2012年10月15日 (月) | Edit |
前回エントリからすでに1か月近く経過してしまい、この間に震災から1年7か月が経過しました。業務の都合で最近は被災地へ伺う機会もなく、被災地の現状にも疎くなってしまっています。というわけで(でもないのですが)、前回エントリで取り上げた復興予算に対する批判ですが、最近のwhat_a_dudeさんのエントリがその茶番ぶりを指摘されているので、メモ。

さてゲンダイのクソ記事だけでなく、NHKスペシャルというNHKの大看板で復興予算「流用」問題が騒がれて以降、自民党の某二世議員やら、いろんな方々が問題視されたようで、結構しつこく騒がれているが、これは法律の精神にのっとるならば決して「流用」ではない。もちろん「法律の精神がまちがっているのだ」、という主張は成り立つが、まかり間違ってもその法律の成立に賛成した側からなされるべき批判ではないだろう。まずは自省があってからの改正ならばわからないでもないが、「何をひとごとのように批判してんのや」という感想が免れ得ないので、なぜそう思うかについて、東日本大震災復興基本法の成立過程について少し詳しく書きながら説明したい。

復興予算「流用」騒動の顛末(2012-10-14)」(what_a_dudeの日記
※ 以下、強調は引用者による。

若干誤解を生みそうな論点となっているので、勝手ながら補足させていただくと、what_a_dudeさんが指摘されているのは、被災地以外にも復興予算を使えるように基本法を修正したのは野党であって、国会で可決成立した基本法に基づく予算を当の野党が批判するというのは手続き上の矛盾を来しているという点です。用語の定義として復興予算が「流用」されているわけではないのはそのとおりですが、では、被災地以外に復興予算を使うことがそもそも「流用」かというとそうではないのは前回エントリで指摘したとおりです。

被災地以外で復興予算を使う必要がある理由は、一つには、what_a_dudeさんも

 「この予算があれば何件被災地に家が建つか」といった批判も残念ながら的外れと言わざるを得ないでしょう。復興住宅への公的資金の投入額の基準は阪神大震災やその他の激甚災害指定されたものとのバランスも必要で、カネがないから十分な公的扶助が与えられていないわけではないし、そもそもなぜ復興特別会計に未執行予算があれほど回ってきたかというと、土地境界問題や、高地への移転を行うべきか否かといった基本的な方針自体が定まらない中で果たして津波被災地域の区画割りを進めていいものか、地方自治体レベルで既に困惑があるからに他ならないと思う。カネをつければ解決する問題ではないから時間がかかっているのであって、「復興が進まない」のはすなわち合意形成の難しさの問題だと私は思う。

「同上」 

と指摘されているとおり、復興するための基盤整備の段階ですでに合意形成の難しさに直面しているため、その基盤の上に成り立つ工場や店舗、住居に使われるべき予算や、さらにそれを基盤として行われる新製品の開発や販路拡大といった産業支援策に使われるべき予算が使えない状況にあることが大きな要因です。つまり、いくら19兆円の予算をつけたところで、被災地では使われる場面がいまだに限られているわけで、それを待って予算執行するくらいなら、被災地以外で復興予算を執行する方が日本全体の経済政策として効果的である可能性は高いと思います。まあ、それが予算査定の現場の論理だろうと推測するところです。

実際、以前のエントリで指摘した通り、被災地では土木建築工事の需要が高まりすぎて供給が追いつかない状況になっているわけで、こういう事態も発生しています。

学校復旧の入札中止 陸前高田、手回らぬと全社辞退(岩手日報)

 東日本大震災の津波で大きな被害が出た陸前高田市の小中学校2校の災害復旧工事で、入札に参加予定だった建設会社や工務店8社が「複数の工事を抱えて手が回らない」と全社辞退し、入札が取りやめになっていたことが28日、分かった。被災地では復興需要の高まりで業者不足が深刻になっており、今後、工事の遅れも懸念されそうだ。

 陸前高田市によると、市発注の震災関連工事の入札で全社が辞退したのは初めて。市は「学校環境はいち早く整えなければならない」(市教育委員会)として業者の指名基準を広げて、来月9日に再入札をする予定。

 取りやめになったのは、横田小と横田中の災害復旧工事で、震災でひびが入った壁の改修や体育館の耐震化などが主な内容。27日に市内の8社で指名競争入札を実施するはずだったが、全社が辞退を伝えた。辞退した業者は「土木工事も請け負っており、これ以上仕事を受けるのは不可能。(被災者の)生活に直結する道路工事などを優先せざるをえない」と話している。

(2012/09/29)

で、再入札した結果がこうです。

再入札でも業者決まらず 陸前高田市の学校復旧工事(岩手日報)

 9月下旬の入札で全社が参加辞退した陸前高田市の横田小・中学校の災害復旧工事の再入札は9日行われ、落札業者が決まらない不調に終わった。入札は行われたが、入札価格が予定価格と最低制限価格の間に収まらなかった。同市は復興需要の高まりで辞退や入札不調が出ており、工事の遅れが懸念される。

 今回は市内の建築A級3社で実施。入札は行われたが、落札業者が決まらなかった。ある参加業者は「技術者不足などによる経費増で、(入札価格が)予定価格を上回ったのでは」とみる。

 同市は設計見直しや指名業者の入れ替えを検討し、あらためて入札を行う予定だ。

(2012/10/10)

引用した記事で入札参加業者が語っていることがわかりやすいんですが、いくら被災地に予算をつけたところでその作業を実際に担う人手には限りがありますし、この復興需要で資材も土地も人件費も高騰している中で、予定価格に収まらない工事も発生します。「復興資金の必要額としては、今回の被害総額を埋めるためには、20兆円から30兆円くらい必要であると。そして、過去の事例から、震災が起こった初期に一気に復興資金を投入しなければいけないという視点に立つと、初年度でそのうちの大半、今回でいえば20兆円近くを一気に投入するのが望ましい」というのがいかに現実を見ていない机上の空論であるか、まさに被災地の現実が示しているといえましょう。

まあ、そんな机上の空論はともかくwhat_a_dudeさんのエントリに戻ると、what_a_dudeさんが慎重に議論を留保している被災地以外での予算執行については、個人的には上記の通り日本経済を失速させないために必要な措置だと考えています。その上で、被災地で明らかに不足している予算は、早急に投入する必要があります。まあ、こんなことは改めていう話でもないのですが、問題は「被災地で明らかに不足している予算」とはなにかということでして、それこそが立場によって、さらにその立場に起因する利害関係によって主張が異なります。それをいかに調整するかという過程の中では、被災地での直接的な予算執行に加えて、被災地以外に予算を投じて日本全体の経済を支えながら被災地の復興に波及させるという判断も当然あり得るだろうと思うところです。もちろんそれは、官僚が考えたフィクションに過ぎないかもしれません。しかし、そうしたフィクションがなければ人々が行動しないのも現実です。震災直後はあれほど盛んに繰り返された「日本はひとつ」というフレーズがそうしたフィクションを可能にさせていたはずですが、いつの間にかそんなフレーズが聞かれることもなくなっているのが、この国の現実を如実に物語っていますね。

話はそれますが、個人的にかなり以前から疑問に思っているのですが、グループ補助金の予算が足りないという報道はよく見かけるものの、本来競争し合うはずの同業者がグループを組まなければ補助金を受けられないというスキーム(本来は中小企業組合法に基づく中小企業組合等が共同して使用する施設に対する補助金なんですが、震災後の急造の任意グループでも、その構成員が使用する私的な施設でも、グループの目的に資すると認められれば補助される運用になっています)自体を批判する報道はほとんどありません。結局のところ、「バラマキ批判」などというのは自分よりもいい思いをしている(と思われている)対象があるから盛り上がるのであって、「被災地の復興のため」という誰も批判できない大義名分があれば、かなり怪しいスキームの事業であっても大手を振って実施されるのが震災後の一面の現実でもあります。まあ、補助金というのもある程度のフィクションの上に成り立つものではありますが、グループを組めば補助金がもらえるなんて、「日本はひとつ」に比べるとフィクションとしてはかなりスジが悪いと思うところです。
(念のため補足)
グループ補助金のスキームそのものを批判しているような書き方になりましたが、そのフィクションにマッチする事業というのも実際にあるので、グループ補助金そのものが不要という趣旨ではありません。グループ補助金の増額というのは、そうしたフィクションになじまない事業者までもそのスキームに組み込もうとすることであって、結局のところなじまない事業者が申請しても要件を満たさないとして交付決定を受けられなかったり、無理な事業スキームの中で軋轢を孕みながら運用しても、補助年限を過ぎた時点で行き詰まってしまうことが懸念されるわけで、本当にそれが望ましいことなのか(上記の「被災地で明らかに不足している予算」なのか)疑問が残るということです。

さらにいえば、被災地といわれる岩手、宮城、福島でも、被害の大きかった沿岸に予算が集中していることに対して内陸部の市町村から不満が出ている状況です。同じ県内ですらこのような現実がある中で、「被災地に予算を集中する」というと、今度はどこまでが被災地かという不毛な議論に労力が費やされていき、結局はどこも予算を執行できなくなるという最悪の事態に至る可能性も否定できません。いっそのこと、カイカクを争って茶番を繰り広げることをやめることが一番の被災地支援に思えるというのが、この国の現実だと諦めるしかないのかもしれませんねえ。
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