2008年04月14日 (月) | Edit |
人事異動関係の小ネタが続きますが、俺もすでにお世辞にも若いとはいえない年になってしまっていて、それなりに後輩の仕事も見なきゃならなくなってくる。といっても、就職氷河期以降の採用抑制のせいで後輩といえる職員が俺の下に回ってくること自体がレアケースになっていて、ほかの同年代の職員の周辺にいる若い職員の仕事を端から見ることが多いので、まあ傍目八目ではあります。

なんの理論の裏付けもなく「若い人の自由な発想でやってくれ」といわれていた時期が俺にもあって、そこそこ無茶なこともさせてはいただいたけど、さすがに最近はそれが許されなくなっている。というのも、とりもなおさず俺が「若くない」からにほかならない。俺はまだその域に達してないけど、昔のオヤジどもはなにかにつけ「若い人の柔軟な発想でおもしろおかしく盛り上げてくれ」といいたがっていて、おそらくあれは「俺は若い人に理解がある」というアピールだったんだろう。

もちろん、そこで求められている「柔軟な発想」とやらはあくまでそのオヤジの想定の範囲内に限られるんであって、本当の意味で「自由に」発想することなんてできるわけはない。結局は、オヤジどもの要求の真意をくみ取って実行した職員が「自由な発想」をした職員として重用されていくだけである。俺自身はそれが後々俺の立場を危うくすると思っていたので、それ以後は自分のやったことにはできる限りの理論的な裏付けをつけるようにしているんだけど、俺の知る限りでそれをやっている若い職員はいない。

というより、上の職員を見てもそんな人はほとんどいないんだけど、「若い」といわれなくなった時点で唯一の武器である「自由な発想」を封じられてしまう若い職員こそ、そういった危機感を持っていいはず。それができないとこういうオヤジになるんだなと思うのが、異動してきたうちの上司である。

誰でも「自分はまだまだ若い」と思いたがるもんだし、「若い」といわれるフェーズを過ぎたときの対処を若いうちから考えるのは億劫なことではあるけど、それをしない職員がデフォルトになってしまうと、その中から「オヤジどもの要求の真意をくみ取って実行できる」職員が重用され、無能な発注者としての「優秀な公務員」が量産されていくことになる。その意味で、「若い」といわれていながら自分の次のステップを考えない職員は改革バカに取り込まれていく「優秀な公務員」予備軍であって、ざっとみっところではその割合が減ることはなさそうです。
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