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2008年04月01日 (火) | Edit |
年度末ということでいろいろと身辺にも動きがあるわけですが、そんな中で考えさせられたことを書き留めておきます。

その前に、先週末に『朝まで生テレビ』で地方分権を取り上げていたわけですが、冒頭で渡辺アナウンサーが「今回は相当いいメンバー」というので期待して出演者を見たところ、

相川 俊英(ジャーナリスト)
浅尾 慶一郎(民主党・参議院議員)
浅野 史郎(前宮城県知事、慶応大学教授)
猪瀬 直樹(東京都副知事、作家)
片山 さつき(自民党・衆議院議員)
片山 虎之助(前参議院自民党幹事長)
佐々木 恵美子(北海道議会議員)
神野 直彦(東京大学大学院教授)
根本 良一(前福島県矢祭町町長)
東国原 英夫(宮崎県知事、「せんたく」幹事)
松沢 成文(神奈川県知事、「せんたく」幹事)

「▼ 3月「激論!地方分権が日本を救う?!」」朝まで生テレビ


・・・地方分権教の布教番組でしたかorz
とりあえず録画してたんだけど、このメンツだと結論がミエミエなので見る気が失せてしまいました。

政治主導という幻想の帰着については、ここ数日のエントリでkumakuma1967さんのところやすなふきんさんのところでも取り上げられているけど、地方分権も同じ改革バカがはまりやすい幻想に過ぎないことは、これまでも拙ブログで何度か指摘してきている。このことは、現場に近い民間の方の方が切実に感じているということのようです。

最近の発注者としての公共の動向として、能力の低下は著しい。

バブル後半にダメになって来ていたものが小泉改革でさらにダメになった感じ。

小泉改革以降はトップダウンが流行で、結論を政治家が出して、その論理の補強を官僚が出すと言うやり方。

技術的な側面でも同じ。技術ってのはある意味冷酷で、間違った結論は出せなかったりする。当然技術屋は補強なんて出来ないわけで、政治家から見たら無能な抵抗勢力だ。だから、建設でもなんでも技術的な中身のない人ほど有能になる。*1

 有能な公務員=無能な発注者という図式が完成しつつある。
発注者の責任について」(くまくまことkumakuma1967の出来損ない日記


政治家やそれを支持する国民の「ファンタジー」に則って社会が運営され、そこには合理的な裏づけが乏しく、専門的見地からでも口出ししようものなら抵抗勢力と叩かれる。バブル崩壊をその端緒として、小泉改革フィーバーを経て、日本社会にある程度備わっていたある種安全装置のようなものが取っ払われてしまった、そんな感じがするのだ。大衆が諸手を上げてマンセーする「政治家主導」「リーダーシップ」という代物の実態がこういうものだとしたら、これほどバカバカしく恐ろしい話もないだろう。もちろんそのツケを払うのは当の大衆自身なのだが、果たしてその自覚はあるのだろうか。こういうのを真の無責任体制と呼ぶのかもしれない。
ファンタジーとしての「トップダウン」政治」(すなふきんの雑感日記



結局、こういう改革バカのトップダウンが何を招くかといえば、まさに「現場感覚のない」アイディアリスティックなファンタジーなわけで、しかもそのファンタジーは「住民との対話」とか「無派閥主義」とか「しがらみのない」なんて言葉でもって「現場の庶民感覚を重視した」ものと定義されてしまうという壮大な自己撞着を引き起こしている。
地方公務員に限らず組織で働くサラリーマンなんてのは、企画する政策の理論的な裏打ちなんかより、組織内での立ち居振る舞いのうまさが出世(ここでいう出世は職階の昇進や権限のある立場へ登用されるという意味)に一番影響するとは俺も思っているけど、その出世を決めるトップが改革バカになったとき、その組織は機能しなくなる。何しろ、政策がファンタジーなんだから。

で、ここからが年度末に思ったことになるけど、人事異動というのが地方公務員の年度末の風物詩なわけで、うちのところのトップもご多分に漏れずの改革バカである以上、人事のワケわからなさは年々ひどくなる一方。無能な発注者としてトップダウンのファンタジーを実現できそう(少なくともしようとしているよう)に見える「有能な公務員」がどんどん昇進していく一方で、「それはおかしいんじゃない?」と疑問を呈する職員は閑職に追い込まれていく。

先週、「いわゆる観光客を誘致するツアーの造成なんていう時代遅れの観光振興はもういらない」というエキサイティングな主張で有名な方の講演を聴く機会があって、もちろん講演自体は興味深く拝聴したんだけど、そのお話の中で印象的だったのが、
「ある町の観光課長が代理店と組んで観光客入れ込み数を倍にするツアーを造成したところ、実績も倍になって助役に抜擢された。一方、その課長に対して『観光客入れ込み数を増やしても客単価が増えなければ効果はないんじゃないか』と疑問を呈した職員は閑職に飛ばされた。結果、今その町は人口減少に苦しんでいる」
という実話。

その話の前後の文脈として、「団体旅行しか知らない還暦を超えた世代が未だに意思決定の中枢にいる日本の現状で、そんな年代が考える観光振興に縛られている自治体には未来はない」という中でのエピソードだっただけに、上記の話とダブって聞こえました。「改革バカがもてはやされる中で当選した首長が意思決定の中枢にいる現状で、そんな改革バカが考える改革に縛られている自治体には未来はない」と。

まあ、俺がこういうことを書くというのは、自分が「有能な公務員」ではないと自覚しているからにほかならないんであって、愚痴といえば愚痴に過ぎない。ただ、閑職に追い込まれている職員(自分が今閑職にいるから周りにゴロゴロいるんだな、これが)をみていると、そういう理論を説いて疎まれるパターンもあるとはいえ、大部分はそもそも仕事のできない職員だというのは厳然たる事実。となると実は、少なくともトップから見る限りにおいて、「ケーザイガクとかの小難しい理論を説く訳の分からない奴」というのと「仕事ができない奴」というのは区別がつかないということになる。トップからすれば、理論がどうだろうが仕事ができればいいわけで、理論を説きつつもその理論の枠の中でトップの要求するレベルのアウトプットを実現するのがクレバーな職員ということなんだろう。そういう意味で言えば、純粋な理論だけでもって改革バカにまっとうな理論を与えてしまったところに、高橋洋一さんのすごさがある。

ま、そうはいっても、改革バカとして当選して次もその路線を突っ走らなければならないトップからすれば、「中途半端な仕事しやがって」となるだけなんだろう。
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