2011年10月08日 (土) | Edit |
拙ブログは震災以降急激にアクセスを伸ばした関係もあって、それ以後アクセスされた方には震災ブログと位置づけられていそうでして、本来の関心領域の労働とか財政関係のエントリには反応がほとんどないのは寂しいというかというか気が楽というか。

で、最近仕事の関係で働くための姿勢みたいな話を聞く機会が増えていて、いわゆる人材マネジメントという分野の話ではないかと思うのですが、そこで必ずといって出てくるのが「軸」という言葉です。クレド(credo)といういい方をすることもありますが、いわく「人生に軸を持っていれば、どんなときもその軸を基準にやるべきこと、したいことがわかるようになって、人生を着実に歩むことができる」という説明が多いように思います。

たとえば、以前取り上げた見舘先生の著書では、

(6)「儀式」を通じてクレドを理解させる

 クレドとは心情。経営理念や行動指針、ミッションのことを指します。もちろんどの企業でも存在しますし、壁に貼っている企業(楽天など)や、印刷して持たせている企業(リッツカールトンなど)、毎朝唱和する企業も多いです(パナソニックなど)。しかし、アルバイトに対しても社員同様にじっくり時間をかけてクレドの理解を深める手間をかけているでしょうか。3社はみごとにそれを実践しています。そう、特別な儀式のように。

(略)

 スターバックスのGABカードとは、前述した通り、5つの価値観を体現したパートナーを賞賛するカードです。このカードのミソは、このカードを書くには、その精神を理解し、行動し、行動を観察し、さらに言葉にできなければ書けない点です。あるアパレル企業が、GABカードをまねて導入したそうですが、ほとんど浸透しなかったそうです。いくらカードを印刷して、アルバイトに書きなさいと言っても、そもそも行動指針の意味を理解できなければ書けないでしょう
pp.86-87
「いっしょに働きたくなる人」の育て方―マクドナルド、スターバックス、コールドストーンの人材研究 (ワークス人と組織選書)「いっしょに働きたくなる人」の育て方―マクドナルド、スターバックス、コールドストーンの人材研究 (ワークス人と組織選書)
(2010/05/17)
見舘 好隆

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※ 機種依存数字は括弧書きにしました。以下、強調は引用者による。

とまあ、企業レベルであってもクレドがきちんと確立されていないところも多いわけで、自分自身のことを振り返ってみても、個人としてこれが「軸(クレド)」だといえるものがあるかは微妙なところです。

実をいえば、それなりに社会人経験を積んでしまうと「いくら上司の命令とはいえ、さすがにそれはまずいだろ」というような自分なりの閾値ができてきて、それをクレドといえばいえそうな気もします。しかし、それはあくまでその組織内で培われた閾値であって、組織が違ったり業態が違ったりすれば閾値が変わってくるのも当然です。

結局のところ、その組織のクレドと個人がそれなりに培ってきたクレドというのがぶつかる瞬間が早晩訪れるわけで、それが頻繁に起きると組織はどんどんもろくなっていきます。経験上それを分かっているのは企業などの歴史のある組織であって、逆にいえば、特に新卒社員やアルバイト・パートはそんなこともわからないまま仕事の世界に入っていきます。となると、それを見越した企業からすれば、「自社に有利なクレド」を新入社員やアルバイトに早い内に刷り込んでしまうのが組織防衛の観点からは効率的になってしまいます。

こう考えてみると、ここ最近のエントリで取り上げているブラック企業というのは、実はこの自社に有利なクレドの刷り込みが早期に徹底している企業ということができそうです。たとえば「就活にはコミュニケーション能力が大事だ」という言説がもてはやされるほど、ブラック企業の側が「ウチの社風に合わない社員は戦力じゃない」とか「新入社員なんか利益を上げられないお荷物だ」というような「自社に有利なクレド」を受け入れやすい社員が作り出され、実際に入社した後はそのクレドを刷り込まれてしまって、馬車馬のように働かされても文句も言えなくなるのではないかと思います。

いやまあ、なんで最近のエントリでこんなブラック企業の話ばかりしているかというと、コームインが働く役所は「ブラック企業」であると結論している立場としては、なんでこんな仕事を続けなければならないのかという自問自答が収まらないからなんですね。そして同じことは、仕事でお付き合いしているNPOの方にも感じます。拙ブログの論調からするとNPOを目の敵にしているように思われていそうですが、同じ境遇に自ら飛び込んできているNPOの方々に自分と同じ葛藤を感じることが多いので、NPOを取り上げることでコームインの働く「役所」という職場がいかにブラックかが伝わればと考えています(成功してなさそうですが・・・)。

「公僕なんだから国民の代表である政治家には絶対服従しろ」とか「上司にたてつくヤツはクビだ」とかのあからさまに役人を目の敵にした話では関係ないと思われそうですが、「役所は「役に立つ所」と書くんだから、住民の意向を第一に考えなければならない」とか「役所はサービス業だから住民にサービスしなければならない」とかの一見それらしく見える話には、クレドの考え方がよくフィットします。「住民本位」とか「市民感覚」というような美辞麗句とクレドが結びつくと、「住民の意向に沿って働くことが役所のクレドであって、その役に立たない職員は要らない」とか「お役所仕事ではなくて民間感覚で成果を上げることがクレドだ」というように、拙ブログでいえば間接部門への侮蔑みたいな組織運営が「クレド」という言葉で正当化されてしまうわけです。

逆の視点から考えれば、組織に属さない個人が独自でクレドを持つということは、多くの人には難しいでしょう。しかし、そうであればこそ、見舘先生が指摘されるように、クレドを浸透させる企業に対してアルバイトや新入社員は自分に足りないものとしてそのクレドに理解を示し、そこで得たクレドがたとえ違う職場に行っても通用するだけの汎用性を持っていれば、そのことが労働市場において強みになるわけです。たとえば、「顧客との信頼関係を最重要視する」とか「職場の人間関係を明るく保つ」とか「上司と部下の間で意見交換することで仕事が改善できる」というクレドを身につけた労働者は、次の職場でもそれを自らのクレドとしてアピールでき、その企業のクレドと調和することで幸せなマッチングが可能となるかもしれません。そして、次に就職した企業がそのクレドを否定するような「自社に有利なクレド」を強要してきたら、「これはブラック企業だ」と判断する材料とすることもできそうです。要は、優良な組織に属してそのクレドを身につけることが、労働市場において有利なクレドを身につける近道になるといえるのではないでしょうか。

まあ今の私にそれがあるかと聞かれれば、ブラック企業たる役所に勤めている時点でなんともいえないわけでして。。
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