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2015年04月13日 (月) | Edit |
震災から4年と1カ月が経過しましたが、当時は「日本はひとつ」などといわれた東日本大震災といえども日本全体から見れば喫緊の課題とは認識されなくなっているところでして、政府からも「復興財源の地方負担」について言及されるようになっています。

復興相、岩手の被災市町村長と会談 復興予算負担で応酬(竹山栄太郎、斎藤徹、田渕紫織 2015年4月11日21時24分)朝日新聞デジタル
 東日本大震災の復興予算をめぐり、竹下亘復興相は11日、被災した岩手県の市町村長らと会談した。2016年度以降は被災地側の一部負担を検討する考えを伝えたが、自治体側からは反対意見が相次いだ。復興相は近く宮城、福島両県も訪れるが、復興予算の枠組みが固まる6月までせめぎ合いが続きそうだ。

 岩手県釜石市で開かれた会合には、竹下復興相や小泉進次郎復興政務官らが出席し、被災地からは野田武則・釜石市長ら13市町村の首長らが参加した。

 冒頭、竹下復興相は「復興の基幹事業は引き続き国費で対応していく」とあいさつ。その後、約2時間の会談は非公開だった。終了後、野田市長は「(国から)一部地方負担を検討しなければならないという発言もあった」と明らかにした。復興予算を国が全額負担する集中復興期間を今年度で終え、16年度以降は復興予算の枠組みを見直す考えを示されたという。

 岩手県幹部によると、竹下復興相は「復興に使うお金は、国民からいただいた税金ということをおさえていただかなければ」と語ったという。

※ 以下、強調は引用者による。

私自身は、予算が減額されていくことについては、震災直後に「ある程度生活再建が現実の課題として認識される段階になれば、「そんな津波で流されるところにわざわざ町を再建する必要はない」「もともと過疎の町だったんだから、この機会に全員移住させてしまえばいい」「津波に強い町にするためなんていいながらムダな公共事業なんかに税金を使わせてなるものか」という議論が起こることは十分に想定されます」と考えておりましたので、まあそんなものだろうと思いますが、当然そうなるとこれから実施が困難になる事業が発生しうるわけで、楽観視できる状況ではありません。もちろん、事業費を投じる対象や執行方法、事業費などが適切かどうかは不断に検証する必要がありますが、そもそも自主財源のない地方に負担させるという名目で事業費がカットされた場合の影響についても十分に検証する必要があると思います。

そうした政府の動きとは対照的に、4年目になって特に出版の方で変化が起きているように感じます。4年も経過すると、山口先生が指摘されている「よりよく忘れること」を具体的に進める必要があるところでして、それに呼応するように出版される震災関連本の内容が地に足のついたものになってきています。おそらくは、JIL-PTの報告書のように、震災後3年を契機として被災した地域の状況について丁寧な取材や調査が行われ、その結果がまとまってくる時期なのだろうと思いますが、最近読んでみた震災関連本の中から、震災が人々の生活に与えた影響を考える際に参考になるものをご紹介したいと思います。

玄田有史『危機と雇用』


危機と雇用――災害の労働経済学危機と雇用――災害の労働経済学
(2015/02/26)
玄田 有史

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 ということでまずは玄田先生の本ですが、hamachan先生にご紹介いただいた通り、2014年5月号の『中央公論』で書評を書かせていただきました。本書については、玄田先生ご自身が、

本は、震災後の雇用に
まつわる事実をデータから
迫ったものですが、
それに対してできるだけ
労働経済学による解釈を
付けています。

しかも労働経済学のことを
まったく知らない読者にも
理解をいただけるように
できるだけ努力したつもりです。
そんな思いもあって副題には
「災害の労働経済学」としています。
自分の書いた本で「労働経済学」という
言葉を題名に加えたのは初めてです。

危機と雇用 災害の労働経済学(2015年2月26日 ゲンダラヂオ)

