2016年10月26日 (水) | Edit |
香山リカ氏がいかにもなtweetをしたそうでして、震災後にこのエントリをアップした当時と何も変わっていないのだなとしみじみ感じ入るなど。

「公務員は絶対的な権力を持ち、絶対に折れない精神力を持ち、絶対に利得を確保する頭脳を持ち、絶対にそれを知られないようにする陰謀を張り巡らしている」というあり得ない虚像を描いて、「相手が絶対に倒れない」という安心感から無秩序な批判を繰り広げるのが我々の社会の「普通」であるならば、その虚像に祭り上げられた生身の人間は心身を病んでしまいます。それもまた我々の社会の「普通」なのかもしれません。

絶対最強の公務員なんているはずがない(追記あり)(2012年8月31日(金))


香山リカ氏のtweetは引用しませんが、タクラミックスさんのこのご指摘には全面的に賛同いたします。


これに対して香山リカ氏から、

あのー仕事全般ではなく「警備にあたる警察官の職務」の意味ということは前後のツイートからわかるはずですよね……。どんな仕事でもストレスはいっさいない、みたいなこと言ったかのようなミスリードはやめていただけますか?
https://twitter.com/rkayama/status/789867291701760000

というtweetがあり、さらにタクラミックスさんが指摘されている点も重要です。

承前)香山先生の見立てが正しいなら、警察官たちにいくら罵声を浴びせても、なんら効果は無いという事になります。では、あの罵声は何の効果を期待して発せられているのでしょう?警察官に何の心理的影響も与えることが出来ないなら意味がないという事になります。寧ろ逆効果かもしれない。
更に(続
https://twitter.com/takuramix/status/789896266348060672

承前)専門家である香山リカ先生のこの見立ては、
「警察官に何の心理的影響も無いなら、いくら罵声を浴びせても誰も傷つけない筈だ」
というお墨付きとなる可能性があり、活動を過激化する口実にされると思われます。
お見立てが間違っていた場合、その罵声は少なからず人を傷つける事になる…(続
https://twitter.com/takuramix/status/789898082703978496

承前)お見立て通りであったとしても、前述したとおり、その警察官に向けられる罵声には効果が無く、寧ろ、そうした罵声を浴びせ続け過激化する人々の姿が世間に印象づけられるばかりとなります。その場合、反対運動にとってはマイナスとなる可能性がある…
どっちにしろ、益は無いように思われます。
https://twitter.com/takuramix/status/789900148537110528

承前)以上、香山リカ先生の論理をトレースするよう努めて考察してみましたが、先生の論理だと、罵声は無駄という結論にしか至らないと思われます。効果が無いという前提により罵声が正当化される…不毛としか言いようがありません。
私は罵声に攻撃効果はあると考えます。それ故に問題視しています。
https://twitter.com/takuramix/status/789904070840422400


このように素直に考えれば矛盾するような理屈が堂々と繰り広げられるのは、最初に「反権力」という目的があるからと思われます。その目的を至上命題と認識してしまうと、「反権力」に沿わないようなものは、それがご自身の専門的見地のものであってもねじ曲げても構わないというほどに、それを信奉する方にとっては「正義」となるわけです。

というところで、最近こちらのtogetterが話題になっていたようですが、
「いじめられる側にも原因がある」に対するはるかぜちゃんの指摘が相変わらず鋭かった件
当事者からの一方的な申立てであることを割り引いたとしても、このtweetなどは「我々の社会の「普通」」の一面を的確に指摘していると思います。


権力関係に全てを還元しなければ気が済まないような「反権力」の方々にすれば、ご自身がその「権力」を思う存分批判する前提として「権力」の側の人間が完璧な絶対最強でなければ困るわけです。でなければ、ご自身が繰り広げる「批判」が、「権力」の側で仕事をしている人間の人格や人権を否定するような「罵詈雑言」でしかないことがバレてしまいますからね。
(補足)
読み返してみるとここで引用したtweetがやや唐突な印象でしたので補足しておきますが、このtweetで指摘されるように「完璧な人間などいないからいくらでもいじめる原因をあげつらいながらいじめることができる」ということと、「相手が完璧だという前提を置くことで、相手の人格や人権を否定してもいじめのような卑劣な行為ではないと言い張る」ということは、一見正反対に見えて表裏の関係にあるのだろうと考えます。いずれの場合も、「いじめ」「反権力」という目的が先にあって、その行為を目的でもって正当化しているわけですから。

まあそういう「権力」の側で仕事に従事する人間の人格や人権を否定することが「反権力」にとっては重要な戦術ですから、その活動にプライオリティを置く方からすれば、「権力」の側の人間が人格や人権を否定されて逆上することこそが必要な反応であって、だからこそそうした罵詈雑言が戦術として意味を持つわけです。結局は罵詈雑言がそれとして機能しているわけですが、そのことを批判されて、「権力」の側の人間は仕事である以上どんな罵詈雑言にも脅迫にも恫喝にも「心理的影響は皆無」であり、それで心が折れるような警察官は異動させれば無問題だとおっしゃる方が精神科医を標榜されてることに、改めてこの社会の現実を突きつけられる思いです。

なお一応念のため、「公務員の暴言」については以前のエントリの再追記に私の考えをまとめておりますので、ご参照いただければ。

結局、公務員であるか否かにかかわらず、「内心の自由」をはじめとした基本的人権は尊重されるべきものであって、どちらか一方が相手の発言を「暴言」といったからといって、具体的な損害やその発言との関連性、発言そのものの妥当性などを吟味しないまま、即座にその「暴言」を処罰できるということではないはずです。もしそれを本気で主張するのであれば、その方は、不特定多数に向けて行われた公務員についての「暴言」を公務員が「暴言」だといいさえすれば、それを即座に処罰することに賛同しなければならなくなります。憲法では当然そんなことは許されていませんし、私自身も許すべきではないと考えております。私が本エントリで「発言の内容の是非はともかく」としてその内容に言及していないのは、こうした水掛け論を避けるためです。

これも追記に書いたことの繰り返しですが、くろ (@kuroseventeen)さんがおっしゃるような「官僚に対する暴言がダメなのと同じように官僚も暴言言っちゃダメ」という理屈では、お互いが攻撃し合うだけになってしまうおそれがあります。結局は、いくらネット上であっても、最低限の品格を保ちながら言葉を使うべきという通常のマナーが必要ということに尽きるのではないでしょうか。「民間だったら公務員に何を言っても許される」という一方で「公務員がこんなこと言ったら処罰しろ」というダブルスタンダードな理屈は、回り回ってお互いの首を絞めるだけになるのではないかと考える次第です。

「暴言」が許されないのは誰?(再々追記あり)(2013年06月15日 (土))

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