2013年06月22日 (土) | Edit |
来年4月に予定されている消費税率引き上げについては、いわゆる景気条項をめぐる判断が取りざたされています。個人的には、アベノミクスとして金融政策で異次元緩和が行われたのには消費税引き上げの地ならしという側面もあると考えておりますので、このまま景気回復が本格化することを祈るばかりなのですが、経済学を信奉されている方面の方からは「消費税率の引き上げで景気回復が遅れる」とか「財政赤字が拡大しても経済成長できる」というお話がよく聞こえてきます。ただ、緩やかにリフレーション政策を支持する者としては、クルーグマンとかスティグリッツの教科書の記述とは違うように思いますので、一応個人用のメモとして引用しておきます。

まずクルーグマン『マクロ経済学』から、クラウディング・アウトの説明に引き続く部分の引用です。

 とはいえ,政府支出は必ず経済成長に悪影響を及ぼすなどと考えてはいけない! それは政府が資金を何に使っているかによる.第8章で学んだように,経済成長を達成するためには政府支出が不可欠なのだ.例えば,取引契約がきちんと履行されるように司法制度を運営する必要があるし,病気の蔓延を防ぐための健康保険も維持する必要がある.また政府はたくさんの投資プロジェクトを行っている.例えば,道路,学校,空港といった必要なインフラストラクチャーの整備・維持などだ.クラウディング・アウトに関する私たちの分析は,「他の条件を一定」としたものだ.つまり,政府が経済成長を促進するもの)司法システムや道路など)をすでに作り終えているのに,さらなる政府支出をして財政赤字が拡大すると,民間の投資支出が抑制され,経済成長は阻害される.だから,政府支出拡大による財政赤字が経済成長を促進するかしないかは,一概には言えないのだ.
 貸付資金市場に影響を及ぼす政策は政府の借入だけではない.多くの経済学者は,税収を維持したまま,民間貯蓄の拡大と消費の縮小を達成できるような税制の変更があると主張する.例えば,債券の利子収入や株式の配当金などの投資収益に対する課税を減らし,一方で財・サービスの消費への課税を増やすといった税制変更だ.投資収益への課税を減らすことは人々の貯蓄を増やす意欲を高めることになる.貯蓄から得られる税引き後の純報酬が上昇するからだ.他方,消費に対する課税は財・サービスの消費にかかる総費用を上昇させるので,人々の消費意欲が減退する.図9-7はこのような税制変更が実行されるとどうなるかを示したものだ.その結果は先に説明したのと同じだ.まず貸付資金市場への資金供給は増大する.つまり供給曲線は右にシフトする.すると均衡は点E1から点E2へと移動し,利子率はr1からr2へ低下し,民間の借入はQ1からQ2へと増える.よって民間貯蓄を増やすような税制の変更は民間の投資支出を拡大し,その結果,長期の経済成長を促進することになる.
(略)だが,現実には貯蓄資金を投資支出に振り向ける市場はもっと複雑だ.
pp.255-256

クルーグマンマクロ経済学クルーグマンマクロ経済学
(2009/03/20)
ポール・クルーグマン

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※ 以下、太字強調は原文(原文は傍点)、太字下線強調は引用者による。

その直後のコラムでは、「1990年代の財政と投資支出」というコラムで、アメリカが財政黒字(1990年に対GDP比4.2%の財政赤字が2000年には同1.6%の財政黒字)となった間に、民間投資支出が同14.8%から17.7%へ上昇したことを取り上げて、

 以上の話には2つの教訓がある.第1は,データでははっきり示せないが,私たちのモデルから,1990年代後半の財政赤字の黒字転換は,それがなかった場合に比べれば,民間投資支出の増加をより大きくしたと言えることだ.第2は,政府がとった政策の効果について拙速に結論を出す前に,データをよく見る必要があるということだ.政策変更と同時に,他の多くの条件にも変化が起きていることもあり,それら他の条件に起きている変化が,投資支出拡大の本当の理由かもしれないのだ.
クルーグマン『同』p.257

