2012年09月17日 (月) | Edit |
先週になってしまいましたが、9月11日で震災から18か月が経過しました。世の中は与党と野党第一党の党首選とか無責任な自治体の長による買い取り発言からこじれた中国問題が耳目を集めていますが、震災からの復旧・復興が被災地の眼前にある課題であることは変わりありません。前回エントリで取り上げた海老原さんの新著では、これまでも海老原さんが指摘されていたことではありますが、被災地の現状を見たときにとても示唆的な部分があると思いましたので、少し掘り下げてみたいと思います。

家族経営という逃げ場の消失が問題を生んでいないか

 ここで、「自営・家族経営の現象」についてもう少し話を進めてみたい。2章⑦で検証したとおり、生産年齢人口がほぼ同数である1984年と2008年を比べた場合、正社員の数は減っておらず、逆に108万人も増えている。一方この間に「自営+家族従業員」は653万人も減っている。再度書くが、この「自営+家族従業員」はあくまで個人事業主のみで、小規模法人は含まれていない。5名以下の家族経営法人まで含めると、「零細商工企業」の従業員がもっと減ったものと推測される。
 さらに論を進めよう。
 第1章検証④で書いたとおり、この20年間には農業と自営業が減少しただけでなく、ブルーカラーや建設業での就業も大幅に減少している。代わって増えたのは、ホワイトカラーと販売サービス業。
 そう、かつては、対人折衝が苦手な心優しき人たちが、自営業で家族の中で働けるだけでなく、建設現場や製造部門と行った対人折衝が少ない仕事を選ぶこともできた。ところが現在は、こうした第二次産業も衰退したため、結局、対人折衝主流の三次産業でしか働けない。それが、彼らの居場所を奪っているのではないか
pp.207-208
雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」 (ちくま文庫)雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」 (ちくま文庫)
(2012/08/08)
海老原 嗣生

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※ 漢数字はアラビア数字に、機種依存文字はそのまま記載しています。以下、強調は引用者による。

この現象の一部は「正社員枠に押し込める」ことを目的としたキャリア教育によるものでしょうし、鶏と卵ではないですが、ベティ=クラークの法則により第1次産業、第2次産業の労働生産性(付加価値労働生産性ではない!)が上昇し、余剰となった労働力が第3次産業に吸収されにくくなっているという産業構造の変化も大きな要因と考えられます。

これは前回エントリで、会社のメンバーとしてすべての責任を負わなければならないとする「メンバーシップ型雇用に由来する究極の従業員責任論」について書いたことでもありますが、これが社会全体を覆うようになった一つの要因を考える際に、「発達障害」への配慮が大きな示唆を与えるように思います。

大人の発達障害の特徴

10.クレーマーになる
 これは最悪の形態の一つである。あらかじめいえば、クレーマー全員が発達凸凹ではない。大きく分けると、発達凸凹系のクレーマーと虐待系のクレーマーに大別できると思う。もちろんこの両者が重なることがあって、そうなると最強のクレーマーができあがる。
 なぜこんなことが断言できるかというと、親子並行治療をおこなった親の側に、かつてクレーマーとして地域の学校などに名をはせていたお母さんが何人もいたからである。本に書いてあることを頭から信じ、行間にあるものを読まない。対人的な相互交流ができず、情緒的なやりとりができない。これまでの対人関係で被害的になっていて、実際にだまされたりしたことも多い。しかも正確無比な記憶をもっていて、ちょっとした言葉の違いや、相手が言った「子どものためにすべてをおこなうのが学校の役目」などとという言葉を真に受けしかも盾にする。世間的な常識は期待できない。これらが総合されると、恐るべきクレーマーに転ずることは了解いただけると思う。
 本人が正論と考えている常識的には無理なことを一方的にまくし立てれば、言われた側は引いてしまいその一部が実現する。するとこれがクレーマー側に誤学習の機会を与える。つまりこのような一方的な要求こそ、相手に通じると思い込むようになる
(略)

クレーマーへの対処法

 脱線に近いが、このタイプのクレーマーに対応するコツは、発達凸凹の子どもに対応するのと同じ方法でよい。つまり枠をしっかりと示すということだ。必ず複数で対応し、記録を取る。できること、できないことを明確にし、曖昧な口当たりの良い言葉でごまかさない。
 子ども本人の側も大体は迷惑をかけまくっているので、その点に関しての事実を正面からきちんと伝える。教育委員会に言いつける云々の言葉にたじろがない。
 学校の側が保護者を訴えた裁判があったが、筆者はそのような裁判はどんどんやるべきだと思う。保護者であればなにを言ってもよいということではないし、学校と保護者とが協力をしあって云々といった情緒的かつ相互的な交流が成立しない基盤がクレーマーの側にもあるからこそ、問題がこじれるのである
 もちろん学校側も、発達凸凹への柔軟な配慮が必要であることはこれまでにも述べてきたが、この点に問題があることと、クレーマーの問題とはまったく別ものである。
pp.235-236
発達障害のいま (講談社現代新書)発達障害のいま (講談社現代新書)
(2011/07/15)
杉山 登志郎

