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2007年01月14日 (日) | Edit |
油断して「から騒ぎ」見ようとしたらジェネジャンやってるじゃないですか。このブログの初期でも取り上げているけど、これを討論なんて言っちゃだめですよ。あくまで意見を言い合うショーであって、何かを生み出す議論じゃないってことは肝に銘じていただきたいもの。まあ何も生まないならどうでもいいんだけど、この手の番組って負のカタルシスをまき散らして終わってしまうので、見るときには気をつけないといけませんな。

そうは言っても「体験談」としてはとても貴重なものが聞けることはあるので、こうやって文句は言いつつ見てしまうわけです。しかし、今回のテーマの性というのは、水谷修さんとかが直面する問題の深刻さとか根深さを見ても、たかが一時間やそこらの討論で解決策が見いだされるわけもなく、結局は冒頭の話にループバックしてしまいました。

そんな番組の裏では義家さんが香取慎吾の番組に出てました。この義家さんの主張による「いじめで出席停止」というのが教育再生会議の第一次中間報告に盛り込まれるそうな。以前取り上げたとおり、いじめ問題でまずその責任を問われるのは学校でも教育委員会でもなくいじめた張本人なのであり、その点を明確にしたことは大いに評価したい。ただし、義家さんも「乱用しないことを示せば、会議で最終的な合意を得られるだろう」と言っているとおり、出席停止がいじめた張本人の責任を問う以外の目的で運用されることがないよう細心の注意が必要。

というのも、いじめってのは隠れてされるものである以上、刑法で言えば名誉棄損と同じように親告罪として手続きが始まることになると考えられるものの、現場を押さえない限り状況証拠と自白以外に立証することができない。一歩間違えば、悪質ないじめっ子が「あいつにいじめられた」と主張しても、学校側はその真偽を判断する術がないという状況は大いに考えられるところ。これをさらに悪用して、いじめられた側に「あの子にいじめられた」と親告されたのに対抗して、いじめた側が「あんなことをいって、あいつが俺をいじめてるんだ」なんて言われたら学校側はどうするんだろうか? そういう双方の主張を整理して判断するために憲法で裁判という制度が規定されていたり刑事訴訟法とか民事訴訟法という手続き法が制定されているわけで、要は片方だけの主張では公権力による財産や身体に対する制限は加えられないことになっている。この原理に従うなら、いじめたと主張された側にも反論の機会が与えられることになるとは思うんだが、学校がそういう手続きに追われる場になるというのもどうなんだろうかと思ってしまう。

これに似たことがめちゃイケの演出に対する高野連の批判にも通じるわけで、真夏の過酷な状況下で将来を嘱望される逸材に連投させて肩を壊すような大会を主催しておきながら、「教育の一環」なんて強弁を張ってたかがバラエティ番組に抗議文を送る神経がどうにも理解できません。まだ発育途中で健康であれば何億もの報酬を得られるかもしれない体を酷使する日程を組む高野連と、宿舎に行っておもしろいことをするのとどっちが高校生を「いじめている」ことになるのでしょうかねえ。この記事では「私たちは子供たちを守る立場ですから」という殊勝なことも言っているようだし、早々に春と夏の高校野球の日程を改善していただきたいものです。
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