--年--月--日 (--) | Edit |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2018年08月21日 (火) | Edit |
デスマーチの後遺症もありながらお盆は静養に努めましてすっかり更新が滞っておりましたが、『HRmics vol.30』をご恵投いただきました。いつもありがとうございます。
http://www.nitchmo.biz/hrmics_30/_SWF_Window.html
記念すべき30号でさらに10周年とのことで、裏表紙で告知されている「恩返しDay」も錚々たるメンバーで、海老原さんや荻野さんをはじめスタッフの皆さんが築き上げた人脈の広さと深さに感じ入ります。

という本号の特集は「戦略的人材育成なんて、要らない!」ということですが、拙ブログでは「日本型雇用における管理者養成機能の衰退」というエントリで、

ところが、以前は課ごとに分かれた大部屋の中で、課長から課長補佐、係長、主任などの序列の中に新卒を受け入れ、徐々に管理者としての能力開発と選別を行っていた日本型雇用慣行が、「年功序列で責任の所在が曖昧でスピードに欠ける」との批判にさらされてフラット化しました。その結果、即戦力としていきなり見よう見まねで仕事をこなさざるを得なくなったのが、ちょうど我々のような団塊ジュニア世代ではないかと思います。私自身も痛感するところなのですが、既にアラフォーからアラフィフが見えている団塊ジュニアの世代は、小池和男先生がおっしゃるところの「長期化するトーナメント方式」でつい最近まで部下もいないような平社員として現場に出ていて、残り10数年という段階でいきなり管理職としての役割を求められるようになっています。

もちろん、それまでに管理能力を身につけられる職員もいますが、あまりに現場が長くなってしまうとそのやり方が身についてしまって、自分なら簡単にできる仕事を十分にできない部下に対して高圧的に接してしまってパワハラしてしまう管理職や、目先の目標にばかりとらわれて長期的な次世代の育成まで配慮できない管理職も多くいます。人事担当部署もこれまで強力な人員削減圧力にさらされてきたので、退職者不補充と新卒採用抑制の手法のノウハウはありますが、その少なくなった職員体制でどのように業務を効率化するかという手法は未だに取得できていないのが実態ではないかと。

日本型雇用における管理者養成機能の衰退(2016年12月13日 (火))

と指摘していたところでして、自組織における(管理職を含めて)人材育成としては、以前の日本型雇用慣行においては、大部屋で細かく階層に分かれた職場に中間管理職が多数いて、上司の仕事を見ながら覚えるという仕組みの中で、いわゆる「OJT」に頼りながらそれなりに経営層を育成していたといえると思います。しかし、組織をフラット化して上司と部下の境界があやふやになるにつれて、分厚い中間管理職が消えてキャリアの大半をプレーヤーとして過ごすことになり、マネージャーとしてのスキルを身につけることなく管理職となった上司が多くなっているのではないかと考えております。

本号では、分厚い中間管理職が消えたことによる変化のほかに、日本企業での次世代経営候補としての早期選抜者の育成における「タフアサインメント」に着目して、

 さて、ではこうした早期選抜社に対して、特別な育成プログラムは設けているのか(図表⑦)。
 これについては、5〜10年目社員に対しては2社(33.3%)しか設けておらず、逆にこうした若年層には、一律型のチャレンジ制度を設けている会社が3社(50%)と多数になる。このあたりは日本的なボトムアップ重視といえそうだ。ただし、10〜15年目社員になると、優秀層への特別なOff-JTを施す企業が6社(100%)となる。とはいえ、それは大学教授や識者などによるOff-JTにとどまり、本社主導のタフアサインメントはわずかに1社しか行っていない

(略)

