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2012年11月25日 (日) | Edit |
小ネタですが、「復興アリーナ」のサイトに掲載される論説というのはいかにも「シノドス」的な雰囲気が感じられて個人的にはあまりなじめないのですが、そんな中でも陸前高田市や石巻市の仮説団地に暮らしている方々などの現地の方々のインタビュー記事には迫力を感じます。編集のうまさもあるのでしょうけれども、飾らずにありのままを語っている様子がうかがわれて、マスコミや意識の高い活動をされている方々の論説に比べると、生々しい空気のようなものを感じることができます。被災地から少し離れただけの当地でも震災の記憶が風化しているだけに、私もこうした声に触れる機会を大事にしたいと思います。

その「復興アリーナ」でも若干毛色の変わった現場からのインタビューが先日掲載されていまして、これがなかなか示唆に富んだ内容となっています。TBS社員から内閣広報室審議官に期限付きで就任した下村健一氏のインタビューでして、なぜ下村氏が?と思って読んでいくと、下村氏は菅前総理との学生時代からのつながりがあって、その縁で呼ばれたんだそうですが、下村氏の経歴を見ると、実は学生時代から政治活動に熱心だったんですね。そのような志向を持った方が大手マスコミに就職して、政府に対して執拗な批判を加えていたと考えると、まあマスコミの報道姿勢の一端がよく分かる気がします。

で、その下村氏の回想録ともいえるインタビューなのですが、正直そうした政治活動の延長のような高揚感に満ちあふれていてなんともお腹いっぱいな感じがしてしまいます。まあ、特に震災後の状況の中で高揚感を持たないわけにはいかないとは思いまし、私自身震災後のエントリを読み返すと気恥ずかしくなるようなことも書いているわけですが、その下村氏も政府内での利害調整に否応なく引き込まれていったようです。

難波 そこまでは良かったのかもしれません。でも、そのあと出てきた政府の結論である「革新的エネルギー環境戦略」に国民的議論はブリッジできたんですか。

下村 もちろん! 当然だけど、あらゆる文書には、実際にそれを作文した人がいるわけですよ。詳しくは明かせないけど、そのプロセスに、ぼくも少しだけ関わりを持ったので言えますが、あの“戦略”文、ものすごいせめぎ合いの中で、古川さんたちが「これだけは残そう」としたものは、残しきりました。“30年代に稼働ゼロを目指す”、とくにその中の“ゼロ”という二文字とか、“新増設を認めない”、“40年で廃炉”というのを残せたんです。

難波 原案はぜんぜん違うものだったんですか?

下村 そりゃ交渉事ですから、第1球は、もちろん高めの球を投げますよ。「原発残さないと日本経済がダメになる」と思っている人たちも、「これを機会に、ほんとに脱原発しなきゃ」と思ってる人たちも、どっちも真剣だもん。「うちの町の暮らし、どうしてくれるんだ」と思っている人たちも真剣だし、「海外との関係、どうするんだ」と心配している人たちも真剣。全部真剣なわけですよ

そのぶつかり合いの中で、ぎりぎりどこに、最終的な文言を落ち着けるかっていうのは、これはもう、最初から当然わかっていたものすごい勝負ですよ。誰もが、みんな自分の立ち位置から、“理想の最終文案”を頭の中に持っているわけですよね。「原発はいずれ基幹電源に戻す」と「ただちにすべてゼロにする」を両端にして、いろんな理想像を思い描いている人たちがいる中で、一本の文章にしなきゃいけない。みんな互いに譲れない一線がありました。

下村健一氏インタビュー【広報室審議官編】 震災、原発、首相交代 ―― 霞ヶ関広報の変化の芽を、過去形にしたくない 難波美帆(2012年11月20日)」(復興アリーナ
※ 以下、強調は引用者による。

政府内部での利害調整の厳しさについては、最近では同じく民間から内閣府参与となった湯浅誠氏が書かれていますが、

 しかし、居酒屋やブログで不満や批判をぶちまける人、デモや集会を行う人たちの中には、それが奏功しなかった場合の結果責任の自覚がない人(調整当事者としての自覚がない人、主権者としての自覚がない人)がいます。それらの行為がよりよい結果をもたらさなかったのは、聞き入れなかった政府が悪いからだ、で済ましてしまう人です。その人が忘れているのは、1億2千万人の人口の中には、自分と反対の意見を持っている人もいて、政府はその人の税金も使っている、という単純な事実です。相互に対立する意見の両方を100%聞き入れることは、政府でなくても、誰でもできません。しかしどちらも主権者である以上、結局どちらの意見をどれくらい容れるかは、両者の力関係で決まります。世の中には多様な意見がありますから、それは結局「政治的・社会的力関係総体」で決まることになります。だから、自分たちの意見をより政治的・社会的力関係総体に浸透させることに成功したほうが、同じ玉虫色の結論であっても、より自分たちの意見に近い結論を導き出すことができます。

(略)

