2014年08月31日 (日) | Edit |
たかの友梨ビューティークリニックの件で労働法の定義がにわかに脚光を浴びているようでして、ブラック企業といえば長時間勤務とか残業代未払いという労基法違反しか思い浮かばない方々にとっては、とある記事の内容が混乱を与える原因となっているようです。

「たかの友梨社長、組合活動に圧力」 従業員ら申し立て(朝日新聞 2014年8月28日23時06分)

 「たかの友梨ビューティクリニック」を経営する「不二ビューティ」(本社・東京都)の従業員が加入するブラック企業対策ユニオンは28日、同社の高野友梨社長(66)から、組合活動をしていることを理由にパワーハラスメントを受けたとして、宮城県労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てた。
(略)
 労働組合法は、労働者が労組を組織する権利を認めており、経営者には労組との団体交渉に応じる義務を課している。高野社長の言動について、28日に会見した組合員の20代の女性は「恐怖でしかなかった。会社には間違えていることを改善して欲しいと言ってきたのに、非難された。ほかの組合員や従業員にも恐怖を与えているので、社長には謝罪してもらいたい」と話す。
(略)
 長時間労働の是正や有休の取得を求め、女性エステティシャン5人が今年5月にユニオンに加入し、会社と団体交渉をしてきた。ユニオンの申告を受けた仙台労働基準監督署が今月5日、同社に対し、違法な残業代の減額や制服代の天引きなどの是正を勧告。不二ビューティの担当者は「減額は計算ミス。すでに是正した」と話している。


労働組合法第7条に「パワハラ」なんて規定されていないんですが、「要するにパワハラ」なんだろ?という安直な記事を書く辺りがいつものとおり制度の趣旨を全く理解しないで飛ばし記事を書き続ける朝日新聞は安定のクオリティ…と何回書けばいいのやら。

という日本のクオリティ新聞の寛大さは措いておくとしても、それを引用した当事者(と思われる)Webサイトもつじつまが合ってませんね。

エステ・ユニオンが主張する「たかの友梨ビューティクリニック」の問題点


①1カ月あたり平均80時間に及ぶ残業
②休憩が取れず、昼食やトイレにも行けないことも
③定休日どおりに休めず、休日出勤への手当もない
④「誰も取っていない」などと説明され、有給休暇を取得できない
⑤残業代の未払い
⑥産休取得の妨害
⑦商品が売り上げ目標に届かないと、カードローンなどで自腹購入させられる
⑧研修費など会社が負担すべき経費が、給与から天引きされる
⑨配置転換をしない約束を無視するなどの不当な異動命令
⑩労使協定書の従業員側の署名・押印を、従業員本人に無断で作成

不二ビューティの担当者は「申し立ては把握していない。不当労働行為とされるような行為はしていないと認識している」と話す。

ここでエステ・ユニオンが掲げている問題点は、労基法や育介休業法の違反から異動命令とか自腹購入とか民事上の紛争まで含まれています。これも混乱の元になっているようですが、ざっくり言うと違法行為は実定法の規定に違反する行為ですので、監督機関が取り締まることができます。これに対して、実定法に規定がない場合は民事上の紛争として民法に基づいて解決を図る(たとえば利益損害にかかる不法行為は民法709条に規定がありますし、契約上の債務不履行などについては民法の第3編第2章の契約に規定があります)必要があり、民事上の紛争は労使自治の原則により労使交渉によって解決することになります(もちろん民事裁判でも可能)。その労使交渉を実効あらしめるために憲法28条で労働基本権(団結権、交渉権、争議権)が規定されているわけでして、その労働基本権を侵害する行為が労組法第7条に規定する「不当労働行為」であり、これに対して組合から救済申し立てがあれば労働委員会が救済命令を出すことができるとされています。

公開された資料を発見できないので推測となりますが、労働組合としてのエステ・ユニオンは、上記の問題点をすべて団体交渉事項として団交申し入れを行ったのかもしれません。とはいえ、労基法違反から民事上の紛争まで一緒くたに並べておいて、それに対する使用者側のコメントを「不当労働行為とされるような行為はしていないと認識している」と並べてしまうと、つじつまが合わなくなってしまいます。

まあ、労働条件に関することを団体交渉事項とすることができますので、労使双方の合意があれば労基法違反の是正を団交事項とすることはできなくもありません。しかし、これに対して使用者側が交渉を拒否するなど労働基本権を侵害する行為を行ったとして労働委員会に不当労働行為の救済申し立てをする場合には、労基法違反の是正は救済を申し立てる内容からは除かれます。つまり、上記の法律に基づく紛争解決の腑分けによって、労基法違反は労基署で、法違反を除く民事上の紛争は不当労働行為の救済申し立ての内容として労働委員会で処理されることになるわけです。

というわけで、たかの友梨ビューティークリニックにはエステ・ユニオンが主張するような労基法違反を含む問題があるわけですが、法律の規定によってその解決方法は個別に定められていて、今回の記事(朝日新聞、withnewsとも)はそのうち民事上の紛争解決のために労組法上の不当労働行為の救済申し立てを行ったと報じるべきところ、そこをごっちゃにして「労基法違反しているブラック企業でパワハラがあったから不当労働行為とかいう告発をした」くらいの適当な記事になっています。日本のクオリティ新聞が適当な説明をしてしまうから読者も混乱するわけでして、記事の誤りによって世間に混乱を巻き起こすことは厳に慎んでいただきたいところです。あ、そういえば朝日新聞は数十年前からそうでしたか。

まあもちろん、労働法の規定なんか興味のない方々にとっては「そんなの知らなくて当たり前だろ」くらいのものでして、今回の記事のような混乱ぶりを指摘すると「法律を振りかざして人を茶化してけしからん」とか明後日の方向のご批判を受けてしまうのですね。
バカの見本, 濱口桂一郎, ブクマがバカの見本市(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)2014年8月31日 (日))
ただし、労働法のことを知らない労働者が普通だというところにこそ問題があるのであって、このエントリの元になったエントリで、hamachan先生のこちらのコメントにどなたも反応されないところが今回の件の問題の根深さを示しているものといえましょう。

いやまさに、そこに問題があるわけです。

nopiraさんという方の表現を使えば、

https://twitter.com/nopira/status/505213808889970688
パワハラされたと言われたら爆発する世論も、不当労働行為をされたと聞いてもスルーする …かえってややこしいアカと思われて敵が増えるかも

というわけで、話は労働教育の必要性につながっていくわけです。

投稿: hamachan | 2014年8月29日 (金) 17時37分


何でもパワハラと言えばいいわけじゃない(hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)2014年8月29日 (金))コメント欄


「不当労働行為」という言葉は何となく語呂がいいので、パワハラとかフワフワした言葉と相性がいいのかもしれません。私も一介の地方公務員として労基法違反とかセクハラとかパワハラの相談を受けたときに「不当労働行為だからなんとかできるだろ」と何度となく言われましたし。

ちなみに、アメリカ版労働組合法上のcollective bargainingに関する禁止行為として、unfair labor practiceが定められていて、不当労働行為はその日本語訳がそのまま法令用語となっているものです。

kotobank >unfair labor practice(世界大百科事典内のunfair labor practiceの言及)

【不当労働行為】より
… この不当労働行為制度は,アメリカの全国労働関係法(通称ワグナー法,1935)の影響を強くうけたものといわれる。同法は,ニューディール政策の一環として立法化され,使用者のなす,組合員に対する差別待遇,組合運営への支配介入,団交拒否等を不当労働行為unfair labor practiceとして禁止するとともに救済機関として全国労働関係局National Labor Relations Board(NLRB)を設置した。アメリカでは,1947年に労使関係法(通称タフト=ハートリー法)により,不当なストライキやボイコット等が〈労働組合の不当労働行為〉として禁止されるに至ったが,日本では,使用者の不当労働行為のみが禁止されている。…

※「unfair labor practice」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

上記2つのあやふやな記事から今回の不当労働行為救済申し立ての内容をなんとか推測してみると、

高野社長の言動について、28日に会見した組合員の20代の女性は「恐怖でしかなかった。会社には間違えていることを改善して欲しいと言ってきたのに、非難された。ほかの組合員や従業員にも恐怖を与えているので、社長には謝罪してもらいたい」と話す。(朝日新聞)

録音されたのは仙台市内の飲食店の個室。この女性従業員が働く店舗の管理職やほかの従業員ら計18人が同席したという。高野氏はこの女性従業員の正面に座り、周囲の他の従業員が労組に入ったかどうかを確かめる場面もあった。(withnews)


→労組法7条1項の「組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱い」として社長の言動についてのポストノーティス命令(降格や減給が行われれていればバックペイ命令)

 また、高野社長の名前で全国の店舗に対しファクスした文書を、店長に読み上げさせた。「社員数名が『ユニオン』という団体に加入し、『正義』という名を借りて、会社に待遇改善の団交を要求」「会社を誹謗(ひぼう)することは、自分のこれまで頑張ってきた道を汚すことだと私は思います」といった内容だった。


→労組法7条2項の「正当な理由のない団体交渉の拒否」に対する誠実団交命令

というわけで、よくある労組法7条の1、2項のセットで救済申し立てがあったのではないかと推測します。このうち、1項の「組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱い」に組合員に対する暴力的な言動も含まれますので、パワハラというフワフワした言葉ではなく、明確に不当労働行為として救済を求めているものと思います。もちろん、2項の「正当な理由のない団体交渉の拒否」には、形式的な交渉は行うものの威嚇的な態度で実質的な交渉をさせない不誠実団交も含まれますので、ここでもパワハラという言葉を使う必要はありません。なお、同条4項はこれまでに不当労働行為の救済申し立てを行った場合のものですので、今回救済申し立てした組合員を今後報復の意を持って配転したり降格したりすれば4項の救済申し立てが追加されるという展開もありそうです。

というか、労働争議華やかなりしころには、労組は戦闘的な主張や争議を繰り返して、使用者側もそれに丁々発止で対応していたわけで、団交の場というのはそういう緊迫したものである以上、少なくとも団交の場ではお互いに威圧的な言動を取らざるを得ません。それをいちいちパワハラとかいっていたら交渉も進まないわけで、労使交渉による待遇改善とか紛争解決はかえって難しくなるおそれもあります(そういう事態を防ぐために団交に先立って事務レベルの協議を行うことを定める労働協約も多いですね)。まあ、伝え聞くところによるとその昔は戦闘的な労組に業を煮やした使用者側が、違う意味の暴力的な組員を使用者側の出席者として団交に紛れ込ませて恫喝するとか、本当の意味でパワーによるハラスメントも横行していたとのことですが、その当時はもちろんパワハラというフワフワした言葉ではなく不当労働行為(あるいは単純に恐喝罪)として語られていたわけでして、労働法を知らない労働者にはパワハラ程度の恫喝で十分ということかもしれませんね。
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