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2012年05月04日 (金) | Edit |
前回エントリで「ところが、そうしたあり得ない「民意」を駆り立てることができるのがデマゴギーデマゴーグといわれる方々でして、いつの世にもそうした輩は存在しますね」と指摘した点についてですが、もちろん、そうした輩は自らデマゴギーデマゴーグとして振る舞うことはしません。バブル崩壊後によく見られるのが、既存政党への政権交代熱を利用した「自民党ガー」(今だと「民主党ガー」でしょうか)とか、公共事業削減とか規制緩和がすべてを解決するといわんばかりの「既得権益ガー」とか、チーキシュケンが日本を救う的な「霞ヶ関ガー」とか、金融政策が諸悪の根源という「日銀ガー」とかさまざまな意匠をまとって立ち現れる姿です。最近では「教育ガー」が話題になっているようですが。

でまあ、そうした方々にも人気のあるのがクルーグマンとかスティグリッツといった(アメリカ的)リベラルの経済学者でして、本職の経済学では両者ともノーベル(記念スウェーデン銀行)賞を受賞しているので権威は抜群ですし、その発言はアメリカの共和党的な新自由主義に対する批判を多く含むので、日本では新古典派経済学から左派陣営まで広く引用されています。それがとりもなおさずhamachan先生がおっしゃるような「ネオリベとリベサヨの神聖同盟」でありながら「ネオリベとリベサヨの近親憎悪」という現象となって現れているわけですが(それにしても両エントリが5年以上も間隔が開いているとは思えない既視感ぶりですね)。

というわけで、ネオリベでもリベサヨでもない者としては、ポラニー『大転換』の序文にあるスティグリッツのネオリベに対する批判を引用したいと思います。

 ポラニーは、現代の経済学者たちが自己調整的市場の限界を明らかにする前に、『大転換』を執筆している。今日では、まともで知的な人々は誰一人として、市場はおのずから効率的な結果をもたらすとか、ましてや公正な結果をもたらすなどといった所説を支持していない。情報が完全に行き渡っていない場合とか、市場が不完全である場合はいつでも(つまり、実際には常時ということになるが)、政府による市場への介入が行われる。その場合、大体において、資源配分の効率性が改善される。われわれは、全般的に見て、より釣り合いのとれた立場へと移動したのである。そこでは、市場のもつ力と限界が認識され、経済において政府が大きな役割を果たす必要性も認識されている。ただし、その役割の限度については、議論の余地が残されている。たとえば、金融市場における政府規制の重要性については一般的合意がなされているが、規制の最善策については合意を見ていない。
p.vii

 新自由主義的なワシントン・コンセンサスの信奉者たちは、問題の根源は政府の介入にあることを強調し、転換を成功させる鍵は「物価をきちんとすること」であり、民営化と自由化によって、政府を経済から閉め出すことだとしている。この考え方では、発展は資本の蓄積と資源配分の効率の改善といった、まったく技術的な問題にほかならないことになる。こうした考え方は、転換の本質そのものを誤解している。それは、単なる経済の転換ではなくて、社会の転換であり、経済、それも彼らの単純な処方箋が提示するよりはるかに奥深い経済の転換なのである。ポラニーが適切に論じているように、彼らの見解は歴史の読み違えを象徴している
p.xvi

 われわれは、発展途上諸国に対して民主主義の重要性を説くのだが、しかし途上諸国がもっとも関心を寄せ、彼らの生活に直接影響を及ぼす経済が問題になると、途上諸国は次のように告げられる。すなわち、経済の鉄の法則によって、途上諸国には、ほとんど、もしくは全く選択の余地がない。また、途上諸国は、(民主主義的な政治プロセスによって)事態を混乱させるおそれがあるので、重要な経済的決定、たとえばマクロ経済政策にかかわる決定の権限は、独立した中央銀行--ほとんどいつでも金融界の代表によって支配されている--に委譲しなければならない。そして途上諸国が金融界の利益にかなうような行動をとることを保障するために、雇用や成長などを気にせず、もっぱらインフレに注意を集中するにようにと告げられる。さらに、途上諸国がまさしくこうした指示を実行することを確保するために、中央銀行のルール、たとえば一定の割合で貨幣供給を増大するといったルールを課さねばならないといわれるのだ。そして、一つのルールが期待したほどうまく機能しない場合には、別のルールが持ち出される。インフレ・ターゲットがその一例である。要するに、われわれはかつての植民地の人々に、一方では民主主義を通じて見かけ上の権限を与えながら、他方でそれを取り上げているのだ。
p.xix

「序文(ジョセフ・スティグリッツ)」

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以下、下線強調は原文、下線太字強調は引用者による。


もちろん、スティグリッツがここで問題としているのは発展途上諸国であって、日本のような先進国については違うという議論もあり得ると思うのですが、どうやらこの国は「決められないニッポン~民主主義の限界?~」という番組が話題になるような国でして、そこにはリフレ派と呼ばれる先生も出演されているわけで、「民主主義の重要性を説く」一方で「インフレに注意を集中するように」と「中央銀行の独立性」を主張されてしまうと、それなんてワシントン・コンセンサス?と聞いてしまいたくなりますね。

まあ、新古典派経済学者は規制緩和が大好きというのは、スミスやリカードなどその思想的源流となった古典派経済学の学説が形成される1800年代中期の時代背景によるものであって、そういう過渡的な思想を持つ経済学では現代社会を分析するツールとして不完全であるというポラニーの指摘(本書第10章)を踏まえてみれば、飯田先生のような現在の主流派である新古典派経済学者がワシントン・コンセンサスの信奉者となることはやむを得ないことなのかもしれません。

そのポラニーは、自己調整的市場システムによる自由主義を主張する勢力が見落としている点を指摘しています。

 論点を絞ろう。次の点については、すでに合意ができている。すなわち、市場システムの拡大に熱心な自由主義運動は、逆にその制限を目指すような保護主義的な対抗運動に遭遇したという点である。このような想定は、実際のところわれわれの主張する二重の運動という命題の基礎をなしている。われわれは、自己調整的市場システムという不条理な命題を実際に適用していたならば不可避適否社会を破壊していただろうと主張するものであるが、自由主義者は、まったく多種多様な要因によって偉大な創意が破壊されたと非難する。しかし自由主義者は、このような自由主義運動を挫折させようとする共同の企てなるものの証拠を示すことができず、密かなるたくらみという事実上論駁不可能な仮説にすがることになる。これが、反自由主義の陰謀という神話であり、この神話は1870年代および80年代のさまざまな出来事に関するすべての自由主義的な解釈に何らかのかたちで共通しているものである。それらに共通するのは、ナショナリズムの勃興および社会主義の台頭を場面の転換における主役に仕立て上げることであり、また製造業者の団体や独占企業、あるいは農業関係者や労働組合を舞台の悪役にすることである。
ポラニー『同』p.260


自由主義者が規制として糾弾するさまざまな保護政策というのは、そもそもそうした自己調整的市場システムでは保護されないとしても保護しなければならないものが現に存在し、それを保護することを目的としているものであって、誰が対象者であっても必要とされる規制なわけです。上記でポラニーが指摘しているのは、それが自己調整的市場システムによる経済的利益を阻害していることを主張しようして、結局その証拠を示すことができないときは陰謀論に頼らざるをえないしまうという陥穽ですが、スティグリッツが「ポラニーが適切に論じているように、彼らの見解は歴史の読み違えを象徴している」と指摘する点は、21世紀の現在においても傾聴すべきものと思います。

 ひとたびわれわれが、社会全体の利害でなくただ党派的な利害だけが影響力を発揮しうるという強迫観念から自由となり、またこの強迫観念と対をなしている、人間集団の利害は金銭的な所得に限定されるものであるという偏見から解放されるならば、保護主義的運動がもつ広さと包括性は謎でも何でもなくなる。金銭的な利害は当然のことながらもっぱらそれにかかわる人々によって代表されるが、それ以外の利害はもっと広範な人々に関係する。たとえばそれは、隣人、専門家、消費者、歩行者、通勤者、スポーツ愛好家、旅行者、園芸愛好者、患者、母親、あるいは恋人としての個人に、さまざまな経路を通じて影響を与える。そしてそれらの人々の声は、たとえば教会、市町村、結社、クラブ、労働組合、そしてもっとも一般的には幅広い支持原理に基づく政党のような、ほとんどあらゆるタイプの地域的・機能的組織によって代表されることになる。利害という概念をあまりに狭く解釈すれば、社会史および政治史の姿を歪めることにならざるをえず、利害というものに純粋に金銭的な定義を与えるとすれば、人間にとって死活の重要性をもつ社会的保護の必要性の存在する余地がなくなってしまう。社会的保護は、一般に社会(コミュニティ)の全体的な利害を託された人々が担うことになる。近代の文脈においては、これは時の政府が担い手となることを意味する。市場によって脅かされたのは相異なる多様な住民階層の、経済的な利害ではなく、社会的な利害であったというまさしくこの理由から、さまざまな経済階層に属する人々が無意識のうちに、この危険に対処しようとする勢力に加わったのである。
ポラニー『同』p.280


こうした歴史的な考察を抜きにして、たかだかバブル崩壊後の十数年の経緯のみを取り上げて「財政政策は経済学的にはかえって逆効果だから金融政策をすべきだ」という主張がリフレ派と呼ばれる一部の方々の根幹にあるように思われるわけですが、ポラニーの上記の主張と読み比べてみるのもおもしろいかもしれません。ちなみに、以下の方がいう「弱者」には長期失業者も貧困者も障害者も高齢者も片親世帯も含まれていないこと、所得再分配が単純な産業政策論にしか還元されていない点には十分注意する必要があるでしょう。

 さらに問題だったのは、その膨大な財政支出の多くが、国民の大多数にとってみれば無駄という以外にはない形で用いられ続けてきたことである。それは、国民の多くが日常的に実感していることである。橋本政権以降、景気が少しよくなると必ず「財政再建」を求める声が強まり、それが有権者の一定の支持を集めるのは、財政支出の非効率性、不公平性に対する、この国民全体の強い苛立ちの現れとも考えられる。しかし、財政支出のあり方が国民各層の不満の対象になるのは、政府財政というもののいわば「宿命」でもある。

 財政支出の配分には、常に政治的なプロセスがつきまとう。それは、財政とは国民各層の利害の再配分にほかならないからである。再配分である以上、どのように民主的な手続きを経たとしても、過分な分け前を享受する層と、「搾り取られるだけ」の層が現れる。そして一般には、政治家に影響力を持つ利益集団、業界団体、および圧力団体や、予算配分の多くを事実上支配する官僚機構と強い結びつきを持つ特殊法人・公益法人およびそのファミリー企業が、その政府予算のゼロ・サム的奪いあいにおける「勝ち組」になる。政府支出が景気対策としての「公共事業」を中心として行われる場合、この政治力学的なバイアスはより一層顕著になる。

(略)

 こうした「利権」と直接に結びついた財政支出の弊害は明白であり、それが是正されるべきなのは当然である。しかしそれならば、「弱者」に対する財政支出、例えば零細企業保護、衰退産業保護、地域経済保護のための財政支援には問題がないのだろうか。というのは、「失われた一〇年」の中で最も大きく肥大化したのは、むしろこちらの方だからである。公共事業一つをとってみても、それが建設業界や族議員の「利権」の現れなのか、それとも不況の中で衰退する地域経済への支援なのかを明確に区分するのは、実際にはきわめて難しいのである。 九〇年代のように多くの産業や地域が経済的に疲弊する中では、政府がその「痛み」を緩和するために一定の財政支援を行うのは、少なくとも社会的な公正の確保という点では当然である。しかし、純経済学的には、それは必ずしも望ましい政策とはいえない。というのは、第1章の図1-1によって説明したように、衰退産業への政府による永続的な支援は、労働や資本の産業間移動のインセンティブを失わせ、社会的非効率性を固定化させることにつながるからである。その意味では、「政府財政への過度な依存が構造改革を遅らせてきた」という構造改革主義的な主張は、一面の真理を含んでいる。 しかし、それはたかだか、一面の真理でしかない。というのは、その主張は、「そもそも日本はなぜ九〇年代にかくも巨額の財政支出を強いられたのか」という、政府依存の根本原因に対する政治経済学的な考察をまったく欠いているからである。

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誰がなにを見落としているのかはよくわかりませんが、少なくとも「勝ち組」に対するルサンチマンを煽って「純経済学的」な議論をしておきながら「政治経済学的な考察をまったく欠いている」という結論に至る論理展開は、デマゴギーの一つのスタイルとして大変興味深いものだなあと思います。
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2012/05/04(金) 18:03:06 | ニュー速嫌儲板 【ノンアフィ】
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