2016年01月30日 (土) | Edit |
拙ブログでは、「その財源によって雇用や生活保障を得る人の話」として財源論を取り上げているところでして、毎度長ったらしいエントリが続いておりますが、一定の方々にはその趣旨を理解していただいていることを大変ありがたく思っております。ところが、そうした方々が拙ブログとは正反対のことを書いていると見受けられるブログを支持されているのを拝見すると、どういう基準で拙ブログのエントリをご理解いただいているのか少々不安になります。

たとえばこちらのブログは一貫して消費増税とそれを主導した(とされる)財務省を「緊縮財政をするような無能な集団だ」とdisっていらっしゃるのですが、一方で一部のリフレ派と呼ばれる方々を批判されているためか、その「りふれは」な方々に批判的な方々に支持されているようです。

 教科書の経済学は、緊縮レジームを崇める司祭でしかない。人は利益を最大化すべく行動するから、収益率に従うはずであり、設備投資にリスクがあるにしても、期待値で決まるとする。しかし、人生は限られ、リスクの時間的分散には制約があるため、実際には、大損を避けようと、期待値がプラスでも、あえて機会利益を捨てる行動を取る。こうした本質への洞察が「人は死せるがゆえに不合理」とする本コラムの核心である。(参照:2013/11/3)
(略)
 再分配によって人的資本への投資を増やし、少子化を解決することは、収益期間を無限にして、大きな経済的メリットをもたらす。すなわち、不合理を正す再分配は、コストを賄えるのである。具体策で示そう。本コラムでは、『雪白の翼』で、年金制度を利用することにより、負担増なしに、0~2歳児に月額8万円という大規模な給付ができることを示した。こうしたマジックが可能なのは、乳幼児への給付で、女性が仕事を辞めなくて済むようになり、出生率が向上して、大きな経済効果が生まれるからである。アトキンソンがどんな国でも再分配の中心となるべきだとする児童手当は、日本では容易に拡張できる。

「21世紀の緊縮レジームを超えて」(経済を良くするって、どうすれば 2016年01月02日)
※ 以下、強調は引用者による。


確かに一見すると、「教科書的な経済学」(主流派経済学と同義のようですが)を批判し、社会保障の拡充によって少子化を解消し、経済成長に結びつけるべきという議論を展開している…ように見受けられるのですが、いかんせん、政府に対する徹底的な不信感がその論説の裏側にべったりと張り付いているため、その問題に対して示される処方箋がことごとく政府批判のためにするものなんですね。

上記エントリで引用されているそれぞれのエントリを拝見してみると、

 まずは、損害保険と宝くじである。どちらも、期待値の観点では、払った分より、見返りが随分と少ない「マイナスの商品」である。そうでなければ、胴元も保険業も成り立たない。従って、現在の経済学が想定するような合理的な人は買わないはずで、短期的にはともかく、長期的には衰退し、不合理が解消されなければおかしいことになる。
(略)
 つまり、人生が永遠の者にとっては、宝くじも損害保険も無意味なのだ。逆に言えば、人生が限られていることが期待値に従わない行動に意味を持たせている。好みの問題ではない。多くの人は、若い時に冒険を好み、老いてからは保守的になるが、これは、好みが変わるのではなく、持ち時間が減るためだ。持ち時間がある場合に限り、リスクを分散させられ、期待値に頼れるようになるのである。

「経済思想が変わるとき 5」(経済を良くするって、どうすれば 2013年11月03日)

ふむふむ、宝くじも損害保険も「払った分より、見返りが随分と少ない「マイナスの商品」」で、そうでなければ成り立たないというのはその通りですね。保険というのはいわゆる互助制度として発展してきたものですので、基本的に保険料は安心料として「掛け捨て」するものであって、その点が貯金と大きく異なるというのは、別に経済学の理論をこねくり回す必要がないというのもご指摘のとおりだと思います。

 必要なのは年金数理だ。若者が働き始め、年収300万円をもらうとすると、年間の年金保険料は48万円ほどになる。6年経って結婚する頃には、若い夫婦の累計額は6×2倍の576万円になる。社会保険というのは、払った分は返ってくるのが大原則である。そこが反対給付と無関係に取られる税とは異なる。つまり、この576万円は、請求権という形ではあるが、貯金のようなものだ

