2012年05月14日 (月) | Edit |
日付がすぎてしまいましたが、先週金曜日で震災から1年と2か月が経過しました。先月はそんなことを考える余裕もなく、今月もGWも休めない状況でありながら無理矢理休みを取ってさらに追い込まれるという自業自得ぶりで、さらに余裕がない状態ではありますが、今週被災地の方々と意見交換する機会をいただきまして、いろいろと考えさせられることばかりです。

一口に被災地といっても、被災前の地形や社会資本の整備、産業の集積状況などによって被災の度合いがかなり違っていて、その結果として復旧・復興の度合いもかなり差が出てきています。意見を伺った方々は特に被害の大きな地域にお住まいで、具体的な土地利用の計画が進まないため会社の再建も仕事場の確保もままならないという切実な状況を訴えられていて、言葉の一つ一つが心に重く響きました。ある経営者の方からは「復興基金を創設して事業者が自由に資金調達できるようにすればいい」という発言があったりしたのですが、実は復興基金はすでに昨年10月に創設されているものの、各自治体に交付された後の具体的な利用方法がわからないという状態なのだろうと思います。

といいながら、私もよく知らない分野なのでもしかするとすでに活用されているのかもしれませんし、聞いたところでは二重ローン対策に充てているところもあるようです。永田町の方々とか旧自治省の方々からすれば、すばらしきチホーブンケンやらチーキシュケンの流れに乗って、被災した自治体に自主財源たる特別交付税を交付したつもりかもしれませんが、拙ブログで何度も愚痴っているように、ただでさえ減らされている人員の中で震災対応のエクストラな業務が激増している中で、財源さえ配れば地域でなんとかできるという状況ではないわけす。

ところがここで話がややこしくなるのが、政府のそうした対応に対する批判があれば、それ見たことかと「霞ヶ関は現場がわかっていない」とか言い出して、さらにチホーブンケンやらチーキシュケンを進めなければならないという主張をするのがチホーブンケン教の方々でして、うかつに批判することもできないのが厄介なところです。

たとえば、震災直後の岩手県庁の災害対策本部で医療班として対応に当たった医師の一週間を描いたノンフィクション『ナインデイズ』という本の中でも、震災2日後に活動期限を迎えたDMAT(災害派遣医療チーム)の帰還を巡ってこのような場面が描かれています。

阪神・淡路大震災を経て組織されたDMATは、災害時の生存者救命で核となる急性期の活動を目的としているからだ。
 それに基づいて、事務局は早くも帰還要請を出してきた。
(略)
 中央と現場はこんなにも乖離しているのかと呆れながら、僕は事務局に活動の継続を頼み込んだ
 --が、意外にも、事務局の態度は手厳しかった。
「どうして、まだDMATが必要なんですか?」
 と、難色を示す。
 どうもこうもない。現場がこの参事にうめいている時に、どうして医療を引き揚げられるのか、こっちが訊きたいくらいだ。いら立ちをぐっとのみこんで電話の向こうに低頭しながら、僕はこの窮状を説明した。
(略)
 それでも、なかなかわかってもらえない。
「そう言っているのは、岩手だけですよ。宮城も福島も、DMATはもう帰還していいと言ってるんですから」
 この返答に、僕も耳を疑った。宮城も福島も、あの巨大津波の被害を受けているはずだ。なのに、なぜ…
「被災地の医療従事者は、命をかけて戦ってるんです」
 その理由はこの時点ではまだわからなかったが、ほかがどうであっても岩手には必要なんだと辛抱強く粘った。
pp.95-97

ナインデイズ 岩手県災害対策本部の闘いナインデイズ 岩手県災害対策本部の闘い
(2012/02/24)
河原 れん

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※ 以下、強調は引用者による。


この「僕」というのは、岩手医大の秋富医師で、この方は2005年のJR西日本福知山線脱線事故で被害者救助に当たった経験があり、岩手医大に移ってからは岩手県の災害時の医療体制整備を推進してきた方とのことですが、この場面でも中央と現場の乖離が問題とされています。しかし、建物の倒壊による圧死が多かった阪神・淡路大震災と違って、津波被害が甚大だった東日本大震災では、実は急性期の傷病人はそれほど多くなかった(身も蓋もなくいえば、「助かったか」「助からないか」しかない)という状況で、むしろ病院やカルテが流されて慢性的な医療を必要とする患者が多かったとされています。私が震災4日目に被災地の避難所に入ったときも、すでにDMATよりも赤十字などの医療支援チームによる慢性的な医療の方が人手不足で、高血圧症など慢性的に処方する医薬品が不足しているという状況でした。

そうした状況を振り返ってからの結果論ではありますが、急性期の救命に特化したDMATの活動期間延長よりも、通常の病院の医療行為ができる医療支援チームの派遣の方が、現地では必要とされていたということもできそうです。DMAT事務局の真意まではよくわからないものの、ただでさえ医療従事者の少ない日本において、DMAT事務局がそうした状況判断のために確認を行ったのは、医療従事者を派遣している病院の体制に配慮する必要があったからといえるのかもしれません。

さらにいえば、こうした「中央」「現場」の関係というのは、東京と地方の関係だけではなくて、突き詰めていけばどこまでも入れ子状態に連鎖していきます。沿岸地域から100キロ近く離れている盛岡市からでは被災地の状況がわからないというのは、実は「中央」「現場」の関係が岩手県内でもあったことになるわけで、震災7日目に秋富医師はそのことに気がつきます。

 現地病院からは医薬品を求める連絡が入っていた。足りないというレベルではなく、ほとんどゼロになっているものもある。毎日、すがりつくような声で、切羽詰まった要求が寄せられる。
「申し訳ありません。頼んではいるんですが、全く届いてないんです。もう少し待っていただけないでしょうか」
 命に関わることなのに、待てと言うのも非情な話だ。わかってはいるけれど、それ以外答えようがない。
 ただ、これで気づいたことがあった。僕らが国の対応に業を煮やすのとおなじように、現地は県の動きにいら立っているのだ。それぞれに立場があり、言い分がある。焦りはミスを呼び、ミスは怒りになる。誰かを責めてもはじまらない。結局、どこもかしこも、まだパニックの中にあるのだ。
河原『同』p.202-203

国や県だけではなく、被災地に行けば、「病院の状況をわかっていない」「福祉施設の大変さをわかっていない」「企業の復興の難しさをわかっていない」「学校の状況をわかっていない」とそれぞれの立場から批判され、そうした立場を離れてからも「避難所(仮設住宅ができた後は仮設住宅)の支援者は在宅避難者の状況をわかっていない」とか「役場は被災者の意見を聞いていない」と言われるのがコームインという仕事です。もちろんそう言われる被災地のコームインだって、その立場を離れれば被災者の一人でもあるわけですが、その状況を訴える相手がいないというのが大きな負担になっているのも事実です。

そうしたコームインの状況についてはほとんど関心を持たれることはないのですが、なぜか毎日新聞は被災地の自治体の人員不足についての報道が多いようです。

東日本大震災:集団移転 国の同意得た地区8%にとどまる
毎日新聞 2012年05月11日 22時03分(最終更新 05月12日 02時33分)


 約1700世帯の移転を計画する仙台市は「国の復興予算や制度の枠組みが分からなかったので、事業の規模や費用を特定できず、住民への説明も遅れてしまった」と話す。市は移転事業費を含む復興交付金を盛り込んだ第3次補正予算の成立を待ち、昨年11月に復興計画を策定。5月7日時点でまだ3割の人が自宅再建の方法を決めかねているという。
 宮城県石巻市は63地区約6900世帯が移転を計画し、うち13地区321世帯で同意を得た。担当者は「意見集約が難航すると移転先の造成戸数を確定できず、国の同意を得られない。今後事業が本格化した際の職員不足も心配」と話す。国の要請もあり全国の自治体が被災地に職員を派遣しているが、「足りない。もっと応援してほしい」と訴える
 まだ地区数や世帯数を確定できない自治体もあり、最終的な移転戸数はさらに増えるとみられる。

利害調整やら意見集約という難儀な作業を担っているのが被災した自治体職員というブラックな状況が「がんばろう○○」とか「××は負けない」という美辞麗句に埋もれてしまうことのないよう、こうした報道は継続していただきたいものです。
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