2016年12月12日 (月) | Edit |
これは釣られておかなければなりますまい。

「保育園落ちた日本死ね」という言葉が、今年のユーキャン新語・流行語大賞トップ10入りした。大賞の授賞式には、民進党の山尾志桜里議員が出てきて、この「保育園落ちた日本死ね」の受賞者としてスピーチしたという。ネットを中心にして、この「保育園落ちた日本死ね」、特に「日本死ね」の表現をめぐって受賞の賛否両論が湧き上がった。「日本死ね」はヘイトスピーチであると批判する人や、他方でそれは「日本の内部」への批判だから無問題だとする人など多様だ。筆者の私見では、この「日本死ね」という表現自体に賛成しかねる。この手の過剰な表現で注目を集め、世間を扇動するのは最悪の政治的手法だと思っている

「日本に「死亡フラグ」を立てるのは民進党さん、あなたたちですよ」( 田中秀臣の超経済学 2016/12/05 11:54)


いやまあ、個々の説明ではそれなりに説得性があるものの、全体で見ると整合性がこれっぽっちもなくなるというのが一部のリフレ派(またはりふれは)と呼ばれる方々に共通して見られる特徴ではあるのですが、こうした言行不一致なご様子を拝見する度にりふれはの皆様はご健在なのだなあと感心することしきりですね。

ここ最近のエントリでは、消費税率引き上げを巡る議論を取り上げる機会が多かったのですが、その一つの理由は、経済政策を巡る議論から人格やその個人の属する組織への攻撃という卑劣な行為に発展するかどうかを注視する必要があると考えるからです。そしてやはり、危惧していた事態に発展したようです。

正直なところ、そのブログへリンクするのも腹立たしいので、恐縮ですがjura03さんのエントリを引用させていただきます。

消費税上げをすすめる財務事務次官の写真を加工して、「指名手配書」をまわしているわけです、要するに。

いま、田中先生の Twitter を見るとこんなことを書いている。
https://twitter.com/hidetomitanaka/status/381448341621456897

繰り返すが、いまの日本で最も有効なのは木下康司財務省事務次官を批判すること。それが最も効果的。個人攻撃どんどんいこう! http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20130920#p1 … 「論」とかの批判もRTしまくるぞw

https://twitter.com/hidetomitanaka/status/381449130976899074

さて木下康司個人攻撃もバリバリやって、消費税増税がどんだけいまの不況下の日本に悪いかもいつもどおりにバリバリにやるぞw


なんで財務事務次官をネット経由で「個人攻撃」したら消費税上げが避けられるのか、ちゃんと説明してほしいんですが、多分そんな理屈はないでしょう。

扇動のための不当表示としての「リフレ派」 part128 「狂気の集団」と化したリフレ派とこれに支持を与えてきた人たち(2013-09-22)」(今日の雑談


田中氏の言動によってネット上の言論活動が封じられたという事例が発生したのは、たったの3年前です。その当時、dojinさんの「本件について田中氏の言動に問題があると感じているブログやツイッターをやっている方々は、田中氏やbewaad氏の政策的立場への賛否に係らず、はっきりとその旨を表明することが、第二のbewaad氏を生まない最善の道だろう」という呼びかけに意を決して、遺憾の意を表しましたが、今回もそれに匹敵する暴挙だと考えます。改めて、田中氏の言動には遺憾の意を表します。
(略)
ちょっとググればすぐにわかることでも自分の都合の悪いことは見ないことにして、同じデータから自分に都合のいい結論を導き出すような議論があることは仕方がないでしょうし、まあ広いネットの世界にはそういうダメな議論もあるだろうぐらいであればまだいいかもしれません。しかしこの方は自ら「リフレ派」を名乗って自説に反対する方には容赦のない罵詈雑言を浴びせかけ、さらに個人攻撃を先導する方でもあるわけで、悪質と言わざるを得ません。百歩譲って、そんな方がいるのも玉石混淆のネット社会だろうと割り切ることもできるかも知れませんが、であればこそ、その悪質な言論にこれまで賛同してきた、あるいは田中氏の説そのものに賛同するわけではないとしても、「リフレ派」であることを理由に「リフレーション政策以外は何を言ってもよい」と傍観してきた方には、その作為と不作為に対する批判を正面から受け止めていただきたいものです。

遺憾(2013年09月24日 (火))


こんなのもありましたね。

利害関係者の発言に対する忌避感と公務員に対する敵意では、拙ブログにコメントいただいている方に勝るとも劣らない勢いtweetの数々に圧倒されます。

拙ブログでは、そうした所属する組織や職業、さらに人格を標的とした批判は慎んでいるつもりでして、3年ほど前にも「求めるべきは政策至上主義」などというエントリの中で、「その主張の個々の論点については是々非々で判断するべきであって、人格やその行為などで判断するのはフェアではない」と書いているところですので、こうした批判をしてしまわないよう改めて自戒しなければと思う次第です。

そうした思いを持つ者としては、6年前の「とある方」のこの言葉には激しく同意いたします。


さらに再三念のためにいうが、ある学説の主張とその主張者の人格や帰属先とを関連づけるような批判は批判ですらないのはここで何度も強調しておきたい。

■[経済] フランク・ナイトは本当にミルトン・フリードマンを破門したのか?(2006-11-22)」(Economics Lovers Live Z


実をいえば、拙ブログでも「ナイトのフリードマン・スティグラー破門事件」は何度か取り上げていたところですので、これからは慎重に取り扱うことにしたいと思います。

なお、「上記の二つの引用のコメント主は同じじゃないか」というツッコミは、「人格と帰属先とを関連づけるような批判」ではないのでアリだと思います。

批判ですらない批判(2012年08月28日 (火))


「知的」で「誠実」であろうとすれば「りふれは」ではありえないというのは今に始まったことではないので今更取り上げるのも飽き飽きするところですが、10年以上にわたって整合性の欠如のブレなさっぷりを拝見できるのはもはや伝統芸と敬意を表さざるを得ませんね!!!!!(棒)

なるほど、これになぞらえて言えば、

「知的」な「りふれは」は存在しうるが「誠実」ではあり得ない。

「誠実」な「りふれは」は存在しうるが「知的」ではあり得ない。

「知的」で「誠実」な者は存在しうるが「りふれは」ではあり得ない。

ということでしょうか。

「知的」で「誠実」な「りふれは」(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳) 2011年3月 6日 (日))



(追記)
hamachan先生に過去を思い出させてしまい恐縮です。
「知的」で「誠実」な「りふれは」再掲(2016年12月13日 (火))
本エントリは「エンターテインメント」カテに入れて面白がる程度にしたいと思っていたところですが、私もあまり思い出したくない思いもあるものの、りふれはの極めつけがありますので追記しておきたいと思います。

そして、この状況下でそのコールドリーディングの材料として巻き込まれる思いは、この方々には想像がつくのでしょうか。想像がつかないからこういうことを堂々と書いてしまうのでしょうが。。。

だからこそ私たちは「このままでは震災恐慌がくるぞ!」と、声を大にして訴えます。そのことで、結局恐慌が起こらなかったとしても、私たちはそれが誤った警告だとは思いません。なぜなら、私たちが警告を発しなければ、本当にまた日本は、大きな人災である、経済2次、3次被害を受けることになりかねないからです。

多くのマスコミがこの問題を一切報じない中、不幸にも、政府・日銀自体もこの危機に気づいていないかのような反応で、ほぼ平時と変わらない凡庸な政策を選択しつつあります。だとしたら私たちは、自分の身は自分で守らなければいけません。政府と日銀に、声を大にして正しい復興策を要求し続けなければいけません。

■日本に明るい未来が訪れることを願って 
震災でお亡くなりになられた方々に思いを馳せながら、「震災恐慌がくる!」――。
そう叫びながらも、日本に恐慌がこないことを、そのために、正しい経済復興策がとられることを、そして、日本中が負った震災による心の傷が癒えることを心から願って。
私たちは先人の知恵を借りながら、「震災恐慌がくる!」――そう、声を大にして叫びます。

                                            上武大学ビジネス情報学部 田中秀臣
                                    デフレ脱却国民会議事務局長・経済評論家 上念司

                         ――『震災恐慌! 経済無策で恐慌が来る!』(宝島社)「まえがき」より
このあと日本経済に何が起きるのか?誰も語らない、震災恐慌の怖さ 田中秀臣、上念司(2011/5/19 23:1)」(SYNODOS JOURNAL


誰のための復興?(2011年05月22日 (日))

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