やっぱり政策的な議論の場合には、主観的に必要でない条件を「その他」でくくってしまう経済学的な「思考の型」というのも慎重に扱わないといけないようですね。

次にスティグリッツの『公共経済学(下)』から、「財政赤字の帰結」という節の説明を引用すると、

 経済学では古くから,政府借入れも個人借入れとまったく同様に,そのお金が用いられる目的に照らして正当化されるべきであると主張されてきた.あなたが多年にわたって住む住宅や,数年間乗る予定の自動車を購入するために,お金を借り入れることは意味がある.そのような方法で,あなたはその商品を使用している間その支払いを引き延ばすのである.将来高級の職業に就くことができる学位取得のための教育を目的にお金を借り入れることも,経済的には意味がある.しかしあなたが今年,2年前の休暇の支払いを行っているならば,おそらくあなたはクレジットカードを捨てるべきだろう.
 国も同じような状況にある.多年にわたって使用される道路,学校,また産業計画の資金を調達するために借入れを行うことは,まったく妥当なものである.完成しない(または開始さえされないような)計画の支払いのための借入れや,今年の役人の給与支払いの資金を調達するための借入れは,実質的な問題を引き起こすことになる.多くの政府は容易に返済できないような多くの債務を負ってきており,そのため租税を急激に上昇させ,生活水準を下げてきた.他の国では完全に返済できなくなり,将来の借入れ能力を危うくしてきた.
 政府支出のための資金を徴税によるのではなく,借入れによって調達すると,短期的には高い消費水準をもたらすことができる(すなわち,可処分所得が上昇するためである).経済が完全雇用にあるならば,高い消費は投資の余裕を少なくすることを意味する.経済をインフレーションのない完全雇用状態に維持するために,連邦準備制度理事会(Fed)は利子率を上昇させなければならない.財政赤字は投資を低下させるため,長期的には産出量と消費を減少させる.
 財政赤字削減は反対の効果を持つ.すなわち,それは利子率を下落させるため,投資を促進させる.そして経済成長を促進し,将来の生活水準を改善することになる
pp.1007-1008

スティグリッツ 公共経済学〈下〉租税・地方財政・マクロ財政政策スティグリッツ 公共経済学〈下〉租税・地方財政・マクロ財政政策
(2004/01)
ジョセフ・E. スティグリッツ

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こちらでは、この部分に引き続き、第1世代の財政赤字の一部を借入れで調達し、第2世代への増税により借入れを返済すると、第1世代の貯蓄の形成に影響を及ぼしたが、生涯で支出しなければならない総額には影響しないというのが現在の支配的な見方であると説明します。

さらに、「公債負担に関する別の見方」という節で、4つの説を紹介して、そのうち一つを除いて否定します。
一つ目が、「公債は,われわれが自分自身に借金をしているのだから,問題ではないという主張」は、三つの論点から間違っていると知られているとします(三つの論点の詳細は本文をご覧ください)。

二つ目に、「リカードの等価定理:遺産が公債を相殺する」については、バローの理論を紹介して、「実証研究の結果はバローの理論的主張を支持していない」とし、Spring(1989)から「人々はバローが仮定するほど(現在の意思決定において財政赤字を完全に考慮に入れるほど)合理的でも,また(財政赤字が1ドル増加するごとに子孫のために遺産を追加的1ドル取っておくほど)利他的でもない」とします。

次に「資源の過少利用:財政赤字は現実に役立つかもしれない」については、「経済が完全雇用以下で稼働しているならば,伝統的なマクロ経済理論では(財政支出の増加または税収の減少の結果としての)財政は経済を刺激することになる.利子率は上昇しないので、またはたとえしたとしてもわずかなので,投資(したがって経済成長)は悪い影響を受けない」とし、「財政赤字の増加が投資への政府支出の増加から生じているならば,このことはとくに正しい」とお墨付きを与えています。

最後に「開放経済:クラウディング・アウトを回避する」については、海外からの借入れに対する利子の支払いのため、国民の純所得が低下するとし、現実の算出水準が影響を受けないとしても、経済状況が悪化するとします。

というようなスティグリッツに対する朝日新聞のインタビューが、「朝日新聞の記者がスティグリッツに増税を無理矢理容認させた」とかで一部批判されているそうです。

(2013参院選)アベノミクスに欠けるもの ジョセフ・スティグリッツさん(朝日新聞デジタル 2013年6月15日)

――消費増税については。

 「消費税は、貧しい人びとの負担がきついという逆進性を持つ悪税です。しかもデフレを悪化させます。日本は来春の消費増税を計画していますが、おそらく時期尚早でしょう。まずは経済の成長を回復し、それから増税するのが順当なやりかたです。増税するなら消費税ではなく(化石燃料の消費に課す)炭素税を導入すべきです。逆進的ではないし、二酸化炭素の排出を減らしたり、エネルギー効率をよくしたりするための技術開発や設備投資が進むから、経済にもプラスです」

