2012年03月18日 (日) | Edit |
海老原さんに新著をご恵投いただきました。いつもながら場末のブログを気にかけていただきありがとうございます。

本書では、『学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識』(2009)で取り上げられていた大学卒業者の就職状況について、より具体的なデータを交えて具体的に考察されています。個人的には、早稲田・慶応という二大私立大学の就職状況から「総合大の女子大化」へと論を進めていく過程が、とてもおもしろく感じました。学歴だけでなく、大学の内部でも学部や性別によって学生の志望状況や企業の採用傾向が変わるのというのは、学生が学校で体得してきた社会観や、企業の業務内容がさまざまであることを考えれば、ごく当たり前のことです。海老原さんの著書はそういった個々の事情を個別に検討していき、どの点をどのような方策で改善すべきかを提言されているので、私のような実務屋でも納得する部分が多いのだろうと思います。

逆に言えば、そうした実務の現場を考慮することなく、「大学を卒業しても就職できないのは不況のせいだ」とか「高校生の就職が厳しいのは新卒に偏重していることが諸悪の根源だ」とか、一面では正しいもののおおざっぱでしかない議論をされている方にこそ読まれるべき本だと思うのですが、そうした「一刀両断」的なワンフレーズを好む方がこうした地道な考察を理解すること自体が期待できないわけで、社会的な制度の改善というのはなかなか難儀なものです。

本書のメインテーマからは外れるのですが、海老原さんのそうした現場に根ざした問題意識が、図らずも上記のような難儀な社会状況を生んでしまうルートを示しているように見えたところが大変興味深いところです。

 ちなみに、東大・京大をはじめとする旧7帝大に総計、一橋、東工大を加えた超ブランド大学の入学者数は1学年当たり4万人を超える。人気100社の採用者数2.61万人という数字は、このブランド校に入るよりもよっぽど厳しいということが、数字からわかっていただけただろうか。

採用市場では、草野球がプロを目指してしまっている

 ただ、学生たちにこの厳しさをいくら伝えても、「はいわかりました」という人は少ない。そして、こんな返答をされることもわかっている。
「といったって、受けてみなければわからないじゃないですか。人気企業を受けるのに別にお金がかかるわけでもないんだから」
 そう、就職ということに関しては、まるで相場観がないのが普通の学生なのだ。
 ひるがって考えてほしい。少し野球がうまいからといって、「受けて見なければわからないから」とプロ野球選手を志望する学生はまずいないだろう。彼らは、リトルリーグで夢砕かれ、中高では名門校に入れずまた挫折し、名門校に進んでも甲子園には届かず…。そう、大学に入るまでに何度も砂を噛む思いをしている。だから、相場観が身についているのだ。
(略)
 こんな状態で、親やキャリアカウンセラーが、口を酸っぱくして「社会はそんな甘いもんじゃない」「多くの人が中堅中小企業で働いている」と説得しても、やはり学生は納得はしない
pp.48-49

偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 (朝日新書)偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 (朝日新書)
(2012/03/13)
海老原 嗣生

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※ 以下、強調は引用者による。


そんな学生たちは、それでも就活を実践していく中で相場観を身につけていくことになります。その結果、

 ただ、人生の一大事である「仕事選び」に対して、20歳を過ぎた一時期に、思いっきり悩み苦しむのは、必要悪でもあるのではないか。
 その結果、キャリア教育などでは得られない、さまざまな現実を知ることができる
 企業の事業内容や職務内容、そして、人気企業は超狭き門で早稲田や慶応に入るよりも難しいという市場構造。必死に就活する半年で、みな驚くほど理解していく。

 訳知り顔で適当なことを語る大人たちが無知で無力な傍らで、就活を通り過ぎた若者たちのほうが、世の中の現実を理解していくという矛盾に皮肉なものを感じている。

海老原『同』p.195

という誠に皮肉な状況に至ってしまっています。話がここで終われば、就活で現実を知る機会があってよかったねでめでたしめでたしとなるのですが、実はそうして「就活で現実を知った若者」こそが「訳知り顔で適当なことを語る大人たち」の予備軍でもあるのではないかと思います。今の大人たちが、たとえばバブル期に接待漬けで採用された実体験を基に「ワカモノの就職を改善するために新卒一括採用を全廃すべきだ」と訳知り顔で適当なことを語っているのであれば、数年後、数十年後にも同じような光景が、そのときはまた違った形で繰り返されるのかもしれません。

ちょっと話が変わりますが、実を言えば、海老原さんが本書の「5章 大学の「就職率」は信じられるのか?」で批判されている行政(文科省、厚労省)の就職率に関するデータで、「就職状況調査」の就職率が異様に高いことは、雇用・労働行政に関わる者であれば周知の事実といえるのだろうと思います。その意味では、海老原さんが、

 大学も、痛くもない腹を探られたくないのなら、最低でも、進学・帰国以外の不明確な理由を「その他」でまとめず、浪人理由・無業理由・非希望理由を開示することを求めたい。そして、合格者と浪人の比率が明らかにおかしい(合格者がほとんどいないのに浪人が多数いてバランスが悪いような資格・進学)場合、文科省かもしくは消費者庁が、その大学に査察を行う仕組みにしてほしいものだ。

海老原『同』pp.158-159

とおっしゃる気持ちはよく理解できるのですが、かといって「その他」にまとめられている就職浪人や非希望理由での卒業者をすべて開示するとなると、またぞろ「訳知り顔で適当なことを語る大人たち」がわいて出てくることが予想されます。特に、最近では公的セクターに対するバッシングや謝罪要求がやむことはないでしょうから、「大学を民営化して競争にさらすべきだ」とか「文科省などという既得権益を破壊しろ」とか言い出す人がいそうです(まあ、大学はすでに独立行政法人化されて競争にさらされているからこそ異様に高い就職率が公表されてしまっているわけですけども)。

いやもちろん、現状を正確に把握できるデータをとりまとめて公表するということは公的セクターの重要な役割であって、その正確なデータを基に政策を積み上げていくという作業が必要だという点には全く異論はありませんし、批判が予想されたとしてもそれをやり通すのが公的セクターの責務だという点も異論はありません。その意味で文科省を擁護するつもりは全くありませんが、そうした事実に基づいた議論を正面からしにくい環境にあるのもまた現実であるわけでして、返す返すも社会的な制度の改善というのはなかなか難儀なものだなあと思った次第です。

 何年か前、サットンは二つの大きな学区のトップと話すことがあった。二人とも、社会的進級を廃止しようとしているさなかであった(両学区とも、過去に同じようなことを行って失敗している)。サットンは、自分たちが行おうとしていることが間違っている、という多くの証拠があることを知っているかを尋ねてみた。二人の答えはほぼ同じ「イエス」であった。彼らは過去の研究のことをよく知っており、政治家にも直談判した。しかし、あまりにも多くの有権者が賛成していることで、社会的進級廃止を変えさせることはできなかった。二人ともやるしかないところまで追い込まれた。しかし、彼らはできる限りゆっくりと、また部分的に実行を始めた。実際、彼らは半分自己弁護的、半分怒りの混じったトーンで、政治的圧力のない完璧な世界ならば、こんなことはしなくてもよいのだが、ダメージを最小化するには、こうするしかないのだと説明した。彼らのメッセージは、彼らがこうしなかったら、解雇されて、廃止論者がやってきてもっと大きなダメージを与えるだろうということだった。つまり、抵抗や遅れはいつもマイナスとは限らない。時には、事実に基づいた命令拒否が個人にとっても、組織にとっても良いときはある。
p.326

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?
(2009/01)
ジェフリー フェファー、ロバート・I. サットン 他

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官僚叩きに精を出している方々が、実は自分の首をしめていると気がつくことはないでしょうから、この点は絶望的ではあります。

change and die(2009年07月04日 (土))

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コメント
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
2012/05/04(金) 15:36:30 | URL | 履歴書の職歴 #-[ 編集]
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