2018年07月01日 (日) | Edit |
既に各方面で論評されているところですので多くは語りませんがhamachan先生の咆哮が炸裂していたところでして、これまで労働時間規制の重要性をことあるごとに指摘し、やっと法制化が実現使用しようとするそのときに残業代規制のオプトアウトのみを取り上げて法案成立阻止を声高に主張する方々に対する憤懣やる方なさが際立ちます。干支も一回りしてしまった12年前のエントリで指摘されるように、

改めて確認するまでもないのですが、

アメリカ:労働時間規制は全くなし、40時間を超えると賃金が5割増、この賃金の5割増規定に適用除外(ホワエグ)あり。

イギリス:労働時間規制あり(週48時間)、個人ベースで労働時間規制の適用除外(オプトアウト)あり、ただし1日11時間の休息期間あり。割増賃金については一切規制なし。

日本:労働時間規制あり(週40時間)、職場ベースで労働時間規制の適用除外(36協定)あり、ただし上限なし。40時間を超えると賃金が25%増、この賃金の25%増規定に適用除外なし

イギリスのオプトアウトに見合うのは日本の36協定であり、どっちも残業が組み込まれている。彼我の違いは休息期間の有無なんですね。一方、アメリカには日英のような意味での「時間外労働」という概念はない。割増を払うべき時間があるだけ。

問題は、この最後の緑色のところなんです。なんで高給サラリーマンにまで高い残業手当を払わなければいけないのか、というのが、ホワエグの本質なのであって、その意味ではまさに残業代ゼロ労働なのですが、そういう問題意識はイギリスには全くない。だって、残業代をどうするかなんて、法律は一切介入していないのですから

そもそも法律が介入するのは労働時間なのであって、(最低賃金以外は)賃金に介入しないイギリスにおいて、「残業代ゼロ労働」という概念自体存在しないでしょう。

「残業代ゼロ労働って言うな!(2006年12月12日 (火))」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳))
※ 以下、色文字強調は本文、太字下線強調は引用者による。

労基法上の労働者について労働時間規制に事実上の上限がなく、その代わり超過勤務手当については適用除外がないというこの国の労働法制においては、残業代さえ払えばいくらでも残業させられる状況が長く続いていたところ、今回の法改正によってついに労働時間に罰則付きで物理的な上限規制が法定されたわけでして、まさに歴史的法改正といえます。

その一方で、超過勤務手当のオプトアウトを新たに設けたのがいわゆる高プロであり、これまでもみなし労働時間制のさらに特則として規定されていた裁量労働制の適用対象職種業務の拡大も併せて盛り込まれていたわけですが、その説明が「柔軟な働き方で労働時間短縮」などというおためごかしであれば、そりゃまあ紛糾するのは火を見るより明らかでしょう。特にデータをねつ造してそのおためごかしを押し通そうとした裁量労働制は法改正から削除される事態となったところしでして、その点では政府与党の議論の進め方が全くもって適切ではなかったというべきです。

ここに至る経緯は労政審などの丁寧な議論がきちんと参照されるべきですが、ごく乱暴にまとめてしまえば、これまで事実上の労働時間規制が、実態としては賃金規制でしかない超過勤務手当以外になかったこの国の労働基準法において、初めて物理的な上限規制を罰則付きで設けるに当たって、「日本型雇用慣行で正規労働者の多くが日給月給であって、特に高給な労働者に対しては、その高額な日給月給を基礎とする高額の時間外手当を支払うことの合理性も問われていた」ところ、そのような労働者を超過勤務手当規制の適用除外とするという取引を行ったともいえます。

いやこれは乱暴にもほどがあるまとめ方でして、hamachan先生の最新エントリから引用すると、

濱口:バーター論と言っても、こちら側の合理性である長時間労働規制を何としてでも手に入れるためにしぶしぶ経営側の合理性である残業代規制の緩和を認めざるをえない、という捉え方は少し誤解があります。先ほども申したように、経営側は、天守閣がないなかで成果に基づいて報酬を支払いたいというロジックなので、一定の合理性があるわけです。そこに、現在長時間労働を間接的に防いでいる櫓を壊すのであれば、その代わりに新しい天守閣を作らなければいけないというこれまた合理性のあるロジックを持ち出すことになるので、このバーター論ではそれらの合理性を前提にした、話し合いの余地が十分にあります

