2016年08月04日 (木) | Edit |
既に1週間以上が経過しましたが、この度の津久井やまゆり園での凄惨な事件で命を落とした方に哀悼の意を表するとともに、怪我を負われた方の一日も早いご回復をお祈りします。障害者を家族に持つ者として、被害に遭われた方とそのご家族・支援者の心中を察するにあまりあります。直接の被害に遭われた方が心身ともに大きな傷を負ってしまったことはもちろん、今回の事件は全国の障害者とその家族・支援者にも大きな傷跡を残したといえます。その傷跡がその障害者を取り巻く社会によってさらに大きく深くえぐられるような事態は避けなければなりません。手をつなぐ育成会が発したメッセージが多くのメディアで取り上げられていましたが、そのメッセージにはこのような強い意志が込められていると思います。

 今後、事件対応に関わる皆様には、まずは被害者及び被害者の遺族・家族、同施設に入所されている方々のケアを十分に行ってくださるようお願いいたします。その上で、事件の背景・原因・内容を徹底して調査し、早期に対応することと中長期に対応することを分けて迅速に行いつつ、深く議論をして今後の教訓にしてください。加えて、本事件を風化させないように今後の対応や議論の経過を情報として開示してください。
 また、事件で傷ついた被害者やご遺族が少しでも穏やかに過ごせるよう、特に報道関係機関には特段の配慮をお願いします。

神奈川県立津久井やまゆり園での事件について 平成28年7月26日声明文(PDF)

常軌を逸した事件が発生し、それに対する配慮を求めることは当事者にとっては自然なものと思うのですが、社会の少なくない方はそれも許されないものとお考えのようです。

相模原殺傷 被害者の名前非公表に「逆に差別では」と障害者団体が疑問(2016年7月31日 13時10分 産経ニュース via livedoor NEWS)

被害者を記号化

 県警は26日の事件発生以降、被害者名を「A子さん19歳」「S男さん43歳」などと記号化して公表している。非公表の理由は「(現場が)障害者施設で障害者という条件のため。遺族による強い希望もあり、そのような判断をした」という。

 しかし、この対応には疑問の声が上がる。「幼いときに一緒の施設で過ごした人が被害に遭った可能性があるが、名前が出ていないので分からない」。自身も障害者で、27日に東京都立川市から事件現場を訪れた山田洋子さん(45)は困惑した様子で話した。

 神奈川県内で障害者支援を手がける10団体は29日、県に障害者に対する偏見の払拭を求める申入書を提出。その中で「一般的に公表される被害者の氏名が、この事件に関して公表されないことは大きな疑問を持たざるを得ない」と訴えた。扱いを分けることが、「(結果的に)差別となっている」という主張だ。

 立命館大学生存学研究センターの長瀬修特別招聘(しょうへい)教授(障害学)は「名前を公表せず、19人の人間を記号化してしまうことは、『障害者は人間ではない』という植松聖(さとし)容疑者の思想に重なる部分があるのではないか」と警鐘を鳴らす。

 さらに、「重要なのは被害者一人一人がどう生きてきたかを知って、社会が悲しみや怒りを共有することだ」と指摘する。

 産経新聞は29日付で、けがを負った被害者の家族を取材し、実名で報じている。

危うい「情報選別」

 被害者を「非公表」とするケースは、このところ後を絶たない。昨年9月、茨城県常総市で鬼怒川が決壊した水害で、市は「個人情報保護の観点から」氏名を伏せた上で「22人と連絡が取れない」と公表。5日後に「全員と連絡が取れた」としたが、その間、自衛隊や消防による救助作業が継続された。氏名が公表されていれば、「住民らの連携により素早い確認ができた」と指摘された。

 バングラデシュの首都ダッカで1日、日本人7人を含む20人が殺害された事件でも政府は当初、実名公表を控えた。その一方、報道機関の独自取材で判明した名前もあり、志を持って活動した犠牲者の姿などが世間に伝えられた。

