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2014年11月29日 (土) | Edit |
ということで、このクソ忙しい時期にもかかわらずクルーグマンのここ20年ほどの変節ぶりを見てきたわけですが、ここでやっと一連の最初のエントリの付記で「クルーグマンが丁寧に再分配政策について論じているのであればそれほど批判する必要はないと思うのですが、『さっさと不況を終わらせろ』ではもっぱら公共事業やせいぜい教師を増やすことで雇用を創出するような処方箋しか示してい」ないということを指摘できる準備ができました。

前回取り上げた『格差はつくられた』では、アメリカの現代史をソーシャルな政策でもって批判していたクルーグマンでしたが、本書ではまた一転して市場主義的な主張を繰り広げています。おそらくこれも、リベラルが保守とならざるを得ないアメリカで自説の支持を得るために必要なレトリックなのでしょうけれども、こう変節されまくると何がクルーグマンの真意なのか分かりにくいことこの上ありません。リーマン・ショック後に刊行された本書で、新たに議論の出発点として加えられるのが「ミンスキーの瞬間」というタームです。

みんながミンスキーを読みなおした夜

 2008年危機よりはるか以前に、ハイマン・ミンスキー——ほとんど貸す耳を持たない経済専門家に対し——今回の金融危機のようなものが起こりかねないというだけでなく、いつか起こると警告していた。
 当時は、ほとんど黙殺された。ミンスキーはセントルイスのワシントン大学で教えていたが、経済学者としては一貫して周縁的な存在だったし、1996年に他界したときも周縁のままだった。そして正直いって、ミンスキーが主流派から無視されたのは、その異端学説のせいだけではない。彼の著書は、どう見ても読みやすいものではない。すばらしい洞察の固まりが、仰々しい文章と無意味な数式の中に散在している。そしてまた、彼はあまりに警鐘を鳴らしすぎた。ポール・サミュエルソンの古いジョークを言い換えるなら、ミンスキーは過去三回の大規模金融危機のうち、およそ九回を予言していた。
 ミンスキーのすごい着想は、レバレッジに注目したことだ——つまり、資産や所得に対して負債がどれだけ積み上がっているかというものだ。彼の議論では、経済安定期にはレバレッジが上昇する。みんな、貸し倒れのリスクについて不注意になるからだ。でもレバレッジ上昇はいずれ経済不安定につながる。それどころか、これは金融危機や経済危機の温床となってしまうのだ。
pp.66-67

 もう少し分かりにくい点として、多くの人や企業のレバレッジが高くなれば、経済全体としても事態が悪化したときに脆弱になる。というのも、負債水準が高くなれば、借り手側による「負債圧縮」、つまり負債を減らそうとする試みそのものが、その負債問題をもっと悪化させるような環境を作ってしまう。(中略)
 アーヴィング・フィッシャーは、これを簡潔なスローガンでまとめた。やや不正確ながら、本質的な真実を突いたものだ:借り手が支払えば支払うほど、借金は増える。大恐慌の背後にあるのはこれだ、とフィッシャーは論じた。——アメリカ経済は、空前の負債を抱えたまま不景気に突入し、それが自己強化的な負のスパイラルをもたらしたのだ、と。たぶんまちがいなくフィッシャーの言う通りだったろう。そしてすでに述べた通り、この論文は昨日書かれてもおかしくない。つまり、いまぼくたちがはまっている不況の主要な説明は、ここまで極端ではなくても、似たようなお話になるのだ。
pp.69-70

 この総需要低下の結果は、第2章で見たとおり、経済停滞と高失業だ。でもなぜこれが、5、6年前ではなく今起こっているんだろう? ここに登場するのがハイマン・ミンスキーだ。
 ミンスキーは指摘したように、レバレッジ上昇——収入や資産に比べて負債のほうが増えること——は、酷い気分になるまでは気分がよいものだ。拡大する経済で物価も上昇していれば、特に住宅のような資産の価格が上昇していれば、借り手のほうが勝ちだ。ほとんど頭金なしで家を買って、数年後には、単に住宅価格が上がったことで、家の資産価値の相当部分はエクイティとして自分のものになっている。投機家は借金して株式を買い、株価が上がれば、借りた額が多いほど利潤も大きくなる。(中略)
 そしてここがポイント:負債水準がそこそこ低ければ、悪い経済事象は少ないし稀だ。だから負債の少ない経済は、負債が安全に見える経済となりがちで、負債がもたらす悪いことの記憶が歴史の霞の中でぼやけてしまうような世界となる。時間がたつにつれて、負債は安全なものだという認識から、融資基準の緩和が生じる。事業者も世帯も、借金のクセがついてしまい、経済全体のレバレッジ水準は上がる。
 これらがすべて、もちろんながら将来の大災厄の舞台を整える。ある時点で「ミンスキーの瞬間」がやってくる。
pp.71-72

さっさと不況を終わらせろさっさと不況を終わらせろ
(2012/07/20)
ポール・クルーグマン

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経済全体の借金が増えたことで経済が脆弱になってしまったという指摘は、まあ改めて言われるまでもなく感覚的に理解できると思うのですが、それがノーベル記念スウェーデン国立銀行賞を受賞した経済学者から「ミンスキーの瞬間」として説明されると学術的な経済現象に思えてしまうから不思議なものです。で、これに対してクルーグマンが示す処方箋が、政府による借り入れです。

鏡の国の経済学

 一見真面目そうな人たちが、現在の経済状態について語るのをあれこれ聞いていると——そしてぼくは経済評論家でもあるので、まさにそれをやらざるをえない——やがてその人たちの最大の問題点が見えてくる。みんなまちがった比喩を使って考えているのだ。アメリカが、苦境に陥った家族であるかのように考え、所得に比べて負債が多すぎるのだと考える。だからこの状況の改善への処方箋は、美徳と倹約だ。支出を減らし、借金を返済し、費用をカットしなければいけません、というわけだ。
 でも、これはそういう種類の危機じゃない。所得が落ちているのはまさに、支出が少なすぎるからで、支出を削れば所得はさらに下がるだけだ。過剰な負債という問題は抱えているが、その負債は外部の人に対する借金ではない。アメリカ人がお互い同士に行っている貸し借りで、これは話がまったくちがう。そして費用カットだが、だれと比べての費用カット? みんなが費用カットを試みたら、事態は悪くなる一方だ。
 ぼくたちはつまり、一時的に鏡の向こう側にいるのだ。流動性の罠——ゼロ金利ですら完全雇用を回復できない——と過剰な負債のおかげで、ぼくたちはパラドックスまみれの世界にやってきてしまった。ここでは美徳が悪徳で、堅実は愚行であり、真面目な人々が要求することはほとんどすべて、状況をかえって悪化させる。(中略)
 さて、読者の一部はすでに何かを思いついたかもしれない。通常は立派で堅実と思われていることをすると、現状においては事態がかえって悪化するというぼくの説明が正しいなら、実はその正反対をすべきだってことなんじゃないの? そして答は、基本的にはその通り。多くの借り手が貯金を殖やして借金を返そうとしているときには、だれかがその正反対をして、もっと支出して借金を増やすのが重要となる——そしてそのだれかになれるのは、明らかに政府だけだ。だからこれは、いまのぼくたちが直面する不況に対する必然的な回答として、ケインズ的な政府支出を導く別のやり方でしかないわけだ。
 賃金や物価の低下が状況を悪化させるという議論はどうだろう。それなら賃金や物価が上昇すれば事態は改善し、インフレが本当に有益だということになるの? その通り。というのもインフレは債務の負担を減らすからだ(そして他にも有益な影響がある。これについてはまた後で)。もっと広く言えば、どんな形であれ債務負担を減らすような政策、たとえば住宅ローン軽減策などは、不況からの持続的な解放を実現するための方策の一部となれるし、またなるべきだ。
pp.76-78
クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』

この辺もクルーグマン一流のレトリックなのですが、クルーグマンは政府が借金することについて「ぼくの説明が正しいなら」と留保をつけて、さらに「基本的にはその通り」と断定を避けた記述をしています。一方で、インフレについては「その通り」と断言しているわけでして、マクロのインフレについてはある程度理論的に議論できるとしても、ミクロ的な政府支出には政治的な留保をつけなければならないという配慮をしているようにも見えます。しかし、私のようにクルーグマンの主張には眉につばをつけて聞かなければならないと思って読めばその留保が気になるものの、クルーグマンを神と崇めるリフレ派と呼ばれる一部の方々のような方々にとっては、どちらも断定しているように読めてしまうのではないでしょうか。

実は、クルーグマンの変節はアメリカ以外の国の状況を説明するときに現れるようでして、『クルーグマン教授の経済入門 』とか『格差はつくられた』のように、主にアメリカの経済問題を説明するときには「ソーシャル」な政策を主張するのですが、特に日本についての『恐慌の罠』とかアジア緊急危機を取り上げた『世界大不況からの脱出』では、あっさりと市場主義的な主張を繰り広げています。この法則(?)からすると、主にアメリカの経済状況を論じた本書では「ソーシャル」な政策を主張するのかと思いきや、上記引用部分で周到に「一時的に」とか「通常は」という言い方を織り込んで、あくまで不況下での特別な対応という留保をつけて短期的な公共事業を主張するのみで、「ソーシャル」な主張はしていません。つまり、短期的な雇用対策のみで不況を脱することに主眼が置かれてしまっていて、本書ではそのための「ソーシャル」な政策の主張は影も形もなくなってしまっているわけです。

クルーグマンのこの辺の変節ぶりがはっきり現れるのが、この部分です。

 第2章で述べたように、流動性の罠が起こるのは、ゼロ金利でも、世界の人々が集合的に、生産したいだけのモノを買いたがらない場合だ。おなじことだが、人々が貯蓄したい金額——つまり現在の消費に使いたがらない所得——が、事業(原文ママ)の投資したがる金額より多い時にそれは起こる。
 数日後にファーガソン(引用注:ニーアル・ファーガソン)の発言を受けてぼくはこの点を説明しようとした。

 実際に、ぼくたちはゼロ金利でも貯蓄がずっと過剰な事態を見るようになっている。それがぼくたちの問題だ。
 じゃあ政府の借り入れは何をするんだろうか? それはそうした過剰な貯蓄に行き場を与えてくれる——そしてその過程で総需要を拡大させ、ひいてはGDPを増やす。それは民間支出をクラウディングアウトしたりはしない。少なくとも、その余った貯蓄供給が吸い上げられるまでは。これはつまり、経済が流動性の罠を逃れるまでは、と言うのと同じだ。
 さて、大規模な政府借り入れには確かに現実の問題がある——主に政府の債務負担の影響だ。こうした問題を矮小化するつもりはない。アイルランドなど一部の国は、厳しい不景気に直面しているのに、財政収縮を余儀なくされている。でも、ぼくたちの目下の問題が、要するに、世界的な貯蓄過剰で、それが行き場を探しているのだという事実は変わらない。


 アメリカ連邦政府は、ぼくがこの一文を書いてからさらに4兆ドルほど借り入れたけれど、金利はかえって下がった。
 これだけの借り入れの資金源はいったいどこなんだろうか? アメリカの民間セクターだ。かれらは、金融危機に対して貯蓄を増やし、投資を減らすことで対応した。民間セクターの金融バランス、つまり貯蓄と投資の差は、嬉嬉前には年鑑マイナス2000億ドルだったのが、現在では年間プラス1兆ドルだ。
pp.179-180

 でも、インフレも十分な債務減免も、実現できない、あるいはどのみち実現の努力さえされなければどうだろう?
 うん、そこで第三者の出番だ:それが政府となる。政府がしばらくは借金をして、借りたお金を使って、ハドソン川の下の鉄道トンネルの整備費を出したり、教師たちの給料を払ったりしたらどうだろう。こうしたことの真の社会的費用はとても小さい。というのも、政府はそのままだと失業しているリソースを雇用するからだ。そして、借り手が負債を返済するのも楽になる。もし政府が支出を長期間維持し続けたら、借りてはもはや緊急の負債圧縮を強制されれなくてもすむようなところまできて、財政赤字支出をしなくても完全雇用できるところまでやってくる。
 はいはい、これは民間債務が部分的に公的債務に置き換わったと言うことだが、ポイントは負債が経済的ダメージをもたらすプレーヤーから遠ざかり、全体としての負債の水準が同じでも、経済問題は減るということだ。
 するとつまり、負債で負債を治すことはできないというもっともらしい議論は、ひたすらまちがっているということだ。ちゃんと治せる——そしてそれをやらないと、経済の弱さがいつまでも続いて、負債問題の解決はなおさら難しくなる。
 なるほど、今のは単なる仮想的なお話だ。現実世界でそんな例はあるの? ちゃんとあります。第二次世界大戦後に何が起きたか考えてほしい。(中略)
 要するに、戦争で戦うための政府負債は、確かに民間債務が多すぎて生じた問題の解決策になっていた。負債で負債は直せないというもっともらしいスローガンは、どう見てもまちがっている。
pp193-194
クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』

THREEBさんが「流動性の罠にあれば財源としてインフレ税が好ましい、すなわち償還されない国債を財源にすることが望ましい」とコメントされたのは、おそらくこの部分が典拠となっているのではないかと思うのですが、いやまあ、もともと国民負担率が高く社会保障制度がしっかりしているヨーロッパと、国民負担率が低く格差が大きいものの国自体が若くて分厚い生産年齢人口を擁するアメリカと、先進国では低レベルの国民負担率を誇りながらトップクラスの高齢化率で対GDP比200%以上の債務残高を抱える日本を、すべて並べて一緒くたに議論することが適切なのか大いに疑問がありますね。

いずれにしても、本書のこの部分は「アメリカの」とか「ハドソン川の」というようにあくまでアメリカについて述べたものであって、日本について分析した『恐慌の罠』であれだけ散々に批判していた公共事業をアメリカについては効果を認めるような書き方になっているのも気になりますが、日本にそのまま適用できるかは十分に吟味されるべきでしょう。経済学のモデルは前提が重要なわけですから、その国の制度がどうなっているかによってそのモデルが示唆する政策的含意は異なると考えるのが通常ではないかと思うところでして、どマクロな政策論の陥穽には十分注意すべきだろうと思うところです。

実はこの点を責めるのはクルーグマンには酷であって、クルーグマンからすれば「自分が住むアメリカという国についての自分の主張を書いた本を、勝手に訳されて勝手に自国に当てはめられているだけ」…かとも思いましたが、本書の「はじめに」の冒頭で「この本は、アメリカなど多くの国をむしばむ経済停滞についての本だ」と書いてまして、どうもクルーグマンは確信犯(誤用)のようです。もちろん、クルーグマンはモデルを単純に当てはめるような議論は『恐慌の罠』くらいでしかしていないわけで、経済学の理論が政策に影響を与えることの危険性についても言及しています。

 危機の10年前の1998年、ハーバード大学の経済学者アルベルト・アレシナが「財政調整の物語」なる論文を刊行した。これは大規模な財政赤字を減らそうとしたいろいろな国を調べた論文だ。この研究でかれは、強い安心効果があると論じ、それがとても強いので緊縮が実際に経済拡張につながった例がたくさんある、という。これは驚くべき結論だけれど、当時は思ったほどは注目されなかった——批判的な検証も受けなかったというべきか。1998年には、経済学者の間での一般的な見解はまだ、FRBなどの中央銀行がいつも経済安定化に必要なことをできるので、財政政策の影響はどのみちあまり重要でないというものだった。(中略)
 通常の時代なら、最新の学術研究が現実世界の政策論争に大きな影響を与えることなんかほとんどないし、またそれが正しいあり方だ——政治的な興奮の中で、ある教授の統計分析の質を評価できる政策立案者がどれだけいるだろう? 通常の学術論争や検討プロセスに時間を与えて、しっかりしたものといい加減なものを選り分けさせたほうがいい。でもアレシナ/アーダナ論文はすぐに、世界中の政策立案者や緊縮支持者たちに採用されて、錦の御旗となった。これは残念なことだった。というのも、拡張的緊縮を実証するとされた統計的な結果も歴史的な事例も、みんながそれを細かく検討し始めると、ちっとも検証に耐えなかったからだ。
pp.254-255
クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』

…これが壮大なブーメランにならなければいいですね!!(棒)

というわけで、結局クルーグマンは、アメリカについての主張と不況時と通常時の主張を、よくいえば適切に、悪くいえば節操なく使い分けているように思います。さらに日本では、そのクルーグマンの変節ぶりを都合良くつまみ食いしている方々も多くいらっしゃいますね。アメリカのことになると共和党を批判するためにソーシャルな主張をすることもいとわないものの、ことアメリカ以外についてはリベラルな市場主義でどマクロなモデルとか理論を単純に当てはめる傾向があり、しかもアメリカについては付加価値税を財源とした社会保障制度は価値が高いといいながら、日本に対しては消費税率引き上げを延期するよう助言してしまうほどの節操のなさ柔軟な思考をお持ちの国際経済学者だというのが個人的な印象です。

という印象のクルーグマンですが、このときはどのモードのクルーグマンだったのでしょうねえ。

クルーグマン氏が決定的役割-安倍首相の増税延期の決断で - Bloomberg(原題:Abe Listening to Krugman After Tokyo Limo Ride on Abenomics Fate(抜粋)更新日時: 2014/11/21 13:21 JST)

安倍首相と30年来の知己である本田氏(59)は、4月の増税反対に続き、15年の増税延期を首相に助言。そこに登場することになったのが、自身のコラムで日本の増税延期が必要な理由を説いていたクルーグマン氏だった。
本田氏は20日、オフィスを構える首相官邸でインタビューに応じ、「あれが安倍総理の決断を決定づけたと思う。クルーグマンはクルーグマンでした。すごくパワフルだった。歴史的なミーティングと呼べるものだった」と、首相とクルーグマン氏の会談を振り返った。

助っ人

帝国ホテルから官邸への高級車の車内で本田氏は、安倍首相との会談がいかに重要かをクルーグマン氏(61)に説明した。増税延期で首相を説得する手助けをクルーグマン氏にしてもらえる可能性があった。  クルーグマン氏は今月6日の首相との会談について、自身が首相の決断に及ぼした役割の大きさには控えめな態度を示す。同氏は20日の電話インタビューで「首相の質問には明確に答えられたと願う。私がこれまで書いてきたようなことうまく説明できたと思うが、首相の考えにどこまで影響があったかは分からない」と話した。その上で、増税延期の決定を「歓迎する」と語った。
海外の著名経済学者の助けを借りたいと考えていた本田氏は、クルーグマン氏が東京での講演のため訪日することを偶然知った。「クルーグマンならと思っていたが、ミーティングのためにわざわざ日本に来てれくれないと思っていたら、たまたま日本に来ることを聞いてこれを使わない手はないと思った」と明かす本田氏は、首相とクルーグマン氏の20分間の会談のお膳立てに成功。会談は予定時間の倍近くに及んだ。
会談に同席した本田氏によると、クルーグマン氏は冒頭、アベノミクスを高く評価。唯一の問題は消費増税だと訴えた。会談が終わるまでには、首相は延期を決めるだろうと本田氏は確信を持ったという。
(略)
クルーグマン氏は17年4月の10%への引き上げをめぐっては、「ある時点で歳入の拡大を図る必要がある点は理解する」とした上で、「私としては『インフレ率が2%程度に達してから引き上げる』といった条件付きの延期の方が望ましいと考えるが、そうした可能性がないことも理解している」と語った。

うーむ、やっぱりアメリカ以外についてはソーシャルな視点をお持ちではないようでして、どマクロな経済理論のことしか話をしなかったようですね。クルーグマンの節操のなさ柔軟な考え方が日本の社会保障にどのような影響を与えるのか、クルーグマン自身はあまり興味がないのはまあ所詮は外国のことだから仕方ないかもしれませんが、それをお膳立てした内閣府参与の方々も同じようなお考えだったと思うと、この国の貧弱な社会保障の先行きが思いやられるところです。

(付記)
jura03さんに取り上げられていただきました。というより半ば呆れられていそうですが、私もここまで長いエントリを書くはめになるとは思っておりませんでして、名無しの方から「もっと読め」とか「恣意的な解釈」とコメントをいただいいたので、できるだけ多くの著書からできるだけ多く引用しているうちにこんなに長くなった次第です。

要はクルーグマン先生のご高説は結構だけれども、実現可能性をどこまで考慮しているのか全く不明なので、じゃあんたそれやってよ、やってごらんよと言って投げられると困るに決まっていて、無責任なことを言い続けるのもいい加減にしてくれ、と読んでいるこちらは思うわけだ。

扇動のための不当表示としての「リフレ派」 part141(今日の雑談)

確かにクルーグマンのこうした態度が日本の、特にリフレ派と呼ばれる一部の方々に与えた影響は大きそうですね。「実現可能性」というとたいそうな言葉ですが、政治過程とかそれを経て形成される制度とかについての軽視が現れているのかもしれません。まあ純粋な経済学の議論では考慮する必要がないとしても、それが政策となって現実の社会で人々の生活に影響するまでのところをどの程度考慮しているのかは怪しいところですね。
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コメント
この記事へのコメント
アマゾンの書評で、クルーグマンの「さっさと不況を終わらせろ」を下記のとおり、2012年に評しました。

「きわめてあたりまえの、マクロ経済政策を訴える、ノーベル賞経済学者の本。

クルーグマンは、過去に金融政策に過度に偏った政策が、日本の不況脱却に効果的と主張した。
その議論が、きわめて影響力をもったのは、財政政策にたよらず、金融政策だけでなんとかなるという、いまにしてみれば、「幻想」を日本の経済論壇に与えたためだ。

ここにきて、財政政策の重要性と、財政政策と金融政策の協調による、いわばあたりまえの、教科書的な議論を繰り出してきた。
訳者の山形氏の翻訳はわかりやすいが、いくら解説で補足しても、なんだ、教科書的な普通の議論をいっているにすぎない。

アメリカみたいに、財政政策に否定的な知的風土では印象深い議論なのかもしれないが、日本のようなケインズ経済学的な議論がわりあい容認されているところでは、いまさらあたりまえの議論ですか、といいたくなる。

読んで損はないが、それでは、金融政策だけで、日本はデフレ脱出だったんではないですか、と、クルーグマンを熱狂的に支持してきた人々に問いたくなる、リフレ派の魔術から脱却する観点からは読んでも損はないかも。

(8月16日追記)
「新しい労働社会」(岩波新書)などの著作がある濱口桂一郎氏のブログで本書評が紹介された。」
(以上)

これに対して、7対2ぐらいで、7の人は参考にならない。2の人は参考になるとしてくれた。

意外と参考になるという人も多いので、安心したが、コメント欄は熱烈なクルーグマンファンに悩まされた。

2014/12/05(金) 23:31:23 | URL | yunusu2011 #-[ 編集]
クルーグマンを語る前に、まず初歩的な経済学の本を読まれた方がいいと思います。
2014/12/28(日) 15:03:25 | URL | 名無し@生駒ちゃんねる #-[ 編集]
> 名無し@生駒ちゃんねるさん

ご指摘ありがとうございます。
ついては、初歩的な経済学の本についてもご教示くださると助かります。
なお、私が数年前に某所で経済学のトレーニングを受けた際は、スティグリッツミクロ、ヴァリアンミクロ、中谷マクロ、マンキューマクロ、スティグリッツ公共経済学、某ソフトによる計量経済学、チャン数学基礎等々を使用していました(まあだいぶ記憶は薄れつつありますが)ので、それ以外にもご教示くださると幸いです。
2015/01/03(土) 16:08:05 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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