濱口:まともな労働法学者が評釈したら疑う余地もなく判旨反対となりますが、一般の意見としてはそんなの当たり前だろうと捉えられてしまう。世の中の大半の人がこれ以外の結論はないと思うことが違法になってしまうような仕組みはおかしいわけです。この例の場合は年収3000万円ですが、これが1000万や800万に引き下げられた場合はどうなのか。そのあたりになると世間の常識がせめぎ合うようになるわけです。高給取りであれば残業代規制に守られていなくても仕方がないという常識による攻撃に櫓がさらされたとき、単に判旨反対では守れません。そこで生きてくるのがバーター論です。物理的な労働時間以外の領域における線引きをどのように釣り合わせていくかという政治的な判断の領域においてはそのような議論が必要になってくると思います



「濱口桂一郎×渡辺輝人「労働時間改革をめぐる実務家と政策論者の視点」@『POSSE』第24号(2014年)(2018年7月 1日 (日))」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳))

天守閣として物理的な労働時間の上限規制を罰則付きで設ける一方で、櫓であるところの賃金規制である超過勤務手当規制にオプトアウト規定を設けることによって、政治的な判断の領域において線引きを釣り合わせるということで労使双方が妥結し、結実したものが今回の法改正であったということもできるのですね。

まあ、交渉による妥結などという言葉を聞くと、原理主義者な「正しさ」のみにプライオリティを置くような方々にとっては唾棄すべきものに思われるのかもしれませんが、現行の法律というのはそうした交渉の結果として得られる利害調整を明文化したものであって、いきなりお上が定めてそれに逆らうとお上に捕まえられて市中引き回しの上打ち首なんて世界の律令ではありません。高プロで過労死が増えるなどとして国会で延々と審議拒否を続けてきた方々は、その高プロに適用される労働時間の物理的な上限規制すら現行では存在しない一般の労働者が、今回の法改正が見送られることによって引き続き過労死のリスクにさらされ続ける事態をわかっていながら、政局に持ち込むことしか興味がなかったように見受けます。そして、したり顔で今回の法改正によって「経営者だけが喜んでいる」とか「政府与党がネオリベ路線で労働者を搾取しようとしている」などと騒いでいる方々は、上記のような現行の労働法における労働時間規制の現状には全く興味がないように見受けます。

いやまあもしかすると、「himaginaryさんがおっしゃるように「「労働政策や所得再配分政策に関する論争が前面に出てくる」状況を目撃することは贅沢なこと」なんですねえ」と思っていたところ、実際にそれっぽい世の中にはなってきているような気がするものの、そういう論争そのものがトンチンカンな議論に終始しているのであれば、あまり贅沢ではないのかもしれませんねえ。

(追記)
本業の方がデスマーチを迎えてすっかり放置してしまい恐縮ですが、本エントリも勢いで書いて細かいところが言葉足らずでしたので、見え消し修正(本文の下線部は加筆または置き換え)しました。hamachan先生にも早速捕捉されておりまして、

…今回の件については論点はことごとく10年以上前に出尽くしていて、それに対していかに論じるべきであり、いかに論じるべきではないかも、10年以上前に全て私が論じ尽くしているにもかかわらず、そういうのをことごとくスルーして、
「たった今までの日本こそが、高度でもプロフェッショナルでもないごく普通の新入社員が無制限の時間外・休日労働にさらされる国であり、それゆえに99年前のILO第1号条約すら批准できない情けない国であり、今回の法改正でようやく、そういう状況から(なお相当に不十分とはいえ)それなりにまっとうな状態に脱却できたのであるということ」
を無視した議論が横行する今の日本の知的世界の退廃ぶりに、正直「憤懣やる方なさが際立」っている所です、ほんとに。

まっとうな、法規制そのもののあり方、法制度そのもののあり方を正面から論ずることが軽薄なマスコミの表面から追いやられ、あたかも今現在の日本で何百人も過労死している人々に適用されている一般労働時間規制が、過労死するはずのないご立派な法制度であるかの如き議論が平然と横行することに、危機感をかけらも感じて居なさそうな専門家と称する人々にも失望しています。


投稿: hamachan | 2018年7月 2日 (月) 10時18分


「『新しい労働社会』岩波新書(2009年)(2018年7月 1日 (日))」コメント欄(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳))


