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2011年12月04日 (日) | Edit |
前回エントリの最後に取り上げた石井『遺体』は、エントリの中で直接引用しなかったもののマンマークさんが読まれたとのことでして、マンマークさんも指摘されているとおり、アマゾンのカスタマーレビューに書かれていることがこの本を読む意義をほぼ伝えていると思います。私自身はこの本に書かれているような凄惨な場面には遭遇しませんでしたが、日常生活で見ることのない「死体」がいたるところにあるという状況への対処というのは、震災直後の行政にとって大きな問題になっていたことでした。なにしろ、戦後日本でそんなことはなかったわけですから。

そんな状況で震災後まもなく立ち寄った書店で目に入ったのがこの本でした。

死体入門 (メディアファクトリー新書)死体入門 (メディアファクトリー新書)
(2011/02/28)
藤井 司

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実を言えば、その当時は買って読むまでの気持ちの整理ができず、前半部分をパラパラと立ち読みして安置所で遠目に見た遺体の状況を想像しただけでしたが、石井『遺体』を購入するとき改めて読み直そうと購入してみました。内容とは関係のない話ですが、この本が震災の直前に発売されていたのはタイミングがよかったというべきか、これがもし震災後だったら、連日遺体の状況が報道される中で発売が延期されていたかもしれません。

震災直後には「第2章 人が死ぬということ」で図示されている「九相詩絵巻」で遺体の状況を想像するだけだったのですが、石井『遺体』を読む際にはむしろ「第4章 死体を取り巻く世界」で説明される「変死体」に対する手続きが参考になります。自然災害の場合は「非犯罪死体」とされて警察による「行政検視」が行われ、実際には刑事調査官が代行する「代行検視」が行われること、さらに検視では警察医が立ち会って死因の特定を行い、それを「検死(死体検案)」と呼ぶこと、「検視」と「検死」では発音が同じで紛らわしいため後者を「検案」と呼ぶこと、葬儀の際に葬儀社が「湯灌」を行うこと等々本書で初めて知ることが多くありました。特に湯灌については、石井『遺体』でも遺族から遺体の湯灌を求められて断水のために応じられない安置所担当者の葛藤が描かれており、遺族の思い、担当者の思いがひしひしと伝わってきます。

本書の著者である藤井氏は法医学者ということもあって、本書自体からも死体に対するイメージを見直すべきという強い思いが伝わってきて、遺体の状況を想像していた自分の浅はかさを思い知らされます。

◆愛情と観察力で、死体を読む

「死体は語る」という言葉があるが、死体は「語る」わけではない。生きている人間が「語らせる」のである。
 死体は、その生きた軌跡が刻み込まれた遺品だ。時計や筆記用具、土地や株券といった様々な遺品と同様に、遺族によって大切にされるべきが死体である。
 肝心なのは、生きている人間が死体を見て、その人の生きてきた痕跡に気づけるかどうかだ。死体を見る人間の側に、観察力と愛情が求められる。愛を込めて、その体にどんな変化が起こっているのかを熱心に見つめることが大切なのである。
(略)
p.198

おわりに 死体への興味を育てよう


 死体を扱うに際してしつこく言われ続けるのが、「死者を冒瀆する行為をするな」ということだ。これは、そうした職業に就いた者のすべてが先輩から後輩に伝え続ける鉄の掟である。死体に敬意を払うのは当然だ。それは生きている他人に対する敬意と同様に、重要である
 なのに、死体にかかわる職業人こそが死者を冒瀆していると見られることも多い。死体はすぐ眠らせるべきだ! 切り刻むなどととんでもない! 死体をさらしものにしている! 死体で生活の糧を得るなんてハイエナだ!
 このような主張をする人たちに問いたい。そもそも、あなたたちは死体をどれだけ知っていて、そのように責めるのですか? 誰もが最終的にたどり着く姿であり、ありふれた存在であるはずの死体が徹底的に隠される現状のほうが異常ではないですか
p.203

藤井『死体入門』
※ 強調は引用者による。

正直に言えば、私自身がここまでの覚悟を持って支援に当たっているかと言われると自信はありませんが、死体が一度に大量に発生することは異常であるとしても、誰もがいつかはそうなるのが死体だということも今回の震災で気づかされた事実です。引用部の後半は特に、遺体の報道がほとんどされなかった日本のマスメディアのあり方について考えるきっかけになるかもしれません。現地にいた者だけが直面する状況があって、それを同じ思いを持つ者同士が共有することも重要ですが、日本という国が一つになって(最近はめっきり聞かれなくなった言葉ですが)被災された方々を支援するためには、報道されなかった被災地の状況を同じ国の出来事として他の地域の人も共有することが必要ではないかと思うところです。
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