 ――それでも消費税を引き上げるとしたら、何をすべきでしょう。

 「増税による税収の増加分と同じ額だけ支出を増やせば、経済への打撃を避けることができます。これは、均衡予算乗数という考えです。そのさい、低所得の人びとへの再分配につながる支出をすれば、消費やGDPをいっそう増やす効果があります。企業減税で刺激をというのでは、効果を期待できません」

(略)

 <取材を終えて>

 「アベノミクス」の応援団のような発言が目立つスティグリッツ教授だが、単独インタビューでは、所得格差是正への配慮が必要だと、鋭い注文をつけた。国民の所得を増やす経済成長は必要だが、企業や「1%」の富裕層だけが潤って、「99%」の人びとの生活が改善しなければ無意味という立場だ。

 米国経済は、回復過程でも格差が拡大している。その現状に対する教授の批判は、小泉政権や第1次安倍政権下での「実感なき景気回復」にも、あてはまるだろう。

 名目3%成長ができれば、「1人あたりの国民総所得は10年後には150万円以上増やせる」と語った安倍晋三首相やその周辺は、教授の懸念を理解していないように見える。「家計が潤う」と口では言っても、格差是正や貧困対策に冷淡なら、教授を失望させる日も近い。

 一方で消費増税を先送りすれば、国債相場の急落も起こりかねない。安倍政権は教授の提言を参考にして、増税による税収を雇用創出や貧困対策に投入すべきではないか。格差縮小に役立つし、景気の失速を防ぎつつ、財政再建への確かな一歩にもなる。

 (小此木潔)

まあ、記者は違いますが、同じ朝日新聞の3月のインタビューでも、スティグリッツは「多額の政府債務を抱えているのは先進国共通の課題だが、問題はタイミングだ。今は総需要が不足しており、消費増税で低所得層に負担をかけると需要が落ち込み、経済を悪化させる。日本は1997年の消費増税で一度失敗しており、もっと敏感になるべきだ。高所得層を対象に増税するなど、税収を上げる方法はほかにもあり、それならば消費税より経済に悪くない」としたうえで、「経済成長の課題に挑んでいこうとするとき、一方で格差が拡大しかねないという問題がある。安倍政権の掲げる『3本の矢』のうち、財政支出は所得の低い人たちのために多く使われるべきだ。低所得者は持っているお金の大半を消費するので、経済を刺激する効果がより大きい」とおっしゃってます。したがって、クルーグマンよりは増税に否定的とは思いますが、教科書にもあるとおり、スティグリッツもクルーグマンと同様に財政支出の使い道が重要と考えているものと思います。

しかし、クルーグマンもさることながら、スティグリッツは日本の財政制度の専門家ではありませんので、一般的なマクロ政策についての見識はもちろん優れているとしても、日本の財政状況(経済状況ではありません)の問題を的確に把握して発言しているかは不明というべきではないでしょうか。先進国の中で最も高齢化が進み、対GDP比の公債比率も最も高い日本では、これから高齢化が進むとされるアメリカや韓国と同水準の対GDP比の国民負担率となっている現状であり、スティグリッツがいうような低所得者向けの財政支出を増加させる余地はほとんどありません。さらに、公的なものに対する嫌悪感も強い日本では、財政支出の増加そのものが容易な政治選択ではありません。消費税率の引き上げは、税収の規模や徴収のコストを比較して経済学的な効率性を持つ税目ではありますが、現状を見ていると、スティグリッツが重視する財政支出が実現する可能性は低そうな気がするところです。
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コメント
この記事へのコメント
弱い者を守るのと、格差是正は、違うのでは。
ノーベル賞学者にケチつけるのは失礼と思いますが、米民主党応援団のなかでもかなり左派に属する2人がなぜ日本では持て囃されるのか?

「金持ちから取れ、低所得者に配れ」という政策は共産党や社民党がずーっと唱えてきた政策であり、これに対してワロスワロスという反応なのに、この2人には右派の論者も乗っかる…

「格差是正」が「公平」なのかどうか。差があるのは当然と思います。多くは、格差はインセンティブをつけるための必要悪と語られますが、格差があることが正しい場合もあるのではないか、格差が無いほうが不公正という場合もあるのではないか。

確かに消費性向が高い人に配れば経済活性化になるという意見はありますが、それと「誰が金銭を持つにふさわしいか」は全く別の問題。

ぶっちゃけると、なぜ格差を縮小しないといけないのか、理解できないのです。経済学では、格差が無くなると誰も努力しないという理論ですが、それ以前に、「違う努力・労働・成果・能力等に対しては、違うように報いるべきである」と思います。

「困窮を無くしていくべきだ」というのは、分かる。
「格差を無くしていくべきだ」というのは、本当に、根っから、分からんのです。
これが、クルーグマン氏の言動に不快感を感じる理由です。彼は、「経済発展の理論に必要だから」とか「低所得層のカネが足らないから」という理由で、高所得者に負担を要求します。各人の貢献や成果などおかまいなしに、ただ結果をフラットにすればいいんだと。私は、各人の取り分を決めるべきなのは、消費性向の高さではなく貢献だと思ってます。

一昔前は結果を同じくすることを「悪平等」と呼んでソ連を批判していました(実際はソ連は「資本の所有」以外での格差は容認していたので、これは正しくないのですが)。クルーグマンの「格差」批判、「金持ち」批判はこれを思い出さずにはいられない。

消費税を増やした上に中所得層、あるいは高所得層への増税を行うべき理由も分からない。
最高税率は既に55%でノルウェーに次ぐ高さで、上げる余地が全くない。中所得層に関しては、所得税は所得・経費の定義や捕捉、課税ルールや徴税方法から言って著しくサラリーマンに不公平である。
所得税があまりにアンフェアだから間接税へ、というのが消費税シフトの国際的大義ではなかったか。
このうえに中高所得者に重課する所得税を増税するなら、消費税増税の論理は嘘だったことになる。消費税増税の論理(間接税こそ公平、平等)からはさらなる消費税シフトしか出ないと思います。

そもそも消費税は低所得者に重い課税ではないです。中所得者も高所得者も払っている。中高所得者を罰するのではなく、みんなで広く浅く払うべきという話です。

もちろん中間所得者であるところの私も「負担する用意」はあります。ただしそれは広く浅い公平な税で!
20%くらいまでは増税すべきでしょう。全然大丈夫だと思いますよ。働いたところから取ってくより浪費してるところから消費量に応じて取るほうが公平でしょう。

財政は弱い者を守るためにあります。そのために消費税を基幹税とし10%、さらにそれ以上に増税したとして、「いじめだ!」という俗論には屈してはならない。
2013/06/22(土) 20:28:18 | URL | 中道の労組役員 #-[ 編集]
追加です
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-391.html#comment243
を読ませていただきました。

「低所得者からは税金取れない」というのは、人頭税なら無理でしょうけど、間接税なら取れる。
取れないというのは、クルーグマンやスティグリッツらアメリカの左派に特有な「直接税中心」というイデオロギーからすれば「取れない」だけで、消費税を導入すれば財源は出てくる。これは分かりきったことだと思います。中間層(大衆)に喧嘩を売って落選させられるのは「努力不足」といったところでしょう。

「消費税反対」で「財政拡大」すれば、そりゃクルーグマン氏の言うように「中間層大増税」となって悲惨な状態になった中間所得者から怒りの制裁を受けるのは確実でしょう。
何らかの形で連邦の大型間接税を主張している共和党のほうが誠実だと思います。確かに共和党の候補者は下品な人が多いですが。「財政拡大」を「直接税中心」でやるのはいくらなんでも酷すぎます。

低所得層から消費税は取らない、財政は拡大する、高所得者はいじめ倒す、
それを叫ぶ人は気持ちいいかもしれないが無謀な財政に振り回される国民は不幸です。
「中流層から大きな負担を求めない」と政治家を批判するが、そうしなきゃいけなくしているのが氏を含む反消費税勢力であり、大ポピュリストが小ポピュリストを批判しているように見えてしまいます。
(政治家だって、口汚く富裕層をののしるクルーグマンには、人気取りと批判されたくないのでは。)
2013/06/22(土) 21:08:30 | URL | 中道の労組役員 #-[ 編集]
失敬
んん…
引用した話だけ見るとおかしくないような(私が理解できてないだけかも。経済学は畑違いだし)

でもかなり「左」にシフトした経済財政政策をぶち上げているのも事実…

>高所得層を対象に増税するなど、税収を上げる方法はほかにもあり、それならば消費税より経済に悪くない」としたうえで、

これなんて、もうどうしようもない暴論、いくら外国のことだからってもノーベル賞学者なんだから…
日本の高所得者はアメリカよりささやかだし層が薄い、しかも既に世界で2、3番目に最高税率が高い、もうどうしろと。まともな財源を得ようとすれば「高所得」の定義を年収800万とかお笑い税制になってしまう

クルーグマンは最高税率90%を素晴らしいといったり貧乏は共和党のせいといったりかなり過激な方のようだ。

>「朝日新聞の記者がスティグリッツに増税を無理矢理容認させた」とかで
これは笑った 朝日記者つええ
まだ社民党を消費税容認派にするほうが楽だと思いますが…
2013/06/22(土) 23:09:22 | URL | 中道の労組役員 #-[ 編集]
> 中道の労組役員さん

論点が多岐にわたるコメントをいただき少々困惑しておりますが、残念ながら事実認識に少なからず難があるように見受けます。

一つ一つ挙げていくときりがないので、とりあえず3点だけ。

クルーグマンやスティグリッツは、アメリカでは「リベラル」と位置づけられていますが、資本主義大国のアメリカでの「リベラル」ですので、どちらも筋金入りの資本主義者です。アメリカの場合は一部の共和党とか経済学者が極端なリバタリアンであるため、普通の資本主義者が「左派」に見えてしまうという事情があります。

ごく大ざっぱにくくれば、ハイエクやフリードマンの流れをくんでリバタリアンの理論的支柱となっているシカゴ大を中心とした「淡水派」と、それ以外の東海岸や西海岸沿いの大学を中心とした「海水派」があり、その大きな違いは(オールドな)ケインズ経済学を基礎とするかしないかという点にあります。クルーグマンもスティグリッツも「海水派」のオールドなケインジアンであるため、淡水派が唱道するマネタリズムに批判的で、ミクロ的基礎を持つニューケインジアンにも懐疑的です(ただし、本エントリでも指摘しているとおり、クルーグマンとスティグリッツでは多少スタンスの違いがありますが)。したがって、財政政策とか所得再分配を重視しているからといって、クルーグマンとスティグリッツを日本の左派と同一視することは議論の誤りを招きますのでご注意ください。

2点目として、所得再分配についても偏った認識をされているように思います。権丈先生の分類によれば、福祉ニーズを政府、家計、市場で分担する割合としては、日本は家計の分担が大きく、アメリカは市場、北欧は政府の分担が大きい社会です。また所得再分配によってまかなわれる福祉ニーズは、その社会のあり方そのものにも規定されます。たとえば、日本では住宅は自己負担で買うものとされますが、ヨーロッパでは福祉政策として位置づけられています。

つまり、福祉ニーズを単に医療、介護といったいわゆる「福祉」に限定せず、教育、保育、住宅などの社会的生活を営む上で必要なサービスまで包含したものととらえれば、所得の再分配は決して低所得だけに向けたサービスではなく、中所得層も高所得層も等しく享受することができるものです。これらを現物給付により必要に応じて配分することで、需要側のなりすましによる不正受給のインセンティブを減少させ、供給側の不当な価格引き上げを防止することができます。現物給付のメリットは、必要原則を徹底することで、需要側と供給側双方に、適正な水準と量でのサービス消費を実現させることにあります。もちろん資本主義社会では、再分配が必要ではない方はそれ以外のサービスを市場で調達することができますので、サービスが政府によって画一化されることもありません。

3点目としては、直間比率について経済学的な含意はほとんどありませんが、所得を課税標準とする所得税が効率的ではないという議論はあり得るかもしれません。ただし、すべての国民の所得を正確に捕捉することが根源的に不可能である以上、所得税が効率的でないことをもって直間比率の是非を議論することはあまり意味がないと考えます。日本はなぜか直間比率という言葉が好きですが、どの税目により税収を確保するかは、2点目で指摘した社会のあり方に規定されるものですので、もう少し視野の広い議論が必要ではないかと思います。

その他、「最高税率は既に55%でノルウェーに次ぐ高さ」とか「既に世界で2、3番目に最高税率が高い」とご指摘の点のソースはあるでしょうか。少なくとも財務省が公表している国際比較とは合致しませんので、独自のソースがあればご教示いただきたいと思います。
「国際比較に関する資料(平成25年5月末現在)」
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/
2013/06/24(月) 00:33:50 | URL | マシナリ #-[ 編集]
>「最高税率は既に55%でノルウェーに次ぐ高さ」とか「既に世界で2、3番目に最高税率が高い」とご指摘の点のソースはあるでしょうか。

最高税率は、日本55%(15年度から。住民税込)なので、アメリカ52、イギリス50、フランス52、ドイツ47、オーストラリア50%と主要国と比べても高いことが分かります(なお、住民税が無い国もあるため、最高税率の比較は住民税を含めて行います)

