2014年03月09日 (日) | Edit |
ここ最近書きかけのエントリがあるようなことを書いておりましたが、そのうちの一つが金子先生の「大槌町東日本大震災津波復興計画基本計画改定素案 パブリックコメント」でした。あと数日で震災から3年となりますが、その間被災地となった自治体でどのようなことが起きていたのかが、実際に被災地で一般社団法人の運営にも携わっている金子先生の視点から述べられていて、高邁な有識者なんぞの提言よりはるかに現実に即した内容となっていると思います(金子先生が高邁ではないという趣旨ではありませんので為念)。金子先生のパブコメそのものが論点が多岐にわたっていてかなりのボリュームがあるので、全体はそちらを直接ご覧いただくとして、役人として重要な論点と思われる部分をピックアップさせていただきます。

まずは、冒頭で「基本計画の前提にある問題」として、大槌町に限らない政策形成の問題点が指摘されます。

大槌町で起っている問題は、誰かが利権のために動かしているといった分かりやすい話が脚光を浴びやすいため、どの町でも共通するような背後にあるメカニズムまで注目されることは少ないと思われる。そのために、町民からは行政の一部や町会議員の一部が利益誘導をしているために復興が進まないという批判がある。しかし、仮にもしそうしたことが実際に行われていたとしても、それは復興が進まない一番の大きな原因ではない。もっと根本的な難しさがある。

一般に、日本の政策決定プロセスは、中央から地方へと流れていく。今、この主な流れを図示すると、

中央省庁(いわゆる霞が関)および委員会 ― 諮問 → 審議会 → 審議会専門委員会(あるいは特別委員会)→ 審議会 ― 答申 → 中央省庁 → 基本計画 → 県庁 → 基礎自治体 → 地域

となる。県庁でも審議会が開かれることがあるが、同じ繰り返しなので省略する。大槌町の分科会というのは、中央の政策決定プロセスにおける審議会と同じ機能が期待されている。戦略会議、各分科会の運営の仕方に批判が集まるのは、通常、基礎自治体レベルではこうしたスケールでの政策決定プロセスを経験したことがないからで、町長はじめ町役場を批判することは必ずしも的を射ていない。加藤町長はじめ町役場の方が生き残っていたとしても、震災直後の最初期の混乱は避けられたかもしれないが、2012年以降の政策決定プロセスでは同じようなことが起こっていたと考えられる。
大槌町東日本大震災津波復興計画基本計画改定素案 パブリックコメント(2014年02月10日 (月) 社会政策・労働問題研究の歴史分析、メモ帳)
※ 以下、強調は引用者による。

日本の政策決定過程について何も知ることのない方にとって、「誰かが利権のために動かしているといった分かりやすい話」というのがライフハック的に好まれる傾向がある中で、それをきちんと腑分けして議論されている点において、大槌町の計画についての「今回提示されている改定素案は格段にグレードアップしている」との金子先生の評価は適切だと思います。自分の知らない仕組みや制度について陰謀論が影響力を持ってしまうのは、時間がない中で自分の専門外のことについて議論しようとする際にはある程度やむを得ないものではありますが、ことそれが自分自身の生活に直接関係してくる場合には、そんなことは言ってられません。大槌町では、そのような労を惜しまずに政策決定過程に踏み込んで議論を再構築したことで、計画案が現実味を獲得手きたのだろうと思います。その労を執られた大槌町の住民の方には心から敬意を表します。

話はまったくずれますが、フィギュアスケートの採点には必ず陰謀論(買収論)が語られるところでして、それを語っている側がほとんどルールを理解しておらず、陰謀論がありえないとする側が制度を熟知しているという事例として、こちらが参考になります。

採点を不審に思ってしまって、ルールを調べようとしている人へ。
大切なことを忘れないでください。
誰かを貶める理由を探してルールを漁ると、
その目は曇って、選手が醜く見えてきます。
ルールを素直に知ろうと努めれば、
選手の勝つための努力が見えてきます。
これはそういうスポーツです。
nawo7070 2014-02-21 14:07:02

【続】「キム・ヨナ選手の高得点はおかしい」はおかしい

もちろん、私はフィギュアスケートなんてテレビで放送があればたまに見るぐらいの知識しかありませんので、こちらでトゥギャられている内容の適否は判断できませんが、上記のtweetで指摘されている現象は仕事でよく見る光景だなと思います。

フィギュアスケートのテレビ中継を見ながら「あの採点はおかしい」と素人考えで感じて、そこから独自にルールを調べたりしてもなかなか理解できなかったりすると、「このルールは分かりにくい。ということは素人が分からないと思ってあれやこれやの不正を働いているにちがいない! けしからん!」と考えてしまう危険性は常に付きまといます。日本に限らず政策の決定過程というのは、採点スポーツよりもはるかに利害が錯綜した中で行われるものである以上、そこには素人考えだけでは推し量れない利害の対立があるのが通常ですが、その素人考えでは推し量れない利害の対立を「利権陰謀論」で片づけてしまう方が、特に経済学とか社会学とか政治学とかの社会科学の専門家と呼ばれる方々に多いのがこの国の特徴かもしれません。政策決定の実務的な現場に携わっているのは、選良としての政治家の方々と、その決定過程に必要な制度や利害の調整を文書にとどめる役人なわけでして、その両者を「貶める理由を探して制度を漁ると、その目は曇って、選手が酷く見えて」くるのも当然ですね。

まあそれはともかく、金子先生のパブコメに話を戻すと、指摘されているとおり基礎自治体レベルでは上記のような政策決定過程を経て政策を決定するとこと自体が元々少なかったのが実情です。そういう実情を踏まえずにチホーブンケン、チーキシュケンと唱えれば地元で何でも決められると息巻いていた方々にはじっくりと読んでいただきたいところでして、その過程を不完全ながらも踏まえた形で計画が取りまとめられたのは、震災と津波で町の中心部を丸ごと流された大槌町の非常事態があったからこそ可能になったものと考えます。

通常の政策決定過程は、上記の金子先生の整理の通り、中央省庁で大きな制度の枠組みが決定され、それが都道府県→市町村と降りてくることによって現場で具体的な事業として執行されるというプロセスを経るわけで、その通常モードでは、都道府県や市町村レベルで決めることというのは、制度の枠組みの中でまさに地域の事情を踏まえた事業の具体化になります。イメージ的には、制度の運用や解釈を都道府県レベルで行い、その都道府県の見解を踏まえながら市町村レベルで制度を執行するのが一般的といえるでしょう。つまり、通常モードの事業執行においては、地元住民の意向は制度の運用や事業化の段階で限定的に反映されるもので、制度形成そのものには直接影響しないのが実情です。まあ、それをもって「現場を分かっていない」とか「住民の意向を踏まえていない」という批判が起きるのはやむを得ないのですが、かといって、すべてを基礎自治体のレベルで決めるというのは現実的ではないわけです。

その事業の執行のために基礎自治体が担うべきプロセスについても、金子先生が指摘されている点は重要です。

次のプロセスで、町レベルで実現しなければならないことは、中央の設定した政策(計画)にあわせる形で、政策を策定しなければならない(作文)。もちろん、中央でも地方ごとに事情が違うのは分かっているので、融通が利くように抽象的な文言で基本計画が作られている。これに沿う形で各種の基本計画は作るが、実際の運用で多少の自由がないわけではない(文書の解釈の仕方)。ということは、抽象的な文言の背景を理解した上で、自分たちが実現したい政策を書く。これが出来ると、予算を獲得することが出来る。少なくとも、予算が出せるような仕組みは中央省庁の役人が言うように用意されている。8ページに「関連計画との整合性」が書かれているのはこのためである。これはこの枠組みで予算を取ってくることが出来るという意味である。
『同』

一昔前には、いわゆる優秀な地方の役人というのはこういう作文能力に長けている人を指すのが暗黙の了解だったのですが、そういう予算獲得能力は無駄遣いの温床として叩かれてしまい、今の役人には「地域経営力」とかが求められておりまして、まあそういう絵空事を並べる方にもこの部分は熟読していただきたいところです。その上で金子先生が「地域→地方→地方への逆コースが認められるのは防災計画であり、(略)こうした仕組みを戦略的に使う必要」と指摘されている点は、今後の地方自治体の事業執行では重要な視点となると思われます。

予算獲得とかいうといかにもお役所的に感じられるかもしれませんが、金子先生は役所に対するありきたりの縦割り批判についても的確な指摘をされています。

大槌町だけでなく、行政は基本的に機能別に編成されているのは当然であり、巷間で言われるような,それを縦割りであると批判するのはあまり適切ではない。これは今後の進め方の中で、空間環境基盤、社会生活基盤、経済産業基盤、教育文化基盤で共通する内容をどのように協力させ、あるいはよりよくするために競合させるのかといった方法を考えなければならない。
(略)
今の問題は個別論点をどのように統合して町全体の方針とするのかという方策がまだ不十分であるというだけである。ただ、個々の問題は復興だけでなく、震災以前からの大槌町、ひいては地方の基礎自治体が抱える問題でもあり、震災から三年の間でここまで到達したのは高く評価されるべきである。
『同』

