2012年05月23日 (水) | Edit |
「finalventの日記」では毎日各紙の社説を取り上げている(しばらくお休みされていましたが最近は全紙を掲載されているようです)ので、ご多分に漏れずできるだけチェックしているのですが、finalvent氏は自ら「現実面において、私はかなりリバタリアンに接近している」と宣言されている方でもあって、ネオリベでもリベサヨでもない者としては取り上げる話題についての評価に違和感を感じることがよくあります。

先日もそう感じるエントリがありまして、

議論が間違っているわけではないが、これ制度の問題というより運営の問題。確率的な問題に近いので、運営がきちんとできるかということに焦点を当てて、災害の確率を下げる、そして制度的に考えるという手順ではないかと思う。

 法改正には時間がかかるだろう。営業目的の集客施設では、不適格を是正したところの認証制度をつくってはどうか。


 まあ、たまに起きる惨事ごとに、そういう社会主義的な発想ばかりするのはどうかと思いますよ。

朝日 ホテル火災―集客施設の安全見直せ : 朝日新聞デジタル:社説(2012-05-16)」(finalventの日記

と「認証制度」という規制に対して「社会主義的な発想」と批判されている一方で、

こういう議論もある。私とは反対の意見

 税率を10%に引き上げていく段階では「簡素な給付措置」をとる。住民税が非課税の低所得世帯に、毎年、一定額の現金を戻す案が出ている。
 その後、本格的な対策に移る。「給付付き税額控除」が候補だ。所得税を納めているものの所得が十分でない層への減税(控除)と、より所得の低い人への現金支給を組み合わせた仕組みだ。個人ごとに収入と負担の状況をつかむ必要があり、共通番号制(マイナンバー)の導入が前提になる。
 簡素な給付措置も、バラマキになりかねない危うさがある。政府はまず、対象や金額の具体案を示す必要がある。給付付き税額控除は、就労や子育ての支援策として欧米で実施されている。研究を急ぎたい。

 率直にいうとこれはまいる。「給付付き税額控除」は共通番号制が前提になるのだが、それが難しいなら、小ぶりでもいいから最初は見切り発車しちゃえということだ。まあ、財務省あたりの入れ知恵でしょう

朝日 消費増税と低所得層―軽減税率は将来の課題に : 朝日新聞デジタル:社説(2012-05-20)」(finalventの日記

こちらのエントリでは「財務省の入れ知恵」にまんまとだまされるマスコミを腐しているわけですが、うーむ、ホテルの「運営」に焦点を当てるべきで制度改正は二の次ということであれば、まんまとだまされるマスコミも「運営」に焦点を当てておけばいいんであって、批判する必要もないんじゃないかなあ…などと思ってしまいます。つまりは、ホテルの「運営」がまずくて死者が出ることも、マスコミの「運営」がまずくて「財務省の入れ知恵」にまんまとだまされることも等しく「運営」の問題といえそうに思われるところでして、前者の事態を防ぐための制度改正とか規制強化が社会主義的なら、マスコミの「運営」を批判することも十分に社会主義的ということになってしまうのではないかと。

まあ、「運営」と「制度」という言葉の境界線もかなりあやふやなものですし、「社会主義的」なる言葉も印象操作に使われやすい言葉でありますが、ホテル火災を防ぐために「運営がきちんとできるかということに焦点を当て」る必要があるからこその「制度」改正だろうと思うところでして、「制度」改正もなくて「運営」ができるのだろうかというのが率直な疑問です。もしかすると「インセンティブ構造を変えることで運営をきちんとすることができる」という趣旨なのかもしれませんが、インセンティブ構造を変えるためには「制度」を変えなければならないのが実務の世界というものですし。

