2013年07月15日 (月) | Edit |
先週の木曜日で震災から28か月が経過しました。当然この三連休も出勤しておりまして、復興というのは世間で風化してからが本番なのかも知れないとも思ったりします。業務の都合で最近は沿岸部に行く機会が減っているのですが、被災地の現状についてはhahnela03さんのブログが参考になります。先日のエントリでは、震災後にやたらと強調されるようになった協同組合の問題からグループ補助金の混乱へと話が進み、行政の企業支援のあり方について取り上げられていて、遙か昔に同じような業務を担当した役所の中の人としては耳の痛い内容でした(私が中小企業団体法をそこそこ語れてしまうのもその名残です)。

その中で気になったのが、被災地自治体に応援職員として派遣されている首都圏の自治体職員によるtweetの一部でして、hahnela03さんも「追記」でその点を指摘されています。

追記

 応援職員が岩手県職員並び被災地自治体職員の「岩手では産業振興担当の行政職員が特定企業を直接サポートしています。」は、グループ補助金の際にはそれこそが混乱の要因でもあったことに対しても触れなければ片手落ちです。
 岩手県のみならず東北六県では同様のことが普通に行われています。ただ今回はそれが「何であそこは助けて俺は助けない」となりました。

津波被災の記録120(2013-07-06)」(hahnela03の日記
※ 強調は引用者による

人口減少とか雇用の確保とかが政策課題の常連となって久しい現在、企業誘致とか中小企業支援に力を入れていない弱小自治体なんてありませんよね。首都圏の自治体からすればカルチャーショックかもしれませんが、地方の弱小自治体の商工担当(特に経営支援とか企業誘致とか)というのは地元の中小企業とズブズブの関係であって、むしろそうでなければ務まらないのが実態です。

役所の中には財務畑とか人事畑とか税務、福祉、用地などある程度背番号が決まってしまう人材が一定程度いて、それはとりもなおさずその業務に高い専門性が要求されるからです。地元企業(地場、誘致どちらも含みます)支援もその傾向がある業務ですね。それだけ地元企業との密な関係性が地元からも首長からも要求されていて、それに特化した人材を長期的に育成することが自治体の課題でもあるわけです。そしてそれが、震災後の企業支援に良くも悪くも影響しているというのがhahnela03さんのご指摘ではないかと思います。

部外者でありながら「うちだって○○業を営んできちんと税金も払ってきたのに、なんでグループだと何億円も補助金を受けられて、事務所も家族も流されたうちの会社は数十万円の補助金しかもらえないんだ!」と詰め寄られたように、震災前から「産業振興の要」として地元役所の職員が足繁く通っていた水産加工業や機械製造業などが優先的に採択されて、サービス・小売業からなる衰退著しい商店街とか建設業の採択が後回しになった(後回しでも採択されればまだマシですが)というのが実情でしょう(ちなみに詰め寄られた方の業種は理髪店で、その後グループ補助金で採択されたかは不明です)。そうした実情が被災地の中での混乱を招いたというhahnela03さんのご指摘は、被災地支援という事業を考える上では重要な視点だろうと思います。

「がんばっている中小企業への支援を拡大すべき」とか「地元の地場産業を活性化させて地域振興」という主張は大変美しいものではありますが、ではその「がんばっている中小企業」とか「地元の地場産業」として具体的にどの企業を支援するのかという段階になると、上記のような行政との継続的な関係とか地域でのその事業(業種)の伝統的な位置づけがものをいいます。こういうのを「しがらみ」と言っていいと思うのですが、「民間感覚で地域経営を」とかいう政治家の皆さんに限って、こういう「しがらみ」にズブズブな「産業振興」を推進されるわけでして、実務を担当する側からすれば、その「産業振興」が美しい言葉で主張されるだけになかなか厄介です。hahnela03さんのご指摘は、この厄介さを端的に示しているものと思います。

念のため、中小企業を中心に行政が地元の産業振興を支援することの必要性を否定するものではありません。市場における交換が効率性をもたらすという市場経済の原理を尊重するのであれば、中古市場におけるレモンを排除するような情報の非対称性を緩和したり、交渉力による買い叩きを防いだりする必要があり、その公共財としての市場を維持すためには経費と人手が必要です。この点において、市場経済における政府の役割は決定的に重要なのですが、だからといって、個別の企業に補助金を交付したり無利子の融資を行うことが「産業振興」として大々的に行われることには少なからぬ違和感があります。

ただまあ、自由主義に凝り固まった方々にとっては、公共財としての市場を維持すための経費と人手も「無駄」な「既得権益」を保護するためのものとしかとらえられていないようでして、市場経済を重視しているのかしていないのかワケがわかりませんね。

さらにいえば、権丈先生が「家族単体でのリスクプーリング機能が産業化の過程で様々な理由ゆえに弱体化していく中で、社会保障は生まれ育ってきた」(権丈先生の仕事のページの2013年7月5日欄です)とおっしゃるように、産業化が進む福祉国家において、個人の生活を支える社会保障を運営するのも政府の役割です。個人を支える政府の役割からすれば、この社会保障などの所得再分配こそが経済政策の肝だろうと思います。したがって、経済政策云々という議論をする際は、政府が持つ多面的な役割を踏まえた上で、その役割を果たすために政府がどのようにして財源を確保し、どのようにして再分配を行い、どのようにして市場の機能を維持するのかという複合的な視点こそが重要だろうと考えます。

ところが、来週に投票を控えた参院選を見ていると、政党はもちろんのこと、マスコミでもそれを批判するネットでも、所得再分配の視点を欠いた経済政策をめぐって議論が交わされているようです。経済政策は政府の主要な政策ではありますが、それだけではありませんし、社会保険による防貧機能と政府支出による救貧機能の区別もつかない再分配論は、この国の政府の役割をさらに歪めていくのでしょうねえ(遠い目)。
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