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2014年03月23日 (日) | Edit |
ということで前回エントリの続きになりますが、人権モデルの立場からPOSSEの今野さんが『生活保護』で提案されていることは、戦後の日本が企業福祉に頼り切って公的福祉を整備してこなかったことを踏まえたもので、方向性としてはほぼ全面的に同意します。

 私が考える本当の対策は、中間的就労ではない。現在「1か0か」になっている福祉を変えていくことが「答え」である。たとえば、ある一定の水準以下の賃金の人が、教育や医療、住居については国から無料で給付を受けられるようにする。これは、生保受給者だけではなく、ぎりぎりの生活を送る非正規雇用やブラック企業の労働者全体を底上げすることにつながる政策である。
(略)
 こうした制度改革は、多くの国民が「同意」できる内容だと思う。誰か特別な人だけを取り出して、ことさらに手厚く「保護」するのではない。多くの人の福祉の水準を引き上げることで、全体としての貧困状態を改善していくというものだからだ
(略)
 こうした政策の方向性は、もう少し堅くいうならば、「ナショナルミニマム構築」への転換だということができる。これまでの生活保護政策は、「要保護」者を「特別な人」というように位置づけて、その人だけを集中的に支援する仕組みになっていた。だからこそ、対立が生じてくるし、「バッシング」にまで発展してしまう
(略)
 こちらの方が、明らかに経済的に効率的であるし、国民・住民が押しなべて、健康維持の面でも、社会参加の面でも有利になる。活力のある社会を描くための、いわば「土台」がナショナルミニマムなのである。
 さらに言えば、ナショナルミニマムの構築は、人間破壊的労働、ブラック企業へと若者を駆り立てる圧力をも、減退させてくれるだろう。日本で際立って過労死・自殺が多く、過酷労働が蔓延するのも、欧州諸国のようなナショナルミニマムが設定されていないからだといえる。
pp.221-224

生活保護:知られざる恐怖の現場 (ちくま新書)生活保護:知られざる恐怖の現場 (ちくま新書)
(2013/07/10)
今野晴貴

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いやまさに、「多くの国民が「同意」できる内容」とすることで、所得再分配を現実の政策として論じることができるようになるわけでして、「「所得再分配を通じた成長」となることも十分にあり得る話だろう」なんてことが経済学方面の方の痛罵の的になるのは痛いほど分かってはいますが、そうこうしているうちに実態で議論する労働方面ではそうした議論が受け入れやすくなっているのかもしれません。

ただし、今野『生活保護』は人権モデルの立場らしく、生活に困窮している方の保護を主張するだけでなく、しっかりとその実務を担う公務員への攻撃も欠かしていません。こういう記述がさらっと入ってくる辺りに「市民活動大好きな学生運動の匂い」を感じずにはいられなくなるわけでして、まあPOSSEという団体はそういうものなのだろうと生暖かく見守るべきなのでしょうけど。

 こうした事態を防止する社会保障政策は、実はもっとも「経済的」なのである。経済を円滑に発展させるためにも、社会保障制度は不可欠である。これは、産業社会を研究する者にとっては常識であり、生活保護をバッシングしたり、粗暴に社会保障を切り下げる議論はまったく非生産的である。犯罪に身をやつしたり、インフォーマルな産業が形成されるよりも、「気楽に」保護を受けられる社会の方が健全である。
 さらに、もしこれを警察の強化によって防止しようということになると、その費用がまた膨大だということも考えておく必要がある。警察の人件費、組織維持費、天下り先の確保など、青天井に費用が増大する。
今野『同』p.191

 すでにみたように、生活保護制度は、その趣旨を大きくかけ離れて運用されている。個別制度の単給にしても、制度自体に改善の余地もあるとはいえ、今でも一定程度は活用可能なはずだ。しかし、実際にはそうはならないで、「水際作戦」と「監視とハラスメント」が行われている。
 その背景には、支援者自身が官僚化し、差別意識を内面化している事実がある。その結果、削減圧力の中で、実際の制度の運用を、本来の目的よりも劣化した内容、逸脱した内容に導くことに、彼らは実質的に荷担してしまっている。
 福祉制度は、もちろん国の制度であるので、本来であれば、まずは制度通りの運用がされるのが原則である。だが、実際にそれを運用するのが人間であることにも注意が必要だ。現実に福祉を実践する者が、どのような者であるのかによって、制度のあり方は変化しうるのである。
今野『同』pp.225-226

公共サービスに従事する労働者の人件費を削減して供給を先細りさせるのが緊縮財政」を主張されるような「経済が分かっている方」には、「産業社会を研究する者にとっては常識」という言葉を吟味していただきたいところですが、その今野さん自身が、アプリオリに悪のキーワードとして「天下り」とか「官僚化」という言葉を使われるんですよね。うーんだから、その「公的権力憎し」というものいいが現場の公務員を萎縮させているのですよ。これも大山『生活保護vsワーキングプア』から引用させていただきますが、

 マスコミからの取材を受けるなかで、私も元ケースワーカーの立場からコメントを求められることがあります。水際作戦についても、「数値目標のようなものはなかったのか」「上司から申請させないよう圧力をかけられることはなかったのか」という質問を何度か投げかけられました。私自身はそのような経験はありませんでしたから、「そういったことは、一切ありませんでした」とお答えしていました。たいてい、「では、どうして水際作戦のような問題がが起きるのか」という質問が続くのですが、その際には、「生活保護を利用している人たちと接しているなかで、利用者から裏切られることが何度もありました。そのたびに、私の心は深く傷つきました。ほとんどのケースワーカーは同じような経験をしています。ケースワーカーにも適切な支援がなければ、繰り返される傷つき体験のなかで、気がつけば制度の利用者を疑いの目で見るようになってしまう。そのことが、ご相談を受けていくときに影響しているのかもしれません」と答えることにしていました。
 生活保護行政にまつわる報道には、「役所は困っている人を救わずに追い返す」という水際作戦と並んで、もうひとつ、頻繁に取り上げられるテーマがあります。それは、生活保護利用者の日々の生活を取り上げて、平気で不正を働いたり、自堕落で向上心の見られない生活態度を批判するものです。私はこれを「受給者バッシング」と呼んでいます。
pp.61-62

 一人ひとりの報道関係者と会って生活保護の現状を話すなかで、生活保護にまつわる報道にはある特徴があることに気づきました。「水際作戦」と「受給者バッシング」、二つの報道で描かれる制度の利用者像に大きなへだたりがあるのです。
 「水際作戦」を扱う報道に登場するのは、多くは高齢者や障害者、病気で働けないなど、一見して「生活が立ちゆかない」ことが明らかな人たちです。「働けるじゃないか」と責めることができない人たちともいえるでしょう。報道では、彼らの置かれている状況の厳しさや役所で行われた不当(少なくとも、一般には不当と感じられる)な対応を描き出します。そこには、若くて健康な母子家庭の母親や、仕事を探さずに日々を浪費する若者は登場しません。
 一方で、「受給者バッシング」を扱う報道に登場するのは、高齢者や障害者ではなく、若い母子家庭の母親や求職中の若者たちです。制度の利用者像が描き分けられているのです。
 たとえば、不正受給ひとつとってみても、年金の支給を受けているのにそのことをかくして生活保護を利用する。あるいは、年金を担保に貸付を受けて豪遊したあと、「生活費がなくなったから生活保護を申請する」というお年寄りもいます。重い障害を抱えていることを利用して、役所に理不尽な要求を繰り返すクレーマーめいた障害者もいます。しかし、このような事例が報道に載ることは、ほとんどありません。
 また、水際作戦の報道にしても、報道に登場する高齢者や障害者といった被害者像と、実際に窓口で追い返される相談者の標準的な姿には、大きなへだたりがあります。この点については、後に詳しく述べたいと思います。

つくられる悪のイメージ

 こうして、「水際作戦の被害者」と「受給者バッシングの受給者」は、まったく別人物として描き出されます。その結果として、問題の本質が一般の読者や視聴者に理解されることなく、いたずらに生活保護のイメージだけが悪くなっていくことになります。ある報道番組で出演者の一人が、「ヤクザや怠け者のような声の大きい人間には生活保護を与えて、必至に働いてきたお年寄りには生活保護を与えない。こういう生活保護のやり方は間違っている」という趣旨のコメントをしていまいた。視聴者が漠然と抱いた生活保護のイメージを的確に表したコメントをしていました。仮に、それが生活保護のごく一部分の特殊な事例を取り上げたものであったとしても、報道に乗ることで、「生活保護はそういうものなのだ」というイメージがつくられていきます。
pp.73-74

生活保護VSワーキングプア (PHP新書)生活保護VSワーキングプア (PHP新書)
(2008/01/16)
大山 典宏

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ケースワーカーといっても、特別難しいわけでもない地方公務員の試験を受けて職業の一つとして選択されたものでして、ケースワーカーだから鋭利な頭脳と鋼の心と暖かい気持ちを持ち続けるわけではありません。まれにそういうことができる聖人君子のような方もいるかもしれませんが、大部分は普通の人間です。その普通の人間が仕事のなかで制度の理解を深めていきながらも、保護しようとしたその本人に裏切られ、世間に叩かれながら、同じ制度のなかで真に保護が必要な人と保護すべきでない人を選別しなければならないのが、日本の生活保護制度の現場の実務といえます。

 保育園に子どもを預けて仕事をするように説得しても、子どもが小さいからといってなかなか仕事を見つけようともせず、ようやく見つかったパートの仕事も一週間も経たないうちに辞めてしまいます。「子どもが熱を出したので」と言われれば、それ以上、強く言うこともできません。児童相談所に虐待通告が入ったり、学校への不登校が問題になったりして、担当者に問合せの連絡が入ることもあります。あからさまに批判されることはありませんが、暗に「もう少し担当から厳しく指導してはどうか」と苦言を呈されることもあります。やれるものなら、とっくにやっているというのが、担当者の偽らざる本音でしょう。
(略)
 業を煮やしたケースワーカーが、それでも、子どもを施設に入れて保護する方向で援助したとしたらどうでしょうか。「今度は、「ケースワーカーに子どもを施設に入れて働けと言われた。こんな人権侵害を許していいのか」という批判に晒されることになります。どのように対応したとしても、ケースワーカーは何らかの形で批判を受けることになるのです。
 真面目に仕事に取り組めば取り組むほど、「どうしてこんな理不尽が許されるのだ」という怒りがこみあげてきます
大山『同』pp.68-69

今野本では実際に、子どもを施設に預けろと言われたことが人権侵害だと糾弾されています。現場の担当者としては、憲法の基本的人権を踏まえつつ、実定法の生活保護法の趣旨を実現するため、補足性の原理と折り合いをつけながら仕事をしているはずなのに、それに便乗するような生活保護利用者がいたり、それを捕まえて「不正受給だ!」と大々的に見出しを掲げる報道に晒されて、心を折りながら仕事をせざるを得ないのが実態です。POSSEが人権モデルにこだわって、それに合致しない運用を糾弾されるのは自由ですが、その糾弾が現場の職員を萎縮させるだけに終わるのであれば、「生活保護制度は、その趣旨を大きくかけ離れて運用されている」とその現場を批判したところで、現場の職員が折り合いをつけるべき世の中が変わるとは思われません。

もちろん、ケースワーカーとなる職員の人件費の国庫負担がゼロであり、自治体の財政が厳しいために人員が減っていることも今野本では指摘されていまして、その拡充が必要であるという認識は共有されているようです。しかし、人員が増えても上記のように折り合いをつけなければならない原理原則が変わらなければ、現場の運用が変わることは期待できません。その解決法は、冒頭に引用した今野本の提言、特にワーキングプアと生活保護の逆転現象を埋めるような必要原則に応じた現物給付による所得再分配(特に医療、介護、保育、教育)の拡充となると考えております(ただし、今野さんは「ある一定の水準以下の賃金の人」を対象として考えていらっしゃるようですが、それはまさにミーンズテストに他ならないわけでして、現状と大差ないと思われます)が、いやまあそのためには、法律の原理原則以上に手強い増税忌避という世の中と折り合いをつけなければならないわけでして、いずれも険しい道のりですね。
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コメント
この記事へのコメント
「天下り」批判にすら否定するのか。もうこれ「公務員や公共セクターには一切文句言うな。増税しまくってどんどん無駄ふやしても一切是正しないし国民を無視する」という宣言ですか?

「一切批判するな」という独善的姿勢は困窮者救済と労働の両立をまじめに考えてる者にとって迷惑です。

むしろまっとうな内容で・過度と過小を避けた公共サービスを提供させるためには批判や汚点をフィードバックさせるシステムが必要でこれが自由と国民主権の国と腐った共産主義国の違いなんですね

汚職や天下りを批判するな論は公共サービス自体を否定させる方向に働くし、また国民の血税を困窮者に届かなくさせるという点でも悪で絶対に許せない。

そろそろ「汚職・天下り・不正」を批判する者に対して左翼・市民運動・学生運動などレッテル貼るのをやめてくれませんか?

あと真面目に福祉を考える者ほど財源、無駄撲滅、労働インセンティブ『も』考えると思うのですが限りある税財源のなかで「給付が無いことにより複雑肥大化した公共セクターの削減」が別の「福祉サービス給付」に関連つけられて何が問題なのでしょうか?

国民・納税者・労働者の支持なき福祉など虚妄ですしそのためには財源・負担の正当性・納得感・透明性・労働インセンティブの維持が絶対に必要。
2014/03/23(日) 17:10:09 | URL | aaa #-[ 編集]
> aaaさん
今回いただいたコメントのほとんどは私が書いていないことについてのものですので、私の方から特にコメントすることはなさそうですね。

> 国民・納税者・労働者の支持なき福祉など虚妄ですしそのためには財源・負担の正当性・納得感・透明性・労働インセンティブの維持が絶対に必要。

この点は拙ブログでも繰り返し述べているところでして、私もほぼ全面的に同意します。
2014/03/23(日) 18:32:56 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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