2014年04月13日 (日) | Edit |
新しい年度が始まって、震災から3年と1か月が過ぎました。私も年度の切り換えに錯綜した業務と家族の世話の合間に沿岸部の知人を訪ねていろいろ話を聞いてきたところですが、なんというか、良くも悪くも地域全体が通常モードに戻っているような印象を受けました。

そのような印象を受けた理由としては、この3月で当地のがれき処理が完了して、まっさらとなった被災地ではすでにかさ上げなどの新しい市街地形成の形が見えてきているのが大きいのではないかと思います。

本県のがれき処理完了 新年度、本格復興へ整備加速(岩手日報(2014/04/01))

 2014年度が1日スタート。本県は東日本大震災で発生したがれきと津波堆積物の処理が13年度いっぱいで完了し、「本格復興期」としてこの1年はインフラ整備が加速する。16年開催の岩手国体・全国障害者スポーツ大会に向けた選手強化など準備、関連施設の整備も本格化する。三陸鉄道は被災した南・北リアス線(総延長107・6キロ)が6日に全線で運行再開。一方でJR岩泉線は1日、廃止となる。暮らし面では消費税率が5%から8%に引き上げられ、公共料金を含めたモノやサービスの価格が一斉に上昇。年金減額や保険料増額も加わり、家計のやりくりはより難しくなる。

 環境省は31日、東日本大震災で発生したがれきの処理が本県、宮城県、茨城県で終了したと発表した。同省によると、これで福島を除く12道県でがれき処理が終了し、2013年度内に完了する政府目標を達成した

 最終的な処理量は今後確定するが、同省によると本県は推計量573万トンに対し、2月末時点の処理量は562万トン。この時点で平時に沿岸市町村で排出される一般廃棄物の約62年分、県全体にならしても約12年分に相当する。

 本県のがれき処理は仮置き場に集めてから破砕・選別し、焼却炉で燃やしたり、最終処分場に埋め立てたり、セメント工場で資源化するなどした。

【写真=仮設店舗などが並ぶ大船渡市の津波浸水地。本県は2013年度末で震災がれきの撤去が完了し、14年度は本格復興の加速を目指す】

※ 以下、強調は引用者による。

震災からしばらくは、地方分権的がれき処理の遅さに苛立ったりもしましたが、政権交代後に国主導で進められた広域処理で、なんとか政府目標を達成した形になりました。ご協力いただいた自治体の皆様にお礼申し上げます。もちろん、復興後の都市計画やまちづくりには今でもいろいろな意見があるところですが、やっぱりこうして目の前に形になって現れてくると、現行の計画がどのような形になるのか、その推移を見守りたいという気持ちが起きてくるのかもしれません。

さらに、昨年「あまちゃん」ブームに沸いた三セクの三陸鉄道(三鉄)も先週全線で再開しました。全国ニュースでも大々的に取り上げられていましたが、こちらの東京新聞(共同通信?)の記事が冷静に現状を伝えていると思います。

3年ぶり全線復旧 三鉄 更地の沿線 再生多難(2014年4月7日 東京新聞朝刊)

6日、大漁旗を振る人に迎えられ三陸鉄道北リアス線島越駅に入る下り一番列車=岩手県田野畑村で(写真)

 東日本大震災の津波で被災した岩手県の三陸鉄道は六日、最後まで不通になっていた北リアス線小本-田野畑間一〇・五キロの運行を再開した。五日に復旧した南リアス線と合わせ、全線の一〇七・六キロが震災から三年余りで元に戻り、開業三十周年の節目で再出発を果たした。 
 悲願だった全線開通に、望月正彦社長は「三鉄第二の開業の日といえる」と強調。復興の遅れを背景に「人口減少などで、これからの方が厳しい状況になる」と気を引き締めた。
 六日早朝、北リアス線の一番列車はNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台となった久慈市の久慈駅を出発した。三両編成に鉄道ファンら五十人以上が乗ってドラマの風景を楽しみ、津波で流失し、全線で最後の再開となった島越(しまのこし)駅(田野畑村)を通った。
 三陸鉄道は二〇一四年度、全面復旧で乗客数を前年度から三十三万人以上増やし八十三万人とする計画だ。それでも東日本大震災が起きた一〇年度(八十五万人)には及ばず、人口流出などで目標達成も厳しい。被災地では資金の壁からJRの運休が続いており、鉄路再生の道のりは遠い。
 災害公営住宅など被災者の新居は主に駅から離れた高台に建つ。市街地の復興は進まず、三鉄では近くが更地の駅が多い。島越駅周辺では世帯数が減ったことで、商店も再建しなかった。
 沿線八市町村の人口はこの三年間で一万人以上減った。「あまちゃん」の効果で、一三年度の団体客数は二月までで前年の二倍近くに伸びた半面、定期券の客数は微増で、「観光列車以外は空気を乗せている」と自嘲する社員もいる。
 三鉄は国費の投入で立ち直ったが、黒字会社のJR東日本は支援対象外。「採算度外視というわけにはいかない」(同社関係者)との立場で、宮城、福島を含む三県沿岸部のJR線約二百四十六キロは運休が続く。
 このうち山田線の釜石-宮古間は一月、JRが施設を復旧させ、運行を三鉄へ移管する案を提示。再開の道筋は見えてきたものの、今後の赤字補填(ほてん)をめぐって地元自治体と綱引きが続く。国土交通省幹部は、費用負担などの在り方に関し「住民の納得を得ながら進めることが大事。時間がかかるのは仕方ない」と話す。

三鉄再開のセレモニーでは「あまちゃん」出演者も駆けつけて盛り上げていただいたところですが、その前途は多難です。三鉄は元々岩手県沿岸を縦断していた国鉄の路線を地元三セクに移管したものですが、そのうち宮古から釜石だけは、震災当時までJR線のまま運営されていました。そのため、三鉄は南リアス線と北リアス線に分かれていて、その中間をつなぐJR山田線は、未だに再開の目処が立っていません。記事にあるように、復旧とその後数年間の補てんをJR東日本が負担したうえで、宮古と釜石間のJR線を三鉄に移管する案が示されているものの、地元では引き続きJRが運営することを要望しています。三鉄がいくら観光客で盛り上がっていても、地元の足として路線を維持することは難しい選択となっているわけです。

それを象徴するように、「あまちゃん」で魅力的なおじいさん役を演じた蟹江敬三さんが、三鉄の再開を待つことなく亡くなりました。心より哀悼の意を表します。「あまちゃん」のメッセージの一つが、「元には戻らないけど、無理に成長しなくてもいい」ということだったと思います。ドラマの中でもこの現実を示唆するように、体調が思わしくないにもかかわらず引退宣言を撤回して漁に出てしまったじいじでしたが、あの姿はもう戻ってきません。それも地方の田舎町ではよくあることなのでしょう。

良くも悪くも通常ベースというのは、こうして人が減って過疎化が進み、公共サービスの維持が難しくなっていた震災前の状態に戻るということでもあります。震災から4か月ほど経過した時点で「私自身も一面が流されてしまった被災地に行くたびに「ここがどうなれば『復興』したといえるのだろうか?」と思い悩んで」いたところですが、これが「復興」の現実なのかもしれません。それがけしからんということではなく、「復興」とはそうした現実を受け入れることでもあるのだろうと思うところです。
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