商局長に代行させることを決める。鮎川は病床にあっても、日米安保のときに繊維が犠牲になったのを自分の責任と感じ、気にかけていたが、牧は領土返還でアメリカから見返りを求められたら応じるべきとの考えだった。

TBS「官僚たちの夏」あらすじ最終回


これもドラマを盛り上げるためとはいえ、現場で陣頭指揮を執ったり、霞ヶ関に押しかけてくるデモ隊と衝突したりと、現場に出て行くキャリア官僚がやたらと美化されていているように思いますが、それはキャリア官僚の描き方としてちょっと的外れではないかと(鮎川のモデルとなった川原英之氏(Wikipedia:川原英之)は、実際に炭鉱爆発事故を処理した後に亡くなっていますが)。

キャリア官僚が現場を見る必要がないとはいいませんが、キャリア官僚(のしかも幹部)にとっての現場というのはむしろ、業界団体との交渉だったり国会議員への根回しというような利害調整の場であって、現場の陣頭指揮は技官とかノンキャリの執行部門の現場となるはずですね。この辺は脚本の方も、政策立案に専念するテクノクラートたるキャリア官僚と、執行に専念するノンキャリ・出先職員・地方公務員の区別がついてないんだろうなと思います。

一方、NHKではそんな現場で執行する地方公務員の苦悩を描いたドラマが放映中です。

 倒れた間宮(岸部一徳)の代わりにチームのリーダーを志願した高岡駿馬(筒井道隆)は、「市民の積極的な参加による開かれた新しい行政」への転換を訴えるが、権藤(近藤正臣)はニュータウンこそがこの町の希望だと反論する。水元市長(吉田栄作)は、前市長である亡き父親の名誉を守るべきか、今困っている市民の生活を守るべきかで大いに悩む。そんななか、大勢の市民を集めて、ニュータウン計画の存廃を問う最後の公開部局折衝が開かれる。
 そこで市長はどのような決断を下すのか…?市民の反応は…?果たして、駿馬たちチームが作り上げた財政再建案は議会を通過させることができるのか…?

NHK「再生の町」次回予告


こっちも公務員が倒れてますなあ・・・

いやまあ、これを単に「放漫財政でムダ遣いばかりしてきた公務員の当然の報いだ!」と思われるならそれはそれで構いませんが、その「ムダ遣い」なるもので支えられていた公共サービスを削減するということは、これまでの公共サービスを享受してきた住民がもっともその影響を被るという点は認識していただきたいところ。このドラマでも、まさに自己責任で財政再建を強いられた地方自治体とその住民の苦悩を描いていて、これまた地方分権の一つの形なんですね。

公務員が苦しむ様は視聴率がとれるんでしょうけど、その苦しみというのは実は、その所管する分野なり地域の住民の方々のものでもあるわけです。「キャリア官僚を減らせ」、「天下り先への補助金を減らせ」、「無能なチホーコームインなんかクビにしろ」・・・なんとおっしゃっても結構ですが、その帰結には責任を持っていただきたいものです。

ついでに、「再生の町」はこれから最終回が放送されるので、「地方分権をより拡充して地域に財源を渡し、地域のことは地域が決められるようにすべきだ」と主人公が述懐してエンドロールに1000点。

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