役所が機能別に編成されているのはその通りですが、ではその機能はどのように分割されているかというと、「「たくさんの関係者がいて」「その多くの人を調整する」仕事は、必ず協調が必要」となるような組織では、その利害の当事者ごとに編成されることになります。つまり、普通は役所内の部署は利害が対立する現場ごとに分かれているのであって、その部署が対立する場合には、その背後に控えている利害関係が対立していると考える必要があります。たとえば金子先生が例示されている領域では、漁港や漁場の整備によって利恵を得る水産関係者や社会資本整備で仕事が増える建設業者、中心市街地を整備することで商圏を確保できる商業者、工場を立地できる土地を造成することで利益を得る鉱工業者、農地を整備することで利益を上げる農業者、教育施設を整備することで便益を享受できる子育て世代、介護施設を整備することで便益を享受できる高齢者・障害者…などなどの利害関係者が町の住民の(同一人物が持つ)それぞれの顔なわけです。それを調整する機能が役場に求められているのであって、災害後の非常事態でなければ、通常モードの役場では到底難しい仕事だったと思われます。金子先生が高く評価すべきという理由がお分かりいただけるかと思います。

そうしたプロセスへの理解が進んでいる大槌町では、その任に当たる役場職員に対する気遣いが住民の間でも共有されているのではないかと思います。

大槌町内のプロパー職員への風当たりは内外で非常に強いが、加藤町長のもとでここ数年間、新しい試みがなされていたとはいえ、一般的に考えて、予算規模がこれだけ膨れ上がった時点で、今まで経験していた以上の未曾有のスキルが要求されているのは否定できない。また、そうした事情を踏まえたうえで、あるいは私が上に書いた行政のプロセスを理解した上で、彼らを責める町民は少ないのではないかと思う。また、亡くなった町役場の精鋭と比較され、そういう意味でも現在のプロパー職員は必要以上に町民からの非難を受けて来たと言えるだろう。実際に倒れている方も何人もいるわけだし,これ以上の負担をかけるのは気の毒である。
『同』

最近は震災から3年と銘打って特番が組まれていますが、今日も朝から「サンデーモーニング」の出演者はこぞって「縦割り批判」と「役所の怠慢への批判」を繰り広げていました。「サンデーモーニング」の出演者が政策決定の中枢である東京に住んでいながら政策決定プロセスも理解できていないのに対して、被災地で政策決定のプロセスを踏まえて議論されている住民の方々の方が政策についての理解が深まっているという現状を見ていると、希望を持っていいのか絶望すべきなのかよくわかりません。とはいえ、「町役場そのものが流されて職員数が激減してしまい、突如として本来の住民自治が求められるようになってしまって」「その中で「住民参加」してきた方というのはごく一部であって、さらにそれを再建しながら積極的に参加する方は限られた方となってしまいます。結局、「行政が一部の住民とだけ合意した計画を作って、勝手に事業を進めた」という批判が巻き起こ」っていた中で、その回路を形成した大槌町の住民の方々には改めて敬意を表したいと思います。

正直なところ計画案そのものの内容はいかにも総花的なところがあって、具体的な事業化はこれからの段階だと思うのですが、その具体化に当たっては今回の計画作りで形成した回路を十分に活用することが重要だと思います。災害を契機とした住民自治のモデルケースとして、今後も注目していきたいと思います。

ついでながら、

産業担当の副町長が変わった時点で、引き継ぎが十分に機能しておらず、2012年度に進めた話が後退するということが多く起った。応援職員に協力を頼む以上、引き継ぎの問題は深刻だが、同じ自治体、とりわけ基礎自治体の上にある県庁出身者同士の人事異動で起った問題である点において、何よりも深刻であると言わざるを得ない。端的に言って、県庁に期待できないということである。また、総合政策部は設立された2012年は県庁からの出向者である部長を置きながら、何もできなかった。2013年度以降、結果を残したのは遠方からの応援職員の力である。
(略)
これらの情報が総合政策部内で共有されていないとしたら、それはひとえに部長の責任である。私が県庁の方とお話をした限りでは、県庁にも優秀な方はいらっしゃると思うのだが、現時点での政策結果を見る限り、主要ポストに外れ人材を3人連続して送り込まれており、大槌町にとっては岩手県庁の人材はリスク要因になっている。
『同』

いやまあ、どこの組織も中核的な人材は外に出したがらないのが性というところでして、私が見聞きした自治体の中でも優秀な人材は内部事務(官房系)の部署に配置されていて身動きが取れず、組織内ではあまり評価の高くない人材が応援に出されるという傾向は否定できないと思います。もちろん、組織内で評価が高くないからと言って優秀ではないというわけではないのですが、大槌町の場合はそのどちらにも当てはまらなかったのかもしれません。市と町村という序列が関係した可能性もありますが、いずれにしても地方自治体の人材はそれほど豊富ではないという事実はきちんと検証されるべきだろうと思います。
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