とおっしゃる通り、労働経済学者の本分を発揮されて詳細なデータから震災が(主に東日本の)雇用に与えた影響を分析しており、これから起こる災害に備えて多くの方に読まれるべきだと思います。ちなみに、本書におけるデータの学術的な分析については、2014年12月号の『日本労働研究雑誌』で読むことができます。なお、『中央公論』の書評では字数の関係からカットしましたが、本書では緊急雇用創出事業をべた褒めしているものの、私のような実務屋からすれば制度的な問題はかなり大きいと考えておりますので、書評ではその点について一応指摘しております。手にとってご確認いただければと思います。

東大社研・中村尚史・玄田有史編『<持ち場>の希望学』


〈持ち場〉の希望学: 釜石と震災、もう一つの記憶〈持ち場〉の希望学: 釜石と震災、もう一つの記憶
(2014/12/19)
東大社研、 他

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 こちらは玄田先生が中心となって進めている希望学の観点から、岩手県釜石市で様々な立場で震災に向き合った方々のオーラル・ヒストリーです。おそらく希望学プロジェクトの関係者を中心としたせいか、ヒアリング対象の59人のうち3分の1以上の22人が釜石市役所などの公務員となっており、「Ⅱ 希望学の視点」の前半部は市役所職員、県庁職員、消防などの行政関係者のヒアリングがまとめられています。その冒頭の第2章が「褒められない人たち」となっていて、中村圭介先生はエピローグをこのように締められています。

 罹災した釜石市民を非難したくて、こんな文章を書いたのではない。市役所の職員に対して理不尽なほどつらく当たった人々は罹災した釜石市民のほんの一部だと思う。また、市の職員がすべて、ここで描いたような対応をしたのでもないと思う。外部の冷静な目は「職員の中にも頑張っている人、頑張っていない人、……頑張っていないようで頑張っている人が、だんだんわかりました」と私たちのインタビューに答えている
 だが、被災した市民を懸命にケアし、彼らの窮状を理解し、怒りもやむをえないと受け止め、彼ら市民に真摯に対応した職員がいるのは紛れもない事実である。こうした職員を突き動かしたのは何なのだろうか。褒められたいとか、感謝されたいとかの理由をあげる職員は皆無であろう。それよりももっと根源的な、たとえば「われらの町を、そこに住む人々を何とか守られねばならない」との公務員としての、いや人間としての使命感が彼らを動かしたのではないか。私は彼ら一人一人に会って、そのことを確かめてみたい。被災した自治体全てでそうした職員を見出すことができると私は確信している。
 その苦労がマスコミとりわけテレビのワイドショーで取り上げられることもない。誰にも褒められずに、感謝されずに、彼らの行動と思いが忘れ去られていくのは、とても悔しい。私だけでも彼らを褒めてあげたい。「みなさん、本当に、えらかった」

東大社研共編『同』pp.131-132

私も被災地自治体の職員の献身的、というより自己犠牲的な働きぶりを間近で見てきた者として、同じ言葉を伝えたいと思います。その一方で、「「悲しくない行き違い」の所在をお互いの立場の中で相互に探り合い、できるだけ少ない遺恨を残しながら進めるしかないのではないかと考えるところです。この国では、その間に入って悪役に仕立て上げられながらその遺恨を背負い込むのも行政の大事な仕事ですし」と考えている者としては、現場で矢面に立っている職員にしてみれば、褒めてもらうよりまずは行政の役割を理解してもらいたいというのが本音ではないかとも思います。つまり、行政がいくら頑張ったところで、人間が定めた制度が完璧であることはおそらくあり得ないでしょうし、いくらカネを積んだところで関係者の利害を調整して承諾を得るのは時間がかかるわけでして、それがすなわち手続きの本質となります。その手続きをこなすのが自治体職員の仕事であり、普段はそれが当たり前の仕事だったのですが、震災という非常事態にあってその当たり前の仕事が極めて困難になりました。その中で何とか手続きを進めたことについては「みなさん、本当に、えらかった」という言葉が意味を持ちえますが、その手続きの結果が適正であったかどうかはまだ答えが出ていないのではないかと思います。

実際、本書の「Ⅱ 希望学の視点」の後半では、住宅再建の見通しがたたないことが生活再建の最大の障害となっている事実が明らかになっていきます。

 インタビューで、われわれは「将来の住まいの見通し」について尋ねてきたが、次第にそのような聞き方自体、どこか間違っているのではないかと考えるにようになった。確かに「どこに住みたいか」、「どんな住宅タイプを希望するか」を尋ねれば、「わからない」ことも含めて、何かしら話してもらえる。だが、その“回答”や“意向”のなかで選択されているのが、ほんとうに住まいのことなのかどうか、確信がもてなくなってきたのだ。
 「どのような家に住むか」という問いの背後には、今後、自分が誰と、どこで、どのような生活を送るのかという、複数の別の問いがある。それらの問いにある程度の見通しをつけないと、いくら住宅再建制度が整備されていても、あるいは住むべき住宅が用意されていたとしても、個々人がそこに自分の「住まいの希望」を見いだすことは難しい。だからこそ、住宅の意向調査に「答えられない」と口にされる方がいるのだろう。
 言い換えれば、「どのような家を希望するか」という問いが突きつけられることで、将来の生活についての種々の問いについても選択を急ぐよう、住民たちは強いられているのだ

東大社研共編『同』pp.278-279

『危機と雇用』でも宇沢弘文先生が提唱されていた社会的共通資本の概念を引用して、雇用を失うことそのものより、住まいとその地域におけるコミュニティを失うことのほうが生活に対する影響が大きいことが示されています。生活困窮者の代名詞が「ホームレス」であるように、地域のつながりを失うことと住まいを失うことは密接に関係しており、湯浅学さんの言葉をお借りすれば「溜め」を失うと生活に困窮してしまうことになります。それは、住まいの確保を国の社会保障と切り離しために、「住宅政策を個人資産と位置付けて、数十年単位で建て替えることが当たり前となっている現状では、住宅を失って生活に困窮している方に対する施策が、福祉的な側面を捨象してしまう「弊害」を生んだと考えるべき」でしょう。被災した地域の現状は、そのことを如実に物語っているといえます。

望月善次共著『被災の町の学校再開』


被災の町の学校再開被災の町の学校再開
(2015/02/11)
望月 善次

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 こちらは行政の中でも教育行政の担当者への聞き取りを基にまとめられ、日々刻々と状況が変わっていく被災地のドキュメンタリーのようになっています。震災発生の3月11日から40日余りで23年度の入学式と始業式を実施し、被災した児童に学校教育の場を提供するまでの担当者の奔走ぶりには、今更ながら感嘆せざるを得ません。小中学校8校中6校が被災して使用できなくなった岩手県大槌町で、なんとか教室を確保して授業を再開するためには関係者の理解と支援が必要です。そのために通信手段も限られた中で関係者の合意を取り付ける必要があるわけですが、実際に児童に教える経験を持った教師が教育行政の担当者であったことも、その手続きを進めるために有効だったのではないかと思います。たとえば、教室を確保するため慎重に手順を踏んだことが述べられています。

 こういうふうに丁重に慎重に進めたのは、一つ、組織の問題があると思います。県の生涯学習の施設を学校として活用すること認められるかどうかということや、県の方はよしと考えているけれども、地域としてはどうかということがあったのだと思います。もう一つは青少年の家は山田町にあるので、いわゆる越境して大槌の子どもたちが学校として使わせてもらうことが可能なのかという特殊性があったからだと思います。同じ町内であれば問題はなかったのかもしれませんが、船越地区の避難者の方もそこでもう生活をしているわけです。避難者の方からすれば、自分たちの場所です。大槌の子どもたちのために移らなければならないというのはなぜか、というような感情論になればうまく運ばなくなります。丁寧にみなさんに理解を求めていくための手順を踏んだということなのだと思いました。

望月共編『同』p.130

上記は、大槌町の6つの小中学校がほぼ全壊したため、北隣の山田町にある岩手県の施設「青少年の家」で授業を再開しようとしたときの手順についての説明です。教育行政の担当者にとっては学校教育の再開が児童の生活に必要不可欠なものであっても、実際に避難所として生活している方にとっては「迷惑施設」になりかねないため、慎重に説明しなければならないのが現実です。実際に、大槌町に残された吉里吉里小学校で学校再開をするため、避難されている方に大槌町の教育長が説明しにいった際は、