 さて、こんな給付をして、年金財政は大丈夫なのか? むろん、何の問題もない。乳幼児給付を行う分だけ、老後の年金給付は減るので、年金財政上は、差し引きゼロの中立になるからだ。年金制度は十分な積立金を持っているので、当面の資金繰りにも困らない。
(略)
 こうして見ると、むしろ、現状の方が、いかにも、おかしいことが分かる。出産か仕事かを迫られ、お金さえあれば、子供の預け先を確保できるのに、自分たちが「貯めて」きたお金でも自由に使うことができない。年金制度にしてみても、子供を産んで働いてもらう方が財政的にプラスなのに、その手立てを許していないのである。
「日本よ、雪白の翼を再び」(経済を良くするって、どうすれば 2010年11月16日)

うーむ、先ほどのエントリの3年前のエントリでは堂々と「請求権という形ではあるが、貯金のようなもの」とおっしゃっていますね。ついでに、このエントリの当時は「財政収支のアンバランスを是正するために、消費税が必要なことは、改めて言うまでもない。問題は、どうやって、上げるかである」とのことでして、この3年間で保険の理解を深めつつ消費増税を批判するに至った理由はよくわかりませんが、とはいえつい最近のエントリで両者を並べて引用しているということは、基本的な認識に大きな変化はなさそうにも思えるところでして、こちらのブログ主さんにとって保険は貯金なのかそうではないのかは、なかなか理解しにくい状況ではあります。

いやもちろん、こちらのブログ主さんのご主張には賛同できるものもあるのですが、どうにも制度の理解というか現状認識が偏っているように見受けられる点が散見されるため、まっとうなご主張も眉唾ものに思われるのです。

 世の中は現金なもので、それまでは、「子供の病気ですぐ休む」などと嫌味を言っていたのに、年金保険料の負担がほとんどないとなったら、「母子家庭のおかあさん大歓迎」である。実際、彼女たちは生活がかかっており、必死に働くから、押しなべて成績は良かった。その場を与えれば、すぐに分かることで、お役所の怠慢で放置され続けた社会保険の「壁」さえなければ、本来の持てる力が解放されるのである。
(略)
 そんな中、「全員正社員」を宣言する企業が現れた。人事担当者は不況時の人員調整を思って反対したが、社長は言い放った。「そん時は、全員が短時間労働で我慢すりゃ、ええやないか。苦楽を共にする、そんな経営がしたかったんや」 創業者でなければ、なかなか言えないセリフだったが、ものごとの本質を衝いていた。社会保険の壁なしに、労働時間が調整できるなら、雇用期間を限定する必要性は薄い。

 こうして、日本から非正規への差別が消えていった。掛け声だけの「同一労働、同一待遇」が、まさか、母子家庭への特例から実現するとは、思いもよらぬ展開だった。差別が消えれば、継続雇用の下で、誰でも育児や介護の休業を取れるようにもなる。柔軟な働き方で生産性が向上し、成長は高まり、財政まで改善した。若年層の待遇が向上すると、結婚も増え、出生率は1.8を望むところまで伸びた。日本の未来を危ぶむ者は、もういない。夢の実現は、案外、手に届くものだったのである。

「非正規の解放、経済の覚醒」(経済を良くするって、どうすれば 2015年11月15日)

個々の御提言はそれなりに筋が通っていると思いますが、こうして物語風にするとご冗談でしょうとしかいえない「フィクション」に仕上がってしまうところに頭を抱えます。厚生年金の適用拡大による年金財政の安定とか正規と非正規の「壁」の解消については諸手を挙げて賛同するのですが、年収による雇用調整というのは労働者側の都合でも生じているので、「年金保険料の負担がほとんどないとなったら、「母子家庭のおかあさん大歓迎」」なんてことはあり得ない想定ですね。もちろん使用者側で非正規を選択するのは、社会保険料負担もさることながら「人事担当者は不況時の人員調整を思って反対」するのであって、要すれば先行きが不透明な経営状況の中で、固定費となる正規労働者の人件費を抑制しなければならないからです。そして正規労働者の人件費が固定費となるのは、日本型雇用慣行によって職務を限定しないで雇用する代わりに正規労働者の雇用を保障しているからであって、「不況時の人員調整」は使用者側にだけ都合がいいから認めなられないという裁判所の判断を元に固定費として計上せざるを得ないわけです。「同一労働、同一待遇」というのも、労働法ウォッチャーには「同一価値労働」でもなく「同一賃金」でもなく「均等待遇」でもなく「均衡処遇」でもなくなかなか奇妙な言葉ではありますが、いずれにせよ日本型雇用慣行でそれが実現されないのも同じように職務が限定されないからであって、社会保険料一つでそれが劇的に変わるとは到底思われません。でもって「柔軟な働き方で生産性が向上」だそうで、母子家庭の母親がつく職業は製造業というより対人サービスが多くなるのではないかと思われるところ、安い賃金で使い倒す労働力が供給されるということですねわかります。まあ「フィクション」なら何でも許されるのでしょう。

まあ拙ブログで再分配論をすると執拗なご批判をいただくのも、そうした議論に嫌悪感をもつ方には受け入れられないからなのだろうと思うのですが、おそらくそうした方と同じような違和感をこのブログ全体にも感じるところです。拙ブログでは再分配論とか集団的労使関係の再構築などを主張する際は、少なくとも「それで何もかもバラ色になる」という夢物語にならないように気をつけております(そう受け取られる可能性は否定できませんが)。という立場からすると、特に直上で引用したような夢物語については、ブログ主ご自身が次のエントリで「団塊の世代が好きな「一点突破、全面展開」というやつ」とおっしゃるように、団塊世代の郷愁を強烈に感じてしまいます。そうした団塊の世代的な政府への嫌悪感が、あらゆる提言を政府批判のためにするものへと矮小化させているのかもしれません。
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
「こちらのブログ主さんにとって保険は貯金なのかそうではないのかは、なかなか理解しにくい状況ではあります。」というご疑問ですが、「社会保険というのは、払った分は返ってくるのが大原則である。そこが反対給付と無関係に取られる税とは異なる。つまり、この576万円は、請求権という形ではあるが、貯金のようなものだ。」と書か得れている通り、「貯金に似たところはあるが、貯金ではない。」という理解だと思いますよ。
2016/01/30(土) 20:12:55 | URL | 平家 #-[ 編集]
> 平家さん

ご教示ありがとうございます。なるほど「「貯金に似たところはあるが、貯金ではない。」という理解」であれば、私も趣旨を理解できなくもないのですが、では「自分たちが「貯めて」きたお金でも自由に使うことができない」として、貯金ではない年金保険を自由に使えないと批判されている理由がなお一層不明になるように思います。

もしかすると「年金保険が賦課方式であるのはけしからんので積立方式として自由に引き出せるようにするべき」という主張であればこれも趣旨は理解できるものの、現役世代からの仕送りである賦課方式を否定されるのであれば、保険方式の利点を損なうことになるのではないかと懸念されるところです。
2016/01/30(土) 23:16:04 | URL | マシナリ #-[ 編集]
「乳幼児給付は、引き出しの選択権を与えるものなのである。」、「こうして見ると、むしろ、現状の方が、いかにも、おかしいことが分かる。出産か仕事かを迫られ、お金さえあれば、子供の預け先を確保できるのに、自分たちが『貯めて』きたお金でも自由に使うことができない。年金制度にしてみても、子供を産んで働いてもらう方が財政的にプラスなのに、その手立てを許していないのである。」というのが基本的な発想でしょう。つまり、現在の年金制度を修正し、この枠の中で、子育て期に給付を受けることと老齢期に給付を受けることを自由に選択できるようにしよう、というのがこの方の提案のエッセンスでしょう。社会保険の保険料を納めれば給付を受ける権利が発生する、これをカギカッコつきで「貯める」と表現されているだけだと思います。このレトリックにはあまりこだわらない方がいいと思います。

2016/01/31(日) 11:57:30 | URL | 平家 #-[ 編集]
なお、この方は、「賦課方式というのは、社会の永続を前提にすると、『得』する人だけが出るという、唯一ではないが、比較的、珍しい仕組みである。『タダ飯はない』といった、陳腐な常識論では計れないものだ。賦課方式は、本来、世代間の協力により、時間を超えて厚生を高める制度である。『政府は小さいほど良い』といった単純なイデオロギーの次元を超えている。」http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/c/0eaf88427cb9b54553c351cbd8aae441/2
とされており、賦課式を支持されていると思われます。
しつこくてすいません。
2016/01/31(日) 12:13:36 | URL | 平家 #-[ 編集]
> 平家さん

たびたびご教示ありがとうございます。2016/01/31(日) 12:13:36のコメントで引用されているのはこちらのエントリですね。
「経済学を人類に役立てるために 2013年01月13日」
http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/4243b3eb49320c86c1ab64e09c8001d8

賦課方式を適切に評価されているとのことで、大変失礼いたしました。その上で、2016/01/31(日) 11:57:30のコメントで、

> 現在の年金制度を修正し、この枠の中で、子育て期に給付を受けることと老齢期に給付を受けることを自由に選択できるようにしよう、というのがこの方の提案のエッセンスでしょう。社会保険の保険料を納めれば給付を受ける権利が発生する、これをカギカッコつきで「貯める」と表現されているだけだと思います。このレトリックにはあまりこだわらない方がいいと思います。

とご指摘される点は、おそらくその通りだと思います。ただしそれは、老齢などでの稼得不能を保険事故とする年金保険に、子育てすることを保険事故とする保険機能を持たせることになりますが、いかに少子化が進んでいるといえども子育てを保険事故とする保険がそもそも保険制度として成り立つのかは疑問です。保険は保険事故が起きた際の防貧機能を担うものという原則からすると、実際に生活が困窮した場合の救貧機能としての公的扶助は税金によって賄うのが筋ではないかと考えます。
2016/01/31(日) 21:47:40 | URL | マシナリ #-[ 編集]
マシナリ様 お返事をいただきありがとうございます。私も自分の提案を書いてみました。http://takamasa.at.webry.info/201602/article_1.html
ご意見をお聞かせいただければありがたいです。TBもお送りしました。
2016/02/01(月) 13:06:49 | URL | 平家 #-[ 編集]
良くする御大は、消費税も毎年1%上げるなど実質的には消費税増税に賛成しているとみています。税収の支出が緊縮傾向にあることに関しては批判してますので、個人消費拡大の提案の一つとして、低所得者の可処分所得増をするため、社会保険料の個人負担分を一定期間、国が免除する仕組みを提案している中での話だと思います。現在の被災地での被災者国民健康保険料免除等の施策を全国民へ拡大する場合、社会保険料は支出と給付がセットで機能しているため、良くする御大としては「貯金ではない」ことを理解しつつ、「貯蓄性」の解釈により「社会保険料負担軽減の財源」に出来ないか。という提案なのだと思います。
 この辺りは民間保険の新保険契約時の支払保険料の積み立て分によって、新保険料の月額を維持または下げる仕組みを応用しているのだと考えられます。
 リフレ派の大好きな鈴木亘教授の「積立方式」とは少し違っていると思います。それにしてもhamachan先生は捕捉するのが早いですね。
2016/02/01(月) 13:34:18 | URL | hahnela03 #B8fOLPL6[ 編集]
マシナリさんの標記のエントリーだと、本来はこちらが批判とならないといけないでしようね。

経済脳を鍛えるhttp://www.jcer.or.jp/column/otake/index837.html
2016年1月27日 社会保障制度に行動経済学を活かす
>
公的年金の現在の受給者のほとんどは、自分が支払った保険料よりも、生涯でもらう年金給付の方が多い。しかし、受給者に送られてくる「ねんきん定期便」には、どれだけの金額が若い世代からもらっている移転額かが分からない。そのため、自分で支払った部分に見合った給付をもらっていると思っている受給者が多いはずだ。給付額のうちいくらが移転額なのかを明記したり、他の世代であればいくらの保険料を支払わないとその受給額がもらえないかを明記したりすれば、年金を受給する高齢者の意識も変わるかもしれない。<
kumakuma1967
払った分を分配するなら、もう保険の看板降ろすべき。

kumakuma1967
保険だって建前どーすんの、って話よ。それ。

kumakuma1967
若い人からの移転もあるだろうし、早く亡くなった人からの移転もある。
2016/02/01(月) 13:50:25 | URL | hahnela03 #TVNdHuFs[ 編集]
> hahnela03さん

ご教示ありがとうございます。

> 良くする御大は、消費税も毎年1%上げるなど実質的には消費税増税に賛成しているとみています。税収の支出が緊縮傾向にあることに関しては批判してますので、個人消費拡大の提案の一つとして、低所得者の可処分所得増をするため、社会保険料の個人負担分を一定期間、国が免除する仕組みを提案している中での話だと思います。

私はこちらのブログをすべて確認しているわけではないので、私の認識不足の点があればお詫びいたします。できれば、そのようなご提案をされているエントリをご教示いただけるとありがたく思います。

> 良くする御大としては「貯金ではない」ことを理解しつつ、「貯蓄性」の解釈により「社会保険料負担軽減の財源」に出来ないか。という提案なのだと思います。

平家さんのところにもコメントいたしましたが、社会保険による再分配は防貧機能を担うものであり、それを救貧機能のために援用するのはあくまで例外的な扱いとすべきと考えております。そのような観点からすると、子育てという本来的な生活の営みを保険事故とすることは、たとえそれが保険数理として成り立つ見込みがあるとしても、日本における保険制度と再分配制度の役割分担や本来の機能を損ねるのではないかというのが私の懸念です。

いやそれでもいいからとりあえず目の前の問題を解決しなければならないというのは一つの考えだと思いますし、その点は私も、

>>  これまでみてきたように、日本の社会保障制度は人々の「共同の困難」に対処したものではない。それはむしろ、制度の分立状況やサービスが過小供給であることを前提に、受益者と非受益者という形で人々を分断させ、リスクを〈私〉化し、受益者負担を導くものである。受益の範囲が狭いために、反対給付を伴わない租税による財源措置では合意を得られない、という理由からだ。受益者負担の導入には、租税抵抗の回避がその根底にある。日本型負担配分の論理とは、このようなものだ。
>>
>> 佐藤・古市『同』p.72
>
>…うーむ、この部分を読むと、政府の問題というより「租税抵抗」を示す国民が選別主義的な社会保障を志向しているという状況しか思い浮かばないのですが、本書は決して租税抵抗を示す国民を敵に回すことなく、その租税抵抗と選別主義的な社会保障を志向する国民を背後に利害調整に当たっている政府を批判するんですよね。プリンシパル=エージェント的な意味で政府の行動を批判するならまだわかりますが、「民意」から遊離した政策決定を称揚するのでなければ、政府の行動はきちんと「民意」を反映したものという評価が妥当ではないかと思うところです。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-661.html

と理解しているつもりではあります。

その上で、こちらのブログ主さんのご主張は「言葉が上滑りしている」というか「政府批判のネタ」になっているためか、「社会保険というのは、払った分は返ってくるのが大原則である」と保険制度の根幹を否定するようなことや、「一点突破で夢物語」というようなことをさらっと書かれているため、その点を批判したのが本エントリの趣旨です。

平家さんやhahnela03さんがどのようにしてこちらのブログ主さんのご主張を推測されているのかは存じ上げませんが、ご指摘のような制度設計であれば、上記のような言葉は必要ないものと思われますし、私が「政府批判のためにする」と思う理由もそこにあります。また、こちらのブログ主さんについては、恒常的な安定的財源を前提とする制度設計をワンショットの税収上振れなどで賄うという発想も強いように思われますので、それも「一点突破で夢物語」への郷愁を感じた理由です。

なお、上記のとおり本エントリは社会保障の制度設計そのものを論じる趣旨ではありませんので、大竹先生の論説についてはkumakuma1967さんのコメントに特に付け加えることはありません。それはこちらのブログ主さんにも当てはまることだろうとは思いますが。
2016/02/03(水) 08:16:08 | URL | マシナリ #-[ 編集]
マシナリさんのブログと友に、経済を良くするってのブログもよく見ています。すでに述べられている方がいるとおり、「良くする」ブログの方は、賦課方式支持論者です。リンク先に権丈善一先生があるし、記事でも過去に幾度も引用されています。

10年前の議論の決着
http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/fa221c60cf7444d31e913422a0ef0ee5

「年金破綻論のまやかし」を読んで
http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/d007e0b7b29e85b45317d03b69a08632

ガンバレ権丈先生
http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/78f8ed7ca9e0defb9a088a8c0f69f4f8

消費税を、いきなり3%上げるなど、緊縮を批判されており、2年ごとに1%ずつ引き上げるなど、税収の自然増とともに無理のない増税をして景気の腰を折るな、という、悪く言うと折衷的な印象です。しかし、よく言うとバランスが取れており、好感は持っています。

ただし、hamachanもブログで取り上げているように、今回の保険と年金の違いの件は誤解を与えるとは思います。
2016/02/05(金) 18:08:20 | URL | Ryo #JalddpaA[ 編集]
ちなみに、「良くする」ブログでの2年ごとに1%の消費税増税のブログ記事は例えば以下です。(もっとありますが)

