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2013年05月08日 (水) | Edit |
前回エントリで取り上げた今野本では、日本の労働環境の特殊性として主に集団的労使関係の機能不全を中心に説明されていましたが、hamachan先生風に言えばそのコロラリーとして新卒一括採用、年功序列、終身雇用等の日本型雇用慣行が形成されているわけで、以前読んでいた本を思い出しました。

すでに有名な大学ですが、2004年秋田県に開学した国際教養大学学長の中嶋嶺雄氏による『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』でして、

 大学とは本来、時代の変化にもっとも敏感に対応すべき場所です。
 かつで企業は「大学で勉強したことなんて役に立たない。必要な人材は、OJT(On the Job Training)で育てる」と考えていました。しかし、熾烈なグローバル競争を生き抜くためには、もはや、そんな悠長なことは言っていられなくなりました。「国際部門で活躍できる人材が、すぐにほしい」「英語で仕事ができる即戦力がほしい」と考え、いまや「大学は、外国語のできる教養ある人材を育成してほしい」と切望しています。
 国際教養大学の開学の理念と独自の教育プログラムは、まさにそうした時代の変化、ニーズに応えるものです。
p.22

なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)
(2010/12/09)
中嶋 嶺雄

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武雄市図書館かと見まごうような表紙は、365日24時間開館している大学図書館だそうでして、今野本でいう「低福祉+低賃金+高命令」で黙々と仕事ができる人材をいかにも輩出できそうな大学ですねえ。いやまあ、大学時代に必死で勉強することも、英語で授業をして考える力をつけることもそれぞれ重要だとは思いますが、では、開学して10年も経たない大学の卒業生でなぜ大手企業の採用が多いかといえば、採用後の激務に耐えうる訓練を大学カリキュラムの中で積んでいると見なされているからでしょう。それは、決して大学の教育そのものが評価されているとは限らず、むしろ、上記のような日本型雇用慣行で採用される正社員としての耐性を評価されているといえるのではないかと。

これも以前読んでいた本ですが、たとえば(以前は)難関の就職先であった国家Ⅰ種試験を経てキャリア官僚となった宇佐見典也氏による『30歳キャリア官僚が最後にどうしても伝えたいこと』で、東大生が採用されやすい理由が列挙されていて、これは同時に東大クラスの難関大学の学生が大組織のメンバーと評価される要点としても読むことができます。

こういった能力を、法学や経済学分野の応用知識が中心に問われる公務員試験だけで確認することは難しいところがあります。他方で、僕の経験から考えると、東京大学の入学試験では次のような能力が試されます。

つまり、東大クラスの難関大学の学生は、入学時点でこれらの素養を身につけている可能性が高く、大学時代にそれほど熱心に勉強しなくても十分に大組織で通用すると見込まれているからこそ、東大卒であることが就職する際のブランドとして機能するわけです。国際教養大学でやっていることは、東大生が入学時点で身につけているであろうこれらの能力を入学後に徹底して鍛え上げると対外的にアピールすることで、東大クラスの卒業生と肩を並べて採用されるまでの実績を上げているというのが実態ではないかと思います

なお、話はそれますが、宇佐見氏のキャリア官僚についての説明はさすが中の人と思いますが、農水省に根回しなしに農商工連携とか言い出すあたりに経産省特有のお行儀の悪さが全開で、だから経産省不要論が絶えないんだろうなと思うところです。以前経産省が地方交付税の研究会を開催しているのを見てなんのこっちゃと思ったら、地方交付税の仕組みが企業活動に影響を与えるから経産省としても何かいわなければならないとか(いう趣旨が)書いてあって、つくづく総定員法の弊害を感じたものです。権丈先生のこちらもご参照あれ。
不磨の大典”総定員法”の弊」『週刊東洋経済』2010年10月16日号

閑話休題。まあ、大企業の採用担当者とすれば、幹部候補生として採用する東大クラスの学生とそれ以外の部署への配属を前提とする地方国立・MARCHクラスの学生をほどよくブレンドして、いかに「はずれ」を少なくするかが腕の見せ所でしょうから、国際教養大学の学生がフィットする領域はそれなりにありそうです。おそらく、「ゆとり世代」といわれる世代への対応として、大学入学時の能力だけでは大組織のメンバーとしての能力を不安視する採用担当者にすれば、大学入学後の「訓練」が徹底されている国際教養大学へのニーズが高くなっている面もあるかもしれません。

その国際教養大学でもキャリア教育が行われているそうで、

 何も就職させることだけが、キャリア教育の目的ではないのです。
 また国際教養大学のキャリア教育では、授業の一環として学生ひとりひとりに、「働くということについてどう考えているか」を個別にインタビューするキャリア・カウンセリングの時間を設けています。少人数教育だからこそできることで、こうしたきめ細かな対応は、他の大学ではまず無理でしょう。
 キャリア・カウンセリングで重視していることのひとつは、学生たちが英語力の先に何を見ているか、確かめることです。

中嶋『同』pp.174-174
※ 太字強調は原文(原文は傍点強調)

「就職させることだけが、キャリア教育の目的ではない」というのは、「英語力を活かした就職を真剣に考えろ」ということですねわかります。労働法教育とか一切関係ないあたりが日本型雇用慣行で高く評価される所以なのかもしれません。おもしろいのは、こうして日本型雇用慣行にマッチした人材を輩出していると外部から評価されているであろう大学の学長が、本書で一貫して「日本型雇用はもう終わった。これからはグローバル競争の時代だ」と繰り返しているところでして、日本型雇用慣行を考えるサンプルとして貴重な本だと思います。
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コメント
この記事へのコメント
大学で思い出しましたが文科省主導で大学改革をやるみたいですね。個人的な意見だと文理区分の廃止や
学部制の廃止が大事だと思います。
2013/05/11(土) 13:20:35 | URL | anonymous #-[ 編集]
> anonymousさん

拙ブログでは「不特定に使用されるHNでのコメントはご遠慮ください。」という運営方針を掲げております。

コメントいただいた内容には同意する部分もありますが、上記の運営方針の通り非公開とさせていただきます。せっかくコメントをいただきながら申し訳ございません。
2013/05/13(月) 00:17:50 | URL | マシナリ #-[ 編集]
>マシナリさん
すいません。注意書きをよく読んでいませんでした。
以後気を付けます。
2013/05/13(月) 18:14:46 | URL | 哲人55号 #-[ 編集]
> 哲人55号さん

2013/05/11(土) 13:20:35 | URL | anonymous #-[ 編集]
のコメントされた方ということでよろしいでしょうか。
拙ブログの運営方針にご協力いただきありがとうございます。非公開としておりましたコメントも公開いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。

さて、いただいたコメントですが、
> 文理区分の廃止や
> 学部制の廃止が大事だと思います。
と指摘されているうちで、学部制についてはよく分かりませんが文理区分の廃止については、私も概ね賛同するところです。

日本で言う文系理系を問わず、クーンが指摘するようなパラダイムシフトというべき非連続的な理論の発展というのは、特にその専門分野に通じていない部外者からはその妥当性が判断できませんので、当事者にはその理論に至る歴史的背景への理解が不可欠だと思います。歴史的背景を踏まえない議論をしてしまうと弊害が大きくなるのは、経済学方面での社会保障をめぐる議論で顕著ですね。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-555.html

自然科学の分野も科学技術の平和利用とかの課題を抱えている以上、歴史は文系だけとか法律学では数学を使わないという偏ったカリキュラムではなく、文理の隔たりのないカリキュラムが必要だろうと思います。
2013/05/13(月) 23:20:00 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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