 あたりまえのことしか言っていないと思うのですが、実際にはそのあたりまえが通用しない局面があります。現実的な工夫よりは、より原則的に、より非妥協的に、より威勢よく、より先鋭的に、より思い切った主張が、社会運動内部でも世間一般でも喝采を集めることがあります。そうなると、政治的・社会的力関係総体への地道な働きかけは、見えにくく、複雑でわかりにくいという理由から批判の対象とされます。見えにくく、複雑でわかりにくいのは、世の利害関係が多様で複雑だからなのであって、単純なものを複雑に見せているわけではなく、複雑だから複雑にしか処理できないにすぎないのですが、そのことに対する社会の想像力が低下していっているのではないかと感じます。
 テレビや新聞の断片的な情報と、それを受け取った際の印象で自分の判断を形成し、それがきわめて不十分な情報だけに依拠したとりあえずの判断でしかないという自覚がなく、各種の専門家の意見に謙虚に耳を傾けることもなく、自分と異なる意見に対して攻撃的に反応する。ツイッターでもブログでも、テレビのコメンテーターから中央・地方の政治家から、そして社会運動の中にも、このような態度が蔓延しており、信頼感と共感は社会化されず、不信感ばかりが急速に社会化される状態、他者をこきおろす者が、それが強ければ強いほど高く評価されるような状態、より過激なバッシングへの競争状態です。

【お知らせ】内閣府参与辞任について(19:30改訂、確定版)(2012年3月7日水曜日)」(湯浅誠からのお知らせ

「わかりにくいのは、世の利害関係が多様で複雑だから」であるにもかかわらず、テレビで断面的な報道をしてきた方(と一括りにするのは不適切かもしれませんが、下村氏は「みのもんたのサタデーずばッと」にも出演されていた方ですし)が、とにかく「わかりやすさ」ばかりを気にしているのが、まさにそれを象徴しているのでしょう。

難波 「期待された」というのは、誰かからそう言われたというより、自分の中で、こう期待されているんだろうと考えていたことですか。

下村 両方です。入るときにいろんな人から、「お前が政府のわかりにくさをなんとかして来い」と言われました。まず、いきなり去ることになって迷惑をかけた、「みのもんたのサタデーずばッと」(TBS テレビ系の報道番組:下村氏が一コーナーを担当)のスタッフたちから、「送り出してよかったと言える働きをしてくれよ」と送別会で言われました。“働き”とは何かと言えば、もちろん「政府の都合のいいようにメディアをコントロールすること」ではなく、「本当に政治が何を目指してやっているのかをわれわれ国民に届けること」と、「われわれの声を政府の中に届けること」、このふたつです。そのあと、この転身話がオープンになってからは、いろいろな人たちに同じ趣旨のことを言われました。

下村健一氏インタビュー【転身編】 メディアから官邸へ ―― 決断の本当の理由と、今だから話せる官邸の第一印象 難波美帆(2012年11月19日)」(復興アリーナ

で、その下村氏も関わったという「革新的エネルギー環境戦略」については、こう力説されます。

下村 みんな、最初の4ページ分の北風戦略のところだけを見て、経済界は、「国民にこんな寒い思いをさせるつもりか」と言い、反原発の人たちは、「この程度じゃ、旅人はコートを脱がないじゃないか」と言う。だけど、そのあとに11ページ分の太陽戦略があるから見てくれ。文字通り“太陽”光発電のこととかが書いてある。

ここを読めば、心配する経済界も「これならやっていける」と思い、反原発の人も「これならコートを脱げる」と思える。そういうものをぼくらは書いたつもりなんです。しかも、「政府だけではできません」と、正直に書いた。北風は政府だけで、できる。方針決めて貫けばいいんですから。しかし太陽の方は、国民みんなでやらなきゃできません。

難波 しかし、「30年にゼロ」っていうのが国民の過半数の意見だったというところから見ると、「30年代にゼロ」っていうのは、嘘があると感じるんじゃないですかね。30年代としたことで、骨抜きにされるんじゃないかという報道もありました

下村 嘘はないよ。徹底オープンで検証した国民的議論の結果は、「過半数の国民は、原発ゼロ」だけど「いつまでにゼロにするかは、意見が分かれている」でした。「30年にゼロが過半数」という結論じゃありません。

それから、「結局今回の戦略は15%シナリオじゃないか」って言う人もいますけど、15%シナリオというのは、2030年までに15%ぐらいにして、そこから先、さらに減らすか増やすかは、その時点で決めるというものでした。今回のは「ゼロを目指す」と言っているから、15%シナリオとは決定的に違います。もちろん、30年に0%じゃないから、ゼロシナリオとも違いますよ。いわばゼロと15%の間になったんですよ。そこがなかなか伝わってなくて

下村健一氏インタビュー【広報室審議官編】 震災、原発、首相交代 ―― 霞ヶ関広報の変化の芽を、過去形にしたくない 難波美帆(2012年11月20日)」(復興アリーナ

若干の苛立ちを感じるインタビューですが、まあ、ご自身がその立場になって初めて官庁文学の読み方を理解されたというところでしょうか。引用だらけで恐縮ですが、権丈先生の言葉を借りれば、

「両論併記が目立つ」とか「明確な結論が見あたらない」と書いている新聞もあるけど、それは、読解力の問題だ――いや、官僚のねらいどおりの解釈(笑)。複数のプリンシパルに仕えなければならず、それはそれなりに立場があって、最後の手柄は政治家に残していなければならない彼らがまとめる報告書の文章を、(責任のある立場にない)政治家や利益集団、そしておっちょこちょいの研究者集団が書く政策提言書と同じ読み方をしていては、ただの無能の評価を受けるだけ

勿凝学問222 民主主義における力・正しさ・情報の役割――「高齢者医療制度検討会」における「ポンコツな医療保険」発言以降考えていること(2009年3月21日)(注:pdfファイルです)」(http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/

というところでして、官庁文学の作成に携わったおかげで下村氏も晴れて「無能」の評価を免れたようでして、何はともあれご同慶の至りです。
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