2012年09月09日 (日) | Edit |
海老原さんから新著をご恵投いただきました。毎度ではありますが、場末のブログを気にかけていただきありがとうございます。

すでにhamachan先生のところでも取り上げられている通り、3年前に刊行された書籍の文庫版ではありますが、これまでに海老原さんが出版された著書の論点を網羅した形になっていて、「決着版」という副題になっています。

 単行本の出版から雇用問題に対して世間に物申すようになり、そこに学歴・進学問題(そして両者の接点である就職問題)を交えて、この3年間、両分野での活動に力を入れてまいりました。
 これからも多少、雇用・進学の問題は発生すると思うのですが、それは、この3年間の著作の内容に、付け加えたり、更新したりする程度のものであり、今までのように単行本となるほどの紙幅をとりはしないと考えています。
 そこで、前作(『就職に強い大学・学部』)で一足先に学歴問題で筆をおくと書きましたが、今回は、雇用問題についても一区切りとさせていただこうと思いました。
 この関連著作の始まりと終わりを飾るのが、『雇用の常識「本当に見えるウソ」』となるのは、それだけ私の思いの強い本であったからに他なりません。
pp.288-289

雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」 (ちくま文庫)雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」 (ちくま文庫)
(2012/08/08)
海老原 嗣生

商品詳細を見る

海老原さんの「一瞬違和感を感じながらも腑に落ちる鋭い指摘」が雇用に関して書かれなくなるというのは寂しい気もしますが、今後はジェンダー関連や高齢者雇用などの発表も行いながら、さらには別分野へと歩を進めるとのことですので、こちらにも期待してしまうところです。

本書の内容に戻ると、拙ブログでは3年前にかなり斜めな方向からツッコミ気味に取り上げさせていただいたところですが、集団的労使関係についての記述は今回の「決着版」でも特にありませんでした。まあ、本書の最終章が「現実的な改良案」となっていますので、拙ブログで理想的なモデルとして取り上げている北欧のコーポラティズムの担い手になるような労働組合が存在しない現状の日本では、集団的労使関係の再構築による労働条件の向上とか同一価値労働同一賃金の実現は現実的ではないというご判断なのでしょう。というか私自身も現時点ではそう考えていますので、ツッコミしておきながらではありますが、極めて妥当な内容だと思います。

また、文庫化に当たって「就職氷河は、企業に責任転嫁された」「女性の社会進出は、着実に進んでいる?」「高齢者はオイシイとこどりの逃げ切り世代か?」「定年延長が若年雇用を圧迫する、か?」「年金問題をめぐるトリッキーな俗説」「ここまで来たか「若年の就業不安定」アジ」「新卒一括採用批判を再批判する」そして最終章の「現実的な改良案」が追加され、単行本の「女性の管理職は増えない」「「若者がかわいそう」=熟年悪者論」が割愛されています(本書の「文庫本あとがき」にある異同の一覧はちょっと違うような…)が割愛されているようです。ただ、割愛された部分も追加された部分にそれぞれアップデートした内容で盛り込まれていますので、現時点で手に取るなら文庫本の方がお得かもしれません。

特に、「現実的な改良案」で示されている「公設派遣」は、海老原さんのほか、当の請負・派遣事業者である出井さんも提唱されていて、十分に検討に値するものと思うのですが、「派遣切り」とか「日雇い派遣」とか「偽装請負」という負のレッテルを貼られた派遣事業者を活用した政策というのは、一部の左派政党からの受けが悪くて実現の見通しが立たないのが実情かと思います。実際に、緊急雇用創出事業で未就職の既卒者を派遣事業者が雇用して、派遣元のOff-JTと派遣先のOJTを組み合わせるという事業が、札幌市や広島県を皮切りに全国各地で取り組まれていましたが、特に当地では「役所が派遣するとは何事だ!」という某政党の抗議により、大々的に取り組まれることはなくなった(細々と事業はあるようですが)印象があります。あくまで印象論ですが。

新著から少し離れると、個人的には、『就職、絶望期』でも「そこそこの働き方」として提唱されていた「途中からノン・エリート」という第3の道が、実は一企業の内部だけではなく、社会全体として必要ではないかという思いを強くしております。前回エントリでも少し触れましたが、役所に対する苛烈な抗議が増えているというのは、世の中がサービス産業化していることと強く関連していると思います。有り体に言えば「お客様は神様です」ということでして、「サービスはタダ」という日本特有のサービス業に対する考え方の根底にあるのは、「(非正規に比べて)高給を得ながら仕事をさせてもらっている正社員は、会社のメンバーとして会社全体の責任を負わなければならず、したがってどんなクレームにも対応しなければならない」というメンバーシップ型雇用に由来する究極の従業員責任論であって、特に「日の丸親方」で日本型雇用慣行の権化と考えられている役所に対して抗議の際限がなくなっているのではないかと。

この究極の従業員責任論は特に役所に対して厳しいとはいえ、実はこの国全体を覆っているものなので、少し風向きが変わればその対象は東電になったりしますし、「モンスター○○」は学校現場でも小売業でも飲食業でも問題になっているところです。そうした現状では、「そこそこの働き方」なんてしていたらすぐに「給料泥棒」とか「税金泥棒」と叩かれるのが目に見えています。結局、だれもが必死になって働いて(いるふりをして)、その代わり自分が十分なサービスを受けてないと思えば「給料泥棒」とお互いに叩き合う「引き下げ民主主義」が蔓延していくというスパイラルが生じているのでしょう。以前なら、正社員を極限まで切り詰めて「バイトばっかりなんで勘弁してください」というところもありましたが、今ではバイトですら責任をとらされるブラックな企業も枚挙に暇がありません。そしてそれは等しく世の中の閉塞感につながっていき、そのはけ口として役所とか東電のような日本的雇用慣行の権化と思われる労働者が叩かれているわけです。

話があちこちに飛んでしまいますが、先日NHKで「BS特集「知の巨人・世界経済再生への提言」」という番組があって、拙ブログでも参考にしているクルーグマン、スティグリッツという両巨匠(?)が出演していたのですが、スティグリッツのインタビューの字幕が「サービス産業の強化も欠かせない」となっていたことが、日本では逆に捉えられてしまうのではないかと心配になりました。

こちらの動画では3分40秒くらいですが、スティグリッツの言葉では、
Another thing to stimulate your economy is strengthening your service sector.
となっていまして、「strengthening」をそのまま「強化」と訳しただけとはいえ、これをみたシバキあげ風味な方は「それみろ! 日本のサービス業は生産性が低いから、もっとコストカットして生産性を上げないと日本経済は成長しないぞ!」とかいいだしそうです。

いうまでもありませんが、物的労働生産性に生産価格を掛け合わせた価値生産性に、さらに付加価値率を掛け合わせた付加価値労働生産性は、生産額が低下したときだけではなく、付加価値額すなわち販売価格が高くなればなるほど上昇するものですが、物的労働生産性だけで議論してしまうと、「販売価格を切り下げるために人件費を切り下げて生産性を向上させる」という合成の誤謬が生じてしまうわけです。ケインズの一般性理論とは、有効重要を創出して販売価格を上昇させることによって付加価値生産性を高めることで、労働者の所得を増加させて社会全体の消費性向を上昇させ、経済全体が成長するというお話だったはずでして、スティグリッツもそうしたことをいいたかったのだろうと思うのですが、いかんせんこのインタビューだけではそこまで読み取れませんでした。

海老原さんの新著に話を戻すと、雇用や労働に関する議論が社会のあり方や経済成長にまでつながるからこそ、雇用に関していったん筆をおく海老原さんが次回以降ジェンダーや高齢者雇用といった雇用の枠から外れた問題に取り組もうとしているのだと思います。働き方の変革を通じて社会のあり方を考えるためにも、この「決着版」で頭を整理されることをおすすめします。
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック