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2013年10月20日 (日) | Edit |
一週間遅れとなってしまいましたが、先週で震災から2年と7か月が経過しました。被災地の風景が一変したということはまったくないのですが、震災直後の風景からすればだいぶ変わってきているのも事実です。先月末に被災地で宿泊する機会がありまして、そこは津波で4階まで浸水したホテルだったのですが、グループ補助金を利用してすっかりきれいに再建されていました。その周辺には地元の海産物を振る舞う割烹居酒屋も営業していて、そこもグループ補助金を利用して営業されているとのこと。しかし、店主のお話では、当初補助金を申請したよりも修復の経費がかさみ、補助金も増額したけど持ち出しも増えたとのことでした。しかもその一帯がかさ上げされることになっているため、今年度末にはまた移転しなければならず、借金ばかりが増えると深刻な悩みをお話しいただきました。

補助金を使って再建しておきながら、またかさ上げで移転するなんて税金のムダだという声が聞こえてきそうですが、震災から2年半以上経って生業がなければ生活できないのが現実です。特に、震災後は失業者向けに失業給付のみなし支給や緊急雇用創出事業などの対策が講じられた(その当時は「日本はひとつしごとプロジェクト」なんて盛り上がっていましたが)ものの、店舗を失った個人営業主に対しては救済措置がないと批判が大きかったところに創出されたのがグループ補助金だったことを考えれば、当座の店舗を再建するためにグループ補助金を利用することは制度目的に沿ったものではあります。

そういった当時の制度趣旨からすれば、確かに状況は変化してしますし、その都度必要な支援策を見直しつつ新たに講じなければならないのですが、「民意」なるものが移ろいやすい中では、過去に行った支援策までが批判されてしまうことも少なくありません。先ほどの「グループ補助金で再建した店舗を再度移転するなんてムダ」という批判も、後からだったらいくらでも可能となります。これはもちろん、被災地外部だけからではなく内部でも起こりうる批判です。実際に、グループ補助金の採択をめぐって地域内で対立していたのは、hahnela03さんが「被災地で問題なのは、二重に補助を得る方達が偏りすぎることに本当の問題があります」と指摘されていたとおりです。

これは去年の12月に書いたことですが、「「悲しくない行き違い」の所在をお互いの立場の中で相互に探り合い、できるだけ少ない遺恨を残しながら進めるしかないのではないかと考えるところです。この国では、その間に入って悪役に仕立て上げられながらその遺恨を背負い込むのも行政の大事な仕事ですし。」というとおりでして、もう少しぶっちゃけていえば、そもそも行政なんてのは、地元の住民の方々が特に心配しなくても、いちいち話合いをしなくても「うまくやってくれよ」という暗黙の負託を受けて仕事をしてきたわけで、いろいろ不満はあるにしても、それほど「悲しい遺恨」が残らなければ、「とりあえずうまくやってきた」のが実態なのだろうと思います。拙ブログでは昔から「公務員の仕事は利害調整でしかない」ということを繰り返しているところですが、そのいろいろ不満がある中で「とりあえずうまくやってきた」状況が、震災によって一変してしまったわけです。

念のため、住民の方々を批判する趣旨はまったくないのですが、これまである程度は行政の「とりあえずうまくやってきた」ことに任せて、ご自身の家庭や仕事のことを考えて生活を送っていた住民の方にとっては、「とりあえずうまくやってきた」積み重ねとして形成された地域が丸ごと流され、「とりあえずうまくやってきた」町役場そのものが流されて職員数が激減してしまい、突如として本来の住民自治が求められるようになってしまっています。もちろん、住民の方々のご自身の生活や仕事を再建しなければならない状況の中で、です。これは役場の職員も同じことで、自分の生活を何とかしなければならない中で、通常の仕事に加えて復興事業の業務量が重くのしかかっている状況です。

阪神・淡路大震災の際も同じような批判がありましたが、この状況に置いて通常ベースの「とりあえずうまくやってきた」行政の手法で事業を進めると、「行政が先走りして住民不在で勝手に街づくりを進めたから、ムダなハコモノができたり、住民にとっては望まない町になった」という批判を招いてしまいます。というか、すでに防潮堤の議論などはその典型になってしますね。しかし、だからといって「住民参加」を進めようとしても、住民の方々はもともとご自身の家庭や仕事に精一杯で、その中で「住民参加」してきた方というのはごく一部であって、さらにそれを再建しながら積極的に参加する方は限られた方となってしまいます。結局、「行政が一部の住民とだけ合意した計画を作って、勝手に事業を進めた」という批判が巻き起こることとなってしまうわけです。

冒頭の割烹居酒屋でも、地元の方がいろいろとお話をされていましたが、昼間は自分の仕事をして夜は地域のことを考えても、夜に話し合ったことを地元住民同士で合意形成するだけの労力を割く余裕はなさそうでした。有識者と呼ばれる方々はこの状況でも「住民合意は必ず可能だ」とおっしゃるのでしょうけれども、おそらくそれは住民同士が話し合って到達した合意ではなく、その「住民参加」を行政がお膳立てしながら、最後は行政が泥をかぶって事業を進めた結果としてもたらされるしかないのが実態ではないかと思うところです。
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