2017年08月17日 (木) | Edit |
お盆の時期は終戦記念日と重なることもあって、日本の意思決定に関していろ考える機会でもありますね。となれば、過去と現在を比較して戦前とどうたらという意見も多く見受けられるところですが、いつものことながら山口さんのこの指摘が本質的ではないかと。

とはいえ、今の社会と戦前の違いは明らかであり、文字通りの意味で「戦前」の状態に回帰するというのはあまり説得力のある主張ではないと思う。何かの政策や立法などについて、戦争や戦闘に巻き込まれるリスクが高まると言いたいならそのように言えばよいし、人権侵害のおそれが強まると言いたいならそのように言えばよい。戦前を持ち出すことでよけいな文脈が持ち込まれると、議論が無駄にややこしくなる。ましてや現首相をヒトラーにたとえるかのような極端な言説は冷静な議論を不可能にするという点で有害以外の何物でもない。

そうはいうものの、最近の情勢をあまり好ましいとも思っていない。この時期のことゆえつい関心が「戦争」に向かいがちなのでという要素もあるが、最近放映されたさまざまなテレビ番組を見ながら、戦争はいかんなあ、これは気をつけなきゃいかんなあ、という思いを新たにした。

引用元: 「戦争の何がこわいか(August 16, 2017)」(H-Yamaguchi.net)
※ 以下、強調は引用者による。


まあ何かになぞらえて自分の主張を補強するというのはよくある手段ですから、そのこと自体は特に問題にすべきではないのかもしれませんが、かといって自分に気にくわないことがあれば、いわゆる失政や悪政になぞらえて危機感を煽るというのはまさに山口さんがおっしゃる通り「議論が無駄にややこしくなる」だけではないかと思います。

そうはいっても、結局共通点があるといえなくもないところが何周も回って結局それかよとは思いますが、前々回エントリに頂いたはてブを拝見して補足しておきたいと思います。

hahnela03 誤解を恐れずにいえば、中小企業の業務ではそれほど厳密な論理構成は求められない/それはそれで別のハラスメントの温床になっているという面。パワー(指揮命令権)を行使する(労組組合員)との鬩ぎ合いですね。

引用元: hahnela03のコメント 2017/08/08 11:16

これはハラスメントが発生する象徴的な問題かと思うところでして、前々回エントリではまとめきれませんでしたが、要すれば、論理的な場面と非論理的な場面を使い分ける権限を持つ者が最強だということに尽きるのだろうと思います。組織で仕事をしている労働者にとって、少なくとも仕事の場面において上司こそがその権限を一元的に有するわけですから、論理的に仕事を進めるか、理不尽なパワハラで仕事を進めるかは上司のさじ加減ひとつで決まります。

前々回エントリでは、クラッシャー上司は自らの経歴を守るときに論理的に振る舞い、自らの経歴に傷がつかなければ非論理的にパワハラをすると書きましたが、それを突きつめると自らの経歴を守る必要が無いクラッシャー上司はパワハラを躊躇する理由がないということになります。ごく一般論として、中小企業の業務では大企業と比べて出世のライバルが少ないことで自らの経歴を守る場面が少なくなり、パワハラに歯止めが利かなくなる傾向があるのかもしれません(これに加えて、hahnela03さんが指摘されるような労働組合も、守るべき経歴がないと考えている場合は同様のことがいえるでしょう)。

という中小企業の事情に比べれば、大企業や役所でパワハラを防ぐことは容易だろうかと考えるとさに非ず。上記の逆のパターンを考えてみればわかりますが、これも前々回エントリで指摘した通り、不幸にも「そうして形成された「社風」とか「組織文化」が、「厳しい上司だったけどそのお陰であの厳しい状況を乗り切れた」などの武勇伝とともに何らかの業績につながっていたりすると、その「社風」とか「組織文化」を修正することは著しく難しくな」っている場合は、パワハラすることこそが「社風」とか「組織文化」に沿った行動であり、パワハラする上司がそのパワハラでもって評価されることになります。

いやもちろん、パワハラでもって評価されるというのは極端な言い方で、もう少し実態に即していえば、論理的に仕事を進めるべき場面であろうがなかろうが非論理的な言動で意思決定を行うことが常態化してしまった組織においては、どんな手を使ってでも所期の目的を果たす意思決定をできる者が評価されるということですね。その意思決定を行うためであればいくら非論理的な言動を行っても不問に付されることがわかっているからこそ、パワハラを行って部下の反論を封じることが意思決定の場面で有効な手段となり、それを使いこなす者が評価されて出世するというわけです。