超高負担と言われる北欧では、スウェーデン55%(http://www.swedenabroad.com/ja-JP/Embassies/Tokyo/10/2/)、デンマーク51%(http://www.jetro.go.jp/world/europe/dk/invest_04/)、ノルウェー55%(http://chikyumaru.net/?p=2576)であり、日本の最高税率は超高負担国と比較しても高いと言えましょう(「世界第二位」は55%に増税される前のデータでした。まあ200数か国全てを調べたわけじゃあないので違ってるかもしれません。ただ、主要国及び福祉国家と比べて高いというのは事実のようです)。

もちろん最高税率が高いことが所得課税の比重の高さと必ずしもリンクするわけじゃないですが、日本は高所得者にすこぶる厳しいと言えます。象徴的な意味でも。
クルーグマンやスティグリッツが良く寄稿するような「高所得者優遇」は無いんですね。経済学の権威が、何を根拠に、そう言っているのか、本当に謎です。そういうわけで、私は2人を、過激な左派だと思ったのです。
(「高所得者優遇」ではなく、「経営者優遇」なら分かる。ただ経営者優遇の根源が所得を捕捉できないことなのだから、その対策として賃金労働者から取る所得税を上げろってのはトンチンカンだよな?と思う。なお所得一億円から税率が下がっていく原因の配当所得課税は法人税と一体で判断すべきものと考えます)

所得税については、非効率もさることながら、不公平の問題のほうが大きいかと思います。

>すべての国民の所得を正確に捕捉することが根源的に不可能である
以上、不公平な税で行政サービスを賄うのは論外かと。「君たちは不公平に我慢してくれ」は、おかしい

>日本はなぜか直間比率という言葉が好きですが、
確かに、「直間比率」の理想値が無い以上、中身のない言葉ですね。
「直間比率」を「間」の方にシフトした理由は、
・不公平(クロヨン)の是正
・税収の安定性確保
・活力の向上(累進緩和、法人減税)
でありました。正しかったと思います。
2013/06/24(月) 02:22:56 | URL | 中道の労組役員 #-[ 編集]
> 中道の労組役員さん

ご教示ありがとうございました。スウェーデン、デンマーク、ノルウェーのいわゆる北欧諸国については了解いたしましたが、日本の最高税率は個人住民税を含めて50%となっていますので、ご確認ください。

「個人所得課税の税率構造の国際比較(イメージ)」
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/036.htm

また、最高税率に強いこだわりをお持ちのようですが、累進課税を考える際に重要な視点は、追加的な労働をした際に追加される限界税率です。所得別の実効税率(限界税率)についてはこちらのリポートが参考になると思います。

「誰が最も高い所得税を負担するか?」
http://www.oecdtokyo.org/tokyo/observer/217218/217218-08.html

さらに、最高税率があるからといって高所得者がその通りの実効税率が課せられているとは限らない点も留意が必要です。経済成長や高所得層の所得の増加についてのこちらのリポートが参考になると思います。

「所得者上位1%の富裕層への課税:なぜ最高税率は80%以上でもいいのか?」
http://gcoe.ier.hit-u.ac.jp/vox/024.html

※ 実効税率については、財務省のデータもご覧ください。
「個人所得課税の実効税率の国際比較(夫婦子2人(専業主婦)の給与所得者)」
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/028a.htm

ついでながら、財務省データをご覧いただければおわかりの通り、以前はアメリカ、イギリス、日本の最高税率は70~80%と極めて高い水準にありました。これが世界的に引き下げられたのは、80年代に「高い最高税率は労働意欲を削いで経済成長を阻害する」というラッファーカーブと呼ばれる理論がアメリカで採用され、それに対応するため、容易に海外移住が可能な高所得者の最高税率を各国が引き下げたからですが、上記の「所得者上位1%の富裕層への課税:なぜ最高税率は80%以上でもいいのか?」はその後の状況を分析したものです。この経緯からすれば、最高税率は「引き上げる余地がない」というより、「引き下げる余地がない」というのが実態に近いだろうと考えます。

「日・米・英の所得税 (国税) の税率の推移」
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/234.htm

こういった論点を整理していくと、一年前のアニュアリーではありますが、OECD「日本再生のための政策」での指摘はおおむね妥当なものと考えます。

> OECDの主な提言
> ・ 法人および個人所得税の課税ペースを拡大し、税収を増やす。
> ・ 法人税率を引き下げ、競争力を高める。
> ・ 単一の税率構造を維持しつつ、消費税を引き上げる。
> ・ 新しい環境関連の間接税を導入する。
> ・ 地方自治体の自立性を高めつつ、地方税制を改善する。
> p.9
http://www.oecd.org/general/50190707.pdf

念のため、法人税率が国際比較で高くなってしまうのは、日本の国民負担率の低さから、その他の税目の税収が少ないため、相対的に法人税率が高くなってしまっていることが大きな理由ですので、競争力の強化というより税収を確保して法人税の相対的な高さを是正することが重要だと考えております。また、地方税制については、日本の地方自治制度の現状からいえば、あまり効果のない提言と思われることも付け加えておきます。
2013/06/25(火) 08:23:36 | URL | マシナリ #-[ 編集]
>最高税率は個人住民税を含めて50%となっています
すいません 55%は2015年からですね。早とちりしてました。

最高税率(を含めた高所得者の課税)は公正という観点と、象徴的な影響から問題があると思います。象徴的な意味では、フランスのオランド大統領が(財源目的というより)「象徴的な政策として」最高税率を75%まで上げると発表し、内外から冷笑された事例があります。象徴的にという意味は政権として「格差を許さない」ことが「公正=justice=正義」なんだということだと思います。これに対してフランスで最高峰の俳優・ドパルデュー氏が「政府は成功や才能を認めず罰しようとしている」と激怒してロシアに移住してしまいました。この事件を以て傑出した人がことごとく出ていくとは思えませんが、極端に高い税率を課すことで「格差を認めない(結果が平等であるべき)」ことが正義なんだと国家が規定した結果、長期的・全体的なインセンティブが下がることが危惧されます(スウェーデンのように、長期的に勤労意欲や学習意欲が低下する事例―岩田きくお氏の「小さな政府を問い直す」より―もあります)。
公正の観点から言えば、貢献原則を大切にするか必要原則を大切にするかという対立点があります。私は個人の努力・能力・運が重視される貢献原則はかなりの程度「公正」を満たしていると思います。これに対して相続の問題、最低限度の生活の問題があります。前者は、頑張って成り上がった人もいるのでスタート地点の格差を個人の所得の平等化で是正すると下層から出世した人が報われないため、却って不公平になります。最低限度の生活の問題は、貢献原則を唱える者も配慮することを認めており、無問題かと思います(なお、「最低限度」のレベルを低くするほど純粋な貢献原則に近づきます)。
何らかの歩合給で例えれば、10倍の成果を出して10倍の報酬を受けても、税を通した再分配によってほとんど成果を出さなかった人との差をかなり縮小されてしまうと、これじゃああまんまりにも理不尽だとなってしまいます。

80年代の税率引き下げは、競争力・インセンティブ・国際課税の問題とともに、公正の確保ということもあったと記憶してます。ソ連が失敗し、考えてみると「結果の平等」は「かえって不公正」だと。

労働を守りたいという立場から言えば、
競争力やインセンティブに関係ないからと言って、報いなくても良いというのは違うのではないか。やりがい搾取という言葉があるように、やりがいと対価は別の次元の話です。勤務医が割に合わない待遇でやめないからと言って買い叩いていいわけではないように、高所得者が高率課税でもサボらないからと言って好きなだけ取ってもよいということにはならないのでは。

>なぜ最高税率は80%以上でもいいのか?
うーん…
「強欲」が危機を起こしたのだろうか。むしろ金融部門の適切な規制が無かったからではなかろうか? 銀行批判にはもちろん「失敗に対する批判」もあるのでしょうけど、それはそれとして、多くの取り分を求める=強欲=横暴という見方は、事実ではないと思います。なぜなら彼ら(99%が云々と言っている人々)は「マイケル・ジョーダンやMATSUIの横暴を糺せ!」とは言わないのですから。
2013/06/25(火) 15:43:39 | URL | 中労 #-[ 編集]
> 中労さん

「中労」=「中道の労組役員」さんでよろしいでしょうか。

たびたびコメントをいただくのはありがたいのですが、本エントリは、財政赤字と経済成長の関係について、教科書からの引用をメモしたものです。所得税の最高税率をどうすべきかとか「象徴的な影響」については、それぞれのお考えがあるものと思いますので、特にコメントする立場にはありません。

ここ数回、中道の労組役員(統一性を持たせるためこうお呼びします)さんのコメントにコメントしているのは、僭越ながらその議論の前提となる理論的・実証的認識に難があり、実りのある議論につながらないのではないかと危惧したからです。したがって、前提となる認識を共有できれば、「象徴的な影響」などのそれぞれの価値観に従って結論が変わるような議論については、やはり私から特にコメントすることはありません。

