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2012年07月30日 (月) | Edit |
まさかのご本人降臨で飯田先生からコメントをいただきました。このような場末のブログまでご高覧いただきありがとうございます。せっかくですので、別エントリとして取り上げさせていただきます。

「(一つのエントリで)語るべきすべての事を語っていない」というのは有限の文字数で記される言説すべてに適用できる批判なので万能にして無意味.

社会保障給付が景気対策になるよの話は『脱貧困の経済学』(飯田・雨宮)と『ゼロから学ぶ』をはじめほとんどすべての僕の本で一番重視しているところなので指摘はちょっと心外.

あと,データ分析についても誤解がある.

データでの分析は「いままで行われてきた政策を評価する」ことはできても(そのままの形では)「いままでやられたことのない政策の評価」はできないんだ.

政府消費と社会保障はほとんどトレンド(線形トレンドではないよ)にしたがった推移をしており,見せかけ上の相関を除く処理を行うと系統的な動きがない.「景気対策として使われたことがない」「だから今回タイプの分析では取り扱わ(え)ない」

フィスカル・ポリシー(裁量的景気対策の財政的手法)といえば日本の場合これまでは公共事業か減税のことであり,そのうち前者は効かないよという話.

あと,政府紙幣や買いオペはさんざん「それは財政政策だ」といわれて
2012/07/27(金) 09:01:38 | URL | 飯田泰之 #-[ 編集]

上記でいただいたコメントの最後の部分は途中のような気もしますが、飯田先生のいら立ちが感じられるのは私の気のせいではないですね。ただ、自己レスの中で述べた通り私自身は飯田先生の分析結果には大変興味を持っているところでして、「有限の文字数で記される言説すべてに適用できる批判なので万能にして無意味」といわれても、そもそも批判する意図はありませんので、正直なところ困惑しております。この点は、UNCORRELATEDさんからいただいたトラバでも「誤解」を指摘されてしまっておりますし、飯田先生からも「社会保障給付が景気対策になるよの話は『脱貧困の経済学』(飯田・雨宮)と『ゼロから学ぶ』をはじめほとんどすべての僕の本で一番重視しているところなので指摘はちょっと心外.」とのコメントをいただいてしまいましたので、私の書きぶりが不適切だったものと反省しております。ご気分を害してしまいましたことをお詫び申し上げます。

なお、私自身は、飯田先生の著書はそれなりに拝読しておりまして、ざっと本棚を見渡してみると、単著では『経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える』、『ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)』、『歴史が教えるマネーの理論』、そして『ゼロから学ぶ経済政策 日本を幸福にする経済政策のつくり方 (角川oneテーマ21)』がありますし、共著では『ゼミナール 経済政策入門』、『コンパクトマクロ経済学 (コンパクト経済学ライブラリ)』、『経済成長って何で必要なんだろう? (SYNODOS READINGS)』、『要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論』(最後のは共著ではないですが・・)というところが目につきます。拙ブログでも引用させていただいているエントリが多数ありまして(ブログ内の検索フォームで「飯田」と検索すると20以上のエントリがヒットします)、こうしてみると結構熱心な読者ではないかと自画自賛(?)するところではあります。というわけで、私個人としては、「(一つのエントリで)語るべきすべての事を語っていない」という批判をするほど飯田先生の言説を知らないわけではないと思っておりましたが、お叱りを受けてしまったことからすると私の読み込みが足りていないということなのでしょう。この点もお詫び申し上げます。

という、読み込みが足りていない私が恥の上塗りをするだけになりますが、個人的には飯田先生の「再分配論」にはかなりの違和感を感じております。といいますのは、飯田先生の「再分配」政策は現物給付と現金給付を比べて、(私の理解では)後者の方が歪みのある価格効果のみならず歪みのない所得効果を持つことによって、より効用を高めることができることを2財モデルを用いて説明されているのですが、飯田先生もご指摘の通り「情報の非対称性」があるような不完全な市場においては、そのような所得効果は期待されないのではないかと考えます。なお、私自身が公共サービスを供給する側にいることに起因するバイアスもあるとは思いますが、「情報の非対称性」の要因として、タロックやブキャナン、ニスカネンというような公共選択系の経済学者による「官僚の私益」に着目した議論は、その性質上陰謀論と大して変わりないと考えておりますので、飯田先生がそうお考えかどうかは別として実りある議論にはなりにくいように思います。

それはともかく、飯田先生の議論に私が不満を抱いてしまう点は、いくら再分配政策として現金を給付したところで、その現金によって購入しなければならないサービスが適切に供給されるのかは不明であって、その点についての説明がほとんどないからではないかと個人的には考えております。この点については、読み込みの足りない私の考えを述べるよりも、レーガン大統領の下で競争主義的な政策を進めたブキャナンと、新古典派統合とドイツ財政学を合流させたマスグレイブの議論から、私が実務上感じている実態に近いと思われるマスグレイブの指摘を引用させていただきます。

