2015年09月19日 (土) | Edit |
先週のタイミングでアップしようと思っていたエントリですが、前回エントリが別の内容になってしまいましたので、改めて震災関連のエントリをアップします。先週からは、NHKBSプレミアムで再放送中の「あまちゃん」でも4年半のタイミングを計ったように震災発生後の場面が描かれていて、2年前の感想とはまた違った思いで見ることができました。というのも、2年前に見たときは「「日常を取り戻す」というのは、半年を過ぎたころには元に戻ることはできないことが分かっていての「あがき」」の一つの表現と感じたのですが、それからさらに時間が経過したことで、「当時を「あがき」として思い起こす」ということ自体をさらに思い起こしている感覚になっています。ややこしいのですが、つまりは経験が入れ子状態になっていて、震災当時の混乱して将来が見通せない状況と、その当時から2年後、さらにそれから2年経過した4年後の現在と、時間が経過するにつれてそれぞれの感覚が変わっているのを実感するというところでしょうか。

で、この感覚はどこかであったなと思い起こしてみると、県外で生活していた当時に地元に帰ってきたときの感覚に似ています。県外で生活していたのは震災前でしたので、東北の沿岸部や山間部などは全国的に注目されることなどほとんどなく、私の地元でも「過疎化や景気低迷をいかに食い止めて地域振興するか」が最大の課題という状態でした。そんな状況で県外で生活することになってみると、「過疎化や景気低迷をいかに食い止めて地域振興するか」というのは全国共通の問題でして、全国の自治体が横並びで取り組んでいるようなまさにレッドオーシャンの中で、私の地元はどこにでもある普通の過疎化や景気低迷に悩む地方の一つに過ぎなかったわけです。そしてそれを分かりつつ、どこでもやっている地域振興策に適当な地名をあしらって「イノベーション」とかいうのが、役所の仕事なんだなと思ったものです。

つまり、「あまちゃん」を見て思い起こす感覚というのは、目の前に今解決すべき問題があると自分の置かれた状況を特殊なものと感じてしまうものの、時間をかけて一通りその問題について考えてみるともっと普遍的な問題が見えてきて、でも結局自分が対処しなければならないのは目の前の問題だという現実に引き戻されるという感覚です。「あまちゃん」で描かれる日常は、善くも悪くも震災前と震災後で大きく変わるものではありません。しかし、そこに暮らす人を取り巻く環境は大きく変わっていて、その両方の間を行ったり来たりしながら目の前の問題に取り組むというのが、私のような下っ端公務員に限らず、地方で生活するということなのではないか、なんてことをクドカンの小ネタに笑いながら考えています。大きい問題はもちろんそれとして考えなければならないとしても、目の前の問題に対処するっていうのは心が折れないようにするために重要な作業なんですよね。

で、匿名ブログである拙ブログでは目の前の現実に対処する話を書けないので、震災後4年のタイミングで発行された本から目の前の問題の一端をメモしておきます。まず『復興なんて、してません』という刺激的なタイトルの本ですが、現地に暮らす方々へのインタビューが淡々と綴られていて、証言として貴重な記録になっていると思います。家族をなくした方のインタビューも複数ある中で、長男が陸前高田市の職員、長女がの学校司書(臨時職員)として働いていて、どちらも津波で亡くした母親のインタビューから、遺族の方々の葛藤が伝わってきます。津波で全壊した陸前高田市役所の移転先についても、住民同士でこのようなやりとりがあったとのこと。

 公務員の安全が保障されなければ、市民の安全も考えられない。公務員が綱渡り状態のところでは市民が全員助かる訳がない。本部がしっかり動けないと困る。陸前高田市は過去、何度も津波が来ています。歴史にちゃんと記録がある。これからも津波が来る可能性が大きい。とはいえ、説明会などで遺族として発言する者は他にいない。
 究(引用注:長男)の部屋の同期会の名簿があって、被災者の住所がわかったんです。それで一件一件家庭訪問をし、手を合わせ、線香をあげに行きました。自分の足で何件も歩き、声をかけたんですが、同じように動ける人はいませんでした。
 なかなか遺族の気持ちが一つになりません。市が行なっている検証作業だって、復興に向かっている動きを止めるものと思われています。何かを言うとしても、自分は前に出たくないという人ばかりです。いろんなしがらみがあって顔を出せないという人います。あるいは、まだ検証に声をあげるという状態ではない人もいます。
p.58

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復興なんて、してません―3・11から5度目の春。15人の“いま”
渋井 哲也 (著), 渡部 真 (著), 長岡 義幸 (著)

※ 以下、強調は引用者による。

本書の第6章には、陸前高田市の図書館再建を担当した方のインタビューがありますので、合わせて読むとそれぞれの立場の葛藤が伝わってきます。その一部の蔵書は、国立国会図書館などの強力により修復されています。
【3.11】陸前高田市立図書館の郷土資料を都立中央図書館が修復 返還記念で企画展(ハフィントンポスト 2015年03月04日)
【3.11】「高所へ逃げろ」と書かれた陸前高田市立図書館の本がたどった運命 地域の歴史を忘れず、伝えるために(ハフィントンポスト 2015年03月11日)

日常は変わらなくても、生活環境の変化は住民の意識を変えたり人間関係を変えたりします。特に遺族などの大切なものを亡くした方々は、環境の変化に加えて本人の感情にも大きな変化があったはずです。そのような方々にすれば、「震災」や「復興」という言葉が易々と使われる状況に複雑な感情を抱いても不思議はありません。高校生のときに母親を亡くして現在は語り部の活動をしている大学生の話です。

 震災後、りんさんは、「人間が信じられない感覚」を抱いたことがあった。学校のコミュニティに入ろうとしたとき、今までなかった感覚に陥った。
 「分断されている感覚ですね。かといって、言っても仕方ないと思った。同じ宮古市内でも内陸と沿岸にわかれます。家も家族も友人も亡くしていない人が、津波注意報のサイレンが鳴っているのを聞いて『怖い』とか『眠れなくなる』とか言っているのを見たり、ちょっと地震があっただけでインターネットに『揺れた!』と書き込んだりするのを見ると、腹が立つ。いまでもそう。「マジ許せない」と思ったのは、震災から1年くらい経ったころ、すごい大雨だったんです。学校に来たある子が制服じゃなく、ジャージを着ていたんです。『なんでジャージなの?』と聞いたら、『雨に濡れたの。津波かぶったみたいでしょ?』と言ったんです。『私、津波かぶったんですけど?』とカチンと来た。何も言わなかったけど。軽くいう人が腹が立ちます
 無関係な人が言うのなら仕方がない。しかし、家を流されなくても、また家族を亡くしたわけでもなくても、被災をした以上、全く無関係ではないはずだ。ただ、その被災差によって、意識が違っているのかもしれない。だからこそ、地元に帰っても、同級生の集まりには行かない。仲のよい友だちとしか会わない。
 「おじいさんが好きだった海が母親を殺した。その気持ちをどこにぶつけていいのかわからなかった。みんな、『自然は怖い』というけど、口に出来ないほど怖かったんですよ。でも、自然災害より人間のほうが怖いですね
pp.74-75

自然災害が住民同士の信頼関係も変えてしまったのは確かだと思います。震災後の支援策が後手に回ったことについて、気仙沼市でうどん屋を営む方は不満を隠しません。

 とはいえ、すぐに国の予算がつくわけではないので、当初は先立つ金がない。ですから、出来ることは自分の力でやっていこうと、地盤の整備に必要な重機を操作するため数種類の免許を取得し、自ら重機を使って瓦礫の撤去などを行いました。店の営業が再開できないお陰で、時間も暇もあった。業者に頼むと数百万円かかることでも、自分でやれば安く済む。
 それでもね、免許の取得だとか重機のレンタル代とか、けっこうな金額がかかりましたよ。最初は、市に相談しても、自分たちが整備するためにかかる金は、市が用意するものではないって言われて、仕方なく自腹切った訳です。ところが、後になってそうした整備の予算も支援する事になった。こっちは、すでに自腹で金かけてるし、だからって免許を取得する金を支援事業で賄ってもらえるはずもない。重機のレンタル代など土地の整備にかかった金も、正式に業者が施行した訳でもないからどうしようもない。全部自腹です
 『あぁ、先に動いた者は損をするんだな』って思い知らされましたよ。だからって、行政のペースに合わせていたら、鹿折の復旧・復興はいつになるか目処が見えない状況でしたから、こっちは必死でした。
pp.150-151

震災後の混乱期だったとはいえ、日々刻々と変化する被災された方々の状況に行政の対応が追いついていなかったのは事実です。その状況ではやむを得なかったと頭で理解できたとしても、当時のそうした感情がしこりとして残るのも仕方のないことでしょう。こうした思いを抱えながらゆっくりと日常を取り戻している方々の心情が、「復興なんて、してません」という本書のタイトルに反映されているのですね。
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コメント
この記事へのコメント
アクセス数が増えていると思ったら、マンマークさんに取り上げていただきました。ありがとうございます。
http://manmark.blog34.fc2.com/blog-entry-1188.html

>  「現実」や「具体性」といったキーワードをもとに、大きな論を組み立てることは不可能なんでしょうか。

個人的には、いろいろな条件が満たされる下であればできないことはないと思いますが、それは結局「現実的ではない」ということになってしまうというジレンマがあると感じています。間違っていようが声がでかいと意見は通りますし、客観的に合理的であってもその合理性に納得を得られなければ、合理的な意見は通らないというのが「現実」なのだろうと思います。禅問答のようになってしまいましたが。
2015/09/28(月) 00:43:52 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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