2018年02月11日 (日) | Edit |
実質的な今年最初のエントリで「明日から仕事始めということでヘタをするとまた数か月放っておきかねない」とか書いておきながら1月はパワハラクソ野郎関連でいくつかエントリをアップしつつ、その後やはり1か月ほど放置してしまいました。国会審議が滞っているものの、今回の労基法改正で(一定の条件で)月80時間を超える超勤には罰則が適用される見込みとなっておりまして、まあここ数か月は改正法適用後には罰則が適用されるような働き方をしていたところですので、早いとこ法改正して罰則を適用してほしいものだなあと思うところです。

という働き方をしている中で、これも繰り返しになりますが日本型雇用慣行での業務効率化の難しさを改めて実感したところでして、TLで流れてきた3年前の記事でゆうきまさみ先生がその本質を指摘されていましたのでメモしておきます。

ゆうき:そう。たぶん日本人が苦手なのは目標設定なんですよ。そりゃ、会社とかでも売上目標とかはありますよ。でも、それが本当に達成すべき目標なのか?取り敢えず10億って言っておけば、半分くらいは達成できるだろう、的なことになっていないか(笑)。その辺が曖昧なんじゃないですか?

2002年に「パンゲアの娘 KUNIE」が打ち切りになってしまって、することがなくて日本で開催されたサッカーのワールドカップをずっと見てたんです(笑)。その時、日本代表がどこまで行けるか?ということにみんな不安だったはずなんですよね。その前のW杯では一勝もできなかったんですから。当初、監督や協会はグループリーグ優勝までを目標として体制作りをしていました。で、グループリーグを突破して目標は達成したんです。

――そうでしたね。

ゆうき:本来であれば「よくやった!」と監督やチーム、関係者を褒めるべきだったのに、その後トルコに負けて、ベスト8まで行けなかったので、叩かれてしまったんですよね。あれはおかしいんですよ!

――たしかに。想定外のラッキーだったわけですからね。

ゆうき:目標を立てて達成したら、そこで一回リセットというか、そこからは違う世界、予定外なんだという見方をしないと、ああいう事が起こっちゃう。一番良くない事として、目標を達成して欲をかく、ということが起こりがちなんですよね

(略)

――後藤さんなんかもそうですよね。目標達成したらさっさと撤収みたいな(笑)

ゆうき:とりあえず、もうそれで「お疲れさん」なんですよ。まあ、W杯の場合はそれで終わりって訳には行かないとは思いますけどね。それにしたってね。大会前とグループリーグ突破後の世間の掌の返しっぷりといったらね・・・・・・。

――それも、目標が軽く扱われているというか、単なるお題目に普段からなっているからかも。後藤さんは実は何が重要で何がそうでないかを明確に見定めている

ゆうき:そうかもしれないですね。マンガの終盤で泉がシリーズ終盤の敵となったレイバー「グリフォン」に対して「逃がさなければ勝ちだ」と喝破するシーンを用意したんです。それは彼女が後藤イズムを体得したことの現われだったわけです。 

――なるほど!でもそういう後藤さんのもと、目標を達成し続けるチーム第2小隊は組織としては傍流に置かれ続けるというのは皮肉ですね。

「負けた人列伝」を僕は描きたい

ゆうき:目標をきちんと定めて共有する。所与の目標が達成されたら、そこでちゃんと1回評価しましょう、ということですね。もっと小さなレベルで言えば、「じゃじゃ馬グルーミンUP!」で主人公の駿平が「親父が褒めてくれたことがない」って言い放つじゃないですか。あれですよね。

――父親は「お前はもっとできるはずだ」という信念のもと、良い成績を取っても褒めてくれないんですよね。そんな駿平にとって、牧場は馬を育てあげるという目標がとても明確で心地良い場所だった・・・・・・。小さなレースに勝っても、その度に祝勝会を開く様子が繰り返し描かれてましたね。

ゆうき:そういう場での「よくやった」という一言が大事ですよね。そこで「次へ、次へ」と休み無くやっていると疲れちゃうし、組織としての「遊び」が無くなって行ってしまう。あの牧場の目標はダービー馬を出すことじゃなくて、もっともリアリティのある目標として、生産馬を競馬場に送り出すことなんですよ。

――そこから先は主に調教師の仕事ですしね。

ゆうき:そうなんですよ。

――少年マンガにありがちな敵を倒したらまた更なる強大な敵が、という展開をある意味僕たちは刷り込まれて、望んでしまっているのかもしれないですね。

ゆうき:もちろん、そういう局面とか野望、野心も大事なことではあるとは思うんですけどね。後藤隊長みたいな人が主人公だと少年マンガとして成り立ちませんから(笑)。「オラもっと強い奴と戦いたい」と言う風に、自分が定めた目標なら良いんですよ。でもそれを評価する側は違う視点をもたないといけない

――でも、現実に次から次へより大きな敵(目標)を求めちゃうと。

ゆうき:疲れ果てちゃう人の方が多いでしょうね。どんな社会でも勝つ人よりも負ける人の方が圧倒的に多いんですよ。だから、負けたときどうするか、というのを僕はずっと考えているのかもしれない。

「日本の会社には「遊び」がない–パトレイバー作者・ゆうきまさみ氏が語る組織論(2015年07月30日)」(HRナビ)
※以下、強調は引用者による。

いやもう、首肯しすぎて首が痛くなるかと思いながら拝読して長々引用してしまいましたが、第二小隊の隊員のモチベーションの高さとそれに由来するパフォーマンスは、具体的な個々の目標達成を的確に評価するという上司の存在が大きいのだろうなと改めて認識した次第です。組織のパフォーマンスを確保するためには、組織の目標を具体的な行動にまで落とし込み、それを構成員全員が的確に理解して実行できるように伝えるマネージャー(上司)の存在が決定的に重要です。第二小隊では、そのようなマネージャーを通じて、構成員が組織の目標把握の考え方(ゆうき先生がいう「後藤イズム」ですね)を体得し、それによってその組織が果たすべきパフォーマンスが確保され、その経験や課題を基にして次の具体的な行動につなげていく…という好循環が回っているわけです。『パトレイバー』という作品が、歩行式の作業機械を駆使する警察部隊という(企画された昭和の時代では)荒唐無稽な設定でありながら、警察という組織においてその構成員が仕事を遂行するという点でリアリティを獲得しているのは、こうした組織マネジメントの要諦が織り込まれているからなのかもしれません。

飜って周りを見渡してみると、「目標が軽く扱われているというか、単なるお題目に普段からなっている」光景ばかりが目につくところでして、その象徴が年始以来拙ブログで取り上げているパワハラクソ野郎なわけです。ということを考えていたところで、ゆうきまさみ先生つながりで興味深い記事がありました。



(略)

勿論、ファンの声というのは創作者にとってエネルギーの源泉です。そして、悪評というものも、時には創作の糧になり得ます。それは間違いないんです。

ただ、ゆうき先生の発言に対して、冒頭まとめで時折みられる

「世に作品を出すなら叱咤激励を受けるのは仕方ない。」とか、

「(褒め言葉ばかりでは)いい漫画家が育たない。」

といった反応には、正直なところ「うーーん」と思うところがありまして。

というのは、世の中には、思った以上に「激励のつもりで罵倒しか出来ていない人」が多いんじゃないか、と私は感じているんですよ。

(略)

ただその時、「こういうのって嫌がらせみたいなものなんですかねー?」と言ってみたら、「いや、これで応援のつもりの人も結構いるんだよね…」という言葉が編集さんから返ってきて、それは結構私の頭の中に残っているんです。

つまり、それこそ「悪評が漫画家を育てる」的な信念の元、いわば愛の鞭のようなつもりで罵倒を投げてきている人もいるんだ、と。



そして、そういう人たちは、自分の罵倒が「創作の参考になる批評」だと考えているんだ、と。

はー、と思いまして。

例えばブラック企業では、パワハラ上司の言葉がしばしばやり玉にあがります。徹底的に新人を追い詰めて、辞めさせたり鬱にしてしまったり。ああいう話、結構みますよね。



ただ、ああいうパワハラ上司的な人達も、多くの場合「自分が単に罵倒をしていて、相手を精神的に追い詰めている」とは思っていないんですよね。少なくとも本人の主観的には、あれ、「叱咤激励」のつもりなんです。

自分の言葉を糧にして、相手が強く成長することを願っていたりする。で、言われた方が耐えかねて辞めちゃったら、「なんであれくらい耐えられないんだ」と首をひねったりするわけです。

「「激励のつもりで罵倒しか出来ていないファンの人」と「パワハラ上司」は同じ構図。(2018/2/10)」(BOOKS&APPS)

「世の中には、思った以上に「激励のつもりで罵倒しか出来ていない人」が多い」というのは、「パワーの行使がハラスメントとなる源泉は、実はパワーそのものではなく、OJTにおける試行錯誤にあるのが日本的雇用慣行の特徴だろう」と考える拙ブログの立場からしてもしっくりくるところです。ここ数回のエントリではサイコパス傾向とか一定の性向をもつ方に限定的なような書き方になっていましたが、日本型雇用慣行そのものが上司が職場で部下を指導するOJTを必須とするためにパワハラを誘発しやすい環境にあり、そうしたパワハラOJTで仕事を覚えてきた上司の多くはパワハラOJTでしか部下を指導できないことになってしまうわけですね。

上司-部下の関係における指導ではなく、組織のパフォーマンスを上げるためのマネジメントこそが組織にとって必要なことであって、だからこそ上司はマネージャーと呼ばれます。そのマネジメントに必要な理論をまとめたのが、海老原さんの『マネジメントの基礎理論』と『即効マネジメント』でして、こうしたマネジメントの理論を学んで指導とマネジメントの違いを改めて自問しなければならない方は多いのではないかと思います。まあ有り体にいえば、自分の部署の従業員が期待された成果を挙げていない場合には、その従業員のスキル不足やら姿勢やらを批判して罵倒するだけでは問題が解決しないということですが、さて日本型雇用慣行にどっぷり浸かった現在の上司の皆さんが自らそれに気が付くのはいつのことなのでしょうか。
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コメント
この記事へのコメント
 マシナリさん、こんにちは。
 無能な上司より有能な上司が部下を潰すのは「なんでこんなのができない」とかですね。
 海老原さんの『即効マネジメント』では、「理由」を伝える。というのがありましたが、どのような仕事を割り振り(アサイン)して、自分がどのような仕事をさせられているのか伝えないのが、日本型雇用教育の特徴の一つでもあります。
 職務がなんなのか、その意義、作業によって得られた各種のデータをどのように活用するのかなど、一連の作業の全体像が見えない中でルーチンワークをさせられている、ある大企業の職場の話を思い浮かべました。
 理系の多い企業ではありますが、ここまでプロパー社員・派遣社員教育に対する能力不足というか、マネジメントが出来ない本社のある部門の話とかぶるのが多過ぎますね。
 ただ、最終的に自分が受けた印象は、そういう部門は、どういう仕事をしているのかそもそも理解していないのか、仕事そのものが会社に意味が無い事をわかっているが、人を解雇できないのでそういう人達を集めているのどちらかですね。日本有数の大企業が社員教育をある意味放棄しつつあるなかで、パワハラOJTだけは、継承し続けている。そうしないと、無用となった正社員を集約した本社の一部門は存続理由がなくなるからというように感じましたね。
 パワハラOJTを含めた手法が存続し続けるのは、自分自身が「切り捨てられていない」と心の奥で叫び続ける姿を映しているのかもしれませんが、本来それは別の形で反映されるべきものですね。
2018/02/12(月) 14:15:12 | URL | hahnela03 #TVNdHuFs[ 編集]
> hahnela03さん

コメント遅れて申し訳ございません。

>  ただ、最終的に自分が受けた印象は、そういう部門は、どういう仕事をしているのかそもそも理解していないのか、仕事そのものが会社に意味が無い事をわかっているが、人を解雇できないのでそういう人達を集めているのどちらかですね。

これは実はとても難しい論点だろうと思います。というのも、「どういう仕事をしているのかわからない」ということと、「仕事そのものが会社に意味がない」ということを、客観的に分類する基準というのは、ありそうでないのが実態だろうと思います。つまり、「仕事そのものが会社に意味がない」という仕事があれば当然ムダな仕事として削減すべきですが、それをトコトンまで突きつめてしまうと、エントリで引用した記事でゆうきまさみ先生が「組織としての「遊び」が無くなって行ってしまう」と指摘される状況に陥る危険性が高くなります。

これは「ムダの削減による緊縮財政」とも通じる問題でして、極端な例が豊洲市場移転を延期することによる都財政への負担を、支出増による経済効果として評価するかムダとして批判するかという問題ですね。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-733.html

まあそれはともかく、あくまで個人的な霊感レベルですが、もしかすると、パワハラOJTでなければ習得されないようなスキルがあるとして、それでやっと成り立つような仕事は、すでに効率的な仕事としては存在価値がなくなっているというメルクマールにはできるような気もします。

海老原さんの『即効マネジメント』の例でいえば、営業のアポ取りのために、「1日50件の電話掛けをしろ! それでもアポが取れない? だったら100件電話すればいいじゃねーかバカヤロー!」という上司の元での仕事が淘汰され、「以前取引先だった会社やその関連会社に電話をかけて、他社に切り替えた理由を教えてくれといえば、前のサービスに不満を持っている何社かはアポ取りできる。そうしたら、その理由に対応した新製品やサービスを提案できるぞ」と指導する上司の下での仕事が標準化されていくというイメージです。

仕事の存在理由は、その仕事そのものはもちろんですが、その進め方によっていかに(利害)関係者との関係性を構築・再編していくかにも大きく依存すると考えます。日本型雇用慣行の最大の弱点は、長期雇用を守るためにそうした(利害)関係性が社内外ともきわめて強固に固定化されていて、付加価値労働制生産性を向上させることが難しい点にあると言えるかもしれません。
2018/02/18(日) 21:49:12 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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