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著者の杉山医師の慎重な記述を損なわないため引用を長めにしましたが、クレーマーを「発達障害」あるいは「発達凸凹」があるとして偏見の目で見るということではなく、対人関係に困難さを持つ方がクレーマーになりやすいこと、その対処法として毅然として枠を示すことが本人にとっても有効であることが指摘されていて、個人的には普段の業務でも参考になると思います。

この「発達凸凹」は杉山医師が提唱されている言い方で、「発達障害」が社会的な生活に深刻な支障が出るほどの困難さを持つ状態を指すとすれば、「発達凸凹」はそこまで深刻な支障は生じない状態を指します。「発達凸凹」が深刻な支障を来さないで社会的な生活を送ることができるのは、その「発達凸凹」への対処法(代償行為というそうですが)を経験によって無意識に身につけているからですが、ときにそれがうまく対処できないと常軌を逸した行動に見えてしまうわけです。私なりにごく乱暴にいえば、発達障害は特別の対処が必要なのに対して、発達凸凹は普通に接する中で「困った人とか変わった人といわれる人」というところでしょうか。

(補注)
念のため、支障を来さずに社会的な生活を送ることができている限りで、発達凸凹はマイナスだけではなくプラスにも働くことになります。本書で発達凸凹(自閉症スペクトラム)ではないかと例示されている方には、ニュートン、ゴッホ、アインシュタイン、ガウディ、ルイスキャロルなどの歴史上の人物に加え、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズも含まれており、社会的な成功を果たす方も多数いるとのことです。本エントリで私が発達凸凹を取り上げた趣旨は、発達凸凹(自閉症スペクトラム)があるから社会的にまともではないという趣旨ではありません(私自身本書の記述に思い当たるところがあるので一定程度は発達凸凹なのだと思います)ので、この点にはご留意ください。



これもごく乱暴にまとめれば、深刻な摂食障害など生命に関わる困難を伴う発達障害は別として、特に発達凸凹となるかどうかは、その社会で求められる社会的な生活のレベルによって変わってくると言えるのではないかと考えています。上記で引用した海老原さんのご指摘がそうした社会の変化を数字の上で明確に示しているものと思いますが、競争が激化して過剰なセールストークや熾烈な折衝が必要とされる業種が増えることで、そうした対人折衝に困難を持つ方の居場所が狭くなっていることは実感として感じるところです。

特に津波の被害が大きかった被災地は、これまで漁業や水産加工業など、海産物にまつわる仕事が他の地域よりも大きな割合を占めていて、その仕事をしているうちは対人折衝が得意ではない方も社会的な生活に困難を感じていなかったと思われます。しかし、震災によりそうした海産物の漁獲量が激減し、漁業や水産加工業で対人折衝に煩わされることなく生活を送っていた方々が仕事を失い、対人折衝が必要な販売・サービス業にかり出されることになっています。もともと社会的な生活に特に困難を感じていなかった方はすんなり他の職業に移ることができるとしても、そうした困難を持っていた方にとっては、単に職業的なスキルの問題だけではなく、対人折衝という高いハードルが就職するときのネックになっているように思います。付け加えれば、震災時の凄惨な状況とか家族やそれまでの暮らしを失ったことがトラウマとなってPTSDとなる方もいる中で、対人折衝をしなければ仕事にならないというのは過酷な状況だろうと思いますし、そうした方がクレーマーになり得る可能性も上記の杉山医師の著書からの引用では懸念されるところです。

実をいえば、同じ現象は地方公務員の世界にも起きていると思います。公務員の仕事の中心は利害調整ですが、特に地方自治体の仕事の現場はその利害調整の結果としての諸制度を黙々と執行することにあります。そこでは、対人折衝があまり得意でない方でも事務能力さえあれば何とかこなせる仕事が多くあり、それが「普通の公務員」の仕事だったわけです。

しかし、これまでは配分された予算や権限の中で自分の仕事を黙々とこなすことが求められていた職場でも、震災によって増大した業務の中では、被災地の状況に応じて被災された方のニーズを把握しなければなりません。口で言うのは簡単ですが、そんなことができる公務員なんてのは一握りの対人折衝が得意な「できる公務員」だけですし、もちろん、従来からの黙々とこなさなければならない仕事はそのまま残っています。結局は、一握りの「できる公務員」が現場のニーズの把握と調整の作業で追い詰められ、対人折衝がそれほど得意でない「普通の公務員」はそこで次々に打ち出される対応策を従来業務と並行して行わなければならないわけです。さらにいえば、人員削減のために「普通の公務員」が「できる公務員」の仕事をしなければならないことも珍しくありません。となれば、対人折衝に困難を持ちながらも黙々と仕事をしてきた「普通の公務員」が苦手な対人折衝に駆り出され、精神的に追い詰められることも生じます。

