2012年08月31日 (金) | Edit |
前回エントリでも繰り返したことですが、拙ブログでは所属する組織や職業、さらに人格を標的とした批判は慎まなければならないと考えております。これは、ブログというネット空間だけのことではなく、現実の問題としても、そうした批判は「批判のための批判」にしかならず、ときには深刻な問題につながる可能性もある危険なものと考えるからです。

その一つの例として、すでにマンマークさんが取り上げられているとおり、被災地で復旧・復興支援に当たっていた公務員が自殺するという事態が発生しています。

「陸前高田市の応援職員自殺 盛岡市が派遣、遺書残す」(2012/08/24 11:37)

東日本大震災の津波で大きな被害に遭った岩手県陸前高田市に派遣された盛岡市の男性職員(35)が7月下旬、「希望して被災地に行ったが、役に立てず申し訳ない」という内容の遺書を書いて自殺していたことが24日、陸前高田市への取材で分かった。
 男性は今年4月、盛岡市道路管理課から陸前高田市水産課に技師として任期1年で派遣され、漁港復旧などの業務に当たっていた。
 7月22日に、同県遠野市内の路上に止めた自家用車内で首をつっているのを発見され、父親宛ての遺書が見つかった。県警は自殺とみている。
 岩手県の担当者が6月、全派遣職員と面談した際に男性とも話したが、変わった様子はなかったという。県は男性の自殺を受け、派遣を受ける県内の市町村に対して、職員の心身のケアを徹底するよう通知した。
 陸前高田市総務課は「すべての応援職員と、早急に所属長や専門家との面談を実施して、メンタルヘルスをチェックしたい」としている。
 県によると、1日現在、全国の自治体から県内の被災市町村に派遣されている職員は241人。派遣先は庁舎が被災した陸前高田市と大槌町がそれぞれ55人と最も多い。盛岡市からは県内最多の15人が派遣されている。

 (共同通信)
※ 以下、強調は引用者による。

業務は違いますが、ともに公的セクターで被災地支援に当たる者として、亡くなった職員の方に心から哀悼の意を表します。

・・・正直にいえば、私自身、震災後の被災地の状況やそれに対応するための業務の錯綜のため、心が折れそうになったことは何度もあります。あるいは、もうすでにある意味でのメンタルは崩壊しかかっているのかもしれません。もちろん、直接被災した地域ではない内陸部に住んでいて、自分を含む家族が直接の被害を受けていませんので、直接被害に遭われた方々に比べれば恵まれています。しかし、従来の通常業務に加えて被災地支援の業務を一部担当している中で、自分なりに手を尽くしても目に見えて被災地の復興が進むわけでもなく、したがって支援している方々に直接感謝されることも(たまにはありますが)ほとんどありません。むしろ、例年に比べて数倍に膨れあがったサー○ス残業を強いられながら、「役所なんかろくなこともしないでムダなことばかりしやがって」とか「くだらない決まり事ばかり気にして柔軟な対応もできない役立たずめ」という批判に日常的に晒されていれば、通常の精神状態でいられなくなるのもやむを得ないものと諦めております。

特に最近は、一年前に一部広がり始めていたような「23兆~25兆円もの復興資金がつぎ込まれるのなら、もはや被災者は弱者でもなんでもない。あれこそ究極のモンスターだ!」という意識が、着実に日本全体に広がっていると感じます。最近の例では、震災後、復興のシンボルとしてもてはやされてきた陸前高田市の「奇跡の一本松」の今後の処理方法をめぐるネット空間の反応が典型的です。

1 名前: ボブキャット(埼玉県):2012/08/30(木) 19:30:07.64 ID:WwrCJbAoP
来月12日に切断へ 奇跡の一本松、保存処理
東日本大震災の大津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が来月12日に切り倒され、保存に向けた防腐処理に入ることが29日、市関係者への取材で分かった。

当日はセレモニーも開く予定で、震災2年を迎える来年3月11日までに元の場所に立て直すとしている。

市によると、高さ約27メートルの一本松を根元から切断して、幹を5分割。芯をくりぬき、防腐処理を施す。その後、金属の心棒を通して立ち姿のまま保存する。

保存費用は約1億5千万円。市はホームページや交流サイト「フェイスブック」で募金を呼び掛けている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120829/dst12082919330010-n1.htm

