2013年01月14日 (月) | Edit |
前回エントリで取り上げさせていただいたhahnela03さんが新たなエントリをアップされていて、「一次から三次の選定で地方自治体が歪めてしまったことが拙かった」というご指摘の具体的な内容が述べられています。私が興味深く拝見したポイントを列挙させていただくと、

自助努力を伴った構造改革のご褒美

 当然のことながら、「共同事業」を通じた「生産性の向上」等を効率的に推進し、その共同の利益を増進することを目的としていますので、「生産性の向上」への取組による付加価値を高める事が求められますから、イノベーションが行われているかが審査されることになります。こうしたことから「自助努力による構造改革」に前向きなグループにだけ補助金を与える「新自由主義(ネオリベ)行政」を肯定・推進するための事業であることになります。

(略)

追記

事業者の集積

(中略)
 コンサルタントや代表者だけに全て作成して貰ったことにより何をするかもわからずに名前を連ねた方も多いと聞いていますから、県段階での補助事業の承認を審査会で通っても、実施状況の確認の際にトラブルが生じる可能性が多いと危惧されます。ここが理解をされていない被災中小零細経営者や事業内容の説明を受けていない参画者の存在がグループ補助金では問題を大きくしたところです。何をするかもわからない「共同事業」を理解する気も無くただ補助金が簡単に貰えたことを風潮してしまったため、書いて出せばだれでも貰える補助金=グループ補助金が被災地を駆け巡ってしまいました。さらに内容が分からないシノドスを始めとするメディアや大学教授等が的外れな批判を加えたことで歪んでいったのです。

津波被災の記録93(2013-01-10)」(hahnela03の日記
※ 以下、強調は引用者による


「途中までのまとめ」とのことですし、先行き不透明な制度でもありますので、これからさらに違う展開があるかもしれませんが、そもそも制度の趣旨が「共同の利益」を競い合うもので、一見共同体を重視するように見せつつ「ネオリベ的」な勝者全部取りというねじれたものであることもさることながら、実際にその制度を利用する方からすれば「書いて出せばだれでももらえる補助金」と認識されるという「制度運用の難しさ」が如実に現れています。

経済学方面には「法律に書いてあるから問題はない」とか、逆に「現行の法律が問題だから法律を改正すればいい」とか「問題が生じたら厳しく取り締まればいい」とかお気楽でナイーブな議論をする方が多いのですが、どんなに高邁な制度趣旨を掲げようと、運用の段階では「いかにお得に制度を利用するか」という新古典派経済学が想定するようなホモエコノミクスな行動をとる方が増えるわけです。特に経済学方面の方々が法律改正に関して主張している中身を見ると、ご自身の専門となる経済学でインセンティブを分析しても本当にそうなるの?という疑問を禁じ得ないような議論が散見されますね。実際に、それに対応して運用を厳正にしようとすると、経済学方面からは「不必要な規制のために経済成長が阻害されているから自由化すべきだ」とかいわれますし、現実的な話としては「お役所仕事で融通の利かない役人が前例踏襲ばかりするので思うような事業ができない」となって「そんな役人なんか要らないから人員削減して給料減らせ」とかいわれるわけでして、つくづく経済学の皆さんがご覧になっている「合理的」な世界がうらやましくなります。

また、「実施状況の確認の際にトラブルが生じる可能性が多いと危惧」される点にについては、新たなエントリで支援策を提案されています。

 復興庁主催の「結の場」では企業と現地事業者のマッチングが行われた

東北復興新聞 » 企業による復興支援のこれからvol.2 現地との関係構築

11月28日に石巻市の石巻商工会議所にて開催された「地域復興マッチング『結の場(ゆいのば)』」は、大手企業が持つ経営資源を糸口に、被災地域企業が自ら課題を解決するためのノウハウを学ぶ場となった。

 これはすごく良い事で、むしろ経産省と県のグループ補助金担当課が企画しないとダメだと思う。というのも単なる採択では、その後が絶対行き詰まるのが見えるから、採択したグループ(各種組合)をマッチングさせる大規模な「異業種連携事業」が必須と考えていたからです。

津波被災の記録95(2013-01-12)」(hahnela03の日記
※ 引用部を修正しました。

引用されているのは2013年1月11日の記事ですが、グループ補助金が共同事業を実施するための施設・設備補助であることからすれば、単なる施設・設備補助にとどまらず、共同事業実施のための支援策も必要とのご指摘だと思います。確かに、施設と設備ができたらあとはシラネというより、その施設と設備を使って効果的に事業を実施できるような環境も必要だと思いますが、これをあまり強調すると「勝者全部取り」な支援になってしまうところが頭の痛いところです。いやもちろん、中小零細企業が新たな取引先を見つけたり新商品開発を独自に行うことはハードルが高いわけで、一部のニューエコノミーな方がおっしゃるような「グローバル化が進んでいるからネットさえあれば世界中のビジネスパートナーとつながることができる」なんて事例はごく一部の限られた例でしかなくて、ネットだろうが現実だろうがニッチなチャンスをいかに見つけるかが鍵となっている現状では、上記のような企業間のマッチング支援は重要な取組だろうと思います。しかし、その理屈から言えば、結局「中小企業者は政府の保護の対象である」という前提が必要となってしまうわけでして、実は「ネオリベ的」な行政手法というのは、バラマキとか護送船団方式への批判に対応するため、保護対象という前提をカモフラージュしながらその方々への保護を正当化するための方便でもあったわけです。

前回エントリでも書きましたが、自助努力できる人はまさに自助努力すればいいのであって、「自助努力しないと支援しない」というのは結果的に自助努力を自己否定することになります。その裏には、「努力しない奴なんかに支援する必要はない」という所得再分配を忌み嫌うネオリベ的な思想があって、だからこそ、生活保護はバッシングされてもグループ補助金はもっとやれという話は受け入れられやすいわけです。自助努力できる人とできない人が目の前にいたら、たとえば、若い男性と杖をついている老婆が階段を上っていたら普通は老婆に手を貸すわけで、自助努力できない人こそが支援を必要としているはずです。しかし、この辺が政策の難しいところでして、政策的に納得されるように説明するために上記のような矛盾をカモフラージュする必要があるわけです。この辺の入り組んだ状況については、長くなるので別エントリで取り上げます。
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック