2018年05月29日 (火) | Edit |
海老原さんから新著をご恵投いただきました。いつも場末のブログをお気にかけていただきありがとうございます。本書の主旨については既にhamachan先生が

いやちょっと待って。これって、つい数ヶ月前に出た『HRmics』28号のAI特集の再利用じゃないですか?

ぱらぱらとめくると、確かに読んだ記憶のある文章が。ただ、そうじゃないところもあり、確認すると、結構文章が追加されたりしています。その意味では『Hrmics』の増補版ですね。

総論のところで山本勲さんが登場し、実務面の検証で、リクルート人事部の二人とAIBI論者の井上智洋さんが登場するのも同じです。

雑誌の時もそうですが、今回の本の最大のメッセージは、実はタイトルの「AIで仕事がなくなる」は当面嘘だけれども、それよりむしろ重要なのは、「すき間労働社会」になってしまうんだぞ、ということでしょう。

「海老原嗣生『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』(2018年5月14日 (月))」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳))

と指摘されている通りでして、AIだなんだと大騒ぎする前に、その「すき間労働社会」というのが具体的にどのようなタイムスパンで進み、仕事の進め方がどう変わっていくのかを考えることが必要ではないかと思います。本書では、AIによる技術革新をこれまでの汎用目的技術(GPT / General Purpose Technology)が与えた影響から類推して、

AIも同じ流れとすると…

 AIという今世紀初のGPT登場で、社会には今、動揺が生じている。それは一部に過剰な期待を生み出し、同時に滑稽なほどの恐怖をも創出している。
 ただ、今回のAI普及場面でも、やがて生産性のパラドックス(停滞期)を脱し、ラッダイト、そして肩車効果、その絶頂でのラッダイトの誤謬、さらには、取り尽くし効果へと歩を進めていくと考えるのが自然だろう。
 AIの進化については、セクション2で触れた通り、特化型AI→全脳アーキテクチャ型AI→全脳エミュレーション型AIと、この先三段ロケットのように不連続な進化を遂げると見込まれている。そのどれがもが新たなGPTだと見立てれば、一つの技術で取り尽くしが起きるころ、次のGPTが生まれ、雇用拡大サイクルが長期にわたり続くと見立てることもできる。
 だとすると、過度な不安や期待で一喜一憂する前に、まずは、この3つのエポックがどの程度のタイムスパンで生まれるのかと、そのタイムスパンに応じた対応を考えることが重要だろう。
p.66-67

「AIで仕事がなくなる」論のウソ この先15年の現実的な雇用シフト
著  者: 海老原嗣生
定  価: 1404円(本体1300円+税8%)
ISBN: 9784781616667
発売日: 2018年5月10日



と指摘されています。その上で、本書で指摘されている問題の重要性は、上記の通り仕事の進め方がどう変わっていくのかを考えることが必要であると問題提起し、それに一定の道筋を付けた上で、人口減少社会にとって歓迎すべきことであると指摘している点にあると思います。「AIに雇用が奪われる」といっても、人口が減少していく社会にあってはむしろそれが必要な面もあるわけですね。

 当然、雇用は大幅に減少する。ただし、この時期(引用注:2040年代)、日本は生産年齢人口減少のヤマ場を迎える。第二次ベビーブーム世代が退職期に入るからだ。同世代は2036年に前期高齢者入りする。ただ、このころは定年再雇用ももうもう少し伸びている可能性が高い。そうしたことから、2040年ごろから本格的に二度目の労働力減少が始まる。ここでもまが、機械による労働代替と労働力減少の歩調が合うため、社会的混乱は比較的小さく済むだろう。

海老原『同』p.199-200

海老原さんがこのように推測する過程は是非本書をお手にとって確認していただきたいのですが、個人的には、そうなった場合には日本型雇用慣行は存続できないだろうなという印象を持ちました。

こうした仕事の分担に敏感なのが日本型雇用慣行でして、それはつまり「職務無限定」でどんな仕事でもこなさなければメンバーと認められず、職務遂行能力がないとみなされ、昇給も出世も断たれるという強迫観念が強くしみついているからだろうと思います。一方で、ジョブ型社会における仕事の原則は、属人的な能力に依存するのではなく、できるだけ再現性の高い業務の進め方を確立することであり、だからこそ、属人的な職務遂行能力ではなく、一定の作業量により労働の対価が決まるような賃金決定方式となっているわけです。

日本型雇用慣行のような属人的な職務遂行能力による賃金決定方式において、評価の基準となるのは本来、職務遂行能力によってもたらされる(はずの)成果です。しかし実際は、企業という組織においては、必ずしも個々人に対応した成果が上がる仕事だけではありません。となると、特定されない成果を生み出す能力を評価基準としなければ不公平となります。ところが、特定されない成果なるものはそもそも評価の基準とはなりえないので、結局「何らかの成果を生み出す」と思われる職務遂行能力が評価の基準となってしまうわけですね。