マスコミが軽薄な議論に終始するのはまあいつも見ている景色ではありまして、それをデフォルトとしなければならない現状には暗澹たる気持ちにならざるをえないものの、今回の法改正では、裁量労働制の対象業務拡大が外された一方で罰則付きの物理的な労働時間規制が設けられたことは多としなければならないのでしょう。そのような中で、法曹たる弁護士の中に現行法の問題点を等閑視して今回の法改正であたかも労働時間規制が緩和されるかのような議論を煽った方々が一定数いらっしゃったのは、大いに幻滅させられました。紛争を飯の種にする弁護士の方々の就職活動なのだろうかと皮肉も言いたくなるようなひどい状況だったとして、そう明示した上で、現行法規で過労死の危険にさらされ続ける労働者とこそ利害調整していただくとともに、それを煽る一部の労働研究者には、弁護士の職業的なバイアスを指摘していただきたかったと申し上げておきます。

(再追記)
hamachan先生にご指摘をいたただきましたので、追記の一部を見え消し修正いたしました。

(略)…どちらも労働者にとっての正義である中で、民事弁護士にとってより重要性の高い正義(残業代規制)の縮小に異議を唱え、民事弁護士にとってより重要性の乏しい正義(物理的時間規制)の拡大に対して軽視するような態度をとること自体は、それがあたかもアカデミックな労働法学全般にわたる絶対的正義であるかのような言い方をするのでない限り、職業的正義の表出として、私は必ずしも否定的に見ているわけではないのです。それはあって当たり前のバイアスであり、そのこと自体を道徳的に批判すべきものではない。

むしろ、そういう職業的利害によるバイアスを是正すべき立場にある研究者たちの行動にこそ、「正直絶望的な感覚を抱かざるを得ません」というのが本当のところです。

投稿: hamachan | 2018年7月30日 (月) 10時22分

ご指摘の点に賛同いたしますので、民事弁護士の職業的正義の表出を揶揄する表現を修正し、労働者にとっての正義を実現するために、民事弁護士の職業的正義とどちらを優先すべきか利害調整が行われることを望む次第です。
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コメント
この記事へのコメント
 マシナリさん、ご苦労様です。
 hamachan先生も法案が成立してので、溜まったものを吐き出されたみたいですね。それにしても、「残業代ゼロ」は「過労死撲滅」「長時間労働是正」に取り組んで行けば行くほど「残業代ゼロ」に近づいていくだけのとこです。それを「ディーセント・ワーク」「ワーク・ライフ・バランス」という呼び方にするかは好みでしょう。
 確かに「インターバル規制」での問題では「月給制」と「日給月給制」の労働者の勤務時間変更による「有給」適用を含めた賃金の保全をどのようにするか。また、削減された残業代を基本給に振り向ける仕組みを労働組合や高プロ反対の弁護士・学者はなんにも提言できていませんでした。
 バーターとして当然の要求ができる「長時間労働削減」を「成果(賃金への反映)」として求めることができるのに「残業代ゼロ」の連呼では、長時間労働是正・過労死撲滅をする気が無いととられてもしょうがない事です。それにしてもこんなに簡単に「騙される」人が多いのは危惧すべき状況ですね。

 今後の就業規則の改定も含めた動きは「同一労働同一賃金」に合わせた賃金体系の再構築も含め中小零細企業にはかなりの負担になるのはある程度しょうがない。

 外国人労働者を受け入れる以上、人事権、指揮命令権(パワー)を弱める方向に向かわねばなりませんし、そういう方向性を示す働き方改革だと思います。それが、マシナリさんの「日本型雇用とジョブ型の折衷」になるのか完全な「ジョブ型」へと移行するのかへと移ったのは間違いが無いところです。
 海老原先生が指摘された「フランスのカーゼル」モデルでの「高プロ」と大学改革のG型・L型大学卒が連動するのは次の段階ではありますが、年収400万まで「ジョブ型雇用」を適用させる方向なのは東京に本社がある経営者にとっては自明のようですから。
2018/07/02(月) 13:14:26 | URL | hahnela03 #8YuqXbc.[ 編集]
> hahnela03さん

>  バーターとして当然の要求ができる「長時間労働削減」を「成果(賃金への反映)」として求めることができるのに「残業代ゼロ」の連呼では、長時間労働是正・過労死撲滅をする気が無いととられてもしょうがない事です。それにしてもこんなに簡単に「騙される」人が多いのは危惧すべき状況ですね。

労働もそうですし経済もそうですが、国民一人ひとりがそれぞれ主体的に関わる行為については、それぞれの「労働」観や「経済」観を持つことになるわけでして、そうして乱立する「労働」観は、煽動的な物言いにあっさりと取り込まれてしまうのでしょう。9年ほど前に書いたエントリですが、

> つまりは、国民が日々直接・間接に関わっている行為の大部分は、「労働」と「経済」という概念で切り取ることができるのであって、しかもその関わり方は誰に強制されるでもなく「主体的に」行われているわけです。もちろん、そういった貨幣経済とか資本主義そのものがけしからんという立場の方もいらっしゃるでしょうけど、少なくとも日本という資本主義国家で生活する限りは、「労働」と「経済」に「主体的に」関わらなければ生きていくことができません*1。となると、それぞれ国民にとっての「労働」とか「経済」という言葉は、それぞれの国民が日々営んでいる活動によって定義されてしまうことになります。ここに、「労働」観とか「経済」観が乱立する素地が生まれるのではないでしょうか。

> そういった国民の実直な物語を是正することは、少なくとも「民意至上主義」においては誰もできるはずがありません。言い方を変えれば、「民意による政治主導」とは、間違っていようがいまいが「国民が信じる物語」のみを根拠とする意志決定システムです。

「労働」と「経済」を定義する主体(2009年12月20日 (日))
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-363.html

今回の法改正で一歩前進したことは間違いないのですが、それが進むべき方向へすんなりと進むかどうかは、こうした「労働」観を巧みに取り込もうとする政局に左右されるのかもしれません。
2018/07/03(火) 08:22:03 | URL | マシナリ #-[ 編集]
>現行法の問題点を等閑視して今回の法改正であたかも労働時間規制が緩和されるかのような議論を煽った方々

 が、「民意至上主義」の果てに「共謀(懲戒請求)したことに対して罪に問う」ことに熱心な弁護士と重なるのは何故なのか。というのは、考えさせられたことです。

  「弁護士自治への挑戦」という御商売への介入に対する抵抗感と拡大意欲は非常に強いものを感じました。
 ただそれは、マシナリさんがご指摘される「紛争を飯の種にする弁護士の方々の就職活動」として「高プロ批判」は「交渉人(代理人)」としての地位確立という御商売のためではないかと感じていました。
 高プロになる高所得者の雇用契約に交渉人(代理人)制度を日本弁護士連合会所属という排除の論理を適用して、労組すら締め出すのかなというのも感じましたね。
 一部弁護士の方達の商売熱心な姿勢には頭が下がる思いですが、「労働」と「経済」を定義する主体(2009年12月20日 (日))「不労所得をもたらす資産がない限りは、貨幣経済において貨幣を得るために「主体的に」何らかの労働をしてその対価を得る必要があります」とおり「高プロ」という分業を担う方が居なければマネジメントは硬直してしまいます。

 海老原氏が雇用戦略ワーキンググループに提出した資料を眺めてると、こんな騒ぎ方をしても根本的な問題の解決にはならないし、騒いだ方達に対しては冷ややかにならざるを得ませんね。
2018/07/24(火) 17:52:19 | URL | hahnela03 #TVNdHuFs[ 編集]
> hahnela03さん

>  ただそれは、マシナリさんがご指摘される「紛争を飯の種にする弁護士の方々の就職活動」として「高プロ批判」は「交渉人(代理人)」としての地位確立という御商売のためではないかと感じていました。

一応それは皮肉のつもりなので、いわゆる労働者側弁護士にとって、今回の法改正で仕事が増えるのか減るのかは正直なところよくわかりません。ただ、彼らの言動からはある種の信念は感じられるところでして、日本型雇用慣行において年功的な職能資格給制度で生活保障をしていることが長時間労働を正当化している現状を理解しながら、それを維持しようとするその姿には、「なんとしても仕事のタネは確保する」と評することも可能ではないかと思ったところです。

hamachan先生のエントリのコメント欄に「ある外資系人事マン」さんがWeb労政時報のhamachan先生の記事の一部を掲載されていらっしゃいますが、

> (略)
> こういう日本の労働時間規制のねじれた構造を全く顧慮することもなく、高プロばかりを目の敵にしながらスタッフ管理職には無関心な人々が労働研究者界隈にすらあまりにも多いことに正直絶望的な感覚を抱かざるを得ません。」…。
>
> Hamachan先生の抱えるこの「正直絶望的な感覚」に全く同感なのですが、ご自身のお立場もあるのでしょうか、そうした絶望感にもかかわらずブログやセミナー等で社会的に有用な情報を鋭意発信し続けるお姿勢にホント脱帽致します。最近の私自身はといえば、外資系IT企業の人事マンとして自分の勤める会社の日々のマネジメントで精一杯ですから。
>
> 投稿: ある外資系人事マン | 2018年7月26日 (木) 22時26分
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/web-4604.html#comment-117149973

ここで言われる「正直絶望的な感覚」はもちろん「労働研究者界隈にすらある」ことに向けたものとはいえ、その根っこにはそうした労働研究者界隈の言説をこれ幸いに反権力に利用する運動界隈であったり、それを政治的に利用する選良の方々であったり、それを支持する有権者であるところの労働者であるわけですから、それはすなわち日本型雇用慣行が今後も護持されることを意味します。

私がそうした「絶望的な」方々に絶望するのは、一方では日本型雇用慣行に起因する長時間労働是正を叫びながら、それに対する本来の規制ではない超過勤務手当規制の緩和を「残業代ゼロ法案」として煽るというダブルスタンダードであって、そんなダブスタを恥じることなく堂々とひけらかすその感性を目の当たりにすると、まあ論理的な議論が望めない現状こそが「絶望的」だと思わざるを得ないわけですね。
2018/07/29(日) 20:46:40 | URL | マシナリ #-[ 編集]
マシナリさんへ、ご返事ありがとうございます。

>本来の規制ではない超過勤務手当規制の緩和を「残業代ゼロ法案」として煽るというダブルスタンダードであって、そんなダブスタを恥じることなく堂々とひけらかすその感性

 いまだに弁護士の方達は堂々と「労組向け」と「残業代ゼロ」ツィートしてますね。あれが労働専門弁護士の実態なんだというのを見せつけられれば、幻滅するだけではすみませんね。

>「なんとしても仕事のタネは確保する」

 拘束時間管理を労基署から求められるため「別の仕事が終われば、別の仕事を与え続けて、拘束しつづけろ」という指導に成らざるを得ません。仕事が無くなったら、自主的に退社しても構わないはずです。
 ただその場合、会社の都合か労働者の都合の判断を記録として残さねばならない。有休で対応するか、別途6割負担とするのか。与えた業務量が多ければ残業へ突入することになりますが、そこでトラブル発生というのが現状の流れです。
 会社が「拘束時間管理」を止めることは「飯のタネが無くなる」という危機感があるのは分りますが、拘束時間管理=指揮命令権(パワー)絶対主義から脱却できないのでは、過労死撲滅等をあの弁護士等では絶対に出来ないとしか受け取れませんね。
2018/07/31(火) 13:13:47 | URL | hahnela03 #TVNdHuFs[ 編集]
> hahnela03さん

> ただその場合、会社の都合か労働者の都合の判断を記録として残さねばならない。有休で対応するか、別途6割負担とするのか。与えた業務量が多ければ残業へ突入することになります

ご承知とは思いますが、実際に勤務した時間が規定された勤務時間よりも短い場合は、賃金にどのように反映させるかの問題となりますので、いわゆる裁量労働制の適用の有無によって取り扱いが変わることになろうかと思います。つまり、労基法上は、ノーワークノーペイの原則により勤務していない時間は無休となりますが、業務上早く帰れという明確な命令がある場合は、事業主都合ですので休業補償を行う必要があります。一方で、労働者が自分の勤務時間を決定することができる裁量労働制であれば、ノーワークノーペイの原則によらず、勤務していない時間帯もみなし労働として賃金を支払う必要があります。

今回の改正は、規定された勤務時間よりも長く勤務した場合の賃金への反映方法にオプトアウトを設けることによって、その超過した時間に対する割増賃金の請求ができない労働者が一部に発生することになりますので、割増賃金の不払い訴訟から報酬を得る労働者側弁護士の仕事は、幾ばくか減ることになるだろうとは思います。しかし使用者には同時に、新設された健康時間によってそのオプトアウトされた労働者の勤務時間を管理する義務が課せられましたので、使用者には「拘束時間管理」はより強化されることになると思います。
2018/08/05(日) 21:38:53 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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