2016年03月06日 (日) | Edit |
拙ブログでは政治学は話半分で聞いているため政治学の研究成果には疎いところでして、待鳥先生の『代議制民主主義』は、代議制民主主義を自由主義的要素と民主主義的要素の組合せという枠組みから歴史的経緯や課題など多角的に論じていて、大変勉強になります。特に待鳥先生のご専門となるアメリカの政治制度についての「マディソン的自由主義」は、日本の民主主義を巡る議論では参照しなければならない論点がてんこ盛りです。

 それは、多様な政治勢力の代表者であるエリートが自由な競争を行い、勝ったり負けたりを繰り返しながら、個々の判断には時として誤りや行きすぎがあっても、全体として妥当な政策決定がなされるという「多元主義」の理念をつくり出していった。多元主義に基づく政治の理解、すなわち多元的政治観は、合衆国憲法制定以後のアメリカにおいて、民主主義を抑止する役割を共和主義に代わって担うこととなった。有徳の人物が得られなくとも、政治に関与するエリート間の競争と相互抑制を制度的に確保できれば、民主主義的要素を持つ政府であったとしても、「多数者の専制」に陥らずに政策決定を行うことができるという考え方は、その後の代議制民主主義の基本的な理念となった。

p.33

『代議制民主主義「民意」と「政治家」を問い直す』待鳥聡史 著(中公新書)


※ 以下、強調は引用者による。

念のため解説しておきますと、民主主義的要素は「多数者の専制」を招くものという問題意識があって、それを制御するためには、「多元的政治観」に基づく自由主義的要素を制度的に確保する必要があると、合衆国憲法の父と呼ばれるマディソンは考えていたわけです。

とはいっても、多様な人間の意思を政策として決定する政治制度である以上そのとらえ方自体にも多様な見方があるわけでして、20世紀には共産主義とかファシズムの挑戦を受けることになります。

 代議制民主主義に対するこれらの挑戦は、共産主義とファシズムとしてそれぞれに括られる。その主たる主導者のイデオロギー的位置の違いから、最左派と最右派という二つの極端な立場からの挑戦だと理解されることが多いが、両者には共通点もある。それは、代議制民主主義の持つ自由主義的要素をとりわけ否定したことである。共産主義もファシズムも、それを「プロレタリアート」と呼ぶか「国民(臣民)」と呼ぶかという違いはあっても、自らが社会に存在する存在的な多数派の利益を代弁していること、自由主義を謳歌してきた19世紀以来のエリート、すなわち「彼ら、彼女ら」に対抗する大衆(マス)、すなわち「われわれ」を重視していることを強調した。
 社会における潜在的多数派あるいは大衆の利益が一元的に集約できるのであれば、マディソンがかつて重視した複数の政治勢力間の競争や相互抑制という多元的政治観は必要でなく、むしろ有害であるという考え方に至っても不思議ではない。このように、社会全体の利益を強調し、それが政治的競争ではなく実質的な独裁によって追求できるという考え方を全体主義という

待鳥『同』p.57

全体主義と代議制民主主義が対立するというのはわかりやすいですが、共産主義とファシズムに全体主義という共通点があるというのは、自由主義的要素と民主主義的要素で代議制民主主義を理解する枠組みを通すと、とてもわかりやすいですね。つまり、エリートがけしからんからといって民主主義を重視し過ぎると、上記のマディソン的自由主義が民主主義的要素と結びついたのとは違い、エリートによる「正しい」政策のための自由主義を否定する方向へ進みがちであって、それを突きつめると民意至上主義としての共産主義とかファシズムになってしまうわけです。

しかし一方で、この「正しい」政策への希求というのは経済学方面の方にも常々見え隠れするところでして、「経済学的に正しいのに政府も大半の有権者もそれを理解していないから云々」という議論は、大衆(マス)が「カイカク」などと叫ぶ煽動的政治家を選んでしまう民主主義的要素を批判する一方で、大衆(マス)が理解しないような(教科書的)理論こそが正しいという思い込みによって、(マディソン的な多元的政治観ではない)自由主義によるエリート専制に根拠を与えてしまいます。つまり、教科書的な経済学の理論を振りかざす議論というのは、「自分こそが「正しい」政策を理解している」という煽動的経済学者の跋扈をも許してしまうわけでして、新自由主義とも親和的と言えそうです。

ということで、本書の「自由主義的要素と民主主義的要素の組合せ」という代議制民主主義に関する枠組みは、現在の日本の政策論争を理解するのにも大変有用だと思うのですが、戦後日本の特に1980年代以降の政治状況についての記述にはちょっと引っかかるところがあります。

 しかし、凍結仮説が示されたのとまさに同じ頃から、現実の政党政治は変化を始めていた。資本化・経営者・ホワイトカラー(管理的職業)と労働者・農民が、代議制民主主義の枠内で異なった利害関心に基づいて競争するという構図が、凍結仮説や戦後和解体制の前提であった。ところが、戦後の先進諸国が軒並み高度成長や経済的繁栄を実現し、社会保障制度を拡充させることなどで経済的利害対立が弱まってくると、対立軸の変化が生じた。人々は経済的豊かさではなく精神的あるいは文化的な豊かさを求めるようになったのである。
待鳥『同』p.75

この部分は世界的な傾向を説明した部分ですので、日本の状況に当てはまると待鳥先生が考えているわけではないと思うのですが、こういう説明は政治学方面ではよく見られるところでして、(待鳥先生の議論そのものというより一般的な意味で)かなりミスリードな議論ではないかと思います。他の先進諸国はよくわかりませんが、少なくとも日本では経済的豊かさというのは常に最優先になっていて、だからこそ「可処分所得を死守する」という経済学的に「正しい」議論が現実の再分配を阻み続ける状況があるのではないでしょうか。

1970年代の日本は、外部労働市場でのジョブ型雇用慣行の推進を諦めて、内部労働市場によるメンバーシップ型雇用慣行を制度として確立していく時期で、景気が減速しても生活給を保証する雇用慣行から漏れ落ちないように、雇用保険を財源とした雇用調整助成金で雇用を維持する制度を導入したのが1970年代後半です。つまり、メンバーシップ型雇用による(生活給として機能する)職能資格給が確立し、生活保障は政府ではなく大企業の仕事と位置づけられるようになったわけです。これにより、政治的には産業を保護して企業が生活給を払えるようにすることに力点が置かれ、社会保障や再分配はメインイシューとはならなくなったというのが実際のところだろうと思われます。

その意味では、本書で、

 もちろん、共産党、社会党という左派(革新)政党に対して、直接的な影響はより顕著であった。これらの政党は、いずれも代議制民主主義の枠内で当面活動することにしており、勢力拡大が直ちに政治体制の変革につながるというのは誇張であった。自由主義か共産主義かという体制選択は、1960年代後半には既に現実的な争点ではなかった。だが、左派政党は究極の目標として代議制民主主義の維持を必ずしも明確にしてはおらず、実際にも議会外の政治活動を重視する傾向を持ち続けていた。冷戦の終結は、日本政治における古びた左右対立や保革対立の終わりと、左派政党の衰退につながったといえよう
待鳥『同』pp.80-81

といういかにも政治学的な説明については、昨今の安保法制を巡る国会周辺での騒動などを見るにつけてその通りだろうとは思うのですが、一方で生活面での実態としては、正社員に職能資格給を支払うメンバーシップ型雇用慣行が確立したために、左派が主張すべき社会保障や再分配が政府のメインイシューになり得ないような状況になったことも大きく影響していると思われます。そのことに無自覚な(と書くと「自分こそが「正しい」政策を理解している」という主張と同じ穴の狢になってしまいますが)左派政党が、現在にいたるまで「企業は正社員による生活給の支給を維持すべき」と主張しているのには、歴史の皮肉を感じるところです。

でまあ、こう書くと日本的左派を批判しているように思われるかもしれませんが、経済学的な議論を信奉する方々は、経済成長とか景気動向を重視する企業が職能資格給(生活給)を払えるようにして、その可処分所得を死守することに力点を置くという点においては日本的左派の皆さんと共通しているようです。そういえば、共産党を含む野党連合では消費税率引き上げへの賛否がネックになっているとのことですが、上記のような状況を踏まえると、連合するなら共産党が主張する消費税率引き下げ(廃止)の一択でしょうね。
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック