2015年04月10日 (金) | Edit |
海老原さんから新著をご恵投いただきました。いつも場末のブログにお気遣いをいただきありがとうございます。

実は、例年通り年度末の後始末と年度初めの切り換えで忙殺されているうちに、拙ブログも開設から10年が経過してしまいました。振り返ってみると、この間には、hamachan先生や金子先生、HRmicsの海老原さん、荻野さんをはじめ、hahnela3さんなどネット上でつながりを得ることができ、仕事の場では得られない貴重な経験をさせていただくことができました。TB、コメント、ブクマ、tweet、FBなどいただいた皆様も併せて、これまでのご愛顧に御礼申し上げます。私自身は、開設当時アラサーの下っ端公務員でとりあえずのストレス解消で始めたものでしたが、10年経てばアラフォーになり、相変わらず下っ端ながらそれなりに部下と呼べる職員も配置されるようになっておりまして、ブログに書く内容も上司に対する愚痴より人事労務管理の機微をどう捉えるかというものが多くなったような気がします。

という状況で、海老原さんからいただいたのは『無理・無意味から職場を救う マネジメントの基礎理論』という新著でして、まさにそんな頃合を量ったかのようなタイミングのよさです。

 最近では、人事コンサルティング会社を利用して、こうした仕組みに合理的で客観性を持たせるように新たなツールや概念語などを加えて制度を拡充する会社も増えてきました。
 しかしスマートで見栄えのよい仕組みができたからといって、マネジメントがうまくいくとはかぎりません
 どうしてでしょうか?
 理由は2つあります。
 1つは、モチベーションサイクルをつくることで、最終的には会社が儲かるという当たり前のことをマネージャーに理解徹底させていないことです。部下を育てることはマネージャーの役割ですが、会社は学校ではないので、それがゴールではありません。個人の高い能力と難関に立ち向かう気力の集積が会社を成長させるからこそ、マネージャーは部下個人のやる気を引き出し、仕事に意欲的に取り組んでもらう必要があるのです。要は、「やる気」は手段であって目的ではないと、再認識してもらう必要があります。

算数ができない人に微積分を教えている状態

 2つめの理由は、仕組みはあってもマネジメントの現場でそれをどうやって実践するかが教えられていないことです。
(中略)
 こうした基礎理論をマネージャーにきっちり学ばせないから、いくら制度を整えても運用面でつまずいてしまうのです。その結果、社内の不磨が高まると、マネージャーに最先端のリーダーシップ研修を受けさせたりする。しかしこれは小学校の算数ができない人に行列式や偏微分などの高等数学を教えているようなもので、まったく効果はないでしょう。
p.19-20

無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論 18人の巨匠に学ぶ組織がイキイキする上下関係のつくり方無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論 18人の巨匠に学ぶ組織がイキイキする上下関係のつくり方
(2015/03/31)
海老原嗣生、守島基博(解説) 他

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※ 以下、赤字強調は原文、太字下線強調は引用者による。

これはもちろん、いま現在マネジメントの立場の社員に向けての言葉ではありますが、私のようなマネジメントの立場になりつつある社員に向けての言葉でもあると思います。小さな階段を与える「2W2R」とか、インナーグループの重要性、コアコンピタンシーの把握とSWOT分析の違いなど、組織で仕事をする方であれば普段の仕事の中で感じている疑問を考える上で、様々なヒントが書かれていると感じると思います。

が、しかし、「メンバーシップ型」であるがゆえに使用者側に強大な人事権を与えて、労働者に長時間労働を余儀なくしているのが日本型雇用の問題だったんじゃないかという疑問も新たに湧いてきます。つまり、常に異なる課題を与え続けて労働者のモチベーション維持と能力向上を図ることによって会社の業績向上を達成するマネジメントとは、まさに新卒者という「白地の石板」に職務を書き込んでいく日本型雇用そのものだからです。海老原さんもその点は指摘されていまして、

「少し手が空けばすぐに難しい仕事を」という日本型階段

 日本の場合でも新卒学生だとやはり経理では債権管理にまわされることがおおいでしょう。でも、ここで債権管理の仕事をフルにさせられるわけではありません。何もできない若造なので、他部署からも「だれでもできそうな雑用」を振られ、それを黙々とこなす日々になります。
 たとえば、財務からは伝票の整理・補完、管理会計からは日報の数字記載、税務からは精算伝票の読み合わせなどの雑用が振ってきます。債権管理というポストは名ばかりで、経理部のあらゆる雑用を切り出して、新人のレベルに応じてやらせる。これが「人に仕事をつける」ということです。
 しかしこうした雑用も3カ月もすれば、大体慣れてしまいます。するとそのタイミングで簡単な仕事を減らし、少々難しい仕事が与えられます。たとえば、伝票の仕訳などです。慣れてきて余裕ができると、次々に仕事が難しくなっていく。この追いかけっこなので、いつまでたっても、残業が減らないという悪循環も起こります
海老原『同』pp.172-173

というように、確かに組織としての業績を上げるための労働者の能力向上という目的にも合致したものではあるのですが、労働者の残業は使用者側の強大な人事権行使の一環でもあるわけです。日本型雇用の問題点は、能力向上を所定労働時間内に納めるよりも、終業時刻が過ぎてまで職務に没頭する姿を「課題を解決している」とみなす風潮があることだろうとは思います。しかし、かといって、所定労働時間内で終わる仕事だけでは、労働者にとって「ぴったりの階段」とならない(場合が多い)ところが痛し痒しでもあるわけです。この辺の機微は組織によっても変わるところでしょうから、ぜひ多くの方に本書を読んでご自身の組織に当てはめてみていただきたいと思います。

そのような組織運営が生まれた経緯については、海老原さんのまとめが参考になります。

 ちょうどそのころには、戦後、いきなり役員に上り詰めた彼らも、ようやく地に足をつけて、経営を司れる年代になっていました。もう、戦前の階層社会も、戦中の国家総動員体制も、戦後の労働運動もまっぴらごめんだという気持ちになっていたのでしょう。しかも、歩み寄りを見せた労働者に背を向けることはできません。そこで、「資格制」という日本型人事の卵のような仕組みが発案されました。
 一工員として雇われても、年限を積み、腕を磨くと、資格が上がり、給与はきちんと増えていく。そして、その資格が上級になると、工員の人たちもホワイトカラーの職務への移行が可能になる。そう、総合職的な社内異動を可能とする制度です。
 日本鋼管の当時の専務取締役、折井日向は、この仕組みのことを「青空が見える労務管理」と名づけました。そこには、階層社会で天井が決まっていた工員に、空の高見を見られるようなチャンスを用意したいという気持ちがあったのでしょう。
(中略)
 ここにもまた、1つの教訓があるといえます。欧米から来た、見栄えのよいマネジメントのツールは、いつの時代でも日本人の心をくすぐります。いまでもハーバードのリーダーシップ関連のツールやメソッドは多くの人が飛びつくでしょう。でも、少しすれば見向きもされなくなっている。
 そんな流行りものよりも、50年たったいまでも本質は変わらず効力を失わない「基礎理論」のほうが、真剣に学ぶ価値があると私は思っています。

海老原『同』pp.178-180

日本の制度が特殊であることはその通りですが、それは相対的な部分も多くあって、海外の制度もそれなりに特殊なわけでして、海外の最先端のツールがいくら見栄えがよくても日本に(その中の組織もそれぞれですし)に当てはまるというものではありません。「基礎理論」というと一見どの国でもどの組織でも当てはまりそうですが、本書ではその当てはめ方が従来のマネジメントツールとは異なっており、日本の制度を踏まえた上での当てはめとなっている点が腑に落ちる説明となっている要因ではないかと思います。

実をいうと、海老原さんは常々「新しい日本型雇用とは、キャリアコースの前半が旧来の日本型雇用で、中盤以降が欧米型のそれになる」という提言をされているところでして、マネジメントの基礎理論は、「接ぎ木」の時点で「昇り続ける」キャリアと「降りる」キャリアのいずれに当てはまるのかという点が、読みながら気になっておりました。というのも、先日fujiponさんのブログで取り上げられていた本についてのコメントが、いまの日本の組織の機微を如実に示しているように思えるからです。

 リアルに想像してみればいいのだ。10年後、「あなたはもうひとつです。同期の○○さんより、後輩の△△さんより、能力が劣ります」と言われ、昇格して上司となった○○さんや△△さんのデスクに承認の判をもらいにいくところを。あるいは、そういう人たちがあなたの会社でのキャリアを自由に決定できるところを。彼らはあなたを引き上げてくれるかもしれないが、あなたをアフリカの支社に飛ばしたり、リストラ候補者名簿の最後にあなたの名前を書き込むかもしれないのだ。
 そんな想像があっさりと喉を通って飲み下せるなら、僕があなたに伝えるべきことは何もない。
 たいていの人は(そう、僕のように)、普段は出世なんてと言いながら、いざ出世できないという現実を突きつけられると、風になびく雑草のようにはやり過ごすことができないはずだ。


 ああ、本当にそうだよなあ、と。

 そもそも、「上昇志向があまりない人間」って、ある程度以上の年齢になると、「行き場がなくなってしまう」ことが多いのです。

 なんとなくみんなが扱いに困っているような感じも、伝わってくる。


 これを読みながら、僕は自分の周囲のいろんな人たちのことを考えていました。

 医者として、研究者として素晴らしい実績を持っていながら、人間関係がうまくいかずに能力ほどの成功をおさめられなかった人もいるし、世渡りと調整能力と運だけで偉くなったような人もいる。

 ただ、一般的には、偉くなる人は、みんなたしかにそれなりに「説得力のある人」だったと思う。

 そもそも、自分が上司になってみると「潜在能力はありそうなんだけど、実績を出せないヤツ」よりも、「地味でも、しっかり自分の仕事をこなしているヤツ」のほうを評価せざるをえないのですよね。

 人格の優劣とか好き嫌いは別として。

■[本]【読書感想】僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと(2015-04-08 琥珀色の戯言)

これまでは「組織におけるマネジメント」によっていかに労働者個人がキャリアを形成するかという視点の議論が中心でしたが、日本型メンバーシップという「組織によるマネジメント」の曲がり角に来ているというのが現状ではないかと思います。これからのマネジメントは、こうした日本の組織の現状を踏まえた上で新たに構築されていくのかもしれません。
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