2008年06月15日 (日) | Edit |
今回の岩手・宮城内陸地震で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方々の一日も早い回復、生活環境の復旧をお祈りします。

いつかは起きるだろうと思っていても、いざ実際に起きてみるとやっぱりそれは想像を絶する悲惨さがあるのだろうと思います。自分自身が被害に遭わなかったことは単なる巡り合わせだったと思い、日々の生活を見直していく機会にしたいと思います。

地方公務員としてはこういう事態に心を痛めているばかりではなく、どうしたらより確実で迅速な救済活動が可能か、より効果的な復旧策はどうあるべきかということにも気が向いてしまうわけですが、正直に言うと、大規模な崖崩れで道路が寸断されて孤立してしまった地域については、事実上廃村(集落)になるところもあるのではないかと思います。それは決して市場原理主義でも地方切り捨てでもなく、自然災害によって孤立した村を人的な構造物でもって維持することが、果たして妥当なことなのかという点についてコンセンサスが得られないだろうと考えるからです。

阪神淡路大震災とほぼ同じマグニチュードで、現時点での死傷者数が257人(注:pdfファイルです)というのは、震源が中山間地域で人口密度が小さかったからに他ならないわけで、不幸中の幸いともいえるのかもしれない。しかしそのことが、被災地の復興という観点からいえば、上記のとおり足かせになってしまう。分散しすぎた人口を集約するチャンスととらえるか、古くからある集落を以前と同じように残すことが大事だと考えるかによって、立場が対立することもあるだろう。

しかしそれでも、自然災害で孤立したり壊滅的な被害を受けた村を、以前と同じように復旧しなければならないという議論そのものに俺は疑問を感じる。人口集約だとか古くからあるとかいう議論は、あくまで人が住むことができる土地を長年かかって開拓してきた歴史的な営みを前提とするものであって、それが自然災害という歴史的な事件によって地学的に壊滅したのであれば、短期間での復旧ではなく、これまでと同じ時間をかけて開拓するしかないのではないかと思う。

とにかく被害を受けた方々が無事救出され、早急に安心して暮らせるライフラインを整えることが最優先であるが、その先には避難場所での健康問題や仮設住宅とか、さらには雇用問題とかの深刻な問題が構えている。そこでは上記のような議論がよりストレートで感情的なかたちで現れてくる可能性もあるだろう。マスコミを含め、関係各機関の冷静な議論を心から望みます。
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