私的財の公的供給

 現代の予算を見るとき、公共財というよりはむしろ私的財の性質をもつと思われる項目の多くが含まれていることに気づく。そのようになっている理由はなにか。いろいろな説明ができるように思われる。
  1. 教育あるいは保健施設のようなある財は、その財の提供を受けるひとに個人的便益、すなわち消費において競合的であり他人と共有できない便益を提供する。加えて、それらはまた、個々の受益者が見逃す外部性を生み出す。私的需要に応じて用意される供給は、最善とはならず、公的補完が必要となる。これは、私的購入に補助を与えるかあるいは公的供給によって提供されるように思われる。
  2. 金銭的援助を与えるうえで彼らの保護者もしくは両親に頼ることができない状況では、貧困者や子供たちの基本的ニーズを満たすため、現物支給が要請されるかもしれない。
  3. 基本的ではあるが、希少な財もしくは供給においてきわめて非弾力的な財の場合には現物支給が適当であるように思われる−−たとえば、戦時に基本的食料を配給すること、もっとも緊急を要する患者に希少な医療を配分すること、ある都市の状況で、公的住宅を供給すること。
  4. しかしながら、これら特殊な環境は話のすべてではない。より一般的には、私的財の公的供給は、絶対的公平、あるいは”選択的平等主義”(Tobin 1970)の観点から分配上の正義を見るひとびとの態度を反映すると受け取られるかもしれない。最低生活水準の達成可能性は主として所得という観点からとらえられるのではなく、消費の“基本的”項目に限定される。社会的厚生関数は、このように温情主義的形態をとるかもしれない。それは、現金移転と収入が受取人の選好に見合った使い方を要求する厚生最大化の標準的功利主義モデルに反するように思われる。
  5. 同様の結果は、効用の相互依存性に基礎をおくパレート最適再分配の文脈で到達されるかもしれない。その場合には、提供者が引き出す効用は、受取人がその収入を支持されたとおり使用するかどうかに依存する。
 私的財の公的供給の理論的根拠は、このように多様な形態をとりうる。それ以外に、効果的にそれを実行するという別の問題がある。衣服もしくは食糧といった代替性のある品目の現物支給は、容易に他の使用に転換されてしまうことがある一方、低家賃住宅もしくは教育施設の指示通りの使用を確実なものにするのは比較的容易である。
pp.80-81

財政学と公共選択―国家の役割をめぐる大激論財政学と公共選択―国家の役割をめぐる大激論
(2003/10)
ジェイムズ・M. ブキャナン、リチャード・A. マスグレイブ 他

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マスグレイブのいう「私的財の公的供給」が現物支給による再分配に該当するものと思いますが、事ほど左様に現物支給の必要性は多様に説明できるわけで、さらに「効果的に実行する」という問題も別にあるという点を含めて、マスグレイブの指摘は私のような実務屋にはしっくりくるものとなっています。

この点について、飯田先生の著書では、現物給付と現金給付の「いいとこ取り」のためにバウチャー制度やベーシックインカム、あるいはその変種である給付付き税額控除が提言されています。しかし、それらで再分配した収入で、その再分配が必要であった方々が購入しなければらならない財やサービスがそもそも購入できるのか、あるいは適切に提供されるのかという点がほとんど考慮されていないように見受けます。再分配を受けなければならない立場にある方々というのは、その再分配された収入によって購入できる財やサービスを必要としているのであって、ただ単に現金収入を必要としているわけではありません。マスグレイブが「それらはまた、個々の受益者が見逃す外部性を生み出す。私的需要に応じて用意される供給は、最善とはならず、公的補完が必要となる。これは、私的購入に補助を与えるかあるいは公的供給によって提供されるように思われる」と指摘するように、再分配された収入で購入すべき財やサービスが、市場で適切に価格調整され、適切な水準や数量で提供されるとは限らないわけですから、市場で提供される財やサービスがそもそも粗悪であったり高額で希少だったりすれば、結局はそれらの方々の収入では適切な財やサービスを購入できず、再分配の目的が達成されない可能性があります(ただし、本書でマスグレイブは、賦課方式の年金を「ネズミ講」と呼んだサミュエルソンの影響からか積み立て方式の年金への移行を唱えていて、必ずしも現物支給される財やサービスを提供する側の確保を重視していないようでもありまして、この理由から飯田先生も同じ見解なのかもしれません。さらにいえば、財源の使途に制限のない税金と支払いに権利性がべったりと張り付いて財源調達力の強い社会保険料との違いについて「強制徴収される限り実質的には税金と同じことだと考えておいて良いでしょう」(『ゼロから』p.188)とおっしゃる飯田先生は、権利性の有無による税金の公的扶助の救貧機能と社会保険の防貧機能の違いについても混乱されているように見受けます)。

たとえば、医療の分野では、適切な価格で提供されるように診療報酬が公定されており、自由な価格設定ができる分野を限定するために混合診療も原則禁止されています。これらも「既得権益」として新古典派的な経済学者からは批判されるところですが、再分配を受けなければならない立場にある方を保護するためには、単にその収入を再分配するだけではなく、その収入によって購入されるべき財やサービスを適正な価格でかつ適正な水準で提供する側も同時に確保する必要があるわけです。したがって、現在の日本では、医療保険は国民健康保険によって国民皆保険として再分配されるべき患者を救うだけではなく、そのサービスを提供する従事者の所得や雇用を維持できる水準で運営しなければならず、必ずしも保険原則に従うわけではない医療従事者の雇用を維持するためにも一般財源からも財源負担されているものと、個人的には理解しております。

で、結局、飯田先生は再分配された方々がその収入で購入しなければならない財やサービスについて、どのようにすればその水準や量を確保できるとお考えなのかが、どの著書を拝見してもわかりませんでした。財やサービスを購入するために必要な収入を再分配すればいいということかとも思いましたが、『ゼロから』では給付付き税額控除による最低保証所得を7万5千円×12か月=90万円とされていまして、その財やサービスを提供するために必要な財源がこれでまかなえるのかは疑問が残るところです。もし、その論旨が「最低保証所得で購入できるくらいに、医療や介護や教育や保育の価格は下げなければならず、したがってその人件費はそれに見合う程度に下げなければならない」ということであれば、最低保証所得の方のために最低保証所得で働くワーキングプアの再生産になってしまわないか不安に思います。いやもちろん、これはデフレスパイラルそのものですので飯田先生がそう考えているとは思われませんが、こと公的サービスに要する人件費が絡むとこうした議論を展開するのが一部のリフレ派と呼ばれる方々でもありまして、油断のならないところです。

その点では、飯田先生のコメントでは「データでの分析は「いままで行われてきた政策を評価する」ことはできても(そのままの形では)「いままでやられたことのない政策の評価」はできないんだ」とのことですが、「社会保障給付が景気対策になるよの話は『脱貧困の経済学』(飯田・雨宮)と『ゼロから学ぶ』をはじめほとんどすべての僕の本で一番重視しているところ」とおっしゃることからすると、現在進行中の分析を含めてなにかそうしたデータの裏付けを分析されているのではないかと期待してしまうところです。私の誤解や上記の恥の上塗りを奇貨として分析の対象が広がり、データの裏付けが得られることにつながるのであれば望外の喜びです。
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コメント
この記事へのコメント
公務員のブログに書き込むのは権限拡大の為の反論が予想されるだけに不本意だが、初めて書き込む。
恐らく消費税の軽減税率と似た様な問題がでてくるだろう。
http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=963

↓のP204の4の3も参照のこと。
http://www.weber.edu/wsuimages/AcademicAffairs/ProvostItems/global.pdf
2012/08/19(日) 01:44:41 | URL | 通りすがり #-[ 編集]
> 通りすがりさん

拙ブログでのプロフィール欄で「不特定に使用されるHNでのコメントはご遠慮ください。」と明記しておりますので、本来は「通りすがり」の方にコメントすることはありません。ただ、コメントの趣旨もよく理解できなかったものの、軽減税率については、私も森信先生と同様の問題点を指摘しておりますので、ご参照ください。
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-420.html

ついでにいえば、みずほ総研の大和さんの指摘もバランスのとれたもので、私の考えに近いと思います。
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/opinion/eyes/pdf/eyes120628.pdf?ad=tp

> ↓のP204の4の3も参照のこと。
拙訳によると「現金と同価値の移転よりも現金支払いの方が受取人の厚生を高める」という命題に対して、アメリカで雇われている経済学者のうち「ほぼ同意する」と答えた割合が58%に上るという20年前の調査結果があるということですね。アメリカ以外の経済学者はどうだろうとか、条件付きで同意すると答えた25.9%はどういう考えなのかとか現時点での割合はどうなっているのだろうとか大変興味深い調査結果だと思います。

ちなみに平日残業に加えて土日も仕事をしなければ追いつかないような端くれのチホーコームインとしては、「権限拡大の為の反論」なんて夢にも思いませんで、公務員としてまだまだ修行が足りないのでしょう。ただし、家庭も健康も投げ打ってでも権限拡大します!と主張するのが由緒正しい公務員ということであれば、「地方自治体を細かく分割し、その権限を資源配分に限定すべき」などと主張する端くれチホーコームインとしては、「通りすがり」さんとともに大いに反論したいところです。
2012/08/19(日) 13:26:33 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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