2018年01月07日 (日) | Edit |
年始でちょっと余裕がありそうなので、最近何かと話題のこの件でアップしておきます。

貴乃花親方の理事解任を決議 相撲協会の評議員会で(1月4日 12時58分 NHK)

日本相撲協会は4日、臨時の評議員会を開き理事で巡業部長を務める貴乃花親方の理事解任を全会一致で決議しました。相撲協会の理事が解任されるのは初めてで、貴乃花親方は役員待遇の委員に降格しました。

臨時の評議員会は4日午前11時前から東京 両国の国技館で始まり、元文部科学副大臣で議長を務める池坊保子氏など5人の評議員が出席しました。

相撲協会は先月28日に臨時の理事会を開き、警察に被害届を出しながら巡業部長として相撲協会に事案を報告せず、その後も調査に協力してこなかった貴乃花親方について、理事や巡業部長としての責任は重いとして、理事解任の議案を、権限を持つ評議員会に提案していました。

まあ組織というのは上に立つものが支配するものでして、それに楯突くとこうなるぞという見事なお手本ですね。当然それぞれの言い分があるでしょうし、私のような部外者がそれをどうこういえるだけの見識もありませんが、報道される経緯を見ていると、組織を構成するメンバーが組織内でどうのように振る舞えばどのような反応を引き起こすのかの貴重なサンプルといえそうです。

今回の件を概観してみてみると、相撲協会という組織においては稼ぎ頭である現場のエリート(横綱)を守ることを優先するため、その現場を統括する理事会、さらにその上の評議員会ともに、現場のエリートが引き続きその組織で業務に従事できるよう取り計らったということになりそうです。その際、現場のエリートとそれを擁護する上層部に敵対的な行動を取った幹部については、現場のエリートを支える体制を維持するため上層部から排除する必要があると、理事会・評議員会ともに判断したのでしょう。一説には、貴乃花親方が目指す「ガチンコ相撲」だと身体がもたないとか、現行の年6場所制を維持するには貴乃花親方の考えは急進的すぎるということもありそうですが、まあいろいろな批判はありながら、興業によって収益を得ている相撲協会の判断としてはさもありなんという感はあります。

今回の顛末で私が興味深く思うのは、組織の決定の「二度手間」に対する忌避感は組織が古く、大きくなるほどに強くなるのだなあということです。現行の古く大きな体制を維持するために大変な労力を要する状況になれば、体制維持だけでマンパワーを割かれてしまい、瑣末な不祥事などにかかづらっている暇などなくなっていきます。体制維持にマンパワーが割かれるというのは、現在の意思決定に関する手続きを適切に運用することももちろんですが、そこからの逸脱に対する対処も含めてその積み重ねが規範化しているわけですから、その積み重ねとの整合性を図ることにも手間が取られることになります。つまり、組織の決定の「二度手間」とは、いったん体制を形成することによる手間を第1段階として、第2段階でその体制を維持するために現在の意思決定の手続きを厳格化するコストと、その運用の中で積み重なる前例踏襲のコストがかかるということであり、その「二度手間」は組織の大きさと古さに比例して必然的に増大していくこととなるわけです。

今回の件でも、相撲協会ではこれまでの意思決定の手続きに則って粛々と決議したように見受けるところでして、貴乃花親方が考える改革案はその意思決定の手続きまでを覆すことはできなかったということでしょう(まあまだ結論が出たわけではなく、これから貴乃花親方の考え方が浸透して組織が変わっていく可能性はあると思いますが、少なくとも現時点では組織の側に意思決定の手続きを変えようという様子はなさそうです)。

とはいえ、一方では今回の件の発端となった暴行事件については、刑事事件として略式起訴されて加害者が実刑を受ける可能性が高くなっているところでして、この件に関して言えば、組織の在り方が関係していると思われる刑事事件が発生したときに、組織の意思決定の手続きと、国民の安全を守るために制定された法令上の手続きとの整合性が問われているということなのではないかと思います。実は、2017年に明らかになった企業の不祥事でもこの構図が見られるところでして、組織内では問題ないとみなされていた手続きが実は法令違反だったり、むしろ法令違反を承知の上で組織内の手続きを優先した結果が、法令に照らしてみればやっぱり不祥事だったということなのでしょう。

そして、そのような組織内の手続きを優先するような組織の在り方自体が、

と書いてみると、現在の日本の組織の問題は、いったん形成された「社風」や「組織文化」に根差している部分が大きいのではないかと思いますし、やはり戦前の日本の主要な組織で非論理的な意思決定が常態化していたことが戦争につながったという評価には一定の説得力があるようにも思います。まあ、パワー(指揮命令権)の行使からハラスメントを分離できればいいのでしょうけれども、日本型雇用慣行におけるOJTがハラスメントの源泉であるならば、ことはそう簡単ではありませんね。日本型雇用慣行が堅牢であるうちは意思決定が非論理的に行われるものと諦めるか、日本型雇用慣行の見直しを進める中で少しずつ状況が改善するのを待つしかないのかもしれません。

非論理的な言動で意思決定を行うことが常態化してしまった組織(2017年08月17日 (木))

という経緯で変えられないのが実情だろうと思うところでして、いやまあ絶望的な結論ではあります。特に、セクハラが雇用機会均等法により明確に法令違反と規定された一方で、パワハラは未だに「必要なOJTの一環」と位置づけられているうちは、パワハラをする上司の側が「ハイパフォーマー」として評価を上げ、パワハラに対して抗議の声をあげた方が「ローパフォーマー」として評価を下げる現状は変わらないでしょうね。
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