2013年12月03日 (火) | Edit |
こちらも間が空いてしまい恐縮ですが、海老原さんから新著をご恵投いただきました。いつもながら場末のブログを気に留めていただきありがとうございます。今回のタイトルは『日本で働くのは本当に損なのか』でして、本書裏表紙の内容紹介から引用すると、

新卒一括採用は、もはや意義を失ってしまったのか。年功序列では、若き優秀なリーダーが育たず、グローバル戦略で負ける要因となっているのか。中途採用を行わない純血主義を貫く日本企業では、斬新な人材を社外から呼び込めず、産業育成の足を引っ張ってしまっているのか。「人事・雇用のカリスマ」が、通説を覆し、解決策を提示する。

日本で働くのは本当に損なのか (PHPビジネス新書)日本で働くのは本当に損なのか (PHPビジネス新書)
(2013/10/19)
海老原嗣生

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という内容です。となると、「前著で雇用問題はもう書かないと言っていたのでは?」と訝る方もいらっしゃるかもしれません。これについては、「おわりに」でご本人が弁明されています。

 私は、「雇用の総括本はもう書かない」と、昨年上梓した本『決着版 雇用の常識「本当に見えるウソ」』(ちくま文庫)で宣言いたしました。ところが、この本を書いています。
 このひどい有言不実行さ、朝令暮改ぶりはなんなのか。
 まずは、今までの私の雇用本は、世間でいわれていることに対して、それは本当か、とデータや事例で検証していくというスタイルのものでした。
(略)
 そこで、データをあまり多用せず、雇用の全体像をまとめられるような本を書きたいと、ふつふつと思い立ってしまった。だから禁を犯しました。すみません。
 二つ目は、件の濱口桂一郎さんとの度重なるセッション。雑誌やセミナーで、もう7回ほど氏とは意見を交わさせていただきました。そして、話し込むほどに、これほど雇用に関して見方がい位置する人が世の中にいるのか、と嬉しく感じていたのです。
(略)
 こんな感化を受けてきた人間としては、オマージュ的なものが書きたく、その中に、氏と解釈が異なるいくつかの側面も織り込んで、挑戦をしてみたいと思ったこと。それが二つ目の理由となります。

海老原『同』pp.203-305

ここでは、主にデータを多用しない全体像と、hamachan先生へのオマージュとして本書を書いたという理由が述べられているのですが、個人的には「社会問題のほとんどは雇用問題が絡んでいる」と正面から言い切ってしまっていいのではないかとも思います。雇用問題を離れても、社会で生活していく上での問題や課題を解決しようとすれば、生活の中で睡眠よりも多くの時間が割り当てられている「働き方」が大きな問題となりますし、所得や貧困などの問題を考える際も、「働き方」に対して支払われる賃金や報酬が所得の大部分を占めるという問題に直面することになります。海老原さんが今後どのような分野に進出されていくのかは存じませんが、雇用・労働の分野に軸足を置いた議論は、どの分野でもその論拠を強化することはあっても、邪魔になることはないのではないかと思います。

分かりやすいのはワークライフバランス(WLB)の議論でして、特に最近政治分野でも取り上げられる男女共同参画(女性の社会進出)などの議論において、日本と海外を比較するためには、本書で指摘されているようにそれぞれの経路依存的な事情を考慮することが必要不可欠です。貧困対策についても、生活保護制度を適切に機能させるためには、水際作戦で排除するだけではなく、きちんと捕捉した上で、働くことが見合う(make work pay)ようなアクティベーションのシステムを担保しなければなりません。もちろん、労働者のモチベーションや能力を高めて企業の競争力を高めることも必要なわけで、いずれにしても、雇用・労働と切って離すことはできない以上、堂々と雇用・労働をベースに議論を進めていいのではないかと思うところです(というか、拙ブログなんかその典型なわけで、ただの言い訳でしかなかったりもしますが)。

もう一点、本書で感慨深かったのは、拙ブログで海老原さんとPOSSEの本を見比べてみたときに「両書を読み比べてみたとき意外に認識が一致しているなと思う部分があ」ると感じていたところでして、その一方の今野氏が本書に解説を寄稿していることです。解説の中で今野氏は、海老原さんとは立場が違うと明言した上で、海老原さんのスタンスをこのように評価されます。

 本書の第二の特徴は、雇用システムの問題を「立場を超えて」説明しようと努めていることにある。私が強く印象づけられたのは、雇用システムの「改革」として論じられがちな、安易な解雇規制緩和論や、労働時間改革論についての筆者の姿勢である。経営者の目線に立ちながら、合理的な方法を模索する態度が貫かれている。
 雇用システムの問題が、日本経済全体の問題である以上、そこには労働側、使用者側どちらにとっても解決すべき共通の課題が存在しているはずだ。労使の関係は単純に、「取り分の配分」だけが問題になっているわけではない。ブラック企業で若者が使い潰される問題は、労使のどちらがたくさんのお金を得るのか、という問題には決して還元できない。海老原氏の視点は、この当然の現実を見据えたものだ。
 しかし、本書の冒頭でも示されているように、世の中には安易な「ポジショントーク・俗説」が渦巻いていることもまた事実である。例えば、すべてを世代間対立の問題に落とし込むような論。
(略)
 この種の議論には常に法制度や実際の法律運用についての「事実誤認」がつきまとう。海外のデータや制度を恣意的に解釈し、誤った理解を(意図的に?)振りかざすのだ。
 こうした議論に対しては、私自身も日ごろから強い違和感を持ってきた。彼らは「事実」と正面から向き合わず、自らの「ポジション」から問題を立てる。本書では直接に説明はされていないが、解雇規制を野放図に緩和しようという首長は日本経済の中でも極端な立場の経営者の利害を代弁しているし、日本型雇用の礼賛は、この仕組みで特権的な立場に立つ労働者の利害を背後に宿している。
 本書はそうした「立場」や「利害」を押し出すだけの議論を乗り超えようとする姿勢が明確である。どのようなシステムをつくることが経済効率を上げ、同時に日本の若者が家族を持ち、生活を成り立たせていくことができるモデルとなり得るのか。著者はこの問い立てに向き合い続けている。
今野「解説」(海老原『同』pp.209-211)

「家族を持ち、生活を成り立たせていくことができるモデル」という言葉に、今野氏が雇用・労働問題に対して単に「大企業憎し」で対峙しているのではないことが伺われます。上記でも書いたとおりですが、雇用・労働の現実の問題に対処するということは、誰かを悪者にしてつるし上げることではなく、社会で生活していく上での問題や課題を解決しようとすることに他なりません。ただし、今野氏は上で引用した部分の直後に「立場を超えることは中立ではない」として、あくまで海老原さんの議論は「経営の立場」から見たときの合理性を主題としていると指摘されています。その上で、

 それぞれの利害が厳然と存在することを見据えながらも、社会や産業を改善するために、両者にとって合理的な道を探る。世界中が模索してきた姿勢である。実際に、ブラック企業の若者使い潰しの抑制は、誰にとっても必要なことだろう。立場や利害を踏まえながらも、大局的視点に立つ。これが「雇用システム」を論じる本来的な姿勢なのだ。
 本書は労使の議論を立場の「張り合い」ではないものにしていく一つのきっかけになるだろう。
今野「解説」(海老原『同』p.212)

と指摘されます。この指摘の通り、労働者側の今野さんが「経営の立場」からの合理性に対して理解を示すように、使用者側も「労働者の立場」からの合理性に理解を示すことが、まずはスタートとなるだろうと思います。それこそが「集団的労使関係の再構築」によって目指すべきものと個人的に考えているところでして、私もほぼ同意するところです。海老原さんの議論についての議論が、労使双方の立場から盛り上がることが望まれます。
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