こうした実務の面からは、二つ目に引用したエントリについては、後述する「簡易な給付措置」の具体的な中身によりますが、現存の制度の中で捕捉される所得などの情報を組み合わせた「運営」によって、制度改革なしでも「給付付き税額控除」に近い制度を構築できる可能性はあるだろうと考えます。なんとなれば、共通番号制を導入したところで捕捉率が上がるとは限らない以上、現時点の捕捉率やデータを基に「簡易な給付措置」を実施しても、共通番号制を前提とする「給付付き税額控除」と大差ない効果が期待できてしまうからです。

たとえば、制度改正で「簡易な給付措置」として現金を給付(還付)するまでもなく、社会保障の現物給付(医療、福祉、保育といった対人サービス)を拡充して負担を軽減することは既存制度の中の運営でも可能と考えます。医療や福祉、保育といった社会保障制度は、その人が必要としていることが客観的に確認できますので、必要原則に応じて給付することが可能だからです。ミーンズテストとか給付金の算定に膨大な労力を有する現金給付と比較して、社会保障の現物給付では必ずしも所得等を把握しなくても公平な負担軽減ができるため、それが「簡易な給付措置」として機能することが期待できると考えるところです。それが拙ブログでいう再分配論(ほとんど権丈先生の受け売りですが)でもあります。

結局のところ、共通番号制というのは既存の税目ごとの課税標準や社会保障の情報をつなげるだけの制度でしかありませんから、その個人の具体的な所得とか家族構成とかを把握する制度が要らなくなるということはありません。たとえば、共通番号制を導入したからといって事業主から源泉徴収票を徴しなくていいとか、土地建物や有価証券など資産評価をしなくていいということにはならないわけです。共通番号制のあるなしにかかわらず税目ごとの課税標準の特定は従前の通りそれぞれに行う必要があるわけで、共通番号制で目に見えて既存の税目の捕捉率が上がることはないでしょうし、それが給付付き税額控除を実務面で可能にするかは不明だろうと思います。

さらにいえば、共通番号制で既存の税目や社会保障の情報をつなげる効果が期待できるのは、公的セクターの個別の担当ごとのまさに「運営」によって初めて可能となるものでもあります。つまりは、制度が先にありきではなく、実務上はあくまで「運営」が先行するか、実行できる体制になければ制度改正の効果が期待できません。この点では、火災防止のための運営に焦点を当てて、それから制度改正するべきというfinalvent氏の指摘には同意するところもありますが、そういうなら上記のような実務面の運営で一部実現が可能と考えられる「簡易な給付措置」を、その内容を検討するまでもなく「財務省の入れ知恵」と腐してしまうのはどうにもダブスタに思えてしまうわけです。

特に私が違和感を感じる点は、一つ目に引用したエントリでは制度改正を「社会主義的」として「運営に焦点を当てるべき」と批判するfinalvent氏が、一方では公的セクターの「運営」によって一定の効果が期待できる「簡易な給付措置」を批判して、運営がより難しいと思われる「軽減税率」を支持していることです。なんというか、「制度」による規制を批判するリバタリアン的な立場の方の傾向として、国家や制度から自由でありさえすればその自由な「運営」の結果として生じる「不自由さ」には無頓着、というより気がついていないのではないかという印象を受けます。

話がねじれまくっていて書いている自分でも混乱気味なので整理しておくと、個人的には、日本で「給付付き税額控除」が導入できないのは共通番号制がないからという理由ではなく、そもそもの所得等の捕捉率を向上させることの困難性に由来するものと考えていますので、現状で「給付付き税額控除」を導入することは確かに難しいだろうと思います。この点については、スティグリッツが「うまく定義されているように見える概念を租税法に必要とされる正確な言葉に直すことの本来的困難さの結果」と指摘することが妥当すると思います。

ただし、実務的な現場にいる者としては、「毎年、一定額の現金を戻す案」などはともかく、「簡易な給付措置」という考え方そのものについては、以上の通り必ずしも根拠のないものではないと思うのですが、こんなマニアックな実務の問題を考えることもない一般の方からすれば、「財務省あたりの入れ知恵」と見えてしまうのかもしれません(財務省が入れ知恵するなら、もっと手の込んだ案を出すような気もしますが)。finalvent氏がリバタリアンに近い立場であるために、「自由主義者は、このような自由主義運動を挫折させようとする共同の企てなるものの証拠を示すことができず、密かなるたくらみという事実上論駁不可能な仮説にすがることになる。これが、反自由主義の陰謀という神話」にはまってしまい、お気楽な「財務省の陰謀論」で片づけてしまっているということであれば、まあそうかなあと思いますが、それを真に受ける方も多く、さらにそれを狙ってデマゴギーをまき散らす方もいるところでして、何度も頭を抱えてしまいますねえ。
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コメント
この記事へのコメント
 ちゃんと事実を検証できないとき、マスメディアやアルファブロガーが、「陰謀論」で結論づけるということではないだろうか。
 「財務省の陰謀」といっておけば、財務省は反論しないので、それですんでいた。いわば、その言葉を使う人の思考停止をおおいかくす、安易に使えるマジック・ワードだ。
 朝日以外の新聞や今週の週刊朝日に出ていたが、その財務省が、朝日新聞の報道に反論して、ホームページに抗議文を公表したようだ。こういうことをやられはじめると、安易に「財務省の陰謀」を使っていた人々は、調子が狂うことだろう。ファイナルベント氏の安易なブログの文章まで抗議するとは思わないが。
2012/05/24(木) 07:59:15 | URL | yunusu2011 #-[ 編集]
> yunusu2011さん

返信が遅くなりまして失礼しました。

> 朝日以外の新聞や今週の週刊朝日に出ていたが、その財務省が、朝日新聞の報道に反論して、ホームページに抗議文を公表したようだ。こういうことをやられはじめると、安易に「財務省の陰謀」を使っていた人々は、調子が狂うことだろう。

http://www.mof.go.jp/public_relations/ohter/20120501_asahi.html

http://www.mof.go.jp/public_relations/ohter/20120515_tokyo.html
ですね。

これまでも各府省や地方自治体でも誤認記事があれば抗議文を出すことはありましたが、陰謀論に反論するのはあまりなかったかもしれません。ただまあ、陰謀論が厄介なのは当事者が反論すればするほど陰謀論者の説を補強してしまうというところでして、「やましいことがないなら正々堂々と反論すればいい」とかいう方に限って「反論するということはそういう事情があるんだな」とか勘ぐりそうな気もします。

ポラニーが指摘するとおり、自由主義者が声高に主張する「密かなるたくらみ」というのは「事実上論駁不可能」なわけですから。

なお、引用した二つ目のエントリでfinalvent氏が「財務省の入れ知恵」と指摘しているのは、朝日新聞ではなく政府与党にそういう案があるということも含んでいますね。政府与党内の話なら、その内閣を構成する財務大臣とその所掌する機関である財務省が提案することは通常業務なわけでして、まあ「財務省の入れ知恵」という言い方も間違いではないかもしれませんが、なんというか認識にバイアスがかかりまくりです。

その点では、yunusu2011さんが
> ちゃんと事実を検証できないとき、マスメディアやアルファブロガーが、「陰謀論」で結論づけるということではないだろうか。
と指摘されるとおり、ご自身で検証するだけの知見がないことも陰謀論にすがる理由なのでしょうけれども、国家としての通常の意思決定システムに対する理解不足も大きな要因のように思います。たかだか官僚の陰謀だけで世の中が回るほど簡単なものではないなんてことは、finalvent氏くらいの年齢なら身にしみてわかっていそうなんですが、こと霞ヶ関の話題になると簡単にゴシップ紙レベルの議論に引きずられてしまうのがリバタリアンの純情さなのでしょう。
2012/05/28(月) 08:16:42 | URL | マシナリ #-[ 編集]
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