2012年09月17日 (月) | Edit |
NHKスペシャルで放送された「シリーズ東日本大震災 追跡 復興予算 19兆円」について、ネット界隈ではいろいろな反響があるようでして、「諸悪の根源は官僚」とか「官僚というエリートが日本を食いつぶしていく」という常套句があちらこちらで見られるようです。

↓この件のTogetterはこちら
NHK 追跡 復興予算19兆円 2012年9月9日 視聴メモ - Togetter

霞ヶ関内部のいろいろな事情をご存じない方からすれば、「なんでこうなるんだ?」→「官僚が好き勝手してるからだ!」→「官僚師ね」ということになるのですが、言うまでもなく国会で政策を決めるのは国会議員の方々ですし、議院内閣制の下で内閣総理大臣とともに内閣を構成する国務大臣かつ行政大臣の下で各省の官僚が策定したものが政策となるわけですから、「官僚師ね」ということであれば「与党の国会議員師ね」も同時に言わないと矛盾します。まあ、政治家を批判すれば、その政治家を選挙で選んだ有権者の方々ブーメランが返ってくるわけですから、おいそれとそんな批判をする有権者の方はそれほどいませんけれども。

まあ、もちろんこれは制度上の建前を述べたに過ぎませんので、実際に霞ヶ関内部で起きているいろいろな事情というのは、これとは様相が異なるものとなります。つまりは、「官僚内閣制」とか「省庁代表制」と呼ばれるような利害関係調整のシステムが霞ヶ関に組み込まれていて、官僚が好き勝手に決めているのではなく、各省庁の背後にある関係団体の力関係が調整されて政策決定ににじみ出ていくというのが、政権交代前の霞ヶ関の意思決定システムだったはずです。その関係団体からの意図を官僚の政策立案に反映させる政治家集団が「族議員」と呼ばれたりもしましたが、「しがらみのない」政治を掲げて政権交代を果たした現政権では、そうした関係団体の力関係を調整する機能が著しく低下したようには思います。これもあくまで霞ヶ関の外から伺い知ることができる範囲での印象論ですが。

となると、そうした利害関係を調整しないまま各省庁が要求する復興関連予算は、そのまま財務省の査定に晒されることになるわけで、財務省の査定は「復興予算に上限は儲けない」という内閣の国務大臣の意図を反映して膨らんでいくことになるわけです。

復興予算 13年度も上限なし(東京新聞 2012年7月29日)
 財務省は二十八日、八月に各省庁から二〇一三年度予算の政策経費要求を受け付ける際、前年度に続き東日本大震災の復興予算には上限を設けない方向で検討に入った。一般経費は頭打ちとするが復興では予算編成の制約を取り払う。被災地に必要な資金を十分に確保し、遅れが指摘される復旧、復興を加速させるのが狙いだ。
 財務省は、被災地の集落の高台移転や被災者の就職支援、原発事故で深刻な被害を受けた福島県内の放射性物質除染などに追加費用が必要になるとみており、予算面での後押しを継続する。
 一三年度予算編成では、各省庁が政策の実行に必要とみられる経費の見積もりを示し、概算額を例年通り八月末までに財務省に要求する予定。財務省は経費圧縮のため、この段階で各省庁に削減を求めるが、復興予算は別枠扱いとして各省庁が必要と判断した額の要求を認める。
 政府は一一年度からの五年間に必要な復興予算を十九兆円程度と見込み、所得税の臨時増税などで財源を確保した。一一、一二年度ですでに約十八兆円を計上しており、一三年度予算の要求額を加えると十九兆円の復興予算枠を突破する公算が大きい。財務省は予算枠を二十兆円以上に拡大する検討を近く始める考えだ。
 必要となる財源に関しては、追加増税や公共事業に充てる建設国債の発行には頼らない方針。一一年度予算の使い残しの活用に加え、国有地の売却益や、自治体などに資金を貸し付ける財政投融資特別会計の剰余金の活用などを検討する。
 一方で、一一年度予算に計上した約十五兆円の復興費の約四割が一一年度内に使われず、多くが一二年度に繰り越されており、政策の着実な実行が課題となっている。


ここまで読まれた方は、「それみろ!国が復興予算にかこつけてバラマキしているだけじゃないか!地方もそれに便乗してムダなカネを使っているんじゃないか!」と思われるでしょう。当然のことながら、そうした批判が出ることは地方公務員も(おそらく)霞ヶ関の官僚も重々わかっています。政治家の方からは「復興予算に上限を設けるな」といわれて査定する財務省、十分に調整できないまま予算を要求する各省庁、その予算を配分された被災地自体は、このような状況で目に見えている「震災にかこつけたバラマキだ!」という批判に応えるためにどうしたらいいでしょうか。

いろいろなやり方はあると思いますが、少なくとも政策決定の最上位に位置する内閣から「復興予算に上限を設けるな」と命じられている以上、予算額を維持しつつその要件を厳しくするのが一つの現実的なやり方となります。つまり、総額で必要となる予算額を確保した上で、その予算によって補助される案件や整備させる施設について、「いかに復興に貢献するか」という理屈づけをし、それに基づいて厳しく要件を設定するわけです。それがたとえば、番組内で批判的に取り上げられていた国内立地推進事業費補助金について、「被災地の経済活動を活性化させる効果がある」という要件を設定することであって、見事(?)それに適合した理屈づけができた被災地以外の企業がその補助金の交付決定を受けたのだろうと思います。

逆にグループ補助金で予算額が足りないというのは、その理屈を裏返しにすればわかりやすいかもしれません。番組で指摘されていたように、「震災からの復興に際し、地域経済の活性化に資する」というような要件を設定しておけば、その効果を説明できない企業(グループ)が補助金の交付決定を受けることはできません。いずれも、事後的になされる国会(議会)の場での「費用対効果」の観点からの成果の追求、会計検査院による会計上の効率性・理屈づけの観点からの追求、市民オンブズマンからの「不適切ではないか」との疑いの目による追求に対して、事前に理屈づけをするために必要な対応だったのではないかと思います。

こうした事情を度外視すれば、霞ヶ関や現場の対応を批判することは簡単です。しかし、番組後半でいみじくも取り上げられていたように、がれき処理の費用一つとっても事後的に批判することは可能になるわけで、そのための事前の理屈づけや準備にどれだけの労力が割かれているかまでは意識されません。東松島市のがれき処理の費用が低いことが好意的に取り上げられていましたが、低い費用の理由とされていた「がれきの事前分別」にどれだけの費用がかかっていたのかまで考慮しなければ公平な比較にはならないと思います。私も詳細は知らないので憶測に過ぎないのですが、もしかすると事前の分別に時間と費用がかかっていて、トータルのがれきの処理費用は東松島市と石巻市でそれほどの差がない可能性もあるかもしれません。要すれば、事業の一側面を捉えて「効率的でない」とか「ムダだ」というような議論はいくらでも可能ですが、それを現実の政策やそれに基づく事業に落とし込む作業というのは、トータルの効果を見据えなければ判断を誤る可能性があるということではないかと思います。

これも裏返してみれば、「グループ補助金」に対する自治体職員の思惑と被災地の企業の思惑のずれに見ることができます。この点については、当事者であるhahnela03さんが実感を持って綴られている言葉が如実に物語っています。

 地方自治体職員を批判はしますけどね、彼らの立場から見た補助金の実行とその後の議会対応や会計検査を鑑みれば、零細企業で補助金適用して復興できなくて認定の批判を考えればリスクの少ない大企業に補助金を付けるのは自然であります。共産党等の市民オンブズマンからの批判をかわすためにはそういうネオリベ的行政手法を取らざるを得ないのは理解できるのです。

津波被災の記録79(2012-09-12)」(hahnela03の日記

被災地で使われる予算に「震災からの復興に際し、地域経済の活性化に資する」というような要件が設けられたために、中小零細の事業所はその補助の対象から外れてしまうわけです。そして、もともと過疎が進む被災地ではそうした中小零細事業所が、対人折衝が得意でない方の社会活動への参画を含め、地域の経済活動のみならず社会の維持に大きな役割を果たしてきたとしても、そうした役割をもつ中小零細の事業所は「震災からの復興に際し、地域経済の活性化に資する」ものとは認められないというのが実務の世界の取扱いとなります。

端的に言えば、予算上設定された要件の上では、被災地でのグループ補助金よりも被災地以外への企業立地の方が経済効果が大きいと判断されたからそちらに予算が流れただけの話であって、その要件設定と補助金交付の理屈が当初の思惑通りであるなら、それは復興に資するのです。それが行政手法として問題がないというのであればその通りですし、そうではないというのであれば、問われるべきは、そうした復興に資する効果を経済的な観点でのみ計ることなのではないでしょうか。

hahnela03さんが「ネオリベ的行政手法」と呼ばれるこうした手法は、一昔前の「カイカク派」知事が事務事業評価とかマニフェストとかで取り入れた数値による政策評価に代表されるものですが、冒頭で引用したTogetterの方々が「復興予算は被災地のために使え」と批判されるのであれば、その行政手法を推し進めてきた「行政改革」とか「構造改革」を批判しなければ矛盾してしまいます。しかし、一方ではそうしたネオリベ的行政手法を推し進める日本維新の会が次の選挙で躍進しそうだというのがこの国の政治状況でもあります。

被災地のために復興予算を使うということは、経済的な効果のみならず社会を維持するために必要な社会的資本(ハード面だけではなく、社会保障の現物給付というソフト面からも)をその必要に応じて整備することであって、個人や法人に対する補助金もその範囲で予算化し、必要な方に行き渡るような要件を設定する必要があります。費用対効果で測っていてはいつまでたっても被災地に予算が使われることはないのです。

(追記)
hahnela03さんが本エントリとほぼ同時に同じ番組について取り上げられていました。

被災地に対する過分な予算配分と予算の執行の不適切さをイメージする内容という印象を受けました。被災地以外に居る皆様との「紐帯」を失わないために、予算が被災地だけに使われることはできません。むしろ「紐帯の断絶」を促す危険性の方が大きいと私は考えておりますから、いまだ「復旧」の状態が被災地の現状であり「復興」予算の消化はこれから本格的になる前にこのようなイメージを受けられては、被災地と共に「持続可能な社会」を形成することこそが「日本の復興」であるということを失うことが危惧されてなりません。

津波被災の記録80(2012-09-17)

私は正直ちょっとムカついて本エントリを書いてしまったのですが、hahnela03さんの冷静な受け止めには頭が下がります。hahnela03さんのような冷静な方は被災地ではそれほど多くはないのかもしれませんが、私も冷静さを欠かさないように自戒したいと思います。

被災地に行くと、地元の方々が生活していた家々や商店、工場などの跡地に草がぼうぼうに生えていて、現段階では復興はおろか、いかに以前の生活を取り戻す復旧を進めるかという段階にあると感じます。被災地で予算を使うことの限界については被災地にいる方自身が一番感じているのではないでしょうか。被災地のみならず日本全体が復興に向けて着実に取り組みを進めなければならない(去年の3月の時点で「4 経済活動を自粛しない」と書いたとおりです)はずであり、そのためには復興予算が被災地以外で使われることも「復興に資する」ものとされるわけで、それを「ムダなバラマキだ!」と叩くのは被災地の方の心情にも配慮できていない暴論のようにも思われます。hahnela03さんが垣間見た被災地の現状について、私のような被災地に隣接する内陸部の人間でもわからない事情が綴られていますので、ぜひご一読ください。
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
福祉の押し売りお断り
まあまあ、この人は、「公務員を批判する香具師は師ね、民間が賃下げリストラされようが公務員の給与と身分保障と各種手当と年金特権は絶対守れ」という”間違った思想”をお持ちなのですよ。

視聴者やネット民の大多数の正義・常識よりも、既得権維持こそが正義ニダ!!!という考えなのです。

歴史を紐解けば、彼らのような国民大衆に依拠しない支配層は、早晩滅ぶしかないのですがね。

そういえば左翼経済学者の小野が「増税と福祉で経済成長」なる珍奇な理論を唱えて世間に嘲笑され、また、同じ”間違った思想”を持つ権丈は「年金100年安心とついつい真っ赤なウソをついちゃったニダ、若者は厚生年金3000万円損だけど払ってね、負担思うなら師ねば???」と年金利権宣伝を行い、厚労省から金をもらってたことも発覚し、年金負担に苦しむ民衆の怒りを買っている。

誰のせいでもなく自ら韓国面に堕ちるのは大きな政府信者の習性といえましょう。

ケンイズやマルクスの珍理論を信奉する左翼が、ハシシタは悪ニダ~~~!!!と叫び、その一人である香山リカが、”会ってもいない橋下氏や支持者たちを『診断』すると”いう暴挙を行いましたが、米を見ただけで維新の志士氏を『診断』するマシナリなる人物も、これと同類の『頭のネジがぶっとんだ左翼』でしょうね。
2012/09/19(水) 14:41:27 | URL | 官僚は収容所送り #-[ 編集]
さて、「革命烈士」=「菅様」=「小泉小沢橋下断固 」=「所謂新自由主義者」=「維新の志士」=「官僚は収容所送り」とHNを使い分ける方のコメントについては、IPアドレスが特定できないためこれまで放置してきましたが、
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-494.html#comment793
のとおり、この方は、

FC2利用規約では、「総則」において「本サービスの利用は、FC2IDの利用登録者(以下「ユーザーといいます」)及びユーザーを含む本サービスを利用しうる全ての対象者(以下「利用者」といいます)の自己の責任においてなされることに合意します。」と規定しています。革命烈士さんのコメントは同規約の「基本ガイドライン」4. 禁止事項の1.に規定する「05.公序良俗に反する行為及び表現。他の利用者又は第三者に対して、卑猥な映像・音声・文字列などの情報公開、及びその幇助。」及び「07.トラブルに発展しうる個人、特定団体、統治機構、国家、製品、政治体制、信仰、思想、主義その他を差別し、誹謗中傷を行うなど、名誉や信用を毀損する行為及びそれを助長する行為」に該当する疑いのある行為と考えます。

と私が判断した方です。

それに加え、今回の
2012/09/19(水) 14:41:27 | URL | 官僚は収容所送り #-[ 編集]
において、私以外の複数の方に対して事実誤認に基づく誹謗中傷を含んだコメントをしています。

このため、同規約の「5.免責事項」の1において、

ユーザーは、ユーザー自身が作成された本サービス上のコンテンツ(以下「ユーザーコンテンツ」といいます。)の内容について、あらゆる法的責任、損害賠償および訴訟費用について全責任をお持ちいただき、また、日本国および米国の法律、法令、条例に反するような内容はもちろん、他人への誹謗中傷、いやがらせ、他人の知的所有権の侵害、プライバシーの侵害、公序良俗に反する内容 が掲載されてしまった場合、すみやかに削除する管理義務を担っていただきます。

と規定されていることに従い、拙ブログの管理人として、この方によるコメントすべて(HNを使い分けて行ったコメントを含みます)を迷惑メールとしてブロックするとともに、この方が使ったIPアドレスも今後すべてブロックします。

ただし、この方は複数のIPアドレスを使用してコメントしており、管理画面でそのうち何度かは一致していることを確認しておりますが、同一人物ではない可能性も否定できません。このため、コメントの内容、文体からこの方であることが疑われる場合は、この方ではない方であってもコメントをブロックしてしまうこともあり得ます。あらかじめご了承ください。

なお、この処置に伴い、当面の間コメントを承認制とさせていただきます。他の皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

おって、私がこのような判断に至った経緯について拙ブログをご覧いただく皆様にご確認いただくため、この方による
2012/09/19(水) 14:41:27 | URL | 官僚は収容所送り #-[ 編集]
のコメントに限り、当面の間削除せずにこのまま公開いたします。
2012/09/20(木) 01:01:17 | URL | マシナリ #-[ 編集]
公務員批判
一般職の公務員は、日本では表向きは反論が許されない存在だ。国会や地方議会でも、議員のくだらない質問にも、反論することは原則として認められていない。答えるだけの存在だ。新聞にもそうだ。

いま、朝日新聞で報道されている「プロメテウスの罠」も、瓦礫問題であるが、環境省は反論を許されない存在であり、環境省の内在的な言い分が掲載されることはない。

しかし、あまりにおかしければ、新聞などの内部審査機関に、申し立てをしたり、議会でももっと事務方にも反論権を認めてもよいのではないか?

そうでないと、一方通行の議論となり、あまり生産的ではない。

進歩的な新聞は、「新しい公共」を賞賛するが、これも官民のこれまでの立場にこだわらない柔軟なネットワーク構築が本来の趣旨であり、このようなことを肯定しておきながら、官僚バッシングに走るのでは、どうしようもない。

いまでも、就職希望先の上位に、公務員があげられ続けるのは、どう解釈すればよいのか、と思うが、それでも内部的な劣化はかなり進行しているように思う。
2012/09/21(金) 08:22:58 | URL | yunusu2011 #-[ 編集]
> yunusu2011さん

> しかし、あまりにおかしければ、新聞などの内部審査機関に、申し立てをしたり、議会でももっと事務方にも反論権を認めてもよいのではないか?

一時期、鳥取県議会などの地方議会を中心に、事前に質問を通告して事前に答弁を準備するやり方をやめて、ガチンコで議会で議論するやり方を導入した例がありましたが、議員の支離滅裂な質問と行政側の言質を取らせまいとする答弁の応報に終始して頓挫した経緯があったかと記憶しております。おそらく行政側が本気で反論しても、「できない理由を100考えるより、できる理由を1考えろ」とか再反論をされて、できない理由を考慮しない空想的議論が幅をきかせるだけに終わるような気がします。

> 進歩的な新聞は、「新しい公共」を賞賛するが、これも官民のこれまでの立場にこだわらない柔軟なネットワーク構築が本来の趣旨であり、このようなことを肯定しておきながら、官僚バッシングに走るのでは、どうしようもない。

こちらのエントリで議論させていただいたことですね。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-483.html
「柔軟なネットワーク構築」よりも「強固な公務員バッシング」がもてはやされる昨今では難しいように思いますね。。

> いまでも、就職希望先の上位に、公務員があげられ続けるのは、どう解釈すればよいのか、と思うが、それでも内部的な劣化はかなり進行しているように思う。

厳しいお言葉ですが、自分の調整能力の低さを含めてそれを感じる場面は多々あります。以前は地元に顔が利く人が公務員になっていて、なにか問題があれば地元の有力者となあなあで話をまとめることもあったと聞きますが、もちろんその弊害も大きかったため、「しがらみのあるお役所仕事」であるとして現在は行政手続としては否定されています。しかし、その代替機能を持つ調整手法が別途確立されたわけでもなく、単に数値目標による事務事業評価に落とし込まれることで、「古い公共」は「新しい公共」と同じ土台で勝負せざるを得なくなり、民間による「新しい公共」が(調整を考慮しない)数値目標では優位に立つようになったというのが今の状況ではないかと思います。

念のため、もちろん私も旧来の役所の手法をすべて礼賛するつもりはありませんし、むしろ不断に見直す必要があると思いますが、旧来の役所の手法を否定するのであれば、特に調整機能を中心にその代替機能を持つ手法を確保しなければ、現状の内部的な劣化はこれからも進行していくものと思われます。まあ、この点でも自分の調整能力のなさを痛感しているわけですが。。

一方では、住民感情の対立を招く単純な「住民投票」などは調整機能の対極に位置するものでして、「首相公選制」を含め、世の中は調整機能を否定する動きが強くなっているのが実態でもありますね。
2012/09/25(火) 08:30:58 | URL | マシナリ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック