2016年02月21日 (日) | Edit |
増税の必要性を指摘すると、往々にして緊縮派とか財政均衡派というご批判をいただくところですが、まあ家計から政府への所得移転で家計の可処分所得が減ることがけしからんという立場を堅持される方からすればそのように反応せざるを得ないのでしょうから、それはやむを得ないのでしょう。

所得再分配の重要性を認識されているのであれば、問題は可処分所得ではなく再分配後の再分配所得になるはずなのですが,特に経済学方面の方は「ドマクロな方々の「税金はビルトインスタビライザーとして景気を悪化させる」という理論と、基礎的ミクロな方々の「死過重を生じさせる課税は非効率だ」という理論」でもって可処分所得を死守しようとされますね。理論としては理解できるものの、それは同時に「再分配を拡充させるべき」とおっしゃる方が深刻な自己矛盾を抱えることになるわけでして、あまりその点は認識されていないように見受けます。

権丈先生の新著から、この辺の整理をしておきますと、

 そう言えば,2015年の経済財政諮問会議(5月19日)「“経済財政一体改革”の実行に向けて(有識者議員提出資料)」の中に,「「経済・財政一体改革」個別改革の目標(1)社会保障(保険料)負担率(対国民所得比)の上昇に歯止めをかけ,実質箇所文書を区の目減りを抑制する」という言葉がありました.当初所得から税金・社会保険料を引いて現金給付を加えたものを「可処分所得」と呼び,可処分所得プラスの現物給付を『所得再分配調査』の中では『再分配所得』と呼んでいます.ですから,可処分所得という指標は,社会保障が行っている「医療,介護,保育などの現物給付」を無視した指標なんですね.そうした可処分所得の目減りを抑制するという話は,なんとなく聞こえはいいのですけれど,要は,ここでみた,社会保障の所得再分配機能を縮小するという話につながることです.

pp,102-103

権丈善一 ちょっと気になる社会保障

※ 以下,強調は引用者による。

つまり可処分所得に現物給付を加えた「再分配所得」の拡充のためには、(言葉の厳密な意味での)再分配に必要な財源を一次分配の給与等の稼得所得から一旦政府に預けて、それにより必要原則に応じて分配するという恒久的な仕組みを構築する必要があります。その財源確保のために増税が必要だと申し上げているところでして、「可処分所得を減らして何が何でも財政均衡を達成しなければならない」というようなことは考えておりません。

いやもちろん、本書で権丈先生も指摘されているように社会保障というのは市場システムのサブシステムですので、一次配分の適正化が大前提ではあります(そのため集団的労使関係による人件費の配分交渉が重要になります)が、それに現物給付による再分配を加えて生活を保障するには、一旦政府に預けるという過程が必ず必要になります。ところが、日本的左派の皆さんには政府に対する徹底的な不信感がありますし、一般の方々にもそれはかなり深く浸透しているとは思いますので、「再分配」というなら政府を利用するのが効率的だというのはなかなか受け入れられる考えではないだろうとは思います。

このような政府に対する不信感が深く浸透しているのにも当然歴史的経緯があるわけでして、雇用とか労働の分野であれば、戦後の荒廃の中で政府が十分な財源を調達できない中で,労働組合の要求によって政府ではなく企業が生活給を支給することが求められ、その見返りとしてメンバーシップ型雇用で全生活を企業に捧げるという働き方が一般的になったのと同じように、戦後の医療政策も政府主導ではなく民間主導で進められた経緯があります。

 西欧や北欧では,病院は国や自治体や宗教団体のような公的なところが主導して整備が進められました.日本でも戦後の占領期職には,病院は公的な形で整備すべきということがGHQの方から言われていましたしかしながら,日本は戦後の窮乏期にあって国民はみんな貧しかったために,税収も極めて少ない状態にありました..それでも医療制度を整備しなければならなかったのですけれど,国も自治体もそんな余裕はありませんでした.そこで民間にお願いして,民間に協力してもらいながら提供体制の整備を進めていくことになりました.民間が診療所から初めて,近隣の病院と競争しながら規模を拡大して病院になっていく.そういう制度でしたから,民間の活力が活かされ,民間であるがゆえに他の国よりも低い医療費ですむようになり,世界的にも高く評価される医療システムを築くことができました.でも,提供体制の主体が民間であったために,医療提供体制の整備に「計画化」というものを導入することは実に難しい状況が生まれてしまったわけです.

権丈『同』pp.146-147

まさに雇用や労働の分野で、民間主導で形成された日本型雇用慣行が機能不全に陥って同時に集団的労使関係が崩壊してしまっている状況で、働き方の改革を進めようとしても民間の労使自治の分野に政策が介入する余地がないというのと同じように、日本の医療政策も民間が主導して整備したがゆえに政府が政策的に強制力を持ち得ない状況にあるわけです。もちろん、権丈先生が指摘されるように日本の医療制度は世界的にもトップクラスの技術水準とサービス提供のシステムを有しているのでその成果を否定する必要はありませんが、制度の見直しが必要な場合にはそれが大きな壁となって立ちはだかるのも事実です。

いやまあこういう事実は公的セクターの外にいる方にはピンとこないでしょうし、「官僚主導で国民のことを考えない政府はけしからん」という強力な信念をお持ちの方には想像の及ばない範囲とは思います。とはいえ、公的セクターで仕事をしているとこうした再分配の拡充もそのための財源確保もままならない目の前の現実に対応しなければならないわけで、そのような現実に対応するために「増税が必要」と申し上げているつもりではあるのですが,まあそんな戯言には「財政均衡脳」というご指摘をいただくのがこの国の現実と認識しなければならないのでしょう。
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