 デリケートな問題でした。どうしてもほかに確保するのが難しくて、その場所を使わせていただくことにしようと決めてお願いに行くことになったわけですが、「俺たちに死ねというのか」「勉強も大事だが、あしたの命をどうすんだ」「行くところはない」と言われました。避難所には一人一畳分くらいの空間しかありませんでした。別の体育館に移ってもらうと、それがさらに0.8畳ぐらいになってしまいます。「お前は人殺しだ」「天災じゃない、人災だ」と怒られました。その場にはテレビカメラも入っていたんですが、報道するのも忍びなかったんでしょうか、報道はされませんでした。そこに何回も足を運んでお願いして、申し訳なかったんですが理解してもらいました。

望月共編『同』pp.206-207

という事態になったわけです。こうしたデリケートな問題を慎重に進めるためには、そのための根回しや下準備にも時間がかかりますし、当然のことながら当事者からの問合せに真剣に向き合わなければなりません。そうした業務に忙殺されている状況で、マスコミ対応や頼んでもいない支援の申し出ほど厄介なものはありませんでした。震災から12日目の状況ですが、

 合わせて、マスコミ取材や視察目的の来客者の波に追われるようになったのもこのころからです。はなはだしいときには、誰かに対応していると、その後ろにいつの間にか10人ぐらいが並んで列を作っているという感じです。その都度、皆さんが質問してくるのは、被災状況や、「学校をどうするのですが」、「支援物資は何が必要ですが」など同じことでした。何回も同じことを答えなければならなくて、それが自分でも正直つらくなってきます。ですから後半は紙に書いて貼り出して、「こんな感じです」「これを見てください」というように対応させてもらいました。私自身、人の波、物の波に酔わないように、ある意味精神力との戦いになりました
 こちらの思いを受け止めていただけない歯がゆさから、ときに私の語気も荒くなってしまい、中には、けんか腰になって対応したマスコミの方も2、3人いたことを思い出します。こちらも余裕のない状況でいますので、マスコミ対応に苦しめられました。大槌小学校の校長先生は子供を保護者に引き渡した理由について何度も取材を受け、やり玉にあがるような状況が続きましたが、本当によく乗り切ったと思います。取材する側の立場も分かりますが、つらさを感じる取材が続くと、なんともマスコミ対応は厄介に感じてしまうようになりました
 発生から10日も過ぎて、みんなが苛立ちを見せていたのだと思います。実際、町民の方も前に一歩進むためには埋葬証明書や死亡証明書、戸籍、住民票など、そういう書類がだんだん必要になってきます。しかし、役場のそういう機能が復活していないために発行の手続きができません。町民は苛立ちを募らせ、職員を見つけては「なんで手続きできない」「罹災証明はいつ出るんだ」、「どうしてやってもらえないんだ」という声があちこちで聞こえるようになってきました。役場の職員が通るたびに呼び止められるのです。私も何回か役場職員と間違われて「罹災証明、なんで出せないんだ」と声をかけられたこともありました

望月共編『同』pp.87-88

というように、本来の業務を進めて公共サービスを確保するべき時間をマスコミの対応に割かれてしまう状況だったわけです。マスコミからすれば、自分が知りたい情報を聞きさえすればそれでいいのでしょうけれども、それに対応するためにその公務員が担当している業務が滞れば、それは地元住民の生活に影響することになります。まあ、現場で取材しているマスコミの方々にも立場はあると思いますが、「そのコームインをやり玉に批判を繰り広げる方々が「会社がそうやって動いている以上、今更変えることができないんです」とかおっしゃるのでは、どの口がそれを言うかと思ってしまいます。前例踏襲とか旧態依然というのはマスコミの方々にこそ当てはまるのではないかと、皮肉の一つも言いたくなります」という状況だったわけです。

なお、私自身も「被災された事業者の方から「うちだって○○業を営んできちんと税金も払ってきたのに、なんでグループだと何億円も補助金を受けられて、事務所も家族も流されたうちの会社は数十万円の補助金しかもらえないんだ!」と詰め寄られたことがあります」が、住民の方からすれば、地元の自治体職員だろうが教育行政の職員だろうが公務員なら誰でもいいのでしょうし、まあ、そうした対応も込みで公務員の仕事だろと言われればそれまでですが、クレームであろうと善意であろうとその対応が負担であることは事実です。

 これまでも話題にしてきましたが、全国の皆さんから、本当にたくさん支援をしていただきました。支援物資は毎日トラックで届きました。それらは避難者の手に渡り、学校を経由して子どもたちの手に届きました。何もかも失った人たちにとって、とても大きな力になったと思います。善意のその支援は瞬く間に山となりました。本当に大きな力だったと思います。
(中略)
 それらを整理する人手は足りませんでした。積み卸し、搬入、補完、整理、分配、全く追いつきません。それでも、放置することはできませんのでみんなが善意の山と格闘を続けました。県教委を通して申し出される支援については、こちらの事情を伝え、県教委に判断していただくようにお願いしました。

■支援への御礼はどうあれば

 学校に直接届けられるものもたくさんありました。収納スペースがないので大変でしたが先生方が可能な限り応えました。例えば、全国から続々と届く折り紙を飾ります。でもあっという間にいっぱいになるため、数日飾っては交換し、飾っては交換するということを繰り返しました。送ってくださった皆さんの気持ちを思うと、無下に扱うわけにはいきません。
 支援をくださった方の中には、「果たしてちゃんと届いたろうか、送ったけれども子供に渡ったろうか、受け取ってもらえたろうか」と、確認を希望なさる方も多くいらっしゃいました。「可能であれば受け取った証拠を欲しい」という団体もありました。学校はできる限り丁寧な対応に努めました。手紙をもらえばお礼の手紙、メッセージにもお礼のメッセージを返します。学校が再開して報道で取り上げられるとますます支援をいただき、子どもたちの宿題が4通、5通のお礼の手紙書きになることもありました。少々これはやはり問題だということになり、学校とその対応を確認することもありました。手紙を書かなくても写真を送って受け取ったことを伝えるという形にしてはどうか、などと検討をしました。いただいた支援は数え切れないほどです。おそらく1千件以上来ていると思いますが、一件一件そうして対処しました。教育長の名前で感謝状が欲しいという団体もあり、それらにも対応させていただきました。教育委員会で出したお礼状もゆうに百通を超えていました。

望月共編『同』pp.155-156

これもまた、義援金を募って被災地に支援しようという団体からすれば、その使途を明らかにするために現地で受け取ったという証拠が必要(つい最近もペットボトルのキャップを集めて売却したNPOがその代金を寄付していなかった問題が発生しましたし)であることはわかるのですが、被災地で受け取った側にそれを求めるのは、被災地の負担をさらに増大させます。もちろん、そうした被災地の負担に配慮していただいた事例もありまして、私が対応した事例では、自らの団体の車両ではるばる関東方面から物資を搬入し、その場で受け取った我々と一緒に写真を撮って帰られた団体がありました。まあ全ての団体がそうできるわけでもないのである程度はやむを得ないところですが、物流など普段の自治体職員にはあまりなじみのない業務にも対応しなければならないというのも、今回の震災の教訓の一つではないかと思います。

これまで3冊は、どちらかというと政府や自治体の側からの視点で書かれたものでした。一方、同じく最近は被災した住民の方に着目した本も相次いで出版されておりまして、次回エントリ(次回というのが次のエントリになるか次の11日になるか不明ですが)ではそれらの本をご紹介したいと思います。一応予告しておきますと、いかの3冊を取り上げようと考えておりますので、ご参考まで。

東日本大震災 被災と復興と東日本大震災 被災と復興と
(2015/03/03)
木下 繁喜

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そのとき、被災障害者は… 取り残された人々の3.11そのとき、被災障害者は… 取り残された人々の3.11
(2015/02/24)
不明

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被災弱者 (岩波新書)被災弱者 (岩波新書)
(2015/02/21)
岡田 広行

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