と書いてみると、現在の日本の組織の問題は、いったん形成された「社風」や「組織文化」に根差している部分が大きいのではないかと思いますし、やはり戦前の日本の主要な組織で非論理的な意思決定が常態化していたことが戦争につながったという評価には一定の説得力があるようにも思います。まあ、パワー(指揮命令権)の行使からハラスメントを分離できればいいのでしょうけれども、日本型雇用慣行におけるOJTがハラスメントの源泉であるならば、ことはそう簡単ではありませんね。日本型雇用慣行が堅牢であるうちは意思決定が非論理的に行われるものと諦めるか、日本型雇用慣行の見直しを進める中で少しずつ状況が改善するのを待つしかないのかもしれません。
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コメント
この記事へのコメント
マシナリさんへ。ご丁寧なご返事痛み入ります。
クラッシャー上司に関するエントリーの直近にある大企業の現場でご指摘されるような光景を拝見したのです。指揮命令権(パワー)を持つ人にとって、OJTの一環と思い込んでしまう手法ではあるのは私自身も経験しましたが、20代前半で理解するのは難しいのも事実です。これは海老原氏が指摘する「理由」を告げない教育がパワハラと区別がつかないところが問題になるところです。また、言われている若者にとっては、理不尽としか感じ取れないのも事実であるから余計に難しくなるところです。
 担当している職務遂行のための能力をどのように伸ばすのかの説明はまずありませんし、職務と関連する他の職務との連動までをどのように把握し整理されているかまでを説明できる体制になっているかまでを、いついかなる場所で要求されても答えられるのかというのが、職務遂行能力の一部として求められるのですが、人間そんなに便利には出来ていません。
 東大法等のように一文だけで、全ての条文等がでてくるレベルにOJTによって成れるとしているのが、「非論理的な言動」が成り立つそもそもの出発点なのかもしれないと感じるところではあります。(成れる人もいるけど大半はなれない)
 
「心が折れる職場」第2章「アドバイス上手」な上司が部下の心を折る
 で、紹介されている内容もマシナリさんが指摘されるところと重なるところがあります。
 今回はある職場で目にした光景とマシナリさんのエントリーが近かったことも指揮命令権(パワー)の向き方が大企業内部と中小企業へ向いた時を比較しながら読ませて頂いたというのが本当のところでした。
 
 あることで、大企業の本社総務部門の社員教育と情報制御の徹底ぶりを感じ取る事となり、日本型雇用慣行によって、課長級であっても教育しないものがあるのだということで、本来は公開するつもりがなかった付加価値税関連のエントリーを上げるきっかけにはなりましたね。
 
  
2017/08/19(土) 18:13:22 | URL | hahnela03 #V76W3knM[ 編集]
> hahnela03さん

こちらこそ詳細にコメントありがとうございます。
付加価値税に関する一連のエントリについて、日本型雇用慣行の影響が労使関係にも影響するというのは興味深く拝見しておりましたが、そのような経緯があったのですね。

> 今回はある職場で目にした光景とマシナリさんのエントリーが近かったことも指揮命令権(パワー)の向き方が大企業内部と中小企業へ向いた時を比較しながら読ませて頂いたというのが本当のところでした。

中小企業や大企業、役所を問わず、外部と内部の使い分けもパワハラが行われる契機となりますね。一見理詰めで仕事をするように見える管理職であっても部下への指導は非論理的であったり、いやむしろ管理職が理詰めで仕事をすること自体が、指導を受ける部下にとっては理不尽に見えることが多いのかもしれません。おそらくその管理職の頭の中では、外部や内部との利害調整を踏まえて論理的に導き出したつもりであっても、それはあくまで利害調整の末の妥協の産物であることに変わりがありませんので、部下にとっては理不尽に見えるでしょうし、実際にその利害調整が力関係で決まっていれば、これっぽっちも論理的ではないわけですし。

その意味でも厄介なのは、職務能力を持たない新卒者を採用して上司がOJTで職務遂行能力を叩き込む教育方法によって、その組織にいるうちは上司と部下の関係性の中で絶対的な上下関係が永続するという仕組みだろうと思うところです。
2017/08/20(日) 17:20:57 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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