2014年05月28日 (水) | Edit |
気がつけば更新が1か月以上ないとかいう表示が出てしまいましたので、近況のメモがてら備忘録など。

先日場違いなところで討論せよとのご指示をいただきまして、拙論を述べる機会をいただいたところなのですが、当然のことながら私などに与えられた時間は限られておりまして、勢いに任せて事前にメモを用意するも2割くらいしかお話しできませんでしたので、そのメモを一挙公開!
といいつつ、個人名は伏せておりますのであしからず。まあ、拙ブログで何度も書いていることの繰り返しですので目新しいことは特にないのですが、インデックス代わりに関係するエントリにはリンクを張っておきます。

(参考)
與那覇潤『中国化する日本』2011
日本の選挙は一揆と同じ=選択肢に対する賛同ではなく不満表明の手段

○論文Aのインプリケーション
・80年代までは地方分権が一分野の公約だった ←地方分権が手段の一つであったという認識の現れ
=ある政策を実施するための実施体制の選択の問題
・しかし、90年代に入って地方分権が自己目的化(手段の目的化)
背景:①80年代からの地方の時代(大分県「一村一品運動」等)は、田中角栄の「均衡ある国土発展」の新たな「選択肢」
平松大分県知事(当時)は、地方分権でとどまらず、国の機能縮小(国防、外交のみに特化すべき)論を展開
⇒政治家にとって国政上のイシューへ変化

○政治家にとっての地方分権のリスクヘッジ効果
・本来の地方分権は実施体制の一つ=政策目的によって選択されるべきもの
・しかし、地方分権が自己目的化すると、実施体制の変更こそが政策目標となるため、為政者にとってはハードルが低い
=アウトプットだけで政策をアピールすることができる。
※ただし、この場合のアウトプットは、行政組織の変更にとどまる
例:省庁再編、地方自治体における出先機関の権限強化(知事会の政策ファイル)、都道府県レベルの市町村への権限委譲
・それ以外の分野で地方分権が進まない場合、地方分権のもう一方の選択肢である中央集権(妥当性はともかく)の側の中央官庁の責任とすることで、政治家は責任を逃れることができる。
⇒「地方分権」を公約に掲げることは、リスクが低く実績をアピールしやすい。

○選択肢としての地方分権
・政治・行政に対する不満表明としての中央集権批判=その受け皿としての地方分権
・公約としての地方分権が有権者に広く認識されると、中央集権的な公約は不満表明の矢面に立ってしまう=有権者の支持を失う
・結果として、政治・行政に対する不満表明を票田とする限り地方分権しか選択肢となり得ない。
⇒政治・行政に対する不満表明にしか票田を求められない政治的構造?
(ただし、有権者の「合理的無知」を前提とすると、選択肢そのものが成り立つか?)

○そもそも地方自治体に選択肢はあるのか
小西砂千夫『地方財政改革論』2002
本当の問題は、自治体はなぜ税収の三倍もの仕事をしなければならないのかという三倍自治
・特に市町村レベルでは、地方自治体が比較優位を有するはずの「資源配分の最適化」(公共事業や産業政策など)の予算や業務はそれほど多くない。
・むしろ市町村レベルでも、地方自治体ではなく国や広域自治体が比較優位を有するはずの「所得再分配の確保」(生活保護、病院)の占める割合が小さくない。
・三位一体の改革でもたらされたのは、三倍自治の要因である所得再分配機能を、地方自治体の判断で削減する権限を地方自治体に移譲したこと。
※例:島根大学准教授 関耕平(山陰中央新報「談論風発 : 地方分権への懐疑 国の責任放棄見逃すな(2008/09/22)」)
ある自治体の財政担当者は「私たちが分権改革によって得たのは、教育や福祉への歳出を削るという”裁量”だった」と述べている。
・経済学の議論でいえば、国や広域自治体が「所得再分配の確保」に、地方自治体が「資源配分の最適化」にそれぞれ比較優位を有する。
⇔しかし、1990年代以降の地方分権は、これと逆の方向に進んできたのではないか?
・経済学の議論を踏まえると、
→地方自治体に「資源配分の最適化」についての「小さな権限と大きな裁量」を与え、比較優位性を生かせる公共事業や産業政策に特化すべき(現状でもある程度実施済み)
→民生費などは国の事業として位置づける(地方自治体の「執行の裁量」を確保する仕組みを有する制度として)。
例:1999年、地方事務官制度であった都道府県の職業安定行政を、新設した労働局に移管
→地方自治体側から産業政策との連携の必要性の要請
→2008年、地方分権改革推進委員会はハローワークを都道府県に移管すべきと提言
⇒「地方分権」が目的化してしまい、政策の実行可能性、効率性がないがしろ?
・ただし、「中央集権的」なものとして廃止された「機関委任事務」が、不満表明の場である選挙の争点となりうるかは難しい課題。

○論文Bについて
・公務員としては、用語についての実務的な意義が気になる。=「地方政府の利益」とは?
・財源を確保すること=財政的自律性が高まることが「地方政府の利益」か?
・適切な使途が割り当てられてはじめて「地域住民の利益」になる。=自主財源だからといって地域の実情に応じて使途を決定できるわけではない。
予算編成はお金に色を付ける作業=財源を確保した後にどのような色を付けるかが重要
=「財政的自律性」は「地域住民の利益」の前提となるか?
・選挙公約としての「財政的自律性」とは?
→投票主体としての有権者は、「合理的無知」のために近視眼的であり、複雑・長期的制度より、簡単・短期的制度を好む傾向。
→地方レベルの政治家は、政策実施の手段に過ぎない「地方分権」を公約に掲げることで、国の複雑・長期的制度に対して異議を唱えることができるようになる。
→現行制度や政権への不満を回避したい国レベルの政治家と「利害が一致」する。
⇒国と地方の政治家の「利害の一致」が「地域住民の利益」と一致するか否かは、有権者の「合理的無知」を前提とすると、一意には決まらない。
・三位一体の改革の問題点
☆補助金とは…特定の目的の事業を実施する自治体等に、その経費を交付するもの
★税源(自主財源)とは…原則として自治体が、その目的に応じて事業の経費に充てるもの
⇔しかし、全国レベルで税源を移譲する際に、それに見合う額の補助金を廃止するためには、全国の自治体で実施される事業に対する補助金とならざるを得ない。
全国の自治体で実施される事業の多くは、国レベルで実施すべき所得再分配政策
=義務教育、生活保護という所得再分配政策が狙い撃ちされた。
⇔経済財政諮問会議での議論は、「裁量的補助金」の廃止が目標とされたが、税源移譲に見合う額を確保できなかった。
=特定の目的の事業を廃止すること自体が不適切又は困難であった可能性
⇒国と地方の政治家の「利害の一致」が「地域住民の利益」と一致しない例?
例:TPP交渉参加への反対
→民主党政権・自民党政権で決定されたTPP交渉参加について、民主党系、自民党系が多数を占める地方議会で、全会派賛成で反対の意見書を政府あてに提出する例が多い
→地方政党は、自らの票田を確保するため、国レベルの政策には是々非々で対応

○論文Cについて
・地方分権の意義が変化し、そのために議会の機能をどのように強化すべきかは、制度上重要な論点。
→団体意思決定機能と事務執行監視機能の分担の見直しは急務
・ただし、「抱えている課題」がどのように異なるかによって、講じるべき対応も異なるのでは?
→「持続可能な選択と集中」が人口減少に対して有効か?地方が「持続可能な選択と集中」を行いうるか?
→民間の事業所が業務を行う地域は、必ずしも行政区域と合致しない。
→国レベルの基準があって、初めて地方レベルの「持続可能な選択と集中」が可能になる。(現行法制はその仕組み)
・地方自治体は、人口減少を所与の要件として事業を考えざるを得ない。(日本創生会議)
→「持続可能な選択と集中」の前提として、より充実した国レベルの所得再分配機能が必要
=地方分権だけでは対応できない。
地方は、単一の産業にモノカルチャー化=東京(海外)などの消費地の景気動向が大きく影響
→地方の「選択と集中」の余地はかなり限定され、モノカルチャー化した地方同士がそのモノカルチャーでシェア争い。
例:農林水産物のブランド化(差異化が産地偽装に拍車)、企業誘致の激化最低賃金での就労
→国レベルでの所得再分配政策(医療、介護、教育、保育などの現物支給)の充実を前提として、地方が「選択と集中」できる範囲での権限移譲と大きな裁量により、資源配分の最適化をめざすべき。


(手抜きでエントリをアップできると思ったらリンク張るのに時間ががが)
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