そのような職能資格給制度においては、属人的な職務遂行能力が評価の対象となるため、同一の仕事であっても担当する労働者の属人的な能力に依存した形で仕事が遂行されます。その結果、たとえばせっかく築き上げた仕事の手順が人事異動で途絶えてしまうというようなことが定期的に生じることになります。「成果を評価する」という建前で構築された職能資格給制度において、同一の仕事で同一の成果が上げられなくなるというパラドックスがもたらされるわけですが、それだけの代償を払ってでも、仕事がなくなっても解雇されないというメンバーシップが選ばれたということですね(やや皮肉な見方をすれば、そのようなパラドックスによって永遠に仕事を生み出し続けられるわけで、本書でもIT化が進んでいるにもかかわらず日本では事務作業が減っていないことが指摘されています)。

本書では、全脳エミュレーション型AIにまで高度に進化していく時代にあって、そうした属人的な能力で「考える」仕事の多くの部分をAIが担当し、それ以外の人間がこなす仕事を「すき間労働」としています。となると、AIによる業務代替は、再現性を高める仕事ではなく、むしろAIの「属人的」な能力に頼る仕事が対象となり、人間が担当する仕事は、再現性の高い「すき間労働」に集約されていく可能性を考えなければなりません。その場合、人間が属人的な能力を向上させる機会が減ることとなるわけでして、海老原さんはこう指摘されます。

 すき間労働化は、AIと機械が「メイン業務」を遂行し、残った細切れ仕事を人が対応するようになる。それはノウハウや勘など「仕事の醍醐味」が感じられ、習熟を積める業務が「なくなる」ことをに他ならない。キャリア形成とは、修行の苦しみと成長のカタルシスから成り立つものだが、そうした部分が機械に代替されるために、働くことは苦しくも楽しくもないものになる。
(略)
 がしかし、世の中は人口減少のため、人手不足が続く。だとすると、人材不足下ですき間労働者を確保するために、会社は「多大な利益」を還元し従業員の給与待遇をアップさせることになる。結果、すき間労働しかしない、未熟練の就労者が、現在のベテラン熟練者よりも高い給与を得ることになりかねない。

海老原『同』p.194-195

個人的には、このご指摘はその通り(このあとの部分でBIの可能性を指摘されているのは、対談相手の井上智洋氏への配慮だとは思いますが)としても、では具体的にその給与待遇はどのようになるのかを考えると、二つの事態が想定されると考えます。

一つは、日本画型雇用慣行における賃金決定方式である職能資格給制度の建前が失われるだろうということです。AIが「属人的」な能力を要する仕事を担当するとなると、海老原さんも指摘されるように、人間がその属人的な能力を獲得し、又は高められるような仕事が、一部の人間にしか割り当てられないことになります。そうではない労働者には、上記のような属人的な能力である職務遂行能力を評価基準とし、経験年数(新卒一括採用の場合は年齢とほぼイコールです)で職務遂行能力が高まるという建前による職能資格給制度が成り立ちません。したがって必然的に、多くの労働者は再現性の高い、それほど考える必要がなく、難易度も低い仕事を前提としたジョブ型の賃金決定方式に移行せざるを得なくなります。そしてそのジョブ型の賃金決定方式においては、職能資格給制度のような昇給や出世は原則としてありません。つまり、海老原さんが指摘されるように未熟練で入職したときの給与が高いとしても、それは将来にわたって一定ということになります。

二つ目は、AIの「属人的」な能力に頼ると、それに不具合があった場合や、それを修正しなければならない場合に、それを修正できる人間や、そもそも修正が必要と判断できる人間が不足するということです。少なくとも企業内では、それを理解するために必要なスキルを獲得する機会が一部の人間にしか与えられないため、企業内でそのような人材を育成して調達する経路は限定されるからです。となると、不足する分については、スキルを獲得する場を企業外の専門機関に頼らざるを得なくなり、企業におけるAIの役割を学習する機会を、外部の(公的)教育機関が提供しなければならなくなると思われます。

AIによって仕事が奪われることは、人口減少社会にとっては歓迎すべきことではあるのですが、それは日本型雇用慣行や、それにつならる教育制度そのものが、その基礎を失うということでもあります。現在の我々がそれに対応した社会の形成に成功するかは依然不透明といわざるを得ない(AIをもってしても!)わけでして、そのためにも本書の問題提起は真剣に向き合う必要があると思うところですね。
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