 立教大学の服部孝章名誉教授(メディア法)は「実名の開示は、どんな人物だったのか、どんなことが起こったのかを検証するのに必要だ」と強調。「メディアが実名を報道するかどうかは、警察ではなくメディアが責任を持って判断することだ。当局による恣意(しい)的な情報選別は、都合の悪い情報の隠蔽(いんぺい)にもつながりかねない。『遺族感情』などを理由に、安易に匿名にすることは許されない」と批判している。

鬼怒川の水害やバングラデシュの事件と今回の事件を同列に扱うことに何の違和感も感じないようなマスメディアの方にとってみれば、「実名の開示は、どんな人物だったのか、どんなことが起こったのかを検証するのに必要だ」という服部氏の主張にも違和感を感じないのでしょうけれども、仮名でなぜ「どんな人物だったのか、どんなことが起こったのかを検証」できないのかよくわかりません。というより、ニュースやドキュメンタリーで仮名が使われることなど日常茶飯事でしょうし、その検証をすることそのものがマスメディアの使命だというならまだ理解できないではありませんが、それにしても野次馬根性と何が違うのかは依然としてよくわかりません。

障害者支援団体が「一般的に公表される被害者の氏名が、この事件に関して公表されないことは大きな疑問を持たざるを得ない」と主張すること自体は、障害者だけ違う扱いをすることが新たな差別を生むことを懸念したものであれば、その限りで意味があると思うのですが、それとマスメディアの「使命」なるものとは全く別問題であって、マスメディアの側が一方的に実名公表を主張する理由にはならないだろうと考えます。

匿名発表は「遺族の強い要望」 神奈川県警がコメント(2016年8月3日 22時15分 産経ニュース via livedoor NEWS)

 神奈川県警は3日、「津久井やまゆり園」での殺傷事件の犠牲者の氏名や住所を非公表とした理由について、「知的障害者の支援施設であり、ご遺族のプライバシー保護の必要性が極めて高いと判断した。遺族からも報道対応に特段の配慮をしてほしいとの強い要望があった」とのコメントを発表した。

 県警担当者によると、事件が発生した7月26日に園内に集まった犠牲者19人のうち18人の遺族に確認したところ、いずれも実名での公表を希望しなかったという。残る1人の遺族についてもその後、弁護士を通じて実名公表を希望しないとの意向を確認した。

 また、県は3日、犠牲者19人が入居前に住んでいた自治体の内訳を発表。横浜市と相模原市が6人、いずれも神奈川県の大和市、座間市、綾瀬市、秦野市、愛川町が1人、県外が2人だった。

 県は匿名発表について、「県警と歩調を合わせたい」とし、施設を運営する社会福祉法人「かながわ共同会」に確認したところ、「19人全員の遺族が氏名公表に反対している」との回答があったという。

 ■神奈川県警のコメント(全文)

 今回お亡くなりになった方々が入所していた施設は知的障害者の支援施設であり、ご遺族のプライバシー保護等の必要性が極めて高いと判断しました。また、ご遺族からも警察が報道対応するにあたっては、その点については特段の配慮をしてほしいとの強い要望がありました。今回の対応はこうした事情を踏まえたものです。

 ■「問題究明するすべない」服部孝章・立教大名誉教授(メディア法)

 「知的障害者や精神障害者だけ匿名扱いするのは、さらなる差別を助長するという問題の答えになっていない。それに今回のような介護施設や精神科病院で火災や事件事故があったとき、誰がけがをしたのか、誰が犠牲になったのかを公的機関しか把握していないというのは、外部が本人や家族らと接触できず、事故原因や捜査の仕方などについて問題の有無を究明するすべがなくなってしまう。匿名発表は行政にとって都合が良い話だ。知的障害者や精神障害者の施設は今後も増えていくだろう。遺族からの要望があるとはいえ、こういう判断がされたことで、将来に禍根を残したともいえる」

「事件で傷ついた被害者やご遺族が少しでも穏やかに過ごせるよう、特に報道関係機関には特段の配慮をお願いします」という手をつなぐ育成会の声明に示された障害者の家族・支援者の思いと、服部氏の「外部が本人や家族らと接触できず、事故原因や捜査の仕方などについて問題の有無を究明するすべがなくなってしまう」という指摘を比較考量するべきなのかもしれませんが、当事者になったかもしれない者としては、服部氏の主張は勝手な外部の言い分をヘリクツで正当化しやがるのかというのが正直な感想です。

服部氏はあちこちで同じような指摘をされているようですが、

相模原事件 「被害者氏名非公表」に従った記者クラブの欺瞞 2016.08.03 16:00

 理由について神奈川県警は、「遺族が氏名などを出したくないという意見を持っている」と説明した。そのことを新聞各紙は説明しているものの、それに疑問を呈した報道は少ない。

 奇妙ではないか。たとえば同じく7月に起きたバングラデシュでのテロ事件では、「家族の了解を得ていない」として政府が被害者の実名公表を控えるなか、新聞・テレビは次々に実名を報じた。

 朝日新聞は特集を組み、ゼネラルエディターが「人格の象徴である氏名や人となりなどを知ることで、志半ばで理不尽なテロによって命を落とした7人の無念さを社会が共有し、再発防止策、安全対策を探ることができると考えます」と主張した。

 では、なぜ今回に限って沈黙しているのか。服部孝章・立教大学名誉教授(メディア・情報法)が指摘する。

「仮に警察が実名を公表した場合でも、たしかに遺族の意向を踏まえて実名報道を差し控えた可能性が高い。

 しかし一方で、その方が亡くなったことを記録に残すのが人間の尊厳を守るということです。匿名は、その尊厳を傷つける可能性がある。そうした議論をメディアがしなければいけない」

 評論家の呉智英氏は、端的に「差別だ」という。

「かつて、出生時または幼少時からの聾唖(ろうあ)者を守るための減刑を規定していた刑法第40条が、『罰せられる権利がないのは差別だ』として削除されたことがある。今回の問題は、『障害者を守る』という名目で匿名にしている点が、同じく差別なのです。

 世の中の人たちは障害者の権利が制限され、差別されているのに気づかない。あるいは、気づいているが見て見ぬふりをしている。それが、今回の被害者の匿名報道の本質なのです」

 新聞・テレビは気づかないのか、それとも見て見ぬふりをしているのか。

※週刊ポスト2016年8月12日号

呉智英氏のヘリクツも大概ですが、服部氏のヘリクツに従えば、きちんと戸籍なり操作関係資料なりに記録が残されていようとも、マスメディアに名前を残さなければ人間の尊厳は守られないのでしょうか。マスメディアに名前が載ることは死ぬまでないであろう私のような凡人にすれば、素晴らしき野次馬根性ですねと申し上げるほかありません。

念のため、この問題はいろいろな利害が錯綜しているため、私自身もこれが結論というものまでは持ち合わせているわけでもなく、当事者になったかもしれない者としての心情を述べるにとどめたいと思います。それはそれとして、実名公表したときにマスメディアがどのような報道をするのか想像してみると、マスメディア側の主張のおそろしさが倍増する思いがします。よくある例では、卒業アルバムの寄せ書きや作文が掘り返され、SNSのリア充っぷりが悲惨な事件と対比して取り上げられ、職場や学校での写真を寄せ集められ、友人や近所の知り合いの評判がかき集められるのでしょうけれども、今回の事件ではマスメディアはどのような素材を集めようとしたのでしょうか。「新聞・テレビは気づかないのか、それとも見て見ぬふりをしているのか」とおっしゃる週刊ポストがどう報道したのかを想像するに、遺族側の意向を尊重した関係者のご判断に敬意を表する次第です。
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