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2015年09月13日 (日) | Edit |
この度の茨城県、宮城県での水害では大きな被害が発生してしまい、被害に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。そんな中で震災から4年と半年、54か月が経過しました。堤防が決壊して一面が濁流に呑み込まれてしまう映像は震災当日のテレビ中継を思い起こさせるものでしたが、内陸地域でも水害で壊滅的な被害を生じさせてしまう自然の猛威に、改めて防災の取組の重要性を感じます。

さて、実は本エントリは前回エントリの追記として一旦書いてアップしたつもりでしたが、自宅のWi-Fi環境が不安定になっていて、アップしたはずのエントリが消えてしまいました。ということで、時間がたってしまって再現できるか分かりませんがとりあえず再度アップしてみます。

で、前回エントリの内容について海老原さんからメールでいろいろとご教示いただきまして、私なりに整理してみますと、欧米でも日本でも同じように、会社の幹部ともなれば長時間労働や全人格的なコミットメントを求められる点は共通しており、一方で比較的単純労務に従事する労働者の処遇は、賃金に上限があったり将来的な雇用の保障がなかったりと、これも実は欧米と日本では共通点があります。ということは「欧米はジョブ型で、日本はメンバーシップ型」というのは単純化しすぎでして、幹部となる労働者をどのように調達するのかという点で異なるというのが実情に近いと思います。

つまり、欧米では幹部であっても「管理職」という専門職であり、ジョブに労働者を当てはめるという点では単純労務に従事する労働者と大きく異なるものではなく、その調達は「外部労働市場」からが基本となります。これに対して日本では、「外部労働市場」から調達するのは専ら比較的単純労務に従事する非正規労働者であり、幹部は「内部労働市場」の正規労働者から調達する慣行がかなり精緻に発達しています。このため、「内部労働市場」の「メンバー」を安定的に確保する必要があり、ややトートロジーですが、幹部となる人材を安定的に供給する「内部労働市場」を維持する必要があるわけです。

結局、「内部労働市場」の出口で定年退職によって空いたポストに「メンバー」である正規労働者を調達し、さらに玉突きで空いたポジションに入口で「白地の石板」たる新卒学生を一括採用するというサイクルを維持しなければなりません。これに対して、欧米と共通の「外部労働市場」で調達される非正規労働者は単純労務に従事することが多いことから、まさに市場価格によって賃金が決まりますので、単純労務に従事する労働者の生産性(この言葉は慎重に使う必要がありますが)によって処遇が決まることとなります。

しかし、hamachan先生が指摘されるように、「内部労働市場」で幹部候補生としていつでも幹部になれるキャリアを積んだはずの中高年正規労働者は、ひとたびリストラが始まれば真っ先に肩を叩かれる存在でもあります。会社にとってみれば、幹部になれないヒラの正規労働者は、OJTや研修によって培われた職業能力(を基準とする職能資格給)がオーバースペックになってしまうからですね。以前は、幹部のポストの数が経済情勢や会社の業績で幹部ポストが減って幹部候補生にスラック(いわゆる窓際族)が生じるリスクを含めて、そのコストを会社が負担していたといえます。ところが、バブル崩壊後や人口減による景気の低迷が続く中で、幹部ポストの維持が難しいことが明らかになると、無駄になるかもしれない正規労働者を抱えるリスクが放棄され始め、業務を切り分けながら「内部労働市場の」幹部候補生を極力減らして「外部労働市場」の非正規労働者を基幹化する流れが定着しています。

こうして日本型雇用慣行のタテマエが崩れた中で、いかに効率よく(ハズレなく)幹部候補生となる「白地の石板」たる学生を採用して育成し、オーバースペックとなる中高年正社員を処遇するかという問題を考えるときに、欧米の「ジョブ型」はほとんど参考にならないというのが、現地を取材した海老原さんのお考えだと思います。結局ヨーロッパの職業能力開発機関も特定の職種を除いて大多数の事務職などではそれほどの効果はなく、大学などの専門教育もそれほど職業に直結するわけでもなく、さらにそうした専門的・事務的職種に就いても賃金などの処遇に低い天井があって、モチベーションの維持が難しくなるという実態がある中で、専門教育の効果は限定的というのが現実なのだろうと思います。

日本の「メンバーシップ型」が社内でのOJTや研修を重視しているのに対して、ヨーロッパでは「ジョブ型」だから公的な職業能力開発機関がその機能を担っている…という単純な対比ではなく、それぞれの雇用慣行を見極めた対策を考える必要があります。結局、それぞれの雇用慣行のメリット(日本であれば特別な専門教育がなくても就職できることなど)を活用しつつ、デメリットには事後的に対処(「途中まで日本型」でオーバースペックな正規労働者の処遇を相応に変更するなど)し、それだけではうまく適応できない層に対して個別に働きかけるのが現実解となるということですね。海老原さんからいただいたメールでは、「欧州を長く取材してきて、感じたのは、世の中の60%以上の人々を「籠の鳥構造」に押し込めるために、エリート層が、職業・学歴分断しているのではないか、ということ」として、日本とヨーロッパとアメリカをそれぞれ的確に類型化されていましたが、これはぜひ次回作でまとめていただければと思います。

なんとなく当初アップした内容から重要なところが抜け落ちている感がありますが、現時点でのまとめということでアップいたします。いやまあこうして議論を整理してみると、議論する段階から既に取組を始める段階になっているわけでして、私もできるところから手をつけていかなければと思います。
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コメント
この記事へのコメント
「入口は日本型、途中から欧米型、という接ぎ木型」というのは、定年後の再雇用という形で、部分的ではありますが、現実におこなわれていますね。定年後の再雇用は正社員ではなく契約社員という形でおこなわれるのが一般的ですし。

実のところ、定年後再雇用されやすいのは、平社員の方だったりします。現場の一線で長年働いていて、ノウハウや技術、取引先との人脈を持っているような社員ですね。逆に管理職になると再雇用はまずされません。日本企業の管理職というのは、あまりつぶしが効かない職なのですよね。

定年までまたずにキャリア中間で雇用契約を切り替える場合、平社員は高い技術や取引先との強いコネクションをもっているような社員しか会社に残れない一方、管理職は全員が会社に残れる、という形になりそうですね。30代、40代の管理職というのは幹部候補としてはこれからが本番でしょうから。

新卒で入った人間が30代~40代になれば、もうその人材の価値は雇用している企業にはほぼわかってしまっているわけでして、ここで雇用契約の切り替えが発生すると、「不要な人材」が解雇されることになるでしょう。今の雇用慣行はそこの利害得失もふまえて、今の形になっているわけで、利害得失のバランスを変えることが現実に可能かどうか、ですね。つまり、企業側からみると、それでも会社に尽くしてくれるのか、ということになるでしょう。

2015/09/17(木) 04:09:10 | URL | IG #-[ 編集]
> IGさん

コメントいただいた趣旨は概ねご指摘のとおりだと思いますが、この点は本エントリとは全く別物ですね。

> 「入口は日本型、途中から欧米型、という接ぎ木型」というのは、定年後の再雇用という形で、部分的ではありますが、現実におこなわれていますね。定年後の再雇用は正社員ではなく契約社員という形でおこなわれるのが一般的ですし。

「日本型雇用慣行は定年という期限があるから終身雇用ではない」という理屈を思い出しましたが、当然ながら「途中から欧米型」というのは定年前の転換を指すものです。というか、定年前にオーバースペックにならざるをえない正規労働者の処遇をどうするか、という問題に対する一つの対応策が「途中から欧米型」ですので、定年まで「日本型」で働くことに問題がないなら、そもそも「途中から欧米型」にする必要はないことになります。

頭の整理のために菅野『労働法』の説明を引用しておきます。

> 「定年制」とは、労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度をいう。「定年制」は定年到達前の退職や解雇が格別制限されない点で労働契約の期間の定めとは異なる。結局、労働契約の終了事由に関する特殊の定め(約定)と解するほかない。
> (中略)
> 定年を一要素とする長期雇用システムにおける雇用保障機能と年功的処遇機能が基本的に維持されている限り、同制度はそれなりの合理性を有するのであって、公序良俗違反にはあたらない。そして、近年においては、企業における年功的処遇は、定年延長による賃金カーブ・昇進秩序の修正や、能力・成果主義の人事管理によって相当に修正されてきたが、それでも、制度上ないし運用上、なお根強く広範な企業において存続している。
p.533-534

こうした実態を踏まえつつ、「高年齢者雇用安定法」では年金支給年齢までの継続雇用を義務づけているわけでして、その一環である再雇用が「欧米型」といえるのかはかなり疑問を感じます。さらにいえば、本人の意思や能力ではなく一律の年齢を理由とした正社員から契約社員(という非正規社員)への転換の妥当性については、本人の意思や能力に基づく(ことを想定している)「途中から欧米型」よりも大きな問題があるところで、同列に論じるべきではないと思います。
2015/09/19(土) 16:19:39 | URL | マシナリ #-[ 編集]
将来的に見返りがあるからモチベーションが維持でき滅私奉公に励んでた訳で10年間限定とはいえ将来的に報われる可能性が低いとなると今までの職務無限定な働き方をさせるのは不可能だと思うのですが海老原氏がどう考えてるのか気になります。
2017/01/24(火) 11:49:58 | URL | とってぃ #-[ 編集]
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