サービス産業化する社会というのは、多くの感情労働を必要とする社会でもあります。スティグリッツも指摘するようにサービス産業化が避けられないのであれば、その感情労働を緩和するような社会のあり方も考えなければならないのではないかと、被災地の状況から思うところです。
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コメント
この記事へのコメント
9日放送のNHKスペシャル「東日本大震災、追跡・復興予算19兆円」は、前半は復興予算といいながら他の地域の予算などにつかわれている実態、後半は、被災地での実際の執行がいいかげんにされている例がとりあげられていた。

このブログの主張のように、結局緊急時だから手続きなどどうでもよいといわれていたが、ここにきて、執行がいいかげんだったんではないかという話になる。

これから、会計監査院やテレビ朝日のなんとか総研、市民オンブズマンのみなさんが、被災地の自治体の公務員をさらに苦しめることが想像される。クレーマーもたくさんでることだろう。
2012/09/17(月) 14:56:26 | URL | yunusu2011 #-[ 編集]
> yunusu2011さん

件の番組については、次のエントリで取り上げましたのでご覧いただけると幸いです。

> これから、会計監査院やテレビ朝日のなんとか総研、市民オンブズマンのみなさんが、被災地の自治体の公務員をさらに苦しめることが想像される。クレーマーもたくさんでることだろう。

私も一応「会計検査院とオンブズマンが作る世界http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-376.html」の住人ですから、その覚悟はできているつもりですが、正直なところ勘弁して欲しいという気持ちはあります。まあ、日本維新の会が支持を得る状況の中でそれは期待するべくもないとはわかっていますが。。
2012/09/17(月) 22:51:04 | URL | マシナリ #-[ 編集]
当方3月退職者ですがマシナリさんの主張に多々共感しております。
会計検査院とオンブズマンが作る世界につきましては、
頭の中が「ゼロ時間モデル」になっていることが原因と考えます。
間接作業に掛かる時間がゼロで、人手も経費もゼロで瞬時に監査用報告書が出来上がるという妄想が彼らの常識です。
このリズナブルな所用時間・人手・経費を計算できないのは、貧乏人である、又は育ちがまずしいことが理由かと推測します。
2012/09/18(火) 06:39:31 | URL | okupy #-[ 編集]
> okupyさん

ご指摘の点については、「間接部門の削減http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-393.html」として取り上げたこともありますが、手間を手間と思わないのは大きな問題だと思います。

なお、私は発達凸凹(発達障害)を人格や生い立ちにつなげて非難する趣旨で取り上げたのではありません(本文にも補注を加えました)ので、その点を非難するようなコメントは控えていただくようお願いします。
2012/09/18(火) 08:33:31 | URL | マシナリ #-[ 編集]
別エントリに相も変わらずHNを変え、IPアドレスを変えて拙ブログに書いていないことについてコメントされている方がいらっしゃいますが、本エントリの補注にある天才や偉人のようにある種の発達凸凹を持っていながら社会的に成功する方もいらっしゃいます。もしかすると、実生活ではある程度の社会的成功を収めていながらも、いろいろな「生きづらさ」を抱えていて、ネット上でその憂さを晴らしているのかもしれません。

本エントリで引用した部分の直後に、ご本人に対する杉山医師の助言がありますので改めて引用しておきます。

凸凹の存在に気づく
 対応について本人のサイドからまとめて述べておきたい。
 もっとも重要な対応の最初のステップは、自ら凸凹の存在に気づくこと、である。それだけで大半の問題は解決の糸口が見つかることが多い。
 次に、凸凹に対しておこなわれている代償のパターンを見つけることが重要である。これまで述べたことでお分かりいただけるように、整理整頓がおのずからできにくいことが理由で片づけ魔になるといった、過剰代償によって、自分で自分の首を絞めるというパターンが実に多いのである。自分の首を絞めるだけならよいが、周りの人の首まで絞めることがよくあって、そうなると凸凹ではすまなくなってしまう。
 凸凹レベルを超えてしまったときにはどうしたらよいのだろう。周囲との間にトラブルが起きるレベルまでいったときには、専門家による心理カウンセリングや相談がやはり必要になる。

杉山『発達障害のいま』pp.236-237(強調は原文)

残念ながらネット上のやりとりで上記のような気づきが得られることは期待薄なのですが、社会的な生活に困難な「生きづらさ」を抱えた方が実生活において自らの凸凹に気づき、適切なカウンセリングや相談を受けられることを祈るばかりです。
2012/09/18(火) 22:19:45 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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