痛いニュース(ノ∀`) : 大震災の大津波に耐えた「奇跡の一本松」が切断されサイボーグ化 保存費用1億5千万円 - ライブドアブログ

引用は新聞記事を引用した部分だけにしましたが、このスレタイに寄せられたコメントの圧倒的多数をご覧いただけば、被災地に対する一般的な方々の認識や、それに基づいて地元の役所や公務員に寄せられる批判がどんなものか想像がつくのではないかと思います。ネット空間だから過激な言葉遣いをしているだけと思われる方もいるかもしれませんが、拙ブログの一部のコメントをご覧いただければおわかりの通り、相手が公務員とわかれば容赦ない罵声を浴びせても許されるというのが、この国がここ10数年で築き上げた作法でもあります。

元記事の内容を補足しておくと、「奇跡の一本松」は流されなかったものの浸水による塩害のためにすでに枯れた状態にあり、このままでは倒壊のおそれがあることからいったん切り倒すことを決定し、同時に1億5千万円が用意できればそれを経費に充てて元の形に復元しようという方針を決め、そのために募金を呼びかけるということなのですが、元記事では「すでに枯れていること」「倒壊のおそれがあること」「これから募金を集めて必要経費を賄うこと」などの点が曖昧になっているため、「サイボーグ化」などというミスリードなスレタイがつけられてしまいました。さらに、コメント欄では、こうしたミスリードな論調が積み重なって、税金やすでに募金したお金の使い道や必要とされる経費の額に対する批判、それを公表した役所・公務員に対する批判にあふれ、全体的には東北地方全体を「汚染区域」とか「土民」と蔑んで、「もう支援なんか必要ない。ボランティアはもっと怒れ!」という流れになっています。

しかし、たとえば、復元に要する経費の額についていえば、間近に実物を見ればわかりますが、「奇跡の一本松」は高さ27メートルで幹の直径が1メートルを超える巨木(その大きさはこちらの写真で確認できます)でして、その復元に要する経費として1億5千万円が妥当かどうかは私もよくわからないものの、補強に用いる原材料に加えてそれだけの規模の建造物を構築しながら復元する技術料や人手を考えれば、150万円では到底足りないだろうとは思います。しかし、「1億5千万円で役人と土建屋が大儲けするのはけしからん!」とか「150万円もあればできるだろ」というコメントも多数あるのが実態です。

端的に言えば、報道機関による不適当な報道でこうした誤解や思い込みが広がっていくのですが、我々が普段接する批判というのは、こうした誤解や誤報に基づくものがほとんどでして、結局報道機関のミスのつけは公務員に回ってくることになります。公務員というのは、そうした誤解や誤報に基づく批判を正面から受けなければならない一方で、その誤解や誤報を指摘すれば「言い訳がましい」とさらに批判を強められてしまう立場ですので、基本的には平身低頭して不快・不満な思いをさせてしまったことをお詫び申し上げるしかありません。これで通常の精神状態を保つというのは、少なくとも私にとっては至難の業です。

この点については、非国民通信さんが的確に指摘されています。

自衛隊とは違って決して感謝されることもなければ賞賛されることもない、そのような日々の連続に「役に立てず申し訳ない」と感じてしまう人もいるのではないでしょうか。実際は役に立っているのかも知れませんが、公務員が住民のために尽くすのは当たり前と、世間の扱いはそんなものです。このような事態が続けば、自己肯定感を失って追い詰められてゆく人は必然的に増えていくことでしょう。

 実は社会に必要な役割であったとしても、それが世間に認められているかと言えば全くそのようなことはありません。例えば薄給で名高い介護職などどうでしょう。ブラック率の高い飲食の世界も、時間当たりに直せばアルバイト以下の給与で働いている人も多いです。そうでなくとも非正規雇用を都合良く使い捨てることで人件費を抑えている、それでコストを下げては廉価なサービスを提供している会社が今や当たり前になりました。諸々の低賃金労働の存在によって、今の日本社会は成り立っています。しかるに彼らが感謝の対象になることなどあり得ないのが実態です。労働者の低賃金なくして成り立たないような経営でありながら、その経営を成り立たせてくれる人々には甚だ冷たい、それが我々の社会の「普通」です。世間の賞賛や感謝を集めるのはほんの一握りの人々だけ、自分は役に立っていないと気に病む人が減ることはなさそうです。

役に立っていると実感するのは難しい(2012-08-28 23:04:32)」(非国民通信

こうした我々の社会の「普通」の中では、不適切な報道やそれに基づき誤解を振りまいていく方々に手をつけることはできません。結局地元自治体として執りうる手段は、冒頭で引用した記事にあるように「男性の自殺を受け、派遣を受ける県内の市町村に対して、職員の心身のケアを徹底するよう通知」する程度です。不思議なことに、普段は「抜本的解決が必要だ」などと息巻いている方々の多くは、そうした公務員の心身のケアが必要となってしまうような状況の根本的な原因となっている誤解や誤報を「抜本的」に解決しようとすることありません。むしろそうした誤解に振り回された多数派を「民意」として、それは尊重されるべきという論調が多いように思います。しかし、こういう負のスパイラルはイタチごっこにしかなりませんし、それに対応するために要する時間、心身の疲労こそをムダの源泉として、その削減に取り組まなければならないものだと思います。

敵を強大に描いておけば、持論が実現しない場合であっても「その敵が強大な力を有していて、あらゆる手段を使って陰謀を張り巡らしているから、俺は正しいことをいっているのに実現されないのだ」と言いつのることで、永遠に言い逃れをすることができます。「公務員は絶対的な権力を持ち、絶対に折れない精神力を持ち、絶対に利得を確保する頭脳を持ち、絶対にそれを知られないようにする陰謀を張り巡らしている」というあり得ない虚像を描いて、「相手が絶対に倒れない」という安心感から無秩序な批判を繰り広げるのが我々の社会の「普通」であるならば、その虚像に祭り上げられた生身の人間は心身を病んでしまいます。それもまた我々の社会の「普通」なのかもしれません。

(追記)
佐々木俊尚氏のTweet、hamachan先生のブログをはじめ多方面でご紹介いただき、本エントリが多くの方にご覧いただいたようです。お礼申し上げます。

本エントリは、被災地支援に当たっていた公務員の自殺という事件を取り上げようと考えていたところに、「奇跡の一本松」の保存方法に対する「痛いニュース」の反応を見て、それがあまりに誤解や偏見に囚われていると感じて急遽両者をつなげて書いたものでしたので、読み返してみると書き始めから最後のパラグラフまでの論旨が散漫になっております。本エントリで述べたかったことは、「とにかく公務員を批判するな」ということではありませんし、むしろ役所の事業について深刻な利害を有する関係者からの利害表明は、それが誤解に基づくものであっても必要と考えております(この点はhahnela03さんのコメントへのリプライにも書きましたのでご覧ください)。

また、「奇跡の一本松」の保存方法については、個人的にはいったん切り倒して復元することが望ましいのかどうかは分かりません。「痛いニュース」のコメントにもありましたが、保存技術が無い時代であれば、切り株を残して神社を建立するという手段が採られたかもしれませんし、可能性だけでいえばモニュメントを残すということも選択肢となり得るでしょう。しかし、高田松原の7万本の松が防潮林として陸前高田市の名所となっていたこと、その防潮林をなぎ倒した巨大な津波が発生したこと、その中で27メートルもの巨木が1本だけ残ったことは地元住民にとって忘れられない記憶だと思いますし、間近に見たときの「奇跡の一本松」の大きさは津波の威力を物語るに余りあります。保存方法についての判断がどのレベルで行われたものかは分かりませんが、個人的には地元の方々が残したいと思う気持ちも理解できます。「痛いニュース」のコメント欄には地元の方もいらっしゃいますし、必ずしも地元の意見が一致しているわけではないとしても、それをネット空間で遠くから批判する空気にやりきれないものを感じたので、本文のような書き方となりました。ご覧いただく際にはこの点をご留意いただきたいと思います。

もう一点、マスコミが役所を批判することそのものを批判するものではなく、利害の調整が不十分で実態として不公平が生じているというような「やりくり」についての批判は必要と考えております。本エントリで取り上げた「奇跡の一本松」についての報道はそうしたものではなく、単に事実が正確に伝わっていないものとは思いますが、難しいのは簡略化された報道が安易な公務員批判のネタになってしまうことです。私も簡略化された報道のみをもって安易な批判をしないよう自戒したいと思います。
スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
 新聞記事にもなりませんでしたが、8/23(日)盛岡にて24時間テレビのイベントに出張していたキッチンカープロジェクト担当の釜石市職員がクモ膜下で亡くなりました。
 
 盛岡市職員も同様ですが、支援職員と地元自治体職員との連携(双方の業務・健康管理のチェック)がうまくいっていないためではないかというのがあります。
 漁師との間に入る方も居なかったのでしょう。
 復旧工事にしても請負業者の元請・下請作業員があまり地元に対して丁寧ではない作業を行っていることが、発注者に対する苦情へ向かうことは私自身も身をもって経験しております。

 苦情処理に支援職員が対応するケースが大半を占めていることが原因であると思います。地元自治体職員が苦情対応に一緒に行かないことを改善されなければ、今後もおきるでしょう。

 陸前高田の一本松については、観光資源としての利用であり、公務員と建設業の利権のためではないことぐらい理解してもらいたいものです。
 ただこの構造は、産業クラスターや様々な地域振興策の導入部(再分配)に位置する公務員と建設業を叩くことで、持続可能な地域社会の形成や交流人口の拡大等の施策を封ずることに主眼があり、大都市から地方への所得移転を嫌う本音の体現ですね。

 私自身も随分と公務員批判している口ではありますから、批判されるべき対象者の一人としては気をつけなくてはなりません。
2012/08/31(金) 19:28:53 | URL | hahnela03 #JalddpaA[ 編集]
http://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/gyouseihoukai.html

「行政崩壊

小松秀樹先生の名著 ”医療崩壊”は(略)しかし,全く同じ趣旨で,”行政崩壊”が未だに著されていないのはなぜだろう か?行政の末席を汚す者として不思議でならない.
”行政崩壊”が,”医療崩壊”より,はるか以前に出版されていてしかるべき理由は山ほどある.」
「こうまでされて,なぜ,彼らがひたすら耐え忍んでいるのか,多分あなたは理解できないだろう.でも,理解する必要はない.なぜなら耐え忍んではいな いからだ.そこでは,医療崩壊と全く同じように,うつ病による脱落,立ち去り型サボタージュが,すでに起こっている.行政崩壊に国民の皆様が気づく前に, 一人,また一人と,非常口から抜け出している.

行政崩壊なんて騒ぎ立てれば,こうした非常口まで塞がれて,じわじわと降りてくる吊り天井に押し潰される運命だけが残されるとわかっているから,ひ たすら耐え忍んでいるようなふりをして、虎視眈々と脱出の機会を狙っているだけなのだ.

参考記事
心の病、官僚にもジワリ・中央省庁1.3%休養 [2007年10月28日/日本経済新聞 朝刊]
2012/09/01(土) 00:08:02 | URL | Tresp #EBUSheBA[ 編集]
「正義は我にあり」という風潮
いつも愛読させていただいています。西日本方面の地方紙で記者をやっています。昨年は、東日本大震災の被災地にも行かせていただきました。復旧・復興に向けた日々の業務、本当にお疲れさまです。

今回のエントリ、実に耳が痛く、心が痛むご指摘です。

マスコミに「役所の不祥事や無駄遣いをたたいてナンボ」的な風潮があるのは事実です。弊紙も、不祥事があればすぐに飛びついて書いてきたように思います。中には、常識では考えられないような驚くべき不祥事も数多くありました。現業職場を中心に、長年たまりにたまった膿のような悪習も多く発覚しています。

役所内部からと思われる情報提供も多いです。「もっとたたかないと、うちのカイシャはよくならないよ」とおっしゃる職員の方もいます。

しかし、一方で「こういう不祥事や無駄遣いをしている人ばかりではない。高い使命感を持っている職員や、少ない人数で膨大な仕事を背負わされたり、精神的にきつい仕事に直面している職員もいる」という認識も、弊紙にはあると思っています。実際、そういう方々を数多く知っていますから。

だから、行政の問題点などを書くとしても、どこか抑制的な部分は残しているつもりですし、問題が起きた背景事情にできるだけ迫ろうとしています(全く不十分かもしれませんが・・)。

しかし、そんな配慮もテレビ報道の前には木っ葉微塵にされてしまいます。テレビは記者の数が少なく取材が不十分、ということもありますが、スタジオに座っているだけのコメンテーターのいい加減な一言が、視聴者の役所への嫉妬心を一気にかき立てる、という結果になっているように思います。

テレビだけのせいにするつもりはありません。もちろん、このような風潮を招いたのには、われわれ新聞にも責任があると思っています。

ただ最近は、某大都市の首長さんの言動が、こうした風潮を「民意」として利用し、ますますあおっているように感じます。

それは、ここ最近、公的セクターで働く人をバッシングしたいがための情報提供が、読者から急増したように思うからです。

「バス運転手がこんなことをしていた」「環境局ではこんなことをしている」「警察官が信号無視をした」「警察が捜査をせずに隠蔽している」「学校が問題を隠蔽している」「病院の対応が悪いので、それを記事に書け」などなど。

大半は事実を確認すれば問題のないものばかりです。しかし、電話をかけてこられる方は「正義は我にあり」とばかりに、声高に公的セクターで働く人たちをののしり、せっかく提供した情報を書かないわれわれメディアを罵倒されます。この手の電話は早朝から深夜、未明関係なく、ひっきりなしにかかってきます(一応、読者対応の窓口は別途あるのですが・・)。

あの首長さんの思惑通りにわれわれメディアが書いてしまっているのも問題なのですが、この「正義は我にあり」という風潮に、正直、恐ろしいものを感じます。

だれか「敵」をつくりあげて負の感情や嫉妬心をあおり、血祭りに上げて喝采を受ける。その先に何があるのでしょうか?さらなる「敵」を永遠につくり続け、社会にわずかに残っている信頼の紐帯を断ち切ってぼろぼろにするだけでしょう。

そしてたたかれた相手はその痛みをいつまでも覚えています。たたいた相手と前向きな対話や協働などできるはずもありません。

こうした負の連鎖を真剣に危惧しています。いち記者としてきわめて微力ですが、こうした風潮にあらがっていきたいと思います。

乱文乱筆失礼しました。
2012/09/01(土) 19:30:31 | URL | いち地方紙記者です #-[ 編集]
> hahnela03さん

釜石市職員の方が亡くなったことは私も聞いておりました。『復興の狼煙』ポスタープロジェクトが始まるきっかけにもなった方だったんですね。改めて哀悼の意を表します。
http://ja-jp.facebook.com/Gambaro.Kamaishi/posts/441754102543871

> 漁師との間に入る方も居なかったのでしょう。
> 復旧工事にしても請負業者の元請・下請作業員があまり地元に対して丁寧ではない作業を行っていることが、発注者に対する苦情へ向かうことは私自身も身をもって経験しております。

こうした現場の状況というのは、「公務員が多すぎる」とか「仕事もしないで高給取り」とか思っていらっしゃる方には決して見えることのない現実だろうと思います。住民の方々はそれぞれご自身の生活を守るために必死ですし、当然のことながら我々公務員もそうした状況を何とか改善したいと考えています。しかし、有限の財源とマンパワーの中でできることが限られている以上、あちらにはこれだけ我慢してもらい、こちらにはこれだけ我慢してもらい・・・、ということを積み重ねて、何とかやりくりするのがこれまでの仕事でした。

震災以後、圧倒的な量の復旧・復興事業に対応するため、既に人件費削減競争の中で人員不足に陥っていた自治体に対して、県内外の自治体から応援職員が派遣されていて、同様のことは民間でも行われているのですが、応援に来ていただいた方が善意だろうが悪意だろうが、地元で行われていた上記のような「やりくり」を逸脱してしまえばトラブルが生じてしまいます。

役所の仕事というのは会計上の数字を合わせて書類上の辻褄が合えば一応完了しますが、現実がそうではないことは辻褄合わせをした当の公務員自身が身にしみて理解しているはずです。しかし、「政策評価」とか「事務事業評価」といって数値目標で仕事を管理するようになってからは、当の公務員自身が書類上の辻褄が合えば仕事が終わったと思い始めているようには感じます。

そもそも、そうした「やりくり」を「しがらみ」と呼んで既得権扱いし、マニフェストやら政策評価やらで現場に無用の混乱を引き起こしているのが「カイカク派」と呼ばれる首長さんだったり、それをもてはやすマスコミだったりするのですが、そうしたショーを楽しむのは一般の国民の方々でもあります。そうした劇場型の政治ショーを一通り楽しんだ後に、一般の国民が「地域で生活する住民」に戻ったとき、「やりくり」のない一刀両断な政策でばっさり斬られているご自身に気がつくことになるわけで、このサイクルの中で公的セクターへの敵意をさらに醸成させることになるのだろうと思います。

つまりは、結局のところ利害調整というやりくりが不要になることはあり得ないのに、「しがらみがない」と標榜する政治家が喝采を浴びる一方で、その政治家が行政に対しては「きちんとやりくりしろ!」と指示を出し、役所の窓口では「やりくりがなっとらん!」と苦情が寄せられる倒錯した状況が現出している中で、「しがらみのない」と「やりくりしろ」の狭間に立って、「やりくり」の土地勘のない応援部隊がトラブルの元になっていくというのが、被災地で起きている現実ではないかと思います。

役所としても、利害関係者からの利害の表明ならやりくりしようもあるのですが、それを所属する組織や人格批判につなげられてしまうと対処のしようがないため、平身低頭お詫びして組織や人格への優越感に浸ってもらい、やり過ごすというのがトラブル回避の手段となります。全く生産的ではないのですが、これが現実というものです。

その意味では、
>  私自身も随分と公務員批判している口ではありますから、批判されるべき対象者の一人としては気をつけなくてはなりません。
とおっしゃるhahnela03さんには、ご自身の立場から利害を表明される分にはぜひ事業についてのご批判をお願いしたいと思います。もちろん、公務員が上記のようなやりくりを放棄しているようでしたら、その公務員を批判されることも場合によっては必要です。私も引き続きhahnela03さんの情報発信をフォローさせていただきたいと思います。
2012/09/02(日) 10:50:22 | URL | マシナリ #-[ 編集]
> Trespさん

> 行政崩壊なんて騒ぎ立てれば,こうした非常口まで塞がれて,じわじわと降りてくる吊り天井に押し潰される運命だけが残されるとわかっているから,ひ たすら耐え忍んでいるようなふりをして、虎視眈々と脱出の機会を狙っているだけなのだ.

引用先のサイトの全体的なトーンは理解できる点もありますが、この部分はよく分かりません。場合によっては、私も脱出を真剣に考えることもあるかもしれませんが、虎視眈々と狙うほどでもないと思います。かといって、「公僕だからその重要な使命を果たすまで逃げ出すことはできない」なんていう使命感に燃えているわけでもなく、私のキャパをオーバーするような仕事をあてがわれれば、自分の命を危険にさらす前に逃げ出したいとは考えております。
2012/09/02(日) 11:37:00 | URL | マシナリ #-[ 編集]
> いち地方紙記者ですさん

詳細なコメントをいただきありがとうございました。

> 大半は事実を確認すれば問題のないものばかりです。しかし、電話をかけてこられる方は「正義は我にあり」とばかりに、声高に公的セクターで働く人たちをののしり、せっかく提供した情報を書かないわれわれメディアを罵倒されます。この手の電話は早朝から深夜、未明関係なく、ひっきりなしにかかってきます(一応、読者対応の窓口は別途あるのですが・・)。
>
> あの首長さんの思惑通りにわれわれメディアが書いてしまっているのも問題なのですが、この「正義は我にあり」という風潮に、正直、恐ろしいものを感じます。

ご指摘の点については、本エントリを書いたときには思いが至っておりませんでした。一方的にマスコミを批判する形になってしまい申し訳ございません。お詫び申し上げます。

本エントリは当初考えていた構成に急遽一本松の話題を付け加えた形になっており、論旨が散漫になっておりました。役所に対する批判を一切辞めるべきとか、役所の「膿」がないという趣旨ではありませんし、役所の対応に「やりくり」が不十分だった場合は、その点をご指摘いただくことは必要と考えております。ただ、そうした役所のやりくりに対する報道が往々にして公務員批判のネタになってしまう点がむずかしい問題だと思います。

その点では、いち地方紙記者さんが指摘される「正義は我にあり」という風潮に対する危惧は、私自身も共有しているように感じます。一利害関係者の立場を離れて、「自分は誰でもないが、誰にでも正しい正論をいうこと」が「正義」としてことさらに賞賛されてしまうと、その「正論」が誰かを傷つけている可能性が見えなくなってしまいます。もちろん、そもそも正論ですらない「俺様解釈」だけでそうした「正義」を標榜される方もいらっしゃいます。

さらにいえば、組織の立場としてそうした「正義」を利用することもあり得ます。この点は、何もマスコミだけが「会社の利益を優先して不毛な対立を煽っている」のではなく、特に霞が関のような政治と密接に絡んだ役所では、そうした「正義」によって状況が動くのを待つこともあると思います。それも必要な政策を実現させるための苦肉の策であって、現実の政策決定の場というのは、そうした手練手管が総動員される場でもあるので、結局のところ誰が悪いということではないのですが、問題の根は深いと思います。

> そしてたたかれた相手はその痛みをいつまでも覚えています。たたいた相手と前向きな対話や協働などできるはずもありません。
>
> こうした負の連鎖を真剣に危惧しています。いち記者としてきわめて微力ですが、こうした風潮にあらがっていきたいと思います。

私自身もこのことを肝に銘じていきたいと思います。
2012/09/02(日) 13:10:41 | URL | マシナリ #-[ 編集]
こうした形で取り上げるのは大変心苦しいのですが、たとえば、現場の公務員の状況を理解していただいたとしても、反応としてはこうした形になってしまいます。

> ですが、一方で、同じ公務員で、以下のような、記事もあるのです。
>
>
> 復興予算1兆円 天下り法人がピンハネ
> http://gendai.net/articles/view/syakai/138156
>
> この手の記事を見ると、
> 現場では、精神をすり減らして、頑張っている公務員がいる
> 一方で、お偉い人たちは、ろくに仕事もせずに、高い給料をもらっている。
> やりきれないですね。
>
「公務員(September 01, 2012)」(Colorful)
http://ameblo.jp/hideyoshi-r32/entry-11343133079.html


日刊ゲンダイのネット記事のクオリティについては、what_a_dudeさんのエントリをご覧いただくことをお勧めします。

「ネット断ちの途中ですが、あまりにゲンダイクオリティすぎるクソ記事を見たので書かざるを得ない」
http://d.hatena.ne.jp/what_a_dude/20120815/p1


私自身は、リンク先のColorfulさんには全く公務員に対する攻撃性を感じないのですが、たまたま見つけたゲンダイクオリティの記事を素直に読んでしまうと、安易な公務員批判になってしまうという事例だと思います。

これが通常の反応だというのが事実だろうと思いますし、コメントいただいたいち地方紙記者さんのような方の記事が消費者である国民にどれだけのニーズがあるのだろうかと危惧するところです。
2012/09/02(日) 14:03:59 | URL | マシナリ #-[ 編集]
権丈さんまでご閲覧とは
2012/09/05(水) 12:24:01 | URL | お #-[ 編集]
困った世の中だと思います。
公務員をバッシングして、利益をあげようとするメディア。
事実かどうかは、あんまり関係ない。
それを利用してさわぐ、自称・被害者。
それで「正義」をふりまわすんですから、世の中、おかしくなります。
2012/09/05(水) 18:52:27 | URL | 革命烈「夫」 #9enIUaYc[ 編集]
「昭和維新」っていうものもあったんですよね。
銃を振り回して日本を戦争に追い込んだもの。
今度の「維新」は、何をやらかすんだか。

「いち記者」さんの真摯なコメントを読み、ほっとした思いもしています。
2012/09/05(水) 19:03:43 | URL | 革命烈夫 #9enIUaYc[ 編集]
アクセス数が通常モードに戻らないと思ったら、「本日のドラめもん」さんのところと権丈先生のところで取り上げていただいておりました。ありがとうございます。

http://www.h5.dion.ne.jp/~bond7743/doramemon1209.html#120904

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/

本エントリの論旨が散漫だったためか、引用していただいた部分がそれぞれ異なっておりまして、お二方の公的セクターの役割に対する関心がそれぞれの立場から真剣に向けられていることがその理由ではないかと思います。

公的セクターが担う「政策」が現代の社会で果たさなければならない役割を歴史的経緯を踏まえて真剣に考えれば自ずとそうなると思いますので、公的セクターに対する安易な批判を繰り広げる方々には、そもそもそうした認識が欠けているのではないかと思うところです。

いやもちろん、自分を含めてすべての分野についてそうした認識を持っている方なんていないでしょうから、認識が欠ける方が安易な批判を繰り広げること自体はやむをえないものではあります。だからこそ、深刻な利害を有する関係者からの意見表明が必要なのですが、問題は、そうした自らの認識が不十分であることに無自覚なまま,安易な批判を政治の場やマスメディア(場合によっては学究の場)に登場する方々が率先してやってしまうことにあるのでしょう。
2012/09/06(木) 08:15:10 | URL | マシナリ #-[ 編集]
以前も同じようなことを考えたことがありますが、

> 子供のころ流行っていた「いじわるクイズ」で、「大阪城を建てたのはだれ?」「豊臣秀吉!」「ブー。大工さんでした!」というのがありましたが、いまもあるんでしょうか。「大阪城と豊臣秀吉」以外にも、「法隆寺と聖徳太子」というバリエーションもありましたが、ときの権力者が作れといえば、技術者がかり出されて壮大な建築物やら制度が作られるというのは古今東西を問わず見られる現象ですね。その建築物やら制度の構築を指示した為政者が称えられることはあっても、その構築物とか制度を構築した技術者が称えられることはほとんどないのも洋の東西は問わなそうです。たとえば、大阪城や法隆寺が残っていなければ、当時の建築技術がたいしたことなかったといわれるでしょうし、現存しているからこそ、豊臣秀吉や聖徳太子の権勢が現在に伝えられることになるわけです。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-430.html


役人というのは、少なくとも建前上は自ら政策を決める立場にはなく、政策を決める立場にある政治家の意向を制度に落とし込むことがその役割であるわけですが、決める立場にある政治家が役人に責任を負わせようとするのが細川内閣以降のこの国の政治の作法となっていることは、本エントリでも述べています。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-345.html

現在の日本国憲法が規定する体制は、少なくとも建前上は役人が決めたものではありませんし、ましてや役人の労働組合が決めたものでもありませんが、そうした歴史的経緯などの認識をお持ちでない方からすれば「大阪城を作ったのは大工や人夫だから、全国の大工や人夫を粛正してしまえば大阪城なんて建てられなかったはずだ」という理屈になるようです。

まあ大阪城の話はあくまでたとえ話なので、大阪城の是非にまで話が及ぶとあらぬ方向に展開してしまいますが、大工や人夫というような「職業」を標的にした批判をする際は、その「職業」がなくなった後の世の中がどうなるかを想像してみるといろいろな発見があるかもしれません。

ついでにいえば、公立学校のいじめ問題を解決するべきだという方々が、一方ではそれを担う特定の職業を標的にした攻撃的な批判を繰り広げるのは、そうした特定の職業を標的にした攻撃的な言説がマスメディアやネット空間で多く見かけられる現状では仕方のないことなのでしょうか。個人的には、「いじめをなくすべき」という主張とはかなり根本的な次元で矛盾するように思うのですが。
2012/09/06(木) 08:22:55 | URL | マシナリ #-[ 編集]
妄想甚だしいなー
>所謂新自由主義者
まあ、なんだ・・・力抜けよ
2012/09/08(土) 20:09:53 | URL | 六公四民 #YMiP8qQc[ 編集]
 わが岐阜県関市では、災害派遣で出向させる職員に、仕事ができないなどの問題のある職員や役所内で差別されている職員をあてて派遣しています。 それは周辺の町村と合併したときに、問題のある職員を旧町村役場に飛ばした方法と同じです。
参考のブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/cityseki
http://blogs.yahoo.co.jp/seki_gifu
2013/02/26(火) 21:47:24 | URL | 匿名希望 関市民 #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック