2012年02月04日 (土) | Edit |
月が変わってしまいましたが、先月11日は震災から10か月でした。もう来週には11か月目となってしまいますが、10か月というとだいたい300日ということで、延長されていた雇用保険の給付日数が早い人から切れ始める時期とされており、新聞でも大きく報道されていました。しかし、被災地のハローワークの状況として聞こえてくるのは、雇用保険の支給が早く切れるような若年者はすでに仕事を求めて地元を離れていて、むしろ被災地で問題となっているのは雇用保険が今年いっぱいくらいは支給されるような正社員だった中高年男性の仕事がないということです。雇用保険の支給が切れるという報道があってからすでに3週間程度経過しているわけですが、ハローワークではお盆明けくらいから求職活動を始める方が増え始めていて、このタイミングで特に増えたということはないようです。まあ、失業給付を受給するためには4週間ごとの認定日にハローワークに行かなければならないわけで、その目的でハローワークに行く人も含めれば人数として大きな変化があるわけではないということなのでしょう。

しかし、だからといって被災地の雇用環境が改善しているというわけでもなく、相変わらず建設業とか自治体の臨時職員というような短期の仕事ばかりで、だからこそ元々正社員だった中年男性からすれば「なりわい」としての仕事の選択肢とはなり得ないのでしょうし、企業側からしても、スキルの向上が限定的で定年までの年数も短いとなれば、中年男性に対しては労働力としての投資効率が悪いと採用を躊躇するところも多いのかもしれません。そういう状況を良く伝えていたのがNHKの「シリーズ東日本大震災“震災失業”12万人の危機」でした。番組の時間の枠や構成の都合上、取り上げられていた事例は局所的なものとならざるを得ませんが、番組では石巻市の仮設住宅団地で1100世帯を対象にアンケート調査を行って、全体的な傾向を押さえようとしていたので、それほど被災地の感覚とずれた感じはしませんでした。というより、アンケートに対する回答の中に「仕事がないために生きている意味を感じなくなってしまう」というものがありましたが、それは被災地に限らず当然の感情であって、だからこそ「社会参加」とか「社会的包摂(Social Inclusion)が政策課題として議論されているわけです。

ところが、番組は途中から中高年男性の雇用問題ではなく、NPOとかNGOなどのキャッシュ・フォー・ワーク(CFW)に話が逸れていきます。番組では3人の「識者」から提言が行われて、以前に拙ブログでも取り上げたことのある宮本みち子先生が「NPOやNGOや社会的企業による雇用」の重要性を指摘され、気仙沼市の事例が紹介されていました。話がちょっとずれているんでは?と思って見ていると、そこで雇用されている方として紹介されていた被災された方はやはり20代の若い男性でした。実際、私が被災地のCFWの取組として拝見したところでは、町中から離れた仮設住宅から工場や事務所まで通うことのできない女性や高齢者が中心で、いわゆる「働き盛り」の40~50代の方はあまりいらっしゃいません。どちらかというと、正社員だった40~50代の方は雇用保険の支給額が多くて期間も長いため、「生きている意味を感じる仕事」に就くモチベーションを失っている方が多いように思います。番組でも指摘されていたようにアルコールに依存されたり引きこもってしまう方も中にはいらっしゃいます。私自身は「雇用創出」という言葉には違和感を覚えるので他のいい方をすれば、現実問題として「中高年男性が雇用され、その中で生きている意味を感じることができる場」を確保することが必要といえるでしょう。

また、そのほかの取組として「セキュリテ被災地応援ファンド」が紹介されていましたが、「自分が助けたいと思う人を助ける」というのはまさに「富める者が貧しい者を支える--医療、住宅、教育などを補助金を出して支える--ことは望ましいだろうが、そうした援助は政府が命じるのではなく、個人の意向に任せられるべき」というリバタリアニズム的な手法であって、それが切り札になるとは到底思えません。もちろん、資金を提供していただく方々の善意には心から感謝するところですし、それで現実に雇用の場が確保されたことは素晴らしいことなのですが、お金を持っている人が「助けよう」と思わない人は助けないシステムばかりが注目を集めてしまうと、結局は「自己責任」とか「自己完結」という話に流れていってしまうのではないかと危惧してしまいます。

番組の最後には、恒例の「最後の締めくくりが至極まっとうな意見になっているのがさらに摩訶不思議なマスコミマジック」が語られます。

1時間11分ころ
鎌田靖キャスター:
 行政の動きが遅い中、被災地で雇用を生み出すのにもインターネットなどを通じた新たなつながりが有効であることが分かってきました。しかし、残念ながらこうした取組で生まれる雇用はまだわずか。12万人に及ぶ震災失業の根本的な解決策にはなっていません。また、これまで見てきた岩手県や宮城県だけではなく、福島県の場合は原発事故の影響で企業が県外に流出し、失業問題はさらに深刻な状況です。
 今回、私たちが取材した多くの被災者は追い詰められた状況にありながら、仕事をしたいという意欲だけは決して失っていませんでした。その意欲が失われないうちに今すぐ具体的な雇用対策を打ち出さなければ、さらに危機的な状況になり、その影響は東北のみならず、日本全体に及びかねません。復興元年と言われる今年、12万人に及び震災失業の問題に、まさに正面から向き合わなければ復興のその第一歩さえ踏み出すことができない、ここ被災地におりますと、私にはそう思えてならないのです。


いやまさに正論なのですが、「行政の動きが遅い中」というキーワードを冒頭にもってくることで、行政が「具体的な雇用対策を打ち出」しておらず、「震災失業の問題に正面から向き合」っていないと言いたいのだろうかと勘ぐってしまいます。確かに正面から向き合っているといえるだけの雇用対策はないかもしれませんが、番組でも指摘されていたように、工場や事務所を再建しようにも地盤が沈下した浸水区域では事業再開ができないわけで、その意味で産業の「基盤」が復旧しないうちはその派生需要である雇用が生まれるはずもなく、そもそも「具体的な雇用対策」なんてものが単独で存在するとは思われません。もちろん、金融緩和をすれば沈下した地盤が物理的に盛り上がるはずもなく、日銀が何かすれば自動的に雇用が回復するわけでもありません。政府を通じて資源を社会資本として効率的に配分し、所得を再分配することが重要であって、その機能を担う国や地方自治体の役所を回復することも並行して進めなければならないわけです。

また、収入源の確保という意味では、被災地ではしばらく以前就いていた仕事とは違う仕事に就くというシャッフルが進むことになります。その中で従業員や施設を確保できず工場や店を畳む事業主とか自営の商店主や漁業者が出てくることも避けられませんので、雇用保険が支給されず、借金だけを抱えてしまう方々に対する救済策も具体化しなければならないと思います。時間が経つにつれ、被災地では「雇用対策」とか「二重ローン問題」とか「福祉の確保」というような個別に見えていた問題が、それぞれの事情に応じてクロスオーバーしてくるのかもしれません。その観点から言えば、失業問題に対して雇用対策を講じるというのは一側面からの見方であって、その地域においてどうやって生活していくかというトータルな視点が必要となっているように感じます。
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