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2015年03月08日 (日) | Edit |
いつもの如く書こうと思っていること積み残しのまま本業に忙殺されている状況ですので、できるところから手をつけていきます。

まずは海老原さんの採用に関する新著(といってもすでに1か月以上経過してしまいましたが)でして、今回の新著は、昨年末に発行された『HRmics vol.20』の裏表紙に「就活に関する本はもう書かないつもりでしたが、ポッカリと書き残しがありました」という就活に関する本として、帯の文句の通り「人気企業が隠している就活の「裏側」、ぜんぶ、バカ正直に書きました」という内容になっています。特に学閥とか履歴書とか入社試験といった個別の項目については、私自身も「ここまで書いてしまっていいのかな」というところまで書かれていて、一瞬不安になったりしたのですが、実は、ここに書いていることを理解できる学生はまずいないだろうとも思います。

たとえば「質問4 いまでも学閥とかあるのですか?」という質問に対しては「カリスマの答え ×そんな理由で大学を選んではいません。」という答になっています。海老原さんはその理由を大きく4つに分けられていて、そのうちの1つは拙ブログでも「東大クラスの難関大学の学生は、入学時点でこれらの素養を身につけている可能性が高く、大学時代にそれほど熱心に勉強しなくても十分に大組織で通用すると見込まれている」と指摘したとの同様の理由となっておりまして、まあ学生でもその理屈は理解できると思います。しかし、最後の4点目でこんな説明をされても、学生の側としては頭で理屈が分かっても納得できないのではないでしょうか。

 さらにもう1つ、理由があります。
④企業が、採用の正否を見る目安として、ブランド大学からの採用数を1つのバロメータとしているから。
(略)
 こうした入り口で評価するデータの1つとして、大学レベル別に何人採用できたかを目安にする企業が多いのです。旧帝大、Sランク大、Aランク大からの採用人数などが用いられることが一般的でしょう。
 こうした事情があるために、やはりブランド校の採用が増えるのです。

 前述した①〜③までの理由は、ある面、効率や確立など背に腹は代えられない経営合理的な側面もあるのですが、④に関しては、完全に人事や経営の見栄の問題とも考えられます
 この点に関しては、私も企業のやっていることを、とても擁護できません。
pp.40-41

なぜ7割のエントリーシートは、読まずに捨てられるのか?: 人気企業の「手口」を知れば、就活の悩みは9割なくなるなぜ7割のエントリーシートは、読まずに捨てられるのか?: 人気企業の「手口」を知れば、就活の悩みは9割なくなる
(2015/01/16)
海老原 嗣生

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※ 以下、太字強調は本文、太字下線強調は引用者による。機種依存文字をそのまま使用しています。

海老原さんも指摘されているとおり、私もこのような理由で採用を決めるのは擁護できることではないと思いますが、そうはいっても日本型雇用慣行において強大な人事権を持つ使用者の実働部隊である人事担当部署であっても、その担当者自身が人事評価の対象から逃れるわけではありません。結局、人事担当者が自分の成果を評価してもらうためには、有名大学からの「間違いのない」人材をどれだけ確保したが問われることになります。

「そんなおかしなことがまかり通るから日本型雇用なんかぶっ壊せ」と息巻く方もいらっしゃるかもしれませんが、かといってじゃあ何をもって採用した結果を評価するかという問題は、日本型雇用慣行をぶっ壊したところで解決できるものではありません。現実問題としては、「人当たりが良く」「素直で物わかりが良く」「上司の指示を的確に形にできる」能力を持つ人材をどれだけ確保できたか、その傾向を手っ取り早く判断する指標の1つが、大学ことの学風であったり、その大学の卒業者の組織内の伝統的な評価となります。それは、外から見れば「学閥」に他ならないのでしょうけれども、その内実においては「学閥」などという閉鎖的なものではなく、もう少し打算的なものと考えるのが実態に近いのではないかと思います。海老原さんが「目安」という言葉を使っているのも、そうした打算的な内実を踏まえてのことではないかと思います。

で、本書のメインテーマは、hamachan先生も指摘されているとおり「企業が見ているのは「仕事がきちんとできるか」「仲間とうまくやれるか」の二点だけだ」と言うことになると思うのですが、それについて書かれた「質問27 結局、企業って、あいまいな基準で選考をしているのでしょ?」に対する「×学歴以外にも、しっかり見ているポイントがあります。」という回答の中でも、学生には納得できないであろう理由が述べられています。

 ここまで書くと、「じゃあ、なぜ企業はそれを明らかに示してくれないのか」という疑問が生まれるのではないでしょうか。
 それも学生を苦しめるポイントですね。
 なぜ、企業は自社のキャラを明確に説明しないか?
 その理由は第1に、企業自身、自社のキャラが見えていないことです。それがかなり大きいでしょう。「うちは変わっている」と言う企業に対して、他社をたくさん見てきた私は、「そうかなぁ、普通の地味な人たちだけど」と疑問に思うことは日常的でしたから。

海老原『同』p.195

まあ、結局のところ、企業ごと(もちろん役所も同じです)に「○○な人材がほしい」というお題目はあるものの、それについて各採用担当者の認識を統一することはできませんし、それは上記の「仕事がきちんとできるか」「仲間とうまくやれるか」の二点に限っても同じことにならざるをえません。つまりは、組織の「官能性」を体得した中堅〜ベテランの職員に採用を担当させ、担当者は目の前の応募者がその組織の「空気」の中で仕事をする将来の姿を想像しながら、「仕事がきちんとできるか」「仲間とうまくやれるか」の二点を基準に採否を決定するというのが実務的な内実といえるでしょう。

採用する側の内実がそのような状況であることを踏まえると、私自身を振り返ってみても、採用担当者の想像力を刺激するような応募者はほんの一握りであって、「誰を落とすか」で迷うのは一部の大企業に限られていて、中小企業や地方自治体なんぞは「誰を残すか(どこまで許容できるか)」で迷っているというところが大半ではないかと思います。で、best & Brightestな人材なぞ望むべくもない中小企業や地方自治体では、採用後に「ピカピカではないけど人当たり良く仕事ができる」人が相対的に高く評価されて採用担当者となり、「まあいないよりは頭数になればいいや」という職員を擁する組織をマネジメントしていくこととなります。大企業と中小企業(地方自治体)での「求める人材」の違いというのは、このようにして組織が成り立つ過程に応じて経路依存的に決まっていくのではないかと思うところでして、その組織内にいる者ですら意識されないような「求める人材」というのは、それを聞く学生にとっても、それに取り繕って答える企業側にとっても単なるお題目にしかならざるを得ないだろうなと思う次第です。
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