2015年6月4日
http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/43124d642527f50b270b4ca8b3ec97b5

2012年8月31日
http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/86fcbfb6fb8a2a23bde1b9f0bea4e6f1

以前からの主張であることが分かります。私自身は、2年ごとでは少し緩慢で、毎年1%ずつ消費税を上げるべきではないかと思っていますが。
もっと言えば、本来なら2000年あたりから(欲を言えば消費税増税導入時から)なら、2年ごとに1%ずつで良かっただろうなとも思います。

と言っても、私も経済学を学ぶまでは、そして権丈先生のブログ・著書を読むまでは、消費税増税は反対でしたので、やはり経済学・社会保障教育の重要性を感じさせられます。年金も貯蓄と思っている人の方が圧倒的では。
2016/02/06(土) 06:57:33 | URL | Ryo #JalddpaA[ 編集]
> Ryoさん

ご教示ありがとうございます。平家さん、hahnela03さん、Ryoさんと深いご見識をお持ちの方に支持されている御大(hahnela03さんにならってこうお呼びします)の人望には素直に敬服いたします。

私などはそのような御大を批判できる立場にはないのかもしれませんが、私の考えは、hahnela03さんのブログにコメントいたしましたが、

> 社会制度全般への理解と目配せが必要な社会保障について「一点突破で全面展開」を目論むと、そのラディカルな側面に惹かれるような方の声を大きくしてしまい、社会保障をめぐる議論が攪乱されてしまうのはまさに年金をめぐる騒動で見られた現象です。hahnela03さんが最後におっしゃっているように「社会保障は、本当に難しい」からこそ、そうした攪乱要因は丁寧に批判しなければならないと考えております
http://d.hatena.ne.jp/hahnela03/20160203/1454495979#c

というものであり、保険制度や非正規労働についての御大のご主張はそうした攪乱要因になり得るものと感じたため、本エントリを書いたところです。

もちろん、賦課方式を含め社会保障については(少なくともメディアで騒いでいるような)経済学者やエコノミストと呼ばれる方々より、こちらの御大のほうが遙かに適切な見識をお持ちだと考えております。ただし、その説明で用いられる言葉や批判がの対象が官僚内閣制や省庁代表制の矢面に立つ官僚を中心としていることには大きな違和感を感じます。

これと関連しますが、こちらのブログ主さんについては、2016/02/03(水) 08:16:08のコメントで書いたとおり、

> 恒常的な安定的財源を前提とする制度設計をワンショットの税収上振れなどで賄うという発想も強い

ともお見受けします。社会保障は恒久的な安定財源があるからこそ再分配として機能します。ワンショットの税収上振れに一喜一憂しながら社会保障政策を実施するというのであれは、逆に税収が下振れすれば即座にその社会保障政策が実施されなくなることを意味します。そのような政策が再分配として生活の安定とか社会全体の限界消費性向の向上につながるのかは大いに疑問です(やらないよりはやったほうがいいでしょうけれども)。「経済成長で再分配拡充を」というのは経済学方面の方々には受けがいいのですが、それは「景気が低迷すれば再分配が縮小するのもやむを得ない」という抗弁を容認するロジックでもあり、それに再抗弁する用意がなければうかつに使うべきロジックではないと思います。

要すれば、日本の国民負担率を規定しているのは、租税政策や社会保険料の設定というきわめて技術的な政策であって、それらが変わらなければ、景気や経済成長そのものはその水準には直接影響しません(ビルトインスタビライザー機能も低下していますし)。そのような技術的な政策によって決まる水準には手を付けずに、経済成長だけで再分配機能が改善するというような主張があれば、現状認識に問題があるといわざるを得ないでしょう。

こちらの御大に関していえば、負担率を上げる前に再分配を拡充せよとのご主張のようですので、上記のような再分配の制約を踏まえれば、緊縮財政への批判はやや的外れではないかと考えます。批判すべきは緊縮財政という結果ではなく、その原因となっている政府の貧弱な予算制約であり、その財源調達手段としての租税政策と社会保険料の設定の貧弱さではないかと考えるところです。
2016/02/06(土) 15:59:23 | URL | マシナリ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
「団塊の世代が好きな『一点突破、全面展開』というやつ」のコメント欄で、ある方のブログのエントリーを巡ってmachinaryさんとやり取りしていたのですが、私の考えを述べておきたいと思います。
2016/02/01(月) 18:46:37 | 労働、社会問題