という次第で、これ以上のコメントは必要ないかとも思ったのですが、やはり議論の前提となる部分でご確認いただきたい点がありますので、以下お示しいたします。なお、あくまで私が見聞きした範囲での議論の前提ですので、この点について異論がある場合は、それぞれのリンク先にソースを示しておりますので、そちらの妥当性についてご検討いただくようお願いいたします。

まず、議論を進めるに当たって、0か1かというデジタルな二者択一式の議論は避けるべきだろうと思います。所得に対する累進を全廃するのは垂直的公平性の観点から問題がありますし、一律の基準による再分配は水平的公平性の観点から問題があります。いずれも、税目に応じた公平性を担保して妥当な水準で実施しながら、複数の税目を組み合わせることが現実的な公平性を確保する制度運用だろうと思います。

問題は、どの水準が「妥当」でどの水準が「行き過ぎ」かという線引きの絶対的な基準がないことで、国際比較やその国の法制度・慣行によって多様な水準があり得ます。だからこそ、今回いただいたコメントのように、現行水準をめぐる意見の相違が生じるわけですが、忘れてならないことは、上記の通り税目を組み合わせて多様な公平性を確保するくらいしか解決法がないことです。

現実的にはそうしたつぎはぎだらけの公平性しか確保できない中では、各種の制度が持つ特性をいかに組み合わせるかが重要です。累進課税については、単に公平性に配慮するだけではなく、好況時の税率を引き上げるビルトインスタビライザーとしての機能も重要です。

あくまでデータ上の相関関係が見られるという程度ですが、累進課税の(最高税率の)引き下げにより、ビルトインスタビライザーによる経済安定化の機能が低下しているようにも見えます。

> 好景気のときに負担率が上がっていて、不景気のときには負担率が上がっていて、累進課税によるビルドインスタビライザーが教科書どおりに機能しているとみることができます。逆にいえば、累進率が引き下げられた1990年代半ば以降はビルドインスタビライザーの機能は低下していて、2007年までの景気回復期でもバブル期の1990年に記録した27.7%には及ばない24.5%に留まっています。

「「増税」なんてなかった」(2011年08月03日 (水))
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-461.html
(正しくはビルトインですね。。)

最高税率の引き下げは、中道の労組役員さんもご指摘の通り、比較的海外移住をしやすい高所得者層を国内に引き留めるため、各国が一斉に引き下げざるを得なかったわけで、そのことがビルトインスタビライザー機能を低下させて経済を不安定化させているのであれば、回り回ってそのツケは中低所得者が被ることにもなりえます。そういった可能性にも留意が必要ではないかと考えます。

その他、いずれも個人的なメモですが、貢献原則や必要原則については、
「再分配論」(2012年01月22日 (日) )
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-496.html

租税政策については、
「租税論」(2012年01月22日 (日))
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-495.html
をご笑覧いただいて、こちらからのコメントとさせていただきます。
2013/06/25(火) 22:29:25 | URL | マシナリ #-[ 編集]
上のコメントで

> 財政政策とか所得再分配を重視しているからといって、クルーグマンとスティグリッツを日本の左派と同一視することは議論の誤りを招きますのでご注意ください。
>
> 2013/06/24(月) 00:33:50 | URL | マシナリ #-[ 編集]


と書いておりましたが、先日のhimaginaryさんのエントリで、「クルーグマンと共産党の共鳴」という話題がありました。

> この内部留保を労働所得に回せ、というのが昨今話題になっている日本共産党の主張であり、クルーグマンはそれほど直截的な解決方法を志向しているわけではないものの、問題意識としては実は共通している、と言えそうである。
>
> 「クルーグマンと日本共産党の共鳴?(2013-07-20)」
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20130720/rents_and_returns

まあ、労働分配率を上げるべきという点は拙ブログの主張としても賛同するところですが、その原資を内部留保とするべきかというのは、himaginaryさんもご指摘の通り、それほど自明のことではないと思います。

まあ、拙ブログでは、労働分配率を挙げるためには、集団的労使関係を再構築して団体交渉力を上げることが不可欠と考えているところですので、正直なところ経済学者が理論的に議論してどうこうなるものではないとも思うのですが。

「株主と経営者と労働者(2009年06月05日 (金))」
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-311.html
2013/07/22(月) 07:11:54 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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