 計画的ではなかったが、結果的に優秀層は難関職にアサインされ続けたという意見が3社あり、計画的配置(本社主導1、事業部主導1)と合わせると、6社中5社(88.3%)が優秀層を難関職にアサインしているということになっている。この辺りの実情をインタビューベースで聞いたところ、優秀層が配置される難関職務とは「本社管理部門」「事業部の経営企画や統括部署」「業界・経営団体」などが多数を占めた。どちらかというとそれは、外形的には「花形部署」に見えるが、たとえば「海外赴任」「新規事業の立ち上げ」「不採算事業の整理」「子会社の役員」などの本当のタフアサインメントと比べれば、修羅場度が低いはずだ
p.07
HRmics vol.30

※ 以下、強調は引用者による。


と指摘されています。ヒアリング対象が大手日本企業で人事(部長以上)を担当していた6名とのことですので、大企業における「本部管理部門」や「事業部の経営企画」は、確かに扱う人員や金額の規模ではタフアサインメントといえましょう。しかし、一方で海老原さんが指摘されるように、それ以上の修羅場というのはもちろん他の職場にもあります。となると、「本部管理部門」などがタフアサインメントとなるのは、上層部からの厳しい注文にいかに応えるかという極めて組織内部的な事情によることになります。そしてそこに、パワハラを駆使するクラッシャー上司が生まれる余地があるのではないかと考えます。部下を恫喝してでも上層部の意向に沿った経営ができる者が「デキる上司」として出世していくというわけですね。

いやもちろん、海老原さんはそのような現状分析で終わらず、GEクロトンビルの牛島氏との対談で、リーダーを他分野出身の映画型とその分野出身のスポーツ型に分類して、業態に応じてそれぞれを育成するべきとの話を踏まえつつ、次世代経営候補の個性に合わせた育成を次のように推奨されます。

 リーダーの育成像など、詳細に作り込む必要はない。まず、どの企業でもあまねく必要なOS的要素を掲げる。次に、業界や企業のコアコンピタンスを乗せる。そして、大まかに時代が必要とする方向性でフェアゾーンを決める。あとは、そのフェアゾーン内で、候補者の個性に応じて育てていけばいい。結果、各人各流の個性が伸び、多様で層の厚いリーダー群が生まれる。その中で、時代に応じて、最適な人を選ぶ。だからこそ、往々にして、先代と時代で経営の方向が大きく変わる「振り子」運動が起き、経営が引き締まる。

『同』p.23


「多様で層の厚いリーダー群」こそは、かつての日本型雇用慣行が得意としていた人材育成ではないかと思います。ところが、層の厚いリーダー群を解体してフラット化したことによって、リーダーとしての役割よりもプレーヤーとしての役割が求められるようになり、層の薄いリーダー群から突如管理職が生みださなければならないという状況に陥っているのではないでしょうか。少数精鋭といえば聞こえはいいのですが、その少数というのは母数が大きいからこそ成り立つのであって、母数を小さくした上で少数精鋭に特化していくと、少数精鋭であるはずの少数者が、精鋭となるために十分なスキルを持っていない(持つことができない)という本末転倒なジレンマに陥るわけです。

いやまあそれにしても、経産省が作成したガイドブックについて、海老原さんが本特集の最後に「果たして経産省はこのガイドに沿って、事務次官育成に取り組んでいるのだろうか」と指摘されていますが、仕事が少なくなって領空侵犯ばかりしている経産省が暇を持て余して「詳細に作り込んでいる」と考えてみれば、さもありなんというところでしょうか。

なお、話はそれますが、宇佐見氏のキャリア官僚についての説明はさすが中の人と思いますが、農水省に根回しなしに農商工連携とか言い出すあたりに経産省特有のお行儀の悪さが全開で、だから経産省不要論が絶えないんだろうなと思うところです。以前経産省が地方交付税の研究会を開催しているのを見てなんのこっちゃと思ったら、地方交付税の仕組みが企業活動に影響を与えるから経産省としても何かいわなければならないとか(いう趣旨が)書いてあって、つくづく総定員法の弊害を感じたものです。権丈先生のこちらもご参照あれ。
不磨の大典”総定員法”の弊」『週刊東洋経済』2010年10月16日号

日本型雇用慣行=グローバル競